「ヴェノム」押切蓮介インタビュー|自分の内なる破壊衝動が刺激される、負け犬同士がのし上がっていくバディ・ムービー

10代の頃の鬱屈した気分をちょっと思い出した

──確かに、映画にもなった「ミスミソウ」もそうですね。主人公・野咲春花に対するクラスメイトの理不尽な仕打ちがまずあって。それに対する読者の怒りが、物語を引っ張る強力な推進力になっている。

押切蓮介

あの作品は、ホラーマンガ雑誌に連載したんですけど、自分ではホラーを描いているつもりはなくて……。むしろ一種の人間ドラマというか、どこにでもある人間関係の描写からどこまで読者を嫌な気持ちにさせられるかが、自分の中のテーマだったんですね。物理的に人を傷付けるシーンも出てきますけど、実は心に溜め込んだ破壊衝動が解き放たれるカタルシスという意味合いが強い。たぶん僕自身が、そうやって自分の中の制御不能な何かを作品に昇華してるんじゃないかなと。

──怒りという強い感情を物語に落とし込むことで客観視できる部分もあるのかもしれませんね。もし、マンガという表現手段と出会う前に「ヴェノム」をご覧になっていたら、どう感じたと思います?

どうだろうな……。もしかしたら、すべてに見放された主人公に自分を重ね合わせ、「こんな世の中、ブッ潰しちゃえ!」とより深く感情移入しちゃったかもしれないし(笑)。ただ10代の頃の鬱屈した気分をちょっと思い出したのは確かですね。でも一応今の自分にはマンガという表現手段があるので。「ヴェノム」みたいに娯楽に徹したカタルシスが素直に楽しい。ほんと、文句なしに面白かったです。

「ハイスコアガール」は「男はつらいよ」の影響を受けてる

──ちなみに普段、映画はご覧になるほうですか?

めちゃめちゃ観ますよ、映画館でも自宅でも。気に入った作品は何十回もリピートして、自分なりに反芻したりします。今日見せていただいた「ヴェノム」は王道のエンタテインメントで、それはそれで大好きなんですけど、純粋に自分の好みで選ぶのはもう少しB級・C級の匂いがするヒネくれた作品が多いかな。

──ここ数年で、印象に残っている作品を挙げるとすると?

近年だとクエンティン・タランティーノ監督の「ヘイトフルエイト」は面白かったです。タランティーノ監督って平気で主人公を殺しちゃったりするでしょ。先の展開が読めないあの感じや、セリフまわしの下品さがなんかグッとくるんですね(笑)。タランティーノ作品に限らず僕は、どこか殺伐とした感情のぶつかり合いが描かれた作品が好きなのかもしれません。あと、方向性は真逆ですけど、山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズ。全48作入りのDVDボックスを、たぶんもう10周はしていると思う。

「ハイスコアガール CONTINUE」1巻

──それはもう完全なる“寅さんマニア”じゃないですか。でも、大変失礼かもしれませんが、押切さんの作風とはあまり重ならない気が……。

そう思うでしょ(笑)。でも「ハイスコアガール」なんかはかなり、「男はつらいよ」の影響を強く受けてるんですよ。

──へええ! どういった部分でしょう?

渥美清さん演じる車寅次郎って、とにかく風来坊でいい加減な男なんだけど、惚れたマドンナの前では妙にカッコつけたり振る舞おうとするでしょう。でも、苦し紛れにふっとつぶやく言葉が真に迫ってたり、妙に心に刺さったりする。バカっぽいけど、やっぱりそこが泣ける(笑)。

──本当にそうですね。

現在、モーニング・ツー(講談社)にて連載中の最新作「狭い世界のアイデンティティー」1巻。

「ハイスコアガール」のハルオくんには、その影響が割と出てるんじゃないかなって思います。この作品に限らず、「男はつらいよ」を何度も何度も観たことで、何げないセリフを物語にどう活かすかということは、ずいぶん身についた気がする。今では音を聞いただけでどんなシーンなのか脳内で再生できるくらい(笑)、寅さんには愛着があるんです。

──マンガのコマ割りと映画のカメラワークはよく似ていると言われますが、映画を観てご自身の作品に影響を受けることは?

あ、それも大いにあります。昔は僕、自主映画を撮ってたりもしたので。構図にしても、音楽や効果音の入れ方にしても、頭の中で映像を思い浮かべる感じでマンガを描いている部分は大きい。今回の「ヴェノム」でもラストの余韻というか、引っ張り方が独特じゃないですか。なので、もし自分がこの続編をマンガにするならどう描くだろうか?とかね。そういうことは一瞬チラッと考えたりしましたよ(笑)。

「B級・C級好きの押切が面白いって言ってるんだから……」

──では最後に、押切さんが親しい友達に「ヴェノム」をオススメするとしたら、どういう言い方をしますか?

そうだなあ……。僕の周りにはけっこう、マーベル映画が好きな人間が多いんですね。でも、さっき話したように、僕自身はB級・C級好きのマニアックな映画ファンと認識されてる節がある(笑)。要は、王道の娯楽作を手放しで褒めるような人間とは思われてないわけです。

押切蓮介

──ははは、なるほど。

なので、それを逆手にとりますね。まず「この前さ、『ヴェノム』ってマーベル映画を試写会で観たんだけど……」と不機嫌な空気感を出す。すると友人は「こいつ、また新作をディスる気だな」とうんざりする。

──いいネタ振りですね(笑)。

で、やおら「……いや、実はこれがさ、めっちゃ面白かったんだよ!」と続けるわけです(笑)。そうするとみんな、感動すると思うんですよ。「こいつ、めずらしく王道エンタテインメントを褒めてるよ!」って。僕はその意外そうな表情を見て、内心ニヤニヤしたいなと(笑)。でも、それって「ヴェノム」に対する正直な気持ちでもあるんですよ。

──どういうことでしょう?

僕自身、最初は「どうだろう」ってちょっと半信半疑気味で観たのが、気持ちよく裏切ってもらったので。なので、ふだん映画観て文句ばっか言ってる押切が面白いって言ってるんだから、観てみようかなと。このインタビューを読んだ人が、そう思ってもらえるとうれしいです(笑)。