松居大悟監督が大胆にアレンジした青春映画「不死身ラヴァーズ」、見逃せないポイントを徹底解説

実写映画「不死身ラヴァーズ」が、5月10日に全国公開された。原作は両思いになると消えてしまう女子・長谷部りのと、繰り返し彼女に恋をし続ける男子・甲野じゅんを描く高木ユーナの連載デビュー作。この物語に惚れ込んだ松居大悟監督が、「10年間、諦められなかった」と語るほどの熱量で作り上げた実写映画がついに完成した。原作の設定やストーリー展開を大胆に変更し、松居監督ならではの構成で物語を紡ぎ出している。

ナタリーでは「不死身ラヴァーズ」のジャンル横断特集を実施。コミックナタリーではライターのナカニシキュウが「不死身ラヴァーズ」の魅力を紐解くコラムのほか、松居監督からの質問に原作者の高木が答えるQ&Aコーナーをお届けする。

文 / ナカニシキュウ

映画「不死身ラヴァーズ」予告編公開中

10年の時を経て結実させた“不死身の恋”

映画「不死身ラヴァーズ」は、2013年から2014年にかけて別冊少年マガジン(講談社)で連載された同名マンガを原作としている。作者の高木ユーナにとってはこれが初の連載作で、ストレートすぎるほどストレートな恋愛模様を描きながらも単純なラブストーリーとも言い切れない内容が“カテゴライズの難しい作品”と評されるなど、多くのマンガファンに新鮮な衝撃を与えた。

「不死身ラヴァーズ」1巻

「不死身ラヴァーズ」1巻

この原作を映像化したのは、「ちょっと思い出しただけ」「くれなずめ」「アイスと雨音」「私たちのハァハァ」といった独自視点の青春映画で高い評価を受ける松居大悟監督。原作の連載当時から「このマンガを映画化したい」と熱望し続けていたという彼が、10年という長い歳月を経てついにその思いを結実させた形だ。それだけに、監督の作品愛が細部に至るまで細やかにちりばめられた熱量の高い作品に仕上がっている。

映画の主人公は、「好き」の気持ちをまっすぐにぶつける猪突恋愛少女・長谷部りの。彼女は幼い頃に出会った少年・甲野じゅんを“運命の相手”と確信し、中学で再会した彼に猛烈アプローチを開始する。しかしその思いが届き両思いとなった瞬間、じゅんは跡形もなく忽然と姿を消してしまった。初めからこの世に存在していなかったかのように、周りの誰もじゅんのことを覚えていないようだ。その後もじゅんはさまざまな別人としてりのの前に現れ、そのたびにりのは彼に恋をし、思いが通じては消えてしまうことの繰り返し。そんな“不死身の恋”が行き着く先とは……というのが大まかなストーリーだ。

映画「不死身ラヴァーズ」より、中学時代のりのとじゅん。

映画「不死身ラヴァーズ」より、中学時代のりのとじゅん。

今回の映画化に際しては、原作の設定やストーリー展開に比較的大きな変更が加えられた。作品に内包されるメッセージなど根本的な部分は踏襲されているものの、表面的にはかなり大胆なアレンジが施されている。以下にその代表例をまとめつつ、本作の見どころを紹介していきたい。

物語の本質はそのままに、大胆にアレンジされた映画版

本作の脚本は、原作全3巻のうち主に第1巻および第2巻後半部分の内容を再構築したものとなっている。その中で大小さまざまな設定変更や調整が加えられているが、大きなものとしては次の2点が挙げられる。主役2人の性別が入れ替わっていることと、消失現象の根拠が明確に語られることだ。

1. 主役の男女2人の役割が入れ替わっている

まず性別の逆転について。原作ではじゅんが恋に突っ走る主人公のポジションであり、りのがたびたび消失しては別人として再登場するヒロインの役回りとなっていた。一見劇的な違いではあるが、実は物語の本質にはまったく影響していない。原作者の高木も「もとより私の描いた『不死身ラヴァーズ』も性別にこだわりはなく、甲野と長谷部が男女、女男、男男、女女、虫になろうが花になろうが、魂が2人でさえあれば『不死身ラヴァーズ』なので」とコメントしており、原作の読者であればすでにそんなことは百も承知だろう。

映画「不死身ラヴァーズ」より、大学時代のりのとじゅん。

映画「不死身ラヴァーズ」より、大学時代のりのとじゅん。

しかし逆に、「どっちでもいいなら、なぜわざわざ性別や役割を変更する必要があったのか?」という話にもなってくる。結論から言うと、これはひとえにりのを演じた見上愛という稀有な存在がそうさせたということにほかならない。松居監督はこの点について「この作品はきれいじゃなくていい。なんかちょっと変で、はみ出ていて、行儀が悪いけれども、それがすごくまっすぐで透明である、みたいなのがいいと思っていた」「きっと見上さんならそれができると思いました」と語っている。

