アーシュナのBGMは「必殺仕事人」「大江戸捜査網」(川崎)
──この記事が掲載されるタイミングでは5話まで放送が終わっています。前半の山場を迎えているところですが、ここまで完成した映像をご覧になって、佐藤先生はいかがですか?
佐藤 印象に残っているシーンがたくさんあるんですよね……やっぱり、1話のAパートの流れは、原作の流れを本当に忠実に再現していただけてよかったです。
──メノウがその後の描かれ方とはちょっと違う雰囲気でかわいくて。
佐藤 そうですね(笑)。そこは絵もですし、声優さんの演技も含めてかわいく描いていただいて、視聴者の方にも強い印象を残せたんじゃないかなと思います。その後の5話までの描写でも、メノウの表情が崩れたりするところが巧みに入っていて、原作でも表現しようとしていた、メノウが任務に徹しているときと、本来持っている人間性の二面性をうまく描いていただけているのは、大変ありがたいなと思っています。
川崎 演出として一番優先すべき点は物語であり、登場人物の感情なので、とにかくそこはしっかり、階段状に、一段ずつ積み上げるように丁寧に作ろうと努めていたんです。自分のやっていることに罪悪感や葛藤を抱いている処刑人のメノウが、アカリと出会ってしまったことで、どう変わっていくのか。とにかくそこを最優先する。そのうえで、息抜きじゃないんですけど、箸休め的にギャグ的な要素を入れていくことを考えていました。先生は今、そうおっしゃってくださいましたけど、原作を読んでいる方からするとギャグの部分が若干引き気味になってしまっていると思うんです。そこはいろいろ悩んで、試行錯誤しながらやっていたら、あのバランスに落ち着いた感じですね。
佐藤 あとは戦闘シーンもカッコいいですよね。……アーシュナ姫のBGMは、なぜか鳴るたびに笑ってしまいますけど(笑)。あれ、なんなんでしょうね? カッコいいBGMなんですよ。でも映像と合わさると、カッコいいのに、笑ってしまう。変な意味ではなく、不思議な感覚です。
川崎 あれはですね、先ほど、この作品の演出には「ケレン味」が必要だと感じた、なんてお話をしましたよね? 私は多少古めの人間なので、「ケレン味」といったときに頭の中に思い浮かぶのは、「必殺仕事人」とか、「大江戸捜査網」とか、ああいう時代劇のテイストなんです。あとはテレビ東京の「午後のロードショー」でよく放送されていたような、アクション映画の雰囲気。昔ながらのピカレスクロマン、勧善懲悪のダークヒーロー的な要素を、アーシュナを描くうえでは作ってみようかなと。それで音楽打ち合わせのときに、作曲家の未知瑠さんに「1曲だけそういうのを作ってみましょう。フラメンコギターを使ったりなんかして」とオーダーを出したら、あの曲が上がってきた。まさかあそこまで振り切るとは思わなかったですけど、結果的にはアリだな、と(笑)。
大澤 確かに最初は「やりすぎか?」と思うくらいだった(笑)。
佐藤 個人的には絶妙なギャップで、アリだと思います(笑)。
“ウエスタン”をやりたかったんです(川崎)
大澤 アクションシーンは原作に描かれているものをとにかく逃げずに取り組んでいただけましたね。原作を読んでいたとき、「この描写、アニメでやるとしたら大変な内容だけど、どうするんだろう?」と思っていたところが、正直あったんです。でも全部逃げずにやってくれた。でも監督的にはどうだったんですか? この作品のアクションのハードルの高さって。
川崎 アニメのアクションシーンは演出の領分というより、やはりそのシーンを担当したアニメーターの人たちがどこまでがんばってくれるかが大きいんです。だからよくできているとしたら、それはやっぱり作画の皆さんと、あとは主に魔導関係ですけど、いろんな処理を考えてくれたCG、撮影の人たちの力が大きいと私としては思います。あとは各話で参加してくださった、ベテランの演出家の方々の処理の上手さですかね。監督の私としては、あまりそこは自分の仕事として語る部分でもなく、むしろ参加してくれた皆さん、ありがとうございました……というところですかね。
──でもそれを引き出すために、やはり監督が何か、イメージをお伝えされていたのでは?
