意地になって封印
──お話を聞いていて、この作品をご自身の中に留めておきたいという気持ちが“封印”につながったと思うのですが、封印をしている間、安彦さんは本作のことをどう思っていたんですか?
あまり思い出したくなかった作品ですね……。できれば記憶から消したいみたいな。ただ「ヴイナス戦記」の仕事自体は不愉快な思い出じゃないんですよ。むしろ気持ちよくやったという感じがするんですけどね。アニメ業界にいた当時の最後の仕事だから、その業界にいたことを忘れたかったのかな。
──“封印”について明確なタイミングはあったのですか?
封印っていうのは、単純な意味でビデオにしないっていうことだったんですね。映画を公開してからそんなに時間が経っていない頃に、「ヴイナス戦記」のマンガを連載していた学研の編集者の人に、「ビデオ出したいんだけど、許可が欲しい」って言われたんです。そのときに許可しないって言ったらどうなるの?って、聞いたんですよ。そしたら、「許可しない」って言うなら出せませんって。そこで、「じゃあ許可しない」って言って。ビデオが出なければ、この作品を観る機会がなくなるわけですから。観る機会なんて奪っちゃえって、誰にも相談せずに1人で決めましたね。
──平成の始まりに公開された「ヴイナス戦記」を、令和の始まったこのタイミングで封印を解こうと思ったきっかけはなんだったのでしょう?
サンライズに望月(克己)くんというのがいて、その彼が絡んで2017年に「クラッシャージョウ」の4K極上爆音上映をやったんです。「クラッシャージョウ」もあまり振り返りたくない作品で、どんな話だったかも忘れていて。それもあってかけっこう新鮮に観れて、意外と面白かったなと思えたんです。その流れで、サンライズとは関係ないのに「ヴイナス戦記」でも上映会をやりませんかと声をかけてくれて。こっちも「クラッシャージョウ」が思っていたほどつまらなくなかったから、ガードが緩くなっていて、上映会をやろうと決めたんですよ。
80年代後半の熱を感じて
──そこで安彦さん自身も「ヴイナス戦記」を観返すことになるのですね。
「ヴイナス戦記」も思っていたよりもよかったですね。設定のミスもそうだし、想像力が乏しいとか、アイデアがイマイチみたいな、いろんなことで失敗した感じが強くあったんですよ。だからもっとつまらないと思っていたんだけど、改めて観たら仕事の質も含めて、これはけっこういいんじゃないかって。恥ずかしながらそう思いましたね。80年代後半っていうのは非常にアニメーションにとってドラスティックな時期だったんです。そのときにいい作品も、話題作も、問題作もいろいろ作られて。今までは、その作品群に入りそびれたっていう感じがすごくあったんだけども、今は「ヴイナス」も同じ並びに入れてほしいっていう気持ちがしていますね。自分で言うのもなんだけど、同じ並びに入れてもらってもいい水準には、達していたんじゃないかな。小林七郎さんの率いる小林プロの美術や、作画監督の神村さんや佐野くんの仕事も含めて、非常にいいものがあると思います。問題があるとしたら原作と演出っていうか、監督の僕の力量ですけどね(笑)。
──当時のスタッフも一緒に鑑賞したそうですが、封印についてお話はされましたか?
自分の意思で封印を決めたけれど、一緒にやってくれたスタッフには大変申し訳ないと思っていたので、お詫びをしました。スタッフもなんでパッケージが出ないのかな、あれがいけなかったのかな、これが気に入らなかったのかな、なんていろいろ思ってくれていたらしくて。だから、そういうことじゃない、単純に俺の意地だった、仕事には感謝しているというのを改めて伝えましたね。きっかけを作ってくれた望月くんには非常に感謝しています。
──上映会をきっかけに封印が徐々に解かれていきましたが、昔一度は断ったパッケージ化をしようという決め手はなんだったのでしょう?
やっぱり、望月くんの言葉が決め手になりましたね。このデジタルの時代に、封印なんて今時できないんですと、海外版が日本でも買える状況なのだからちゃんと公開すべきですよと、そこまではっきりと言ってくれて。そういう方面に明るくないものですから、それを聞いていい加減、意地を張るのはよそうと思ったんですよね。
──Blu-ray化されることで、30年前に劇場で鑑賞した人や、初めてこの作品を知った方の目に触れることになると思います。安彦さんは観た方にどんなことを感じてもらいたいですか?
アニメが元気だった時代、あとアナログ時代の終わりでもある80年代後半を感じてもらいたいと思います。アニメーションっていうのは非常に制約の多い表現手段で、なかなか大変なんだけど、アナログ時代のアニメ表現者っていうのは、制約の中でいろんな工夫をしてがんばっていて、そのギリギリの熱みたいなものが発散されたのが80年代後半なんですよ。「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」で総監督をやったときに、デジタル的な表現はいろいろ試してみたり、教わったりして、それはそれでいいんですけどね。やっぱり失われたものもあるなと。それを「ヴイナス戦記」なんかを観て、その時代の熱を感じてもらえたらいいなと思いますね。
- 「ヴイナス戦記」
- 2019年7月26日発売 / バンダイナムコアーツ
- 収録内容
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- 本編100分+特典映像3分
特典
- 安彦良和描き下ろし収納BOX
- 特製ブックレット
- 縮刷パンフレット
映像特典
- 特報
- スタッフ
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原作:安彦良和(学研「NORA」掲載)
監督:安彦良和
脚本:笹本祐一・安彦良和
作画監督:神村幸子
メカニック作画監督:佐野浩敏
メカニックデザイン:小林誠・横山宏
キャラクターデザイン:安彦良和
美術監督:小林七郎
撮影監督:玉川芳行
音響監督:千葉耕市
音楽監督:久石譲
制作協力:トライアングルスタッフ
アニメーション制作:九月社
製作:ヴイナス戦記製作委員会
配給:松竹
- キャスト
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ヒロ:植草克秀
マギー:水谷優子
スウ:原えりこ
ミランダ:佐々木優子
ガリー:納谷悟朗
ウィル:大塚芳忠
キャッシー:吉田古奈美(現:吉田小南美)
ロブ:菊池正美
ジャック:梁田淸之
カーツ:池田秀一
ドナー:塩沢兼人
将軍:藤本譲
シムス:玄田哲章
©学研・松竹・バンダイ
- 安彦良和(ヤスヒコヨシカズ)
- 1947年12月9日生まれ。マンガ家、アニメ監督、イラストレーター。TVアニメ「機動戦士ガンダム」のキャラクターデザイン、アニメーションディレクターとして注目を集める。その後「クラッシャージョウ」「巨神ゴーグ」「アリオン」などのアニメ作品でキャラクターデザイン、作画監督、監督を務める。1989年公開の劇場アニメ「ヴイナス戦記」を最後にアニメ業界から身を引き、マンガ家として活躍。2015年には自身がマンガ原作者であるアニメ「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」にて25年ぶりにアニメ業界に復帰し、総監督を務めた。