つまり、原作で描かれたじゅんの無鉄砲な純粋さを理想的な形で体現できる役者がたまたま女性であった、というだけの話に過ぎないのである。実際に完成した映像を観れば、ほとんどの人がその判断の妥当性を瞬時に納得するはずだ。見上はそれだけの存在感と説得力を持ち合わせており、スクリーン映えするビジュアルとも相まって本作の映画作品としての強度向上に大きく寄与している。言うなれば「見上愛という才能が作品の設定を変えさせた」ということだ。

中学時代のりの。

中学時代のりの。

大学時代のりの。

大学時代のりの。

この設定変更による副産物として、じゅんを演じた佐藤寛太の“演じ分け”を楽しめるという側面も生まれた。彼はあるときは中学の後輩として、またあるときは高校の先輩、あるいは駅前でたまたま出会う車椅子の青年、バイト先の店長、大学の同期生など、さまざまな立場の甲野じゅんとしてりのの前に現れる。役名としては1つであるにもかかわらず、実質1人5役をこなしたも同然と言える彼の芝居にも大いに注目だ。

中学時代のじゅん。

中学時代のじゅん。

大学時代のじゅん。

大学時代のじゅん。

また、りの(原作ではじゅん)の親友で幼なじみの田中(青木柚)、バイト先の同僚・花森叶美(前田敦子)、じゅんの母親(神野三鈴)といったサブキャラクターたちも少しずつ原作とは立ち位置が異なっているため、興味ある読者はぜひマンガと見比べながら映画でどんな解釈が加えられたのかを楽しんでいただきたい。

2. 消失現象の根拠が明確に語られる

もう1つの大きな相違点として、ストーリーの軸となる“両思いになるたびに相手が消えてしまう”という不可思議な現象に明確な根拠が示される点が挙げられる。原作では“なぜか消えてしまう謎のルール”として提示されるのみで、最後までそのメカニズムに言及されることはなかった。それに対して映画では最終的にその部分がしっかりと語られており、そのことが物語の中核を担っていると言ってもいい。

どう考えてもネタバレに相当するので詳述は避けるが、「どういうカラクリなんだろう?」と推理しながら鑑賞するスタイルもきっと楽しいはずだ。特に原作を読み込んでいる人の場合は「自分だったらこういう解釈で描く」というような各自の仮説をあらかじめ立てておくのもいいだろう。もちろん、なんの準備もなしに白紙の状態で観てもらっても一向に構わないし、なんならそれが一番望ましいかもしれない。

映画「不死身ラヴァーズ」より、バイト時代のりのとじゅん。

映画「不死身ラヴァーズ」より、バイト時代のりのとじゅん。

謎を謎のままにしておくべきか、はっきりとした“答え”を用意すべきかは意見の分かれるところかもしれないが、1つの解釈として十分に納得のいくものになっていることは間違いない。高木の鑑賞後コメントにも「あまりの素晴らしさに自分の血が沸騰する音が聞こえました」とあるように、少なくとも原作の本質を逸脱するような“答え”でないことは証明済みだ。その点は安心してもらって大丈夫である。

音楽ファンとしても油断のならないサウンドの魅力

また、本作を語るうえでは音楽面にも触れないわけにはいかない。音楽の扱い方が非常に丁寧であることも松居監督作品の重要な特徴のひとつだが、本作でもその美学は健在だ。

まず劇伴および主題歌は、多くの良心的な音楽ファンから愛されるアーティスト・澤部渡(スカート)が担当。熱心なマンガファンとしても知られる彼だけに、作品への深い理解と愛情を感じさせるみずみずしいサウンドトラックを作り上げた。柔らかくも切ない、それでいて生々しい質感のサウンドで映像を包み込み、その総仕上げとして美しいギターポップナンバー「君はきっとずっと知らない」が穏やかにエンドロールを彩っている。

映画「不死身ラヴァーズ」より、ギターを弾き語りするりの。

映画「不死身ラヴァーズ」より、ギターを弾き語りするりの。

音楽面でもう1つ特筆に値するのが、駅の階段でりのがアコースティックギターをかき鳴らしながらGO!GO!7188の「C7」を弾き語るシーンだ。当初、主題歌をオファーされた澤部が「この映画の主題歌は『C7』ですよ。絶対に僕じゃない」と断言したという逸話が示すように、ストーリー上の唐突さも含めてりのの天真爛漫な人物像がよく表れた非常に印象的なカットとなっている。歌とギター以外にオーバーダビング音が足されていないところや、ギターの演奏音をプロミュージシャンの演奏などに差し替えず見上本人のプレイをそのまま使っているところなどに制作陣の音への強いこだわりが見て取れるのも注目ポイントだ。そうした音の生々しさによって、登場人物の実存感や映像としての説得力を高めることに成功している。

