“異世界もの”はなぜ一大ジャンルに成長したのか?その源流から最新トレンドまでを識者が語り尽くす (2/2)

コミカライズをきっかけにした「転スラ」のヒットで一大ジャンルへ

岡田 2010年代前半で特殊なトピックだったのは、人外転生が出てきたことだと思うんですよね。大喜利の結果、異世界で人外になるというフォーマットが確立された。「オーバーロード」はゲーム内アバターという設定でしたけど、「転生したらスライムだった件」では本当にスライムになり。「転スラ」は特にJRPGのゲーム性を採り入れている点も面白かったと思います。

伏瀬「転生したらスライムだった件」(マイクロマガジン社 / GCノベルズ)

伏瀬「転生したらスライムだった件」(マイクロマガジン社 / GCノベルズ)

松浦 とはいえ、書籍化段階では人気作の1つくらいの立ち位置でしたよね。小説家になろうのランキングでは、「無職転生 ~異世界行ったら本気だす~」一強が続いていた時代でしたし。「転スラ」はコミカライズされてから異常な売れ行きを示して、より広い層へと異世界ものの魅力を広める端緒となりました。

リイエル ダンジョン攻略から始まって国づくり、戦争と少しずつ規模が大きくなっていったことも、テンプレート的とは言えわかりやすかったですね。最近の流行り作品の流れを全部1つの作品に詰めている感じがあります。

松浦 「転スラ」は、マンガ版の刊行ペースが早かったのが多くの読者を獲得した一因だと思っています。月刊連載でありながら、第4巻以降は週刊連載並みのペースで単行本が出ています。基本的に読者は飽きっぽいものなので、早いペースで本が出せるのはそれだけで強い。

岡田 「転スラ」のヒット以降、2010年代後半からは書籍版よりもコミカライズのほうが売れる、という状況が生まれましたよね。「シャングリラ・フロンティア」のように書籍化をすっ飛ばしてコミカライズするパターンも出てきています。

原作:伏瀬、漫画:川上泰樹、キャラクター原案:みっつばー「転生したらスライムだった件」(講談社)

原作:伏瀬、漫画:川上泰樹、キャラクター原案:みっつばー「転生したらスライムだった件」(講談社)

リイエル 「転スラ」の人気って、メディアミックスによって跳ねることが証明された例ですよね。2010年代後半には悪役令嬢ものも誕生して。

太田 異世界ものの中でも最近存在感を示しているのが悪役令嬢ものですね。

リイエル その原形とされているのは、「謙虚、堅実をモットーに生きております!」という作品だと言われています。これは少女マンガのいじめっ子令嬢に転生してしまったので、本来の没落ルートをたどらないように努力していく作品です。ただ、「謙虚堅実」は書籍化がされていないので、Web小説シーンを追っていない人にはあまり知られていないんですよね。

岡田 小説家になろうのランキングでは、かなりの間「無職転生」が第1位で、「謙虚堅実」が第2位になっていました。

リイエル そうなんです。書籍化していないとはいえその影響は見逃せなくて。自分が調べた限り悪役令嬢もので最初に人気になった書籍化作品は「アルバート家の令嬢は没落をご所望です」なんですが、これは没落したくないという悪役令嬢の本来の流れを逆手にとったギャグテイストの逆張り作品なんですよね。その後、「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」の書籍化でようやくメインストリームの作品が出てきた印象がありました。

岡田 女性向け書籍化レーベルは、アルファポリスが2010年に創刊したレジーナブックスがはしりですが、確実に増えてきたのは「はめふら」がアニメ化して人気になった2019年ぐらいからでした。その頃には各社が女性向けレーベルを創刊していて。

松浦 女性向け作品が手堅く売れると思われてきたんですよね。

山口悟「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」(一迅社 / 一迅社文庫アイリス)

山口悟「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」(一迅社 / 一迅社文庫アイリス)

