超常的な存在が現れたら日本はどうなる? SFジュブナイル「ワンダーX」で初のマンガ原作手がけたアニメ監督・伊藤智彦インタビュー (2/3)

マッパは子安武人さんの声でしゃべります

──伊藤さんのお気に入りのキャラクターは誰でしょうか。

モミジですね。めんどくさい部分もあるし、でも居てほしいって思う。半歩引いてみる分には面白そうだなと。先ほどもお話しした“中間地点”にいる悩みを描くときに、主人公にはウジウジ悩むよりもパッと行動に移してほしいんですよ。俺が別にそういうタイプでもないので、そんな理想を込めている部分もあります。

──モミジは最初こそマッパを訝しんでいましたが、いつの間にかなじんで、マッパのために行動を起こす場面もあります。居場所がないマッパを気にかけているのもあると思いますが、背伸びしていてもモミジの子供心がマッパに惹かれているんでしょうか。

それもありますし、モミジは義憤に駆られて行動を起こすことが多いんですよね。なんというか……パンクなんですよ。

「ワンダーX」2巻第8話より。大人の行動に憤慨するモミジ。

「ワンダーX」2巻第8話より。大人の行動に憤慨するモミジ。

──対してトム、ノア、ホンダの3人は、好奇心に突き動かされている子供らしい子供です。3人はどのようにイメージを作り上げましたか。

男子3人と言ったらもう「ズッコケ三人組」的な組み合わせだろうということで、巨漢がいて、ちょっと斜に構えたやつがいて、心優しいやつがいる。そういう組み合わせから当てはめていきました。米軍の住宅地区の中で人種もさまざまですし、どういう組み合わせがあるかを考えて現在の3人組に落ち着いています。

──子供たちやマッパに迫る恐ろしい警部・鷹来たかぎも印象的なキャラクターです。

瞬きをしなさそうな、いかにも怖そうな人として描いています。初期は暗躍するキャラクターだったんですが、マンガ化にあたってもう少しわかりやすいボスキャラのような立ち位置に変更しています。もともとヒール役ではあったんですけど、子供から見たときにより怖く見えるようになりました。

「ワンダーX」2巻第7話より。事件を追う警部・鷹来は脅すような態度で子供やヨガ教室の女性に迫る。
「ワンダーX」2巻第7話より。事件を追う警部・鷹来は脅すような態度で子供やヨガ教室の女性に迫る。

「ワンダーX」2巻第7話より。事件を追う警部・鷹来は脅すような態度で子供やヨガ教室の女性に迫る。

──怖い刑事といっても彼らは理由があって捜査をしているので、最終的にいい人だった、なんてことは……。

正しいことは言っているけど、子供にとって“いい人”ではないですから……(笑)。どうでしょうね。どこかで心変わりする瞬間があるかもしれませんし、ないかもしれません。

──今後の立ち回りが気になります。キャラクターたちのデザインは、伊藤さんが案を出したりするのでしょうか。

俺はなるべく具体的な指示をせず言葉だけで要素を伝えて、(黒山)メッキさんに絵にしてもらっています。俳優で言うとこの人、というようなヒントは伝えますね。あとマッパはイメージしにくそうだったので「子安武人さんの声でしゃべります」と伝えたらすんなり伝わりました(笑)。それが元となって、1巻と2巻の巻末には子安さんとの対談も実施させていただきました。

原作者自ら絵コンテを描くマンガ制作

──黒山メッキさんにマンガ担当のオファーをした経緯をお聞かせください。

俺が月刊ニュータイプで書いているコラムの担当編集さんが、メッキさんの「神サー!~僕と女神の芸大生活~」の編集を担当していたことからメッキさんを知って、絵がお上手だなと思っていたんです。「ワンダーX」制作にあたってマンガ家を探していたときにメッキさんを紹介してもらって、割と即断でオファーすることにしました。

──オファー前からご存じだったんですね。メッキさんの絵のどんなところに魅力を感じますか。

キャラクターを魅力的に描き分けているところがいいなと。主人公やヒロインはもちろんなんですけど、おじさんとかのサブキャラもしっかり描き分けてくださって。キャラクターのイメージを伝えるといろいろ描いてくださるので、ありがたくいろんなサブキャラを作ってしまいます。アイス屋のチュンリーも今はなかなか出番を作れていないですけど、今後活躍させたいなと。

