超常的な存在が現れたら日本はどうなる? SFジュブナイル「ワンダーX」で初のマンガ原作手がけたアニメ監督・伊藤智彦インタビュー

アニメ「ソードアート・オンライン」シリーズ、「僕だけがいない街」などの監督を務めた伊藤智彦が原作を手がけ、黒山メッキがマンガを担当する「ワンダーX」の1、2巻が発売された。KADOKAWAのWebマンガサイト・コミックNewtypeで連載中の同作は、1990年代を舞台に、少年少女たちが未知の存在・マッパと出会うところから始まる冒険譚だ。

コミックナタリーでは単行本の発売に合わせて、原作者・伊藤へのインタビューを実施。「日本を舞台とした『ストレンジャー・シングス』」がテーマだと言う「ワンダーX」で描きたかった題材や、伊藤が絵コンテも描くというマンガの制作について語ってもらった。マンガ制作過程で伊藤が描いた貴重な絵コンテ資料も初公開。黒山のメールインタビューも掲載しているので、最後までお見逃しなく。

取材・文 / 伊藤舞衣

「ワンダーX」あらすじ

物語の舞台は1990年代前半の神奈川・横浜にある在日米軍野垣ハイツ、通称“エリアX”。そこに住む少女・モミジこと神領しんりょう椛子もみじこはある日、日本カルチャーにどっぷり浸かったギークトリオ・トム、ノア、ホンダと出会い、さらに自身を「宇宙人」と言う謎めいた“男”と遭遇する。マッパと名乗るその男との出会いを皮切りに、子供たちは不可解な出来事に巻き込まれていくが、マッパに与えられる不思議な能力“ギフト”と勇気で立ち向かっていく。

「ワンダーX」2巻表紙イラスト
伊藤智彦 インタビュー

「ワンダーX」は「日本を舞台とした『ストレンジャー・シングス』」

──「ワンダーX」は、「ストレンジャー・シングス」のような作品を作ろうとしたことがきっかけで立ち上がった企画だと伺いました。

もともとは「日本を舞台とした『ストレンジャー・シングス』」というテーマのアニメ企画を考えていたんですが、本家のNetflixでアニメ版「ストレンジャー・シングス」が制作されるという情報を聞いて、企画をストップさせました。その後何らかの形でアウトプットできないかと思い、俺がアニメの監督をした「僕だけがいない街」原作の担当編集さんにコンタクトを取ったという流れです。

──そうだったんですね。「ワンダーX」は少年少女が登場して、冒険あり、オカルトもありといった作品ですが、こういった題材で物語を作ろうと思ったのはなぜでしょう。

もともとスティーヴン・キングが好きで、スティーヴン・キング的なものを作りたいと思ってたんですよね。

伊藤智彦

伊藤智彦

──スティーヴン・キングの作品もさまざまですが、“スティーヴン・キングっぽさ”というのはどういう要素だと思われますか?

子供たちと大人たち、超能力、ゾンビっぽいもの、たまに宇宙人っぽいものもあり……幅が広いので一言で言うのは難しいですが、アメリカの片田舎のあんまりイケてないやつらが超常的なことに巻き込まれて……というのが多いでしょうか。スティーヴン・キングの作品は、2020年代に出版されているものでも現代を描いている感じがしないんですが、そういった作風を日本でやるとどうなるのかというのに興味があったんです。

──なるほど。「ワンダーX」への影響を感じた作品で言うと、伊藤さんのアニメ監督デビュー作「世紀末オカルト学院」とは共通する要素が多いように感じました。

「ワンダーX」1巻第1話より。一糸纏わぬ姿で空から突然現れるマッパ。

「ワンダーX」1巻第1話より。一糸纏わぬ姿で空から突然現れるマッパ。

自分の好みを辿っていくと、やっぱり「世紀末オカルト学院」の頃に戻ってしまうという困った癖があります(笑)。よくよく考えると突然裸の男が空から現れたり、未知の存在に対してヒロインが武器で物理攻撃したりする点とか一緒ですね。「ワンダーX」1巻のゲラを見ながら、そういうのが好きなんだなと改めて再認識しつつ、新しい要素をプラスしていこうと考えながら物語を作っています。

大人と子供、日本とアメリカの“中間地点”にいる主人公

──「ワンダーX」にはスティーヴン・キング作品で主役を張りそうなギークトリオがいる中で、主人公はエリアXに住む日本人とアメリカ人のミックス・モミジとなっていますね。

日本を舞台にした物語ですから、日本人の血を引くモミジを主人公にしようと思いました。あとモミジは、大人と子供の間の年齢、日本人とアメリカ人のミックスという“中間地点”にいます。そんな“中間地点”にいるモミジが、物語の中でどんな選択をするのかということを描きたかったのもありますね。

「ワンダーX」1巻第1話より。主人公・モミジは学校でも居場所を見つけられず、息苦しさを感じながら生活している。
「ワンダーX」1巻第1話より。主人公・モミジは学校でも居場所を見つけられず、息苦しさを感じながら生活している。

「ワンダーX」1巻第1話より。主人公・モミジは学校でも居場所を見つけられず、息苦しさを感じながら生活している。

──大人と子供の中間であるティーンが主役のアニメ・マンガ作品は多数ありますが、ミドルティーン以上のものが多いように思います。そんな中モミジは12歳。まだ幼さの残るローティーンです。

今回はマンガだからこそローティーンが描けたところもありますね。オリジナルアニメの企画でも、「高校生以上で話を作ってほしい」と言われることが多いんです。例えば映画であればお金を払って観に来てくださる人の層というのは高校生くらいから増えるので、そういう人が身近に感じやすいキャラクターを描いてアプローチするという考え方もありますから。

