Blu-ray「ヴイナス戦記」安彦良和インタビュー|「アニメが元気だった時代の熱を感じてほしい」30年にわたる“封印”を自ら解き放つ

「王立宇宙軍 オネアミスの翼」「AKIRA」「機動警察パトレイバー THE MOVIE」……アニメ史に残る映画作品が数々登場した1980年代後半。それらの作品と同じ時代に公開され、肩を並べるほどのクオリティを持ちながら、公開から30年にわたって“封印”されてきた作品が「ヴイナス戦記」だ。

コミックナタリーでは、7月26日のBlu-ray発売をもって、その長きにわたる封印が解かれる本作の特集を実施。封印を決めた張本人であり、本作の監督を務めた安彦良和に「思い出したくなかった」という本作への思いや、“封印”の理由を赤裸々に語ってもらった。

構成 / 粕谷太智

STORY

巨大な氷惑星の衝突をきっかけに、人類の移住が可能となった金星=ヴイナス。移住から70年が経過した惑星は、大陸を二分するアフロディアとイシュタルという自治州同士によって戦争状態にあった。その一方で、かつての姿を取り戻すかのように温暖化も進み、ヴイナスは政治と環境の両面において先の見えない状況に置かれていた。

アフロディアに住む少年・ヒロはそんな閉ざされた未来に対する不満を、危険なバイクレースにぶつけて過ごしていた。そんな中、アフロディアの首都にイシュタル軍が突然侵攻を開始し、ヒロたちの日常は戦火によって失われてしまう。レースという自分たちの楽しみさえ奪われ、その鬱憤を晴らすため、ヒロとその仲間たちは、イシュタル軍の巨大戦車・タコを襲撃する計画を実行する。そしてこの戦いをきっかけに、ヒロはアフロディア軍と出会い、戦闘用のモノバイに乗り込む兵士として、さらなる戦争の現実を体験していくことに……。

本編冒頭10分映像

読者の指摘で発覚した設定の破綻

──1989年の公開から約30年間、“封印”という形でパッケージ化などがされてこなかった「ヴイナス戦記」がこのたびBlu-rayとして発売されます。映像化を目指して安彦さんが手がけたマンガが、当時発表されましたが、どのような思いで始められたのですか?

「安彦良和描き下ろし収納BOX」ビジュアル

「ヴイナス戦記」の前に原作マンガを描いてアニメ化した「アリオン」は、人対人のチャンバラをメインにしたヒロイックファンタジーというジャンルの作品だったんですね。でもアニメ化したときに、映像としてインパクトが弱くて、正直あまりうまくいかなかったと力不足を感じたんです。ファンタジーじゃ「機動戦士ガンダム」とか「風の谷のナウシカ」とか、そういう作品と肩を並べるものを作れないと。それでやっぱりやるなら見た目にも派手なSFとか、戦争ものにしようと思いました。そういう思いで始めたもんだから、いろんな意味で動機は不純ですよね(笑)。

──そういった思惑もありつつ、「ヴイナス戦記」の設定などはどう決まっていったのですか?

僕がキャラクターデザインで参加したアニメの「クラッシャージョウ」をやった時代には、(「クラッシャージョウ」の原作者で)友人の高千穂遙が、スペースオペラっていうジャンルを日本でも流行らせようと輸入してきて、それが実際に流行ったんですよね。

──スペースオペラの代表的な作品「スター・ウォーズ」も小説「クラッシャージョウ」シリーズの刊行開始と同じ1977年に公開されていますよね。

でも「スター・ウォーズ」で火がついたスペースオペラの流行が急速にしぼんで、その後の1979年に「機動戦士ガンダム」が放送開始されるんですよ。「ガンダム」が極端だったのは、SFなのに地球圏っていう非常に狭いところを舞台にしたことですね。そこまで舞台を近くに持ってきて、さらにスペースコロニーなんてハードSFっぽい設定を入れた。

──痛快無比な冒険活劇であればよかったスペースオペラとは違い、リアリズムが求められるようになってきたと。

「ガンダム」でリアリズムをやって、しかも成功してしまったので、そこからある意味大味なスペースオペラ的なものには戻れなかったわけですよ。だから「ヴイナス戦記」ではどうしようかなと。安易なテラフォーミングもダメ、環境的に月にも住めない。火星だって無理。でも地球から一番距離が近い(天体である)金星に惑星が衝突して環境が激変し、人が住めるようになるというのはどうだろうと考えついたんですよね。

──そこで舞台が金星に決まったんですね。

「ヴイナス戦記」より。

「ヴイナス戦記」の映画でもアイデアブレーンとして入ってもらったSF作家の川又千秋に、その設定を相談してみて「ありだね」ということになったんです。それで、息子の持っていた地球儀を塗りつぶして金星儀にして、当初はいろいろと綿密なつもりで検証もしてみたりしてね。いいアイデアを思いついたとすっかりいい気になっていたんですが、あとでこれが破綻するんですよ(笑)。

──“破綻”というのはどういうことですか?