──楽しみです。メッキさんにはどのように物語を伝えているのでしょうか。

まず俺と構成の村上泉さんの2人でプロットを作ります。それをもとに俺が絵コンテを描いて、分量感や見せゴマを決めます。そしてメッキさんに絵コンテをお渡しして打ち合わせをするので、その時点で「ここが今回のキモです」という話をしています。

絵コンテからマンガが制作される様子

「ワンダーX」1巻第2話より、子供たちがマッパにヴィジョンを見せられるシーンの絵コンテ。


「ワンダーX」1巻第2話より、子供たちがマッパにヴィジョンを見せられるシーン。絵コンテから変更されている部分もあり、試行錯誤のうえマンガ化されていることがわかる。

──絵コンテから明確な意思伝達が成されているのを感じます。作中には90年代カルチャーも多く登場しますが、これは3人の共通認識というか、記憶をもとに描いてるんでしょうか。

メッキさんは我々より若いので、俺や担当編集さんの知識や記憶を伝えています。根本的にはオタク文化みたいなものが大好きな人なので、伝えた情報をもとに自分で調べてくれたり、映画を観てくれたりしていますね。90年代はほぼほぼ俺が東京に出てくる前でしたから、俺の当時の流行の記憶も雑誌で知っている情報がほとんどなんですよ。だから描かれているのは俺の憧れでもありますね。

マンガ原作で得た監督業へのフィードバック

──今回は編集さんに企画を持ち込んだとのことでしたが、マンガ原作はもともと書いてみたいと思われていたのでしょうか。

興味がなかったわけではないですが、どういうケースで実現できるかわからなかったし、俺は絵描きでも脚本家でもないのでマンガに関わるのは難しいかなと思っていたんですよ。でも今回こういうチャンスがあったので、じゃあやってみようと。

──脚本家ではないといっても、伊藤さんはアニメの脚本を書かれていますよね。

脚本を書いたのは原作があるものだったりするので。0から1を作るか、1をそれ以上にするかという違いは大きいですよ。あとマンガ原作で難しいところは分量の調整ですね。マンガの1話ってアニメの1話よりもだいぶ短くて。脚本を書いてもアニメだと収まる量がマンガでは収まらなくて、量を減らすなんてことを今でもやっていますね。マンガ各話に目玉となるシーンをどう入れていくかという試行錯誤を毎回しています。

──逆に監督業へのフィードバックもあったりしますか。

それは間違いなくありますね。週刊連載のマンガはけっこうタイトに構成が決められていて、展開によっては1回の話でストーリーをあまり進めず特定のシーンを描くという場合もあります。アニメ化するときにそれをそのまま映し取ってしまうことの危険性をより強く感じるようになりました。マンガに携わってから、制作状況がだいぶ違うことがわかりましたし、「印象的なシーンを取りこぼしたくないけど、目玉を詰め込みすぎても面白くない」という考え方も身に染みて感じましたね。

「ワンダーX」2巻第9話より。

「ワンダーX」2巻第9話より。

──監督業とマンガ原作業の両立は大変そうに思えるのですが……。

今とりかかってるアニメ仕事が、牛歩のような進行なので、マンガの原作もできるという感じです。アニメって制作から公開までに何年もかかったりするので、時間がかかるとほかに何もやっていないように感じられてしんどいときがあるんですよ。だからもうちょっといろんなことに携わりたいんです。

──そうお聞きすると、マンガ原作者としての、伊藤さんの今後の展開も期待してしまいます。スティーヴン・キングのようにシェアワールド的な新しい原作を描かれるとか。

シェアワールド的なものって、マンガだけでやってる人はあんまりいないかもしれないですね。興味はありますけど、それをやるにはまずは作品が世間の目にもっとふれるようにならないと。でも俺はアニメ業界でもフットワークの軽い人間として生きてるので、チャンスがあればいろんなチャレンジをしてみたいなとは思います。