週刊少年チャンピオン50周年 対談連載第2回 武川新吾(週刊少年チャンピオン編集長)×栗田宏俊(週刊少年マガジン編集長)|「作品がヒットするかどうか、半分以上は運」「だけど運だけでヒットすることは絶対にない」

「SNSマンガとは違うギアの重さの作品も必要」(武川)

──続いて、最初にちらっとお話が出たジャンマガ学園で個人的に気になったのは、サイトへの初アクセス時に生まれ年の入力が必要で、「22歳以下しか利用できない」という部分です。ここまで明確に若い人だけをターゲットにしてるのもすごいなと。

左から武川新吾、栗田宏俊。

栗田 そうですね、ジャンマガはお金をいただいてやってるものでもないし、とにかくマンガを若い層に広めるっていうことを前提にしているので。30代、40代の方はエンタメの中心にマンガも入っている層だと思うんですけど、大学生以下はそこをスマホゲームやSNSに食われちゃっているので、マンガの影響力をどれぐらい発揮できるかっていうのが勝負になってくる。そういう意味だとそこを明確にしたほうがこちらのメッセージが伝わりやすいだろうなということですね。

武川 特に10代の若年層の読者は減っていますからね。決定的なのはエンタテインメントを選ぶうえで、マンガ以外の選択肢がものすごく増えたということ。我々世代は「今日は月曜日だからジャンプの日だな」とか「水曜日だからマガジンとサンデー」「木曜日はチャンピオン」という感じで、毎週のカレンダーの中に週刊少年マンガ誌を買う予定がかならずありましたけど、今の若い人はそうではないと。

──スマホゲームに負けないマンガの良さをアピールするとしたらどんな部分でしょう。

栗田 難しいな……。だけど僕は“週刊少年マンガ誌しかできないこと”の時代が訪れると思っていて、それがその質問の答えに近いんだと思うんですけど。今ってTwitterでいろんな人が作品を発表して、すぐスカウトされて、下手するとそれがそのまま雑誌に載って単行本にもなるっていうのが増えてますよね。うちでもアプリでやってるマガジンポケットにはTwitterで知った作家さんもいっぱいいらっしゃいますし、5000リツイートぐらいいくと勝手に声をかけるシステムでもあるんじゃないかって言われる会社もあるぐらい、編集者がTwitterに注目しているという状態です。

武川 すごくわかります。

栗田 だけどそこから出てきた作品を読むと、ほとんどがキャラクターマンガなんですよね。かわいい女の子や面白いキャラクターがワンシチュエーションで何かをするっていう。そういうのはキャラが面白いというだけで深みがないというか、長く続けるような物語ではないものがほとんどで、物語をジェットコースターのように展開させることは難しい。キャラクターにちゃんとバックグラウンドがあって、主人公にはこういう運命があって、敵がいて……マガジンで言うと「七つの大罪」のような作品の作り方を覚えていないんです。だけどそういう物語を作家さんと一緒に作って、展開の面白さ、そして速さで作品に引きずり込むというやり方をするには週刊少年マンガが最強だろうと思ってるので、そういう生き残り方をしないといけないと思ってます。

──キャラクターに特化したマンガとは違う、週刊少年マンガを作りたいと。

栗田 長編アニメになるような作品は週刊少年マンガでしかできないので。そこをしっかりと今やらないと、っていう義務感はありますね。

武川新吾

武川 骨太で雑誌の根幹を支える、「これぞチャンピオン」「これぞマガジン」というような、10年、20年続いて世代を超えて愛される作品を一刻も早く作らないといけないというのはすごく感じています。もちろんSNSで活躍してるような作家さんに、チャンピオンにもお力添えいただいてますし、さっき言った誌面に色々なタイプの作品があるお子様ランチ的な意味でも非常に大事ではあるんですけどね。SNS起源のマンガは回転が速いですし、流行を取り入れやすかったりもしますけど、一方では全然違うギアの重さで回るマンガも必要です。

──SNS的でない、大作を作るための作家を育てるにはどうすればいいでしょう。

栗田 そういうものを作りたいという人はいることはいるんですよ。その人たちにとにかくチャレンジしてもらうことが重要ですし、いいものがちゃんとできたらマンガ家として食べていけるんですよっていうことを示してあげないと。今ってとにかく「じゃあやっぱり僕もTwitterにマンガ上げます」とか言い出しちゃう。