リイエル Webtoonもそうですけど、マンガオリジナル作品で悪役令嬢ものが増えていったのも確実に「はめふら」の影響があったと思います。

松浦 Webtoonは女性向けの転生ものが非常に多いですね。それらの多くは韓国産で、Web小説が原作になっています。韓国Web小説界では、2000年代後半くらいから悪役令嬢──韓国では悪女ものと呼ばれていますが──の萌芽が生まれ、2010年代に日本のWeb小説の影響も受けながらジャンルとして成長し、2010年代後半に大きなブームを形成していったようです。悪役令嬢もの(悪女もの)はとても売れています。日本ではゲームの世界に入ることが多いけれど、韓国は小説の世界に入るというパターンが多い気がします。

追放もの、現地主人公もの、配信者もの……最近のムーブメント

太田 海外では日本に先んじて「私の推しは悪役令嬢。」の書籍版が刊行される、なんてこともありましたね。さて、悪役令嬢もののほかに存在した2010年代後半の異世界もののムーブメントを追うと、追放ものがキーワードになるかと思います。所属していたパーティから主人公が追放され、単身で冒険することになったり、スローライフを過ごしたりしていくという物語群ですね。

岡田 「盾の勇者の成り上がり」から始まっていますよね。ただ、系譜を辿ると時代小説にも同じようなものがあって。強いことを隠して長屋に住んでいる──佐伯泰英の「居眠り磐音」シリーズみたいな作品が今も人気を集めています。

アネコユサギ「盾の勇者の成り上がり」(KADOKAWA / MFブックス)

アネコユサギ「盾の勇者の成り上がり」(KADOKAWA / MFブックス)

松浦 「居眠り磐音」には、異世界転生ものや追放ものと共通する魅力がありますね。地元でひどい目に遭った主人公が江戸に行って大活躍する話ですから。ある種の挫折や破滅を経験した人が、自分の経験や特技を生かして新天地で再出発するという形式は、エンタメでは定番の型と言えるでしょう。

岡田 「水戸黄門」だって徳川光圀が身分を隠して市井の問題解決を行う話です。昔から続いている痛快な勧善懲悪の手法を異世界ものに採り入れたのが、追放ものなんですよ。

リイエル 追放ものの面白いところに、転生・転移でない物語が生まれたことがあると思います。世界観自体はJRPGをベースにした異世界もののフォーマットに沿っているけれど、現実世界とはリンクしていない現地の冒険者が主人公であるケースが増えてきた。いわゆる現地主人公ものです。

岡田 転生・転移ものと現地主人公ものを分離するための考え方ですよね。最近だと「異修羅」や「バーサス」が現地主人公ものとしてありますよね。一般的な異世界ものは、日本人が異世界に行って現代日本の知識を活用してリードしていくんですが、現地主人公ものだと最強キャラ同士のぶつかり合いという方向が多いという違いもあります。

松浦 「グラップラー刃牙」シリーズや「終末のワルキューレ」とかの作品性に近いですよね。

太田 ちなみに現在流行っている異世界もののサブジャンルというと?

岡田 不幸な境遇にいる子が徐々に幸せになっていく、というストーリーの作品をよく見るようになった気がします。

松浦 政略結婚させられたと思ったら、相手は態度が悪いだけで性格のいい男だった、みたいな作品はWebtoonでよく見ますね。日本のWeb小説でもしばしば見かけます。

岡田 「わたしの幸せな結婚」がまさしくそれですよね。

リイエル Web小説スコッパー(Web小説として投稿されている作品の中から、面白い作品を日々探している読者のこと)としては、ダンジョン内で配信活動を行う作品群が人気だと思っています。代表作としては、第8回カクヨムWeb小説コンテストの現代ファンタジー部門で特別賞を受賞した「推しにダンジョン産の美味いもんを食わせるために、VTuberになってみた」でしょうか。

岡田 配信者ものは十年ほど前から存在していますけど、売れ始めたのは最近ですよね。悪役令嬢ものと融合した「ツンデレ悪役令嬢リーゼロッテと実況の遠藤くんと解説の小林さん」のアニメ化は記憶に新しいです。

リイエル やっぱりVTuber人気によって、ゲーム実況の知名度が上がったと思うんですよ。それまで生身の実況者では観なかった人も、バーチャルのアバターが付いたことで生配信の動画に触れるようになりましたから。

松浦 コロナ禍でみんな動画サイトを観るようになったので、コメント欄のあるあるも共有されたのは大きかったですね。

先鋭化し続ける異世界ものの進化系「バーサス」

太田 これからどのような異世界ものが登場すると思いますか?

