コミックナタリー Power Push - 海野つなみ「逃げるは恥だが役に立つ」
デビュー26年目にして花開く 契約結婚マンガが話題に
海野つなみがKiss(講談社)にて連載している「逃げるは恥だが役に立つ」のテーマは、仕事としての結婚=契約結婚。「業務給料休暇は細かく設定」「家賃食費光熱費は折半」「夫婦としての稼働の際は時間外手当」など、細かくルールを決めて共同生活を送る夫婦の姿が話題を呼び、今年、第39回講談社漫画賞少女部門を受賞した。登場人物の視点のズレが小気味良い、海野節炸裂の1作だ。
コミックナタリーでは、デビュー26年目にして脚光を浴びている海野にインタビューを実施。久々の現代ものとなる「逃げ恥」を執筆する経緯や心境をはじめ、近年に電子書籍化された過去作についての裏話も聞いた。またこれまでの作品も一挙紹介するので、「逃げ恥」からのファンも過去作を読む手がかりにしてほしい。
取材・文 / 坂本恵
現代ものはダメだというトラウマ
──「逃げるは恥だが役に立つ」がスタートしたのは2012年11月。連載も3年目に突入しましたが、改めて始まった当時のことを振り返っていただけますか。
今までの連載でネタのストックを1個ずつ消化していく感じだったんですけど、残っているものがあんまりなくなってしまって。あと残っていたのが、ミツバチの話ぐらいだったんです。
──ミツバチの話、というのは……。
ミツバチの擬人化と言いますか。蜜の一族っていうのが神殿に仕えていて、その神様がいわゆる人間で。少し近未来SFファンタジーな感じのお話。でもちょっとハードな内容だから、女性誌よりは青年誌のほうがいいよねって話を担当さんともしてて。で、普段の妄想で考えてるネタをいくつか話してる中に、契約結婚の話があったんです。そんななんとなくな感じで始まったんですけど、担当さんには「ついに現代ものを描く気になったんですね!」って言われましたね。
──「逃げ恥」の前はSF版「小公女」といえる「小煌女」や、「とはずがたり」を原作とした古典「後宮」などを連載されていましたから、現代ものは2009年まで発表されていた「回転銀河」以来となります。
しかも「回転銀河」は高校生のお話だったので。Kiss本誌じゃなくて増刊で、不定期で連載してたものだし、20代以上が読者層のKissという女性誌で、こんなにど真ん中な現代ものをやるのは「デイジー・ラック」以来、12年ぶり。
──主婦、パン職人見習い、エステの企画営業、鞄職人という職業バラバラの30歳女性4人を描いたオムニバスですね。
「デイジー・ラック」は、私的にはもうKissの読者層であるOL層のど真ん中にストレートを投げたつもりで描いたのに打ち切りになってしまったから。それからしばらく迷走が続いて。古典を描いたり、SFを描いたり。「私がストレートだと思った球は、ストレートじゃなかったんだ」っていうのが、ずっと頭にあったんです。「現代ものはダメだったでしょ」っていうのが。
──でも、去年行われた海野先生のデビュー25周年記念お茶会では、「デイジー・ラック」がファンの間で一番人気でした。(参照:海野つなみ作品を振り返り!25周年記念お茶会)
そうなんですよ! 「えー!」「そっか! ここだったのか!」って驚きました。「デイジー・ラック」は当時、Kissカーニバルっていう増刊でやってて、人気があったからKiss本誌にいきましょうって移籍したんですけど、結局本誌で4回やって打ち切りになっちゃって。まだプロローグだったのに(笑)。まあでもタイミングってありますから。同じ話でも、描いて受け入れられるときと、しらけちゃうときがあるんですよねえ。今回の「逃げ恥」は、ホントにタイミングが合ったんだろうなと思います。
「デイジー・ラック」は、海野版「SEX AND THE CITY」
──時代によって受け取られ方も変わってくるものなんですね。
今はもう見てないですけど、当時は本誌に移ったことがうれしくて、ネットで検索して2ちゃんねるとか見ちゃったんですよ。そしたら「30にもなって女が集まってわいわいやってるってどうなの」みたいなことを書かれてて! 今だと普通だけど、その当時はまだ「女子会」なんて言葉もなかったし、30歳のいい大人が集まる文化もなくて。「SEX AND THE CITY」も日本で放映される前でしたから。
──ええ。
実は「『SEX AND THE CITY』が今ニューヨークで大人気!」っていう記事を雑誌で見て、自分は観たこともないくせに「30代女性4人って面白そう」と思って勝手に描いたのが「デイジー・ラック」だったんですよ(笑)。後から「SEX AND THE CITY」が日本でも人気が出て、女同士で集まって美味しいもの食べに行ったりとか集まったりするのが普通になったんですよねえ。だから放映後に描いてたら、また違ったのかもしれないですね。それが全部の原因とは思わないですけど。
──やっと時代が海野先生に追いついてきたんでしょうか(笑)。
いつもね、早すぎるって言われるんですよ。「ゆうてる場合か!」(2000年発売)のときも周りでお笑い芸人なんて誰1人描いてなくて、案の定箸にも棒にもだったんですけど、その後芸人ものって増えたじゃないですか。
──「べしゃり暮らし」とか。
そうそう。もうちょっと遅かったらそのジャンルの波に乗れたのに(笑)。
──「逃げ恥」の契約結婚は、今の時代にマッチしているテーマだと思います。
なんでしょうね。逆に私の走るスピードがだんだん歳とともに遅くなってきたので、ちょうど今すごいいいところで走ってるみたいな感じなのかもしれませんね。これがだんだん遅れていくかもしれない。「海野さん、今さらそれ!?」みたいな(笑)。
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- 海野つなみ「逃げるは恥だが役に立つ」 / 発売中 / 463円 / 講談社
- 「逃げるは恥だが役に立つ」1巻
- 「逃げるは恥だが役に立つ」2巻
- 「逃げるは恥だが役に立つ」3巻
- 「逃げるは恥だが役に立つ」4巻
- 「逃げるは恥だが役に立つ」5巻
- 「逃げるは恥だが役に立つ」6巻
森山みくり26歳、彼氏なし。院卒だけど内定ゼロ。派遣社員になるも派遣切り。見かねた父親のはからいで、父親の元部下で独身の会社員・津崎さんの家事代行として働き始めた。良好な関係を築くも、みくりの実家の都合で辞めなくてはならないことに。そこで、現状を維持したい2人が出した結論は、就職としての結婚(契約結婚)だった。
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海野つなみ(ウミノツナミ)
8月9日兵庫県神戸市生まれ。1989年、第8回なかよし新人まんが賞入選の「お月様にお願い」がなかよしデラックス(講談社)に掲載されデビュー。登場人物の多様な愛のかたちを繊細に描き出した連作集「回転銀河」で注目を集め、鎌倉時代後期の皇后や妃が暮らす宮中を舞台にした歴史ドラマ「後宮」で新境地を切り拓いた。2009年よりKiss(講談社)にて「小公女」をSF風にアレンジした「小煌女」を連載。 2012年にスタートした「逃げるは恥だが役に立つ」では契約結婚をテーマに描き、2015年に第39回講談社漫画賞少女部門を受賞した。