「墜落JKと廃人教師」完結記念 soraインタビュー 1話完結形式で走りきった7年間を、読者からの熱い質問とともに振り返る

sora「墜落JKと廃人教師」が6月に花とゆめ(白泉社)で完結。最終20巻が、8月20日に発売された。同作はヘビースモーカーで不真面目な高校教師・灰仁と孤独な女子高生・扇言みことのラブストーリー。2023年には灰仁役に橋本涼(HiHi Jets)、扇言役に髙石あかりを迎えTVドラマ化を果たし、続編も制作・放送されるなど好評を博した。

コミックナタリーでは完結と最終巻の発売を記念して、作者のsoraにインタビューを実施。約7年間の連載を振り返り、苦労したポイントや思い出に残っているシーン、キャラクターの誕生秘話などについて語ってもらった。またインタビュー実施にあたり、X上で読者からの質問を募集。物語の結末に関するさまざまな質問から、灰仁の私服のセンスやsora自身の映画の趣味といった質問まで、細かく回答してもらった。さらにドラマで扇言役を演じた髙石あかり、soraが敬愛する福山リョウコからも完結を記念したコメントが到着した。なお本特集では最終巻に関するネタバレが含まれるため、未読の人は先に20巻を読んでからインタビューを読もう。

取材・文 / 岸野恵加

soraインタビュー

7年の連載は予想外。走りきった今、原点を振り返る

──7年間にわたる連載を終えた今、率直にどのようなお気持ちですか。

ホッとしました。長期連載自体が初めてだったので、「ちゃんと終わらせられるのかな」と思っていたんですが、なんとか終わらせることができて、安心しました。最初は3話だけの集中連載でしたし、ここまで長期にわたる作品になるとはまったく思っていなかったんです。長かったですね……(笑)。

──本当に長らくお疲れ様でした! 2019年にコミックナタリーの花とゆめ45周年特集にご登場いただいた際(参照:花とゆめ創刊45周年特集 第4回 soraインタビュー)に、「灰仁には教師設定はなかった」とお話しされていて驚いたんです。教師と生徒の恋愛ものではなく、どんな着想からスタートした作品だったのでしょうか。

まず「自殺」というテーマが最初に決まっていました。そして花とゆめの読者層的にヒロインは女子高生だと考えて、その相手は主人公と常に一緒にいてくれる立場の人だと、話を展開しやすいなと。灰仁の怠惰な人間というキャラクターは最初から決まっていたので、そこからギャップがある職業を考えていったときに、最終的に教師になった……という順番でしたね。

──1話完結という形式は、最初から決めていたんですか?

そうですね。正直、すごく大変でした……(笑)。特に後半、10巻を超えたあたりからがキツかったですね。ポイントごとに描きたい話があっても、そのポイントとポイントをつなげる話も、1話完結形式で考えなければならないので。

──常に起承転結を各話に持たせないといけないのは大変そうです。10巻前後というと、扇言と灰仁の過去が明らかになるあたりのエピソードですね。2人が教師と生徒として出会う以前に関わりがあったという設定は、連載開始当初から決めていたのでしょうか。

設定というよりは、2人が最初に出会った森のシーンの構図がずっと頭にあって、それを描きたいと思っていたんです。そこから設定を作っていった……その絵につながるように話を考えていった、という説明が、一番しっくりきますかね。

「墜落JKと廃人教師」10巻episode.56より。学生時代、自殺を図ろうと深い森の中に足を踏み入れた灰仁は、迷子になっていた幼少期の扇言と出会う。

「墜落JKと廃人教師」10巻episode.56より。学生時代、自殺を図ろうと深い森の中に足を踏み入れた灰仁は、迷子になっていた幼少期の扇言と出会う。

──なるほど。sora先生は「こういうシーンを描きたい」というシチュエーションから、ストーリーを膨らませていくタイプなんですね。

私はそういうことが多いかもしれないです。

──「墜落JKと廃人教師」全編を振り返って、特に描きがいがあった、またはご自身の中で気に入っているシーンはどこですか?

まさにその、2人が出会った森のシーンですね。あの回は全然苦しまずにネームを描けたんです。森の背景はほとんど自分で描いたことも、JK(扇言)の小さい頃の姿を描くのも、めちゃくちゃ楽しかったですね。あと81、82話で描いた海のエピソードも、描いていて楽しかった記憶があります。

──では、読者からの反響が大きかったエピソードは?

読者からだったか編集長からだったか忘れてしまったんですが、好評だった記憶があるのは、18話のお祭り回。なぜ反響があったのか、細かくはわからないんですが(笑)。灰仁が盗聴したりしていて、割と珍しさのある展開だったからですかね。

──先ほどシチュエーションから物語を考える、とおっしゃっていましたが、キャラクターが自分から動いて、ストーリーが完成されていくのでしょうか?

そうですね。キャラが勝手に動いていくタイプだと思います。「墜落JKと廃人教師」では特に後半で、描きたい絵があってもキャラクターが思うように動かず、苦労する瞬間が多かったです。特に一馬くんですね。少女マンガらしい、ピュアでラブなシーンにしようとしても、そんな感じに動いてくれなかったり……難しかったです。逆になずなと、JKの兄はめちゃくちゃ描きやすかったです。

「墜落JKと廃人教師」3巻episode.18より。一馬と扇言がお祭りを楽しむ様子を盗聴する灰仁。

「墜落JKと廃人教師」3巻episode.18より。一馬と扇言がお祭りを楽しむ様子を盗聴する灰仁。

「墜落JKと廃人教師」3巻episode.18より。一馬と扇言がお祭りを楽しむ様子を盗聴する灰仁。

扇言のことをなぜ「JK」と呼ぶ?灰仁は最初から灰仁だった

──教師と生徒の恋愛ものは、関係性を進展させすぎてはいけないという絶妙なバランス感覚が必要とされますよね。扇言と灰仁のイチャイチャシーンで、特に気に入っているシーンはありますか?