川崎 例えば3話の列車でのアクションは、あれはもうJ.C.STAFFのアクションが得意なアニメーターの皆さんにお任せだったんです。話は少しズレますけど、イメージを伝えたところでいえば、1話のメノウの回想シーンのフレアですね。あれに関してはもう完全に私の趣味で、「ウエスタン」をやりたかったんです。セルジオ・レオーネを。
──「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト」ですか。
川崎 そうそう! よかったですねえ、完全版のリバイバル上映(※)。フレアの「清く正しく、そして強い神官だよ」のところは、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト」をアニメーターさんに渡して、「これのフランクをやってくれ」と。
──あの崩壊した町でメノウとマスターのフレアが出会うシーンは、そのイメージだったんですね。
川崎 もしご存じない方がいたら、ぜひ、この作品を通じて、あの素晴らしい映画を知ってほしいです。
大澤 何を宣伝してるんですか(笑)。
川崎 ごめんなさい(笑)。そう、だからアニメ化にあたって、基本的には原作を尊重する方針でやっていた中で、ひとつだけわがままを言ったんですよ。原作からフレアの衣装を変えさせてもらった。あれはクリント・イーストウッドがマカロニウエスタンのときに着ている、ポンチョのイメージなんです。許してくれたキャラクター原案のニリツさんには感謝ですね。
※マカロニウエスタンの巨匠セルジオ・レオーネ監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト」は、日本では1969年に「ウエスタン」のタイトルで短縮版が公開。2019年にようやく「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト」の原題でノーカット版が上映された。
佐藤 キャラのビジュアルのそういうところは、完全にニリツさんに判断をおまかせのところでしたからね。
──面白いです。原作を尊重しつつ、そういう形で監督の思いを作品に込める。メノウとフレアの師弟関係に、ベテランと新人のガンマン同士のような空気感を持たせていたわけですか。
川崎 1話の脚本を読んでいて、絵が頭に浮かんでしまったんですよね。真っ白い世界の中に赤黒い髪の人がいて、子供を睨んで、「清く正しく、そして強い神官だよ」と、その後を左右するような言葉を伝える。あそこがしっかり決まると、この作品は決まるなって。原作読んで、あの皮肉な笑い、カッコいいね、好き!って思ってしまったので、ちょっとがんばっちゃいました。
大澤 ああいう様式美的なカットがちょいちょい入ってて、それがこの作品の映像的な特徴になったかなと思いますね。
佐藤 監督にそれだけ何かを受け取ってもらえたならうれしいですよ。ありがとうございます。
川崎 もっと職業監督として、冷静に徹しなきゃダメだと思うんですけどね。自分の年齢もあってか、多少年配気味のキャラクター……フレアやオーウェルに興味を持ってしまうところも、どうしてもありましたね。5話のオーウェルのじたばたするところ、本性が出てくるところも、ちょっとこだわった見せ方をしたところです。
佐藤 ちょっとリアルテイストの演出をされていたところですよね。
──オープニングにもありますけど、生っぽい、リアルなシーンを入れているのも特徴的ですよね。
川崎 まずオープニングに絞って言えば、生っぽい肉体表現を入れたのは、僕なりにこの作品の、アニメ化しないところも含めて原作の物語全体の雰囲気を込めた映像にしたかったからですね。そのためには多少飛んだ表現が必要になるので、1カット目で主人公のミイラを出すことを決めたところから、リアルな表現が生まれました。
大澤 ちょっと原作にはホラーというか、スプラッタの印象を受けるシーンもありますからね。そのテイストがうまく入っているなと。ちなみにあれは佐藤先生の趣味?