──目先のリツイート数や書籍化の話に釣られるなと。

武川 長い間、雑誌の看板を張れる大きな作品を一刻も早く育てることが急務だとは思うんですけど、丁寧な熟成の仕方っていうのは絶対に必要だと思います。

栗田 作家さんは基本的にはウケるためにマンガを描いてるわけですし、手応えがないとやめちゃうんですよね。そうならないようにある程度のチャンスをあげたりとか、あるいは「こうやったら成功しますよ」ということを説得力をもって打ち合わせして「自分が確かに面白いことを考えられてるぞ」って思ってもらえれば、続けてくれると思うんです。編集部としてはそうやってしっかり力になってあげたいですね。

「がんばらなくても運だけで当たりが来るってことは絶対にない」(武川)

──そういう作家さんの能力を見抜いて、育てるために編集者に必要なものはなんでしょうか。

栗田 いやー、難しいですね。

武川 もちろんケースバイケースだとは思うんですけど、作家さんに深く寄り添えてるかどうかっていうのがまず根本的なところですよね。ただ作家さんの作りたい作品も考え方も生活様式も、本当に人それぞれなので難しいですけど。

栗田 でもやっぱり優秀な編集者はコミュニケーション能力が高いですね。いくらいい意見を持っていても、作家さんがピンとこなきゃどうしようもないわけで、「この作家さんはこういうものの考え方をするんだな」っていうことを早めに掴んで、「じゃあこういうふうにアプローチしたほうが聞いてもらえるだろうな」っていうことがうまくやれることですかね。

──過去のヒット作を担当した編集者は、やはりどなたもコミュニケーション能力がすごかったですか。

栗田 そこはまた難しいところで、ヒット作って結局、半分以上は運だと思ってます。やっぱりまず作家さんの能力が高くないといけない。その作家さんと合うかどうかもありますし、マンガの内容に関しても当たるか外れるかってほんの些細なことだと思うんです。「実は私は」のヒロインが吸血鬼じゃなくてサキュバスだっただけで、あるいはヒロインの髪の色が緑じゃなくて黒かっただけで、「なんでこんな結果が違うんだ?」っていうぐらい売れない可能性だってある。だからマンガの内容に関して「絶対これがウケるからこれにしろ」って言ったことって僕はあまりないですし、「知らず知らずのうちにそれを選んだ」っていうことが多いので、最後は運だと思います。

武川 そうですよね。でも選ぶためのカードが目の前に来るためには、相当がんばらないとだめなんですけどね。

栗田 それは本当にそう思います。

武川 がんばらなくても運だけで当たりが来るってことは絶対にないです。作家さんに対して編集が全力でアイデアを出して、ハズレばっかりっていうこともあると思うんですけど、最後の最後に、落ち込みながらも「えい!」って出したものの中に1個ぐらいは大きな当たりがあると信じてるほうなんですよ。でもその当たりもそれまでの努力なしでいきなり発生するものではないですよね。

「すでに需要があるところを探してあとを追っても一番にはなれない」(武川)

武川 例えばうちでは基本的に1人の作家さんに対して1人の編集者なんですが、マガジンは複数の担当がついてるんですよね?

栗田 週マガは基本的に2人以上で、1人っていうのはほぼゼロですね。それが作品にどれぐらい影響を与えているのかはわからないですけど。

武川 マガジン作品ってどんな作品も一定レベル以上の印象があるので、それは担当が複数いることも要因のひとつなのかなと。

栗田 僕から見るとそうでもないですね。複数担当での班システムが機能したのは僕が入社した25年前から10年ぐらい前までっていう気がします。僕は「金田一少年の事件簿」とか「サイコメトラーEIJI」の樹林さん班で、あとは「はじめの一歩」「BOYS BE…」の野内さんの班、「オフサイド」とか「風のシルフィード」の石井(徹)さんの班があったんです。それぞれで得意分野があって、樹林班ならミステリー、野内班なら感動ものとか。

武川 やはりそれぞれがライバル視しあってたんですか?

栗田 やっぱり樹林班としては「はじめの一歩」が面白いと悔しかったですね。一歩と試合する千堂が、ゴングが鳴って「よしいくぞ」と振り返った瞬間にこう、デンプシーロールで飛びかかる回とかは、見た瞬間に「ダメだ、これは(アンケートで)1位だ」って雑誌を閉じましたから。

「はじめの一歩」29巻より。日本フェザー級タイトルマッチの千堂武士戦では、開始と同時にデンプシーロールを爆発させ、ダウンを奪う。2連続の見開きによるラッシュの迫力は、栗田編集長が思わず雑誌を閉じるのも納得だ。 「はじめの一歩」29巻より。日本フェザー級タイトルマッチの千堂武士戦では、開始と同時にデンプシーロールを爆発させ、ダウンを奪う。2連続の見開きによるラッシュの迫力は、栗田編集長が思わず雑誌を閉じるのも納得だ。