岡田 先ほど異世界ものは大喜利と言いましたけど、これからさらに先鋭化したネタが出てくると思いますね。例えば「ワンパンマン」「モブサイコ100」などヒット作を出してきたONEさんが原作の「バーサス」は現実世界とは別の世界を舞台にしていて、いろんな世界とつながったことで、最強と最強を戦わせる作品です。いろんなジャンルの要素を取り入れているのが面白いですよね。小説だと社畜と文鳥が現実世界と異世界を行ったり来たりしながら異能バトルを繰り広げていく「佐々木とピーちゃん」みたいな作品もありますけど、マンガだと表現しやすいジャンルでもあるのでこれからいっぱい出てくると思います。

原作:ONE、漫画:あずま京太郎、構成:bose「バーサス」1巻(講談社)

原作:ONE、漫画:あずま京太郎、構成:bose「バーサス」1巻(講談社)

リイエル 「バーサス」はさまざまな世界が1つにつながることによって、ファンタジーやSFなどのジャンルが1つにつながるのは面白いですよね。ライトノベルにおいては、ほかの世界からの干渉といっても失敗した別世界線の自分や上位世界の神様、あとは転生ものによくあるような過去の歴史を知っているぐらいが限度で、全然違う文化発展をした世界から干渉をするのはなかなか見ないと思います。

松浦 「バーサス」はいっぺんにいろんな世界からの来訪者を見せているのに、読者が混乱しないように作られているのは素晴らしいですよね。原作のONEさんのキャラクター造形力や、作画のあずま京太郎さんの画力、そしてマンガという形式の力だと思います。小説で同じことをやろうとすると、作家の筆力はもちろん、本の作り方でもいろんな工夫が必要になります。ジャンルを混ぜ合わせた作品って昔からありましたけど、いつから読者の抵抗がなくなってきたのかなと考えると、まずはソーシャルゲームの流行。そして、「マーベル・シネマティック・ユニバース」の存在は大きかったと思うんですよね。

岡田 いろんなヒーローを一緒の場所に集めて活躍させるというアイデア自体は面白いですが、実際にそれで物語を作るのは難しいですからね。「バーサス」は13個の題材をくっつけても、それぞれの世界がどういうジャンルのあるあるで構成されているのかとてもわかりやすいです。異世界ものって、あるあるをどう見せていくかに作者の技量が問われるので、ダンジョン配信ものもどう進化していくか楽しみにしています。

松浦 僕はそこまで人気ジャンルの傾向は変わらないんじゃないかなと思いますね。ただ、異世界から帰ってきた主人公ものが流行るのではないかと思っています。例えば異世界から帰ってきたセガハードのゲームが大好きなおじさんが、冒険者だった時期について語る「異世界おじさん」がそうですが、小説だとあまり人気作が出てきていない。もう少し追随する作品が出てきてもいいと思うんです。

リイエル 異世界ものに限らず、いろんなエンタメ作品は描きやすい題材が出てきたら一気に波及していく、というのが常です。なので、僕らが気付かないところで生まれた、あるいはもう生まれている作品から新たなブームが生まれるんじゃないかなと思います。それがラノベなのかマンガなのかアニメなのかはわかりませんけど。

岡田 中華後宮ものが一気に流行ったり、オメガバースが1ジャンルとして確立したり、なんてこともありましたからね。

松浦 いまや“ISEKAI”は世界共通語ですから、もしかしたら日本以外の場所から新たなムーブメントが起きるかもしれない。アメリカ人が書いた異世界転生小説が人気になって、日本や韓国の作品に影響を与える……といった未来もあるかもしれません。

太田 直近だとDCの人気キャラクターが異世界転移を果たす「異世界スーサイド・スクワッド」の発表もありましたしね。しかも、シリーズ構成・脚本は「リゼロ」の長月達平さんですし。

岡田 でも、大喜利のように出てきたアイデアを包み込むことができるのは、異世界ものにそれを受け入れる度量があるんだという証左なのかもしれませんね。