──オリジナル作品はアプローチに工夫が必要ですからね。ローティーンだからこそ描けるものもあるのでしょうか。

ティーンは“大人になりきれない”という複雑な時期を描くことができるんですが、高校生くらいの年齢だと、人殺しすらできそうな危うさが出てくるじゃないですか。例えばトラブルがあったとき、物理攻撃をしたら冗談じゃ済まない結果になるような気がしてしまって……。それは避けた方がいいなって話を、「ワンダーX」の企画当初からしていましたね。

──肉体的にも未熟なローティーンだからこそ描ける立ち向かい方や、勇気があるのかもしれません。“中間地点”と言えば、モミジが住んでいるのは米軍が接収したエリアXの中に取り残された“飛び地”と呼ばれる日本の土地ですよね。

「ワンダーX」の舞台のモデルは横浜にある根岸住宅地区という場所で、根岸住宅地区の中にも実際に飛び地が存在するんですよ。モミジの住んでいる家にもモデルがあります。

──飛び地も実在するんですね! そもそもなぜ根岸住宅地区が物語の舞台のモデルとなったのでしょう。

スティーヴン・キング作品には独特のアメリカ感、ある種のバタ臭さみたいなものがあるんですけど、これをそのまま日本に移植して成立するのかという懸念があって。でもアメリカ的な要素を内包させたいと考えた結果、米軍基地が近くにあるといいんじゃないかなというわけで、根岸住宅地区を選びました。

「ワンダーX」1巻第1話より。横浜にありながら、エリアXの中にはアメリカの景色が広がっている。
「ワンダーX」1巻第1話より。横浜にありながら、エリアXの中にはアメリカの景色が広がっている。

「ワンダーX」1巻第1話より。横浜にありながら、エリアXの中にはアメリカの景色が広がっている。

──根岸住宅地区は現在立ち入りが禁じられていますが、ロケハンはできたんですか? 町の中の様子が活き活きと描かれていました。

入ることはできなかったので、外から撮れる範囲で写真を撮りました。根岸住宅地区内にまだ家自体は残っているので、いわゆるアメリカの映画で見かけるような住宅だなというのは知ることができます。家の中やガレージなどのイメージは、映画やみんなの知識を頼りに描いてる感じです(笑)。

“神”とも呼べる超常的な存在・マッパ

──さまざまな作品に影響を受けつつも、舞台や登場人物の設定によって「ワンダーX」は個性を持った作品になっていると思います。中でも未知の存在であるマッパが特別な存在感を放っていますよね。

マッパにも実は元ネタがあって、半村良さんの「岬一郎の抵抗」という小説があるんですが、そこでは下町に特殊能力を持つ神のような人間が現れるんです。町内会の人たちとの人情話から、突然現れた超常的な存在を日本でどう扱うかという国家の話に発展していくSFなんですけど、「ワンダーX」ではそれをちょっと違うアプローチ、なおかつ子供目線で描くとどうなるのかというトライをしています。

──確かに通じるところがある作品ですね。マッパは自身を宇宙人だと話していますが、子供たちに“ギフト”といって特殊能力を与えていて神様のようにも描かれています。

マッパが自分を“宇宙人”って言っているのは方便だと思いますよ。我々が“宇宙人”と呼んでいるものは、生物学的区分けのようなものでしかない。例えばαケンタウリ星系から超常的な存在がやってきて、「私は40数億年前に人類を作ったんだ」と言ったら、それはもう神様なわけで……。リドリー・スコット監督の映画で言うプロメテウスですよね。そう考えると、神様と宇宙人の切り分けってけっこう難しいと思います。だから人間にとって超常的な存在を“神”と呼んでも、なんら差し支えはないんじゃないですかね。

「ワンダーX」2巻第8話より。マッパに与えられたギフトで浮かぶトム。

「ワンダーX」2巻第8話より。マッパに与えられたギフトで浮かぶトム。

──なるほど。そんな超常的な存在・マッパに、すぐに子供たちは惹きつけられていきます。未知の存在というのは、大人からすると脅威に感じるものですが……。

「グーニーズ」で言うところのスロースみたいな、不思議な人だけど力が強かったり、何かに秀でている人に惹かれる感覚というのが子供たちにはあるんじゃないですかね。

──身近にいそうなところだと、ゲームセンターにいつもいて、普段何をしてるかわからないけどゲームがめっちゃうまくて子供に慕われている謎のおじさん、みたいな(笑)。

近いかもしれません(笑)。普通は子供だけの秘密の遊びみたいなものに、大人が入ってくると途端に面白くなくなるじゃないですか。でもマッパは「こいつはいてもいいや」って許される存在というか。「子供みたいなもんだし」と受け止められているんでしょうね。あとマッパは俺が好きな映画「太陽を盗んだ男」で沢田研二さんが演じていた理科教師・城戸誠がモデルの1人だったりします。

「ワンダーX」1巻第3話より。マッパはすぐに子供たちの輪に溶け込んでいく。
「ワンダーX」1巻第3話より。マッパはすぐに子供たちの輪に溶け込んでいく。

「ワンダーX」1巻第3話より。マッパはすぐに子供たちの輪に溶け込んでいく。

──「太陽を盗んだ男」ですか。城戸は劇中で原子力発電所からプルトニウムを盗んで、自宅で原子爆弾を製造するという人物ですが、どういったところを参考にしたのでしょう。

城戸は生徒にからかわれながらも授業で大真面目に原爆の作り方とかを講義するような奇異な行動を取るのですが、子供からは別に嫌われたりしていないようで。大人から見ると不思議な人でも、子供から見ると興味を惹かれるというか、触れ合える人というのがいるんじゃないだろうかと。そういったところから着想を得ています。