「ヴイナス戦記」の原作マンガの連載からだいぶ経って、もう映像化も動き出していた頃に、当時マンガを連載していた月刊コミックNORA(学習研究社)の編集長さんが、読者から届いた投書を見せてくれたんですね。そこには金星の自転が逆だって書かれていて。

──えっ!

それを見た瞬間に僕も「えーっ」って(笑)。ワープなんてしたらパラドックスが生じるとか、スペースコロニーみたいな大きいものは現実的にできないよとか、設定に無理があるのはよくある話なんですけどね。それとはまた違った決定的なミスな訳ですよ、自転が逆というのは。これはけっこう心に刺さりましたね……。ショックだったけど、そこで腹をくくりました。「無視する!」と(笑)。冒頭のシーンに魂が入っていないのはそのせいです。

──舞台設定以外のドラマの部分は、何に着想を得たのですか?

「ヴイナス戦記」より。

この作品のキーワードとして、非常に閉塞的な時代の中で反抗的になっている若者というのがあったんですね。反抗的な世代ということでは、かつての自分たちが若者だった頃に少しイメージを重ね合わせてもいて。この映画が公開された80年代後半も、まさに閉塞的な時代だったんじゃないかと。

──脚本では安彦さんのほかにSF作家の笹本祐一さんの名前もクレジットされています。これはどのような経緯でお願いしたのでしょう?

ひとつの試みとして、シナリオライターじゃない人にシナリオを頼もうというのがありまして、彼の小説を読んだうえでお願いしたんです。若々しくて軽いのがいいな、と。「ヴイナス戦記」を制作していたのは、僕が40歳近い頃ですから、もっと若い人に若者の感覚で書いてもらいたいという思いがありました。ヒロとかスウとかの若者感は出せてたんじゃないかな。悪くないと観ていて思いましたね。

「ヴイナス戦記」
2019年7月26日発売 / バンダイナムコアーツ
「ヴイナス戦記」特装限定版

特装限定版 [Blu-ray]
税込8424円 / BCXA-1449

Amazon.co.jp

A-on STORE

収録内容
  • 本編100分+特典映像3分

特典

  • 安彦良和描き下ろし収納BOX
  • 特製ブックレット
  • 縮刷パンフレット

映像特典

  • 特報
スタッフ

原作:安彦良和(学研「NORA」掲載)

監督:安彦良和

脚本:笹本祐一・安彦良和

作画監督:神村幸子

メカニック作画監督:佐野浩敏

メカニックデザイン:小林誠・横山宏

キャラクターデザイン:安彦良和

美術監督:小林七郎

撮影監督:玉川芳行

音響監督:千葉耕市

音楽監督:久石譲

制作協力:トライアングルスタッフ

アニメーション制作:九月社

製作:ヴイナス戦記製作委員会

配給:松竹

キャスト

ヒロ:植草克秀

マギー:水谷優子

スウ:原えりこ

ミランダ:佐々木優子

ガリー:納谷悟朗

ウィル:大塚芳忠

キャッシー:吉田古奈美(現:吉田小南美)

ロブ:菊池正美

ジャック:梁田淸之

カーツ:池田秀一

ドナー:塩沢兼人

将軍:藤本譲

シムス:玄田哲章

安彦良和(ヤスヒコヨシカズ)
1947年12月9日生まれ。マンガ家、アニメ監督、イラストレーター。TVアニメ「機動戦士ガンダム」のキャラクターデザイン、アニメーションディレクターとして注目を集める。その後「クラッシャージョウ」「巨神ゴーグ」「アリオン」などのアニメ作品でキャラクターデザイン、作画監督、監督を務める。1989年公開の劇場アニメ「ヴイナス戦記」を最後にアニメ業界から身を引き、マンガ家として活躍。2015年には自身がマンガ原作者であるアニメ「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」にて25年ぶりにアニメ業界に復帰し、総監督を務めた。