──そのひとつ前の試合でデンプシーロールを初披露したばかりの一歩が、次の千堂戦では試合開始直後に必殺技を放つという、インパクトがあるシーンでした。

武川 よく覚えています。そういうのって「これは1位だ」って直感でわかりますよね。

栗田 そういうのをなるべく大勢で経験するのが、班制度のいいところかなって。例えば「金田一少年の事件簿」では、密室殺人のシーンがあると1位の可能性が高いっていうデータがあったんですよ。どこかの館に行って終わるだけだと2位ぐらいだとか、死体が出るとまずまずだとか。

武川 そういう傾向があったんですね。確かに人が殺されるシーンのドキドキ感はありました。

栗田 要はそれを複数の担当者で体験することで「1回のマンガの情報量はこれぐらいがいいから、ここまでこの話に入れよう」とか「こういう謎で引きを作ると人気が出る」という経験則を共有できるのがよかったです。それをほかのマンガにも応用できるので、樹林班だと「これはどういうことだ?」というミステリーっぽい終わり方をするとか、石井班だと「感動させるためにはこういう要素をうまく使うといいんだ」みたいなストロングポイントができてくる。そういう経験を積んだ後輩で「僕、人の泣かせ方がわかりました」って言った奴がいましたからね(笑)。

武川 なかなか大物ですね(笑)。

栗田 だけどある時期に、前の編集長が辞めるときかな、上の人間がまとめて抜けたことがあって、そのときにそういう情報を教えられる人間があまりいなくなって、今は昔ほど機能してないかもしれないです。

武川 なるほど、でも面白い話ですね。特に一時期のマガジンは「何を読んでもレベルが高いな」って感じていたので、理由がわかりました。

──そういうデータってテキストにして、編集部で共有しないんですか?

武川 マガジンにはそういうのをまとめた教本みたいなのがあると聞きましたよ。

栗田 よくご存知ですね。さっき言った石井さんが4年前に作ったんですよ。今は第2弾を執筆中だと聞きました。でも班制度って、最低ラインを作ることはできるけど、飛び抜けた面白さは作れないんですよね。「勝つ方法」というよりは「負けない方法」という考え方に近いと思います。

武川 おそらくそのシステムだけあってもだめで、うまくフィットする作家さんがいたからこそ機能してたんでしょうね。

「漫画編集者のための教科書」を手にする武川新吾編集長。

このインタビュー後、講談社のエレベーターで偶然にも、マガジン編集部に伝わる教本「漫画編集者のための教科書 ―アンケートで1位を取る方法―」の著者である石井徹氏に遭遇。マガジン担当広報が「今日、石井さんの本の話が出ましたよ」と話しかけると「なんで知ってんだ?」と最初は訝しがりつつ、「あの本、欲しい? 持ってくるからちょっと待ってな」と自席まで取りに戻ってくれたうえ、武川編集長に「漫画編集者のための教科書」をプレゼント。「他社の編集長に渡して大丈夫ですか」と聞いてみたところ、「大丈夫! 『非売品』とは書いてるけど『社外秘』とは書いてないから!」との回答だった。なお石井氏は現在、講談社まんが学術文庫チームの編集長として活躍中。(撮影:週刊少年チャンピオン編集部)

──チャンピオン編集部はそういった、ヒットのための経験則を共有するということはないんでしょうか。

武川 ないことはないですけど、そこまでシステム化はしてないですね。だけどすでに需要があるところを探してあとを追っても、2番、3番にしかならないわけじゃないですか。一番の大ヒットマンガを狙うんだったら、最初は需要なんかないところを狙ってフルスイングするっていうか。

──言ってみれば、「六道の悪女たち」なんかはまさにそうですよね。“ヒロインが全員悪女のハーレムもの”っていうのはこれまで需要がなかったかもしれないけど、今はそのジャンルで一番という。

武川 「実は私は」で人外ヒロインブームの先頭を走れたときもそうでしたが、うちは作家さんと一緒に変なことを考える編集者は多いので、その変なことから生まれる可能性を信じてますね。チャンピオンはそういう戦い方をやってきたと思います。

──かつてのマガジンの「負けない戦い方」とは真逆で、違いが浮き彫りになりましたね。

武川 僕は編集部員には「ヒットよりもホームランを狙ってほしい」と伝えているので。そのためには大振りして三振してもしょうがない……とまでは言えないですけど、ホームランを狙わなきゃ意味がないなと思ってます。