世間のモラル的に、グイグイ行きすぎてもいけないので……長期連載で関係を進展させられないとなると、話を作るのが大変でしたね。本当はもっと濃厚に描いてみたかったです(笑)。その中でも特に気に入っているのは63話で、2人が老衰死について話しているところ。寝っ転がって話している構図が好きでした。

「墜落JKと廃人教師」11巻episode.63より。

「墜落JKと廃人教師」11巻episode.63より。

──ゆったりとした空気感が印象的な回でしたね。「墜落JKと廃人教師」の登場人物は、みんなネガティブだけど優しくて。コメディタッチでありつつも、少しずつ前に進んでいく姿に温かい気持ちをもらっていました。

自殺というテーマが重すぎるので、コメディの割合が7~8割というイメージで描いていました。読者の方にはあまり暗い状態で読んでほしくなくて、とにかく楽しんでほしかったですね。

──全員だとは思うんですが、特に「この子はよくがんばった」とねぎらってあげたいキャラクターを挙げるとすると?

一馬くんですかね。……いや、なずなかな? 作中で明確にそうとは描いていないんですが、なずなは自分の気持ちを押し殺して応援するような子なんです。なので、影の立役者だったな、と感じています。

──ちなみに、ギャグのテンポのよさが印象的ですが、sora先生のそうしたセンスはどう培われたのでしょうか。お笑いやギャグマンガなどはお好きでしたか?

お笑いはすごく好きで、よく見ています。漫才やコントとか、昔は今よりそういうテレビ番組もたくさんあったと思うんですけど、しょっちゅう見ていましたね。マンガは、読者としてはいろんなジャンルを読むんですけど、自分で描く場合は、コメディが好きなんだと思います。

──キャラクターの軽妙なやりとりは、プロットの段階でもう形にしているんですか? それともネームの段階で?

ネームですね。プロットはあらすじくらいしか書かないので。ネームの段階でキャラ同士を会話させて、話ができあがっていくイメージです。なので会話が想像と違った方向に行って、思っていたシーンが描けないということも、後半に行くにつれて増えました。「あれ、この掛け合い、前も描いたな……」と既視感を覚えることも増えてくるので、そうした部分でも苦労しましたね。

──個人的に好きなシーンが、灰仁が扇言のことをなぜ「JK」と呼び続けるのかを明かす場面です。「なぜ名前で呼ばないのだろう」と気になっていたので、自制するために……という理由に灰仁の誠実さを感じましたし、名前で呼んでほしいと話す扇言もかわいらしくて。中盤以降の13巻で出てくるシーンですが、それは序盤から伏線として用意していたんですか?

全然考えていなかったです。「なんかこの人、JKって呼ぶなあ」って思ってました(笑)。灰仁が勝手に「JK」と呼ぶので、自然と口癖のようになっていましたね。最初期のネームでは、JKのキャラクターは今と少し違ったんですが、灰仁はまったく変わっていなくて。最初から割とできあがっていました。

「墜落JKと廃人教師」13巻episode.75より。ほかの生徒は名前呼びなのに、なぜ自分だけ「JK」呼びなのか不満に思う扇言。灰仁の答えは、扇言への欲求を自制するためだった。
「墜落JKと廃人教師」13巻episode.75より。ほかの生徒は名前呼びなのに、なぜ自分だけ「JK」呼びなのか不満に思う扇言。灰仁の答えは、扇言への欲求を自制するためだった。

「墜落JKと廃人教師」13巻episode.75より。ほかの生徒は名前呼びなのに、なぜ自分だけ「JK」呼びなのか不満に思う扇言。灰仁の答えは、扇言への欲求を自制するためだった。

──綿密に考え抜かれた伏線なのかと、感動してしまっていました。

じゃあ、そういうことにしておきましょう(笑)。

──(笑)。2023年には橋本涼(HiHi Jets)さん、髙石あかりさん出演により実写ドラマ化され、今年続編も放送されるほど好評を博しました。ドラマ版はいかがでしたか?

すごくよかったですね。面白かったです! 最初は、マンガで描いた会話をそのまましゃべると、クサくなるんじゃないかなと思っていたんです。でも、2人の演技がよかったのが一番だと思うんですが、原作のコメディ部分をしっかり拾って演じてくださっていて。シリアスとラブの割合がとても理想的なドラマになっていたと思います。

──ドラマを観て、何か刺激を受けたことはありましたか?

撮影現場を見学したときに、1つのボケで放送には乗らないパターンも何種類か撮ったり、尺を長めに撮ったりしていたんです。それを見て「こうやっていろんなパターンを試すと、面白さが変わってくるんだな」と、学ばせてもらいましたね。自分もコメディ要素を描く際は、もう少しバリエーションを考えてみようかな、と思いました。

──ドラマ版は原作ファンからも好評でしたよね。では、長期連載を描き切ったことで、sora先生がマンガ家として一番糧になったと感じていることはどういった部分でしょうか?

継続力は自信を持っていいのかな、と思いました。1話完結スタイルは大変なのでもう嫌なんですが、もうこの形式じゃないと無理かもしれないというくらい自分に馴染んでいるので、新しい作品を描くとしても、また1話完結式で描く気がしています。

──次回作の構想はすでにあるんでしょうか。

前からずっと言っているんですけど、ちょっと不思議な日常ものを描きたいと思っています。恋愛要素はもちろん持たせつつ。……と言いつつ、もしかしたら全然違ったものを描いているかもしれないし、まだまったく見えていないですね。