コミックナタリー Power Push - 海野つなみ「逃げるは恥だが役に立つ」
デビュー26年目にして花開く 契約結婚マンガが話題に
シミュレーションしながら描いている「逃げ恥」
──ははは(笑)。先ほども、契約結婚というアイデアは妄想から生まれたとおっしゃっていましたが。
最初はちょっとエロめの妄想から始まったんですね。高齢童貞の男の人が、どうやったら前に進んでいくかってことを考えてたんです。職業として、役割としてだったら男の人も対応できるんじゃないか、とか。そこから恋愛に発展して、「結婚する前に一応ね」みたいな感じで夜のほうもあったりして……っていうシミュレーションをしながら1人でニヤニヤしてて(笑)。だから、物語としてこれを描きたいっていうよりも、シミュレーションしながら描いていってるので、最後が決まってるわけじゃない。こうしたらこうなる?ああなる?って感じで進めているので、自分でもびっくりするときがあります。例えば、平匡さんがみくりちゃんにいきなりキスしたりしましたけど、彼はそんなことやりそうにないじゃないですか。だからこれは最初、描かないほうがいいのかなとも思ったんですけど、自分もびっくりしたから、読んでる方もたぶんびっくりするだろうなと思ったので描きました。
──3巻のあとがきでも、「演劇でいうエチュード(即興劇)みたいな感じで描いているので、先のことはよくわかりません」と書かれていました。
こういう連載の仕方は初めてですね。いつもラストまでプロットを練ってから連載を始めるので。
──えっ、全部ですか!?
はい。でもそれは「デイジー・ラック」のトラウマっていうか……(笑)。あのときにラストを作らないで始めたら最初の4話で終わりになっちゃったから、考えていた山場のエピソードが描けなくなったんですよ。だから次に連載した「後宮」は「5巻くらいで終わる予定なので、最後まで描かせてください」って。まあ原作のある歴史ものでしたしね。その次の「小煌女」もだいたい何巻までの話かは、最初に言ってましたねえ。
色ボケオチにはならないです
──でも「逃げ恥」は連載開始当初からすでに注目が集まっていましたね。2014年には「このマンガがすごい!」オンナ編で8位に入ったり、FRaUのマンガ大賞に選ばれたり。
そうですね、ありがたいことに注目いただけたのでもうちょっと続けていけるかなというのがあって。最初はとりあえずドラマで言ったら1クール、13話くらい描けたらいいかなって思ってました。今はさすがに最終回を見据えながら描いてますけどね。
──最初はラストも考えていなかった?
最初は決まってなかったですね。でも描いてるうちにどう終わるんだろうって考えて。たぶん普通だったら、2人が結婚しました、契約結婚は本物の結婚になりました、ハッピーエンド、ってなるんだろうけど、そういう話を描きたくて描いたわけじゃないから。結婚とは何か、仕事とは何かってことを考えて描いていたから、そんな色ボケオチみたいなものにはならないです(笑)。
──色ボケオチ(笑)。
2人に愛が芽生えたからいいじゃないか、だとなんの解決にもなってないので、そこをちゃんと描かなきゃいけない。でも自分が結婚してるわけでもないし、正解なんてわからない。ただ自分なりの、私が思う正解はこれかなっていうのが……正解っていうのも違うかな、結論が思い浮かんだので、とりあえず終着点は見えたかなと。なので安心してそこに向かって進んでいっている感じですね。
──私は最初、結婚から始まるけど恋愛には発展しない、結婚を仕事と捉える「お仕事マンガ」だと思って読んでいたので、2人に恋愛感情が生まれたことに驚きました。
それはとても自然なことですよね。別にすごくすごく好きとかじゃなくても、一緒にいて不快じゃなかったり、人間として信頼できる人だったら、情も湧くじゃないですか。それは友だち同士でもそうで、例えば学生時代の親友でも元を正せば出席番号が前と後ろだったりとか、席が隣だったりとかの偶然で、でも一緒にいる時間が長くて仲よくなったり。「逃げ恥」の連載当初は、ホントにそういう感じで気楽に人を好きになってほしいし、気楽に結婚してもいいんじゃないかって思って描いていました。
──大恋愛じゃなくても、お見合いや婚活で結婚することも全然ありますしね。
うんうん。……そうですね、「逃げ恥」をお仕事マンガとして読んでる人は、2人がラブラブなのを見てられないって思うかもしれないし、恋愛マンガとして読んでる人は「待ってました!」って思うかもしれない。捉え方によって読後感が違ってくるものかもしれないですね。仕事モードも恋愛モードも、どっちのテンションも下がらないように、両方バランスよく進めていけたらなとは思っています。
下克上を起こした百合ちゃん
──エチュードのように話を作るうえで変わってきたことはありますか?
いやもう百合ちゃんがね、下克上ですよね(笑)。
──ははは(笑)。みくりの叔母の百合ちゃんは、52歳でバリキャリだけど高齢処女というなかなか強烈なキャラクターです。
こんなに動かしやすいと思ってなかったですね。でも便利なんですよ。沼田さんも便利です。2人が客観的な立場で、ちょっと詰まったときに話をまぜっ返したり進めてくれる位置にいるんです。描いてるうちにだんだんキャラが立ってきたから、もっとメインに据えようって感じですね。
──数多くのマンガがある中で、この世代の女性にフォーカスしたものはあまりなかったので、百合ちゃんというキャラクターは新鮮でした。
そうなんですよね。これがきっかけで稚野鳥子さんも今Kissで「月と指先の間」っていうマンガを始めて。(参照:稚野鳥子が55歳の女性マンガ家描く新連載「月と指先の間」Kissで開幕)それも稚野さんが「私が考える50代はちょっと違うのよね」みたいなことをおっしゃってて、「じゃあそれ描いてくださいよ」って言ってたらホントに描いてくださったんです。自分の描いたものからいろいろ広がっていくのは、うれしいですよね。
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- 海野つなみ「逃げるは恥だが役に立つ」 / 発売中 / 463円 / 講談社
- 「逃げるは恥だが役に立つ」1巻
- 「逃げるは恥だが役に立つ」2巻
- 「逃げるは恥だが役に立つ」3巻
- 「逃げるは恥だが役に立つ」4巻
- 「逃げるは恥だが役に立つ」5巻
- 「逃げるは恥だが役に立つ」6巻
森山みくり26歳、彼氏なし。院卒だけど内定ゼロ。派遣社員になるも派遣切り。見かねた父親のはからいで、父親の元部下で独身の会社員・津崎さんの家事代行として働き始めた。良好な関係を築くも、みくりの実家の都合で辞めなくてはならないことに。そこで、現状を維持したい2人が出した結論は、就職としての結婚(契約結婚)だった。
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海野つなみ(ウミノツナミ)
8月9日兵庫県神戸市生まれ。1989年、第8回なかよし新人まんが賞入選の「お月様にお願い」がなかよしデラックス(講談社)に掲載されデビュー。登場人物の多様な愛のかたちを繊細に描き出した連作集「回転銀河」で注目を集め、鎌倉時代後期の皇后や妃が暮らす宮中を舞台にした歴史ドラマ「後宮」で新境地を切り拓いた。2009年よりKiss(講談社)にて「小公女」をSF風にアレンジした「小煌女」を連載。 2012年にスタートした「逃げるは恥だが役に立つ」では契約結婚をテーマに描き、2015年に第39回講談社漫画賞少女部門を受賞した。