佐藤 いえ、単純に、作家としての自己課題として入れてみた形ですね。この作品で書くまで、ちゃんとスプラッタ描写を書こうと思ったことがなかったので。そもそもサクサクと人が死ぬ話自体、この作品の前には書いたことがなかったんですよ。だからこそ、そういう雰囲気が感じられるものになっているのかもしれないですね。
川崎 あとは本編全体での生っぽい表現……それこそ、さっき話した出会いのときのフレアの顔だとか、5話のオーウェルの顔だとかは、端的に言うと、アニメでああいうときの顔って、デザイン化された表現をされがちなんです。
──記号的な表情で処理されがちということですか?
川崎 そうですね。長くアニメを作っていると、だんだんそれに飽きてくる(笑)。ここぞというところで、アニメの枠を超えた顔を描いてほしくなるんですね。それによってキャラクターが生きる。キャラクターに身体性を与えるために、お約束の記号的表現を逸脱した、生っぽい表現を意図的にアニメーターに要求してるわけです。多少キャラクターデザインから逸脱しても、そういう表情があっていいと思うんですよ。あくまでキャラクターデザインは出発点でしかない。キャラクターの感情が物語の出発点から変化していったなら、見たこともない顔を見せるだろうし、それは生々しいものであろう……と。話がぐるっと戻ると、オープニングのドクロのところも、それに近い考え方ですね。
──どういうことでしょう?
川崎 綺麗な作画で、うまく美少女が動いているのもいいけれど、それだけだと飽きてくるはず。美少女がミイラになって、ミイラから筋肉が出てきて、再生する。そういう表現ってアニメでは普段見ないものだし、アニメーターにも普段要求しない仕事を要求できる。それって、見る人にも、関わる人にも面白いはずなんですよね。
──それはまさに、佐藤先生が原作を書くときに、ライトノベルの「お約束」の裏をかいたのと近いモチベーションですよね。
佐藤 そうですね。私ももともと「なろう」系らしい展開が世の中に根付いてきたので、そろそろこういう展開もいいんじゃないかな?と思って書き始めたところがありました。もちろん、「なろう」系らしい展開は、まったく嫌いじゃないんですが。
川崎 目立たないといけないっていうのはありますよね。
佐藤 身も蓋もなく言ったら、そういうことです(笑)。
──では最後に、6話以降の見どころを。
川崎 6話でひとつの山を超えますが、7話以降も、今まで出てきた人物にさらに輪をかけたクセの強いキャラクターたちが出てきますので、楽しみにしていただきたいですね。
大澤 本番はこれからだ!って感じです。お話としても、映像としても、ここまではむしろ序章というか、まだ駆け出し。ここからが怒涛の展開ですので、ぜひ最後まで観ていただきたいです。
佐藤 「小説だから遠慮なく書きました」みたいなところが、どんどんド派手にアニメ化されていきますからね。原作を読んでいる方も、そうではない方も、ご期待いただけたらありがたいです。
プロフィール
佐藤真登(サトウマト)
2019年に第11回GA文庫大賞にて「処刑少女の生きる道(バージンロード)」が、同賞7年ぶりの大賞に輝く。ほかの著作には「ヒロインな妹、悪役令嬢な私」「嘘つき戦姫、迷宮をゆく」「全肯定奴隷少女:1回10分1000リン」がある。
佐藤真登 (@qazxsw020119) | Twitter
川崎芳樹(カワサキヨシキ)
アニメーション演出家。「本好きの下剋上 司書になるためには手段を選んでいられません」には副監督として参加し、第1期のエンディング、第2期のオープニングで演出も担当した。「処刑少女の生きる道(バージンロード)」で初監督を務める。
大澤信博(オオサワノブヒロ)
アニメーションプロデューサー。アニメーションの企画、制作を中心としたトータルプロデュースを手がける会社・EGG FIRM代表取締役を務める。これまでに携わった作品には、「とらドラ!」「のだめカンタービレ」「ソードアート・オンライン」「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」「無職転生 ~異世界行ったら本気だす~」などがある。