また小ネタとしては、アダム(岩崎優也)がSUNNY CAR WASH時代の楽曲を披露するシーンが急に挟まれたりもする。音楽ファンとしては何かと油断のならない作品である。

誰かに「好き」と伝えたくなる映画

松居監督は本作を撮るにあたり、「多様性であったり、SNSが広がったりと、人とのつながり方が複雑化して選択肢が増えていく中で、まずは大前提としてすべての始まりである『好き』という感情の原点をちゃんと肯定したい」思いがあったと語っている。「そこから複雑化していいし、多様化するのも全然いいけど、『好き』という大前提の気持ちをみんなが忘れていないかな」との危惧があったのだという。

映画「不死身ラヴァーズ」より、りのとじゅん。

映画「不死身ラヴァーズ」より、りのとじゅん。

例えば劇中にこんなシーンがある。好きな相手に対して迷いなくまっすぐ向かっていくりのを「単純すぎ」と評した叶美に対し、りのが「でも、人を好きになるって単純なことだと思うんです」とこともなげに返すのだ。原作の該当シーンでは「みんな難しく考えすぎですよ」とも語られており、まさに松居監督の上記のような思想が集約された象徴的なセリフであると言っていい。

本作は、観終える頃には思わず誰かに「好き」と口に出して伝えたい衝動に駆られてしまうような作品である。あと先を考えず、がむしゃらなまでに恋に恋して突っ走るりのの姿が、きっと観る者の背中を必要以上に押してくれることだろう。

松居大悟から高木ユーナへ、3つのQ&A

Q1. 「不死身ラヴァーズ」以外に映画化してほしいご自身の作品はありますか?(松居監督の予想は「銀河は彼女ほどに」)

松居監督に映画化してもらえるなら「銀河は彼女ほどに」です。愛と死生観を日常SFで描いたので思い入れが詰まってます。映画化を「したい」というより「見たい」のは「THE普通の恋人」です。


Q2. 「不死身ラヴァーズ」は10年前の作品ですが、現在新作を描かれています(※)。今の高木ユーナは、昔の自分とどう立ち向かったのですか? またデビュー作を新たに描くことになりますが、当時の初期衝動はいまだに燃えていましたか?

※映画化を機に「不死身ラヴァーズ」の新作読み切りが90ページで描かれた。5月9日発売の別冊少年マガジン6月号に掲載されている。

今回の映画化を機に描いた「不死身ラヴァーズ」の読切は昔のネームも相まって、昔の自分の感性にあてられて苦しくもうれしくもありました。ちょっと昔の自分に羨ましさすらあったので、引っ張られないように今の自分を全肯定抱き締めてキスしました。

初期衝動は今もいついかなる時も燃えています。最近は私が私にようやく慣れてきたので炎は上がらず熾火というやつです。


Q3. 映画を観て「血が沸騰した」とコメントで言ってくれていましたが、具体的にどこの場面で沸騰したのかを聞きたいです。

はじめから全部です! 人力車が出た瞬間泣くかと思いました。

強いて挙げるなら甲野が、りのが迎えに来てくれることになって自室で1人ウキウキ喜ぶシーンからの1人で泣くシーン。りのの弾き語りのシーン、音楽は魂をその音楽を聴いてた時代に引き戻すのでマンガ家になる前の丸裸中高生になりました。まだまだ沸騰シーンあります。

プロフィール

高木ユーナ(タカギユーナ)

第88回週刊少年マガジン新人漫画賞で佳作を受賞した「ケガ少女A」が、2012年8月にマガジンSPECIAL(講談社)に掲載されデビュー。2013年から2014年にかけて別冊少年マガジン(講談社)で「不死身ラヴァーズ」を連載する。ヒバナ(小学館)で連載された「ドルメンX」は第20回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員会推薦作品に選出されたほか、2018年に実写ドラマ・映画化を果たした。

松居大悟(マツイダイゴ)

1985年11月2日生まれ、福岡県出身。慶應義塾大学経済学部卒業。2008年に劇団ゴジゲンを結成し、全公演の作・演出を手がける。2012年に「アフロ田中」で長編映画監督デビューを果たし、「男子高校生の日常」「スイートプールサイド」「アズミ・ハルコは行方不明」「アイスと雨音」「君が君で君だ」「くれなずめ」「手」などを手がける。2021年には「ちょっと思い出しただけ」で第34回東京国際映画祭の観客賞を受賞した。

※記事初出時、松居大悟監督のプロフィールに誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

2024年5月13日更新