コミックナタリー Power Push - 「アルキメデスの大戦」
“役に立たないこと”がマンガの価値を高める 三田紀房が描く「ドラゴン桜」と対極の新作
「ゴールデンカムイ」からの影響は大きい
── 櫂のキャラクター以外に、制作過程でこれは大変だったという点はありますか。
そもそも、ちゃんとネームを作るのが10年ぶりです。マンガ家なら当然だろうと思われるかもしれませんが、ネーム作業は時間を相当取られてしまうんですよね。僕は「砂の栄冠」と「インベスターZ」、週刊で2本連載していたので、効率化のために原稿用紙に直接コマ割りしてセリフを入れたものをFAXしてるんです。繋がりや見開きなどの設計図が頭に浮かんだらどんどん描くという感じで。今でも「インベスターZ」はそうですね。
── ええっ! 直描きなんですか!
そうそう。でもこの作品ではネームをきちんと作ろうと思ったので、コピー用紙にキャラまで入れて描いています。それにはひとつ理由があって、軍隊用語や造船用語の監修者チェックが必要だから。今、ネームは2~3話先行して描いています。
── 過去の作品にも専門用語がたくさん使われていましたが、今回監修をお願いされた理由は?
専門用語って、わけがわからなくても入ってるといいモノなんです(笑)。マンガの格が上がるからね。「トロコイド曲線」なんて知らなくても、聞けばすごそうな印象が出るでしょう。読者もそれを逐一理解しようと思ってはいないでしょうし、むしろ専門的なことをわいわい言う雰囲気にテンションが上がる感じだと思うんですよ。実は、この考え方は野田サトルさんの「ゴールデンカムイ」からの影響が相当大きいです。あのアイヌの道具の使い方の描写なんて現代人には正直役立たない内容なのに、なぜかそういう部分にすごく惹かれてしまう。なるほど罠はこんな仕組みなのか、うさぎはこう捌くのか、とか。役に立たない情報をきちんと入れる手法は、マンガ業界におけるすごく大きなイノベーションだと思うんですよね。だから僕も「とにかくわけわからないことをやろう」と編集の彼らに頼んでいるんです。船の工数なんて誰が興味を持つかわからないけどとにかくやろう、軍艦の製図なんて役立たないけどそういう部分が大事だよと。そしてマンガの価値観を高められたらという作戦を立てているんです。
── 確かに、そういう作品は何度読んでも発見がある気がします。
「ゴールデンカムイ」もそうですもんね。自分の生活には何の影響もないのに妙にひっかかる……というのが今後のマンガ市場を作るはず。僕は58歳だけど、若い人たちのところに参戦して市場を開拓していきたいなと。マンガの可能性はまだまだ広がると思うんですよね。それを強く意識したのが、日ハムのプロスカウトさんから「先生って、例えば椅子の側面みたいな、人が気にも留めないディテールをマンガに細かく描き込んでいますよね、そこがすごく面白いです」と言われたとき。「ああほかの人もそう感じるんだ」と思ったので、今後もこの方向性で描いていきたいです。
── 先生の作品は実地で役立つ作品が多い印象ですが、「アルキメデスの大戦」で描かれている軍艦の測量については、活用する機会が少なそうです(笑)。その意味でも新しいですね。
「ドラゴン桜」は受験、「インベスターZ」は投資の情報を発信する役割がありましたけど、このマンガはその対極の作品ですからね。でも、役立たなくても何かの情報を伝えるという意味では共通していると思っています。
人は立場の変化に対してどこまで自分を貫けるのか
── 今後の構想や見どころがあれば教えてください。
ひとつはキャラクターの変化です。人間って、1人のときは善良で真面目だし正しいことをしたいと思っているのに、組織に入ると変質してしまうんです。東芝の粉飾決算はまさにその例ですよね。経営層なんて本来エリートだし、性格も真面目そうだし、社内でも素晴らしい業績を残した人だと思うんです。でも、組織のためだと悪いことに目をつぶってしまった。その結果、会社が傾くほどの大事件になったわけですよね。これについてみんな責任を取って説明しろと言いますが、もし現実に自分がその場にいて上司から判断を迫られたら、反対できますかと。そういうことを解いていきたいんです。生きることは常に想定問答を突きつけられるので、あなたならどう決断して行動しますかと。その設問を読者と作りながら答えを探すマンガにできればなと思います。
── 奥が深いですね……。
しかも今後は戦争に突入していきますし、立場によってキャラクターの考えや行動が変わることはまず確実でしょうね。本来一番戦争したくないのは軍人なんですよ、自分が命を落とすかもしれないしね。それでも進めてしまうのは社会のメカニズムというか。その辺りが今後のテーマになっていくかと思います。
──最後に読者へのメッセージをお願いします。
歴史を知るのは実はすごく楽しいことなので、食わず嫌いせずに試してもらえたらと思います。歴史ものは敬遠される方も多いですが、過去を知ると今がわかりますからね。ヤングマガジンにしては文字が多いとよく言われるのですが(笑)、少しだけ我慢して読んでいただけるとうれしいです。
- 三田紀房 監修:後藤一信「アルキメデスの大戦(1)」 / 2016年5月6日発売 / 講談社
- 610円
- Kindle版 / 540円
- 三田紀房 監修:後藤一信「アルキメデスの大戦(2)」 / 2016年5月6日発売 / 講談社
- 610円
- Kindle版 / 540円
さかのぼること、1933年。前年に満州国樹立を宣言した日本と中国大陸を狙う欧米列強の対立は激化の一途を辿っていた。世界が不穏な空気に包まれていく中、日本の運命を左右することになる重大な会議──新型戦艦建造計画会議──がいま海軍省の会議室で始まろうとしていた。それは次世代の海の戦いを見据える“航空主兵主義”派と日本海軍の伝統を尊重する“大艦巨砲主義”派の権力闘争の始まりでもあった。
三田紀房(ミタノリフサ)
1958年1月4日岩手県北上市生まれ。1988年モーニング(講談社)にて「Eiji's Tailor」でデビュー。1997年に週刊漫画ゴラク(日本文芸社)で「クロカン」、1999年には別冊ヤングマガジン(講談社)にて「甲子園へ行こう!」の連載を開始する。2作品とも高校野球の知られざる裏ワザを描いて話題となった。2003年、モーニングにて「ドラゴン桜」をスタート。東大入試をテーマに、具体的な勉強法を描いて大ヒット。2005年にドラマ化され、第29回講談社漫画賞および文化庁メディア芸術祭マンガ部門の優秀賞を受賞した。またヤングマガジンで2010年から2015年まで連載していた「砂の栄冠」は平成27年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門で審査委員会推薦作品に選出。2013年よりモーニングにて投資をテーマにした「インベスターZ」を、2015年からはヤングマガジンにて、戦艦大和を題材にした「アルキメデスの大戦」を連載している。