ながべ「とつくにの少女」とヤマザキコレ「魔法使いの嫁」。“人外×少女”をテーマの1つとして物語を紡ぐ2作品には、共通するファンも多いのではないだろうか。今回、「とつくにの少女」のOADとしての長編アニメ化(参照:ながべ「とつくにの少女」長編アニメ化!単行本に同梱、福山潤&高橋李依が出演)と、「魔法使いの嫁」の新OADシリーズの展開(参照:アニメ「魔法使いの嫁」新プロジェクト始動!ヤマザキコレ原案の新作物語がOADに)を記念し、コミックナタリーではながべとヤマザキによる対談をセッティング。“人外×少女”をはじめとする作品のテーマや、制作上でのこだわりについて語り合ってもらうのはもちろん、新たにアニメが制作されることとなった今の心境を明かしてもらった。また対談の終盤でお互いへの質問コーナーを設けると、それぞれの創作に対する姿勢が掘り下げられていった。
取材・構成 / 熊瀬哲子
“人外×少女”を軸に物語が紡がれる2作品
「とつくにの少女」
外の国と内の国、2つの国が存在する世界を舞台に、人間の少女・シーヴァと彼女が「せんせ」と呼ぶ人外の者、2人の静かな暮らしがお伽話のようなタッチで綴られるダークファンタジー。2019年に短編アニメが制作され、これまでに第44回オタワ国際アニメーション映画祭、第42回クレルモン・フェラン国際短編映画祭など、10の国際映画祭に正式招待を受けた。原作は去る3月5日に最終回を迎えたばかり。このたび長編アニメ化が決定し、同時に発表されたクラウドファンティング企画が3月10日にKickstarterにてスタートした。
ながべ×ヤマザキコレ対談
お互いへのリスペクト、そして“人外×少女”の魅力
──“人外×少女”という共通点を持つ「とつくにの少女」と「魔法使いの嫁」ですが、これまでにも2作品の合同フェアが実施されたり(参照:人外×少女の「魔法使いの嫁」「とつくにの少女」トランプカードもらえるフェア)、「魔法使いの嫁」の単行本にながべさんが執筆した豆知識マンガ「閑話 魔法使いの嫁」が収録されたりと(参照:「魔法使いの嫁」10巻はアクリルスタンドとながべのマンガ収めた小冊子付きも)、接点がいくつかありました。両作品のファンだという読者も多いと思うのですが、おふたりから見るお互いの作品の印象、こんなところが素敵だなという部分を教えていただけますか。
ながべ 「魔法使いの嫁」は最初「人外と少女」と書かれた帯に惹かれて読んでみたのですが、蓋を開けてみればよく考えられたファンタジーマンガだなあと感じました。ドラゴンや幻獣生物、伝承や神話を現代世界とうまく組み込んでいて、それぞれの種族にちゃんと意味を持たせている。登場する人外もその姿に意味があり、背景があり、文化があり、主人公と交流している。ただ空想的なファンタジーではなく、登場人物と世界とをうまくつないで現実味を生んでいて絶妙だなあ……と! もちろん登場する人外も素晴らしいです。僕はエリアス推しです。
ヤマザキコレ ありがとうございます。ながべさんは描ける話の幅もそうですし、絵の幅も広くてすごいな、描けない人外はあるのか!?と驚かされることがたびたびです。どことなく漂う陰というか、なんと言うのが適切かわかりませんが、ちょっとセクシー?秘めやかなエロス?が、作話にも絵のタッチにも感じられるところがとても好きです。
ながべ ありがとうございます!
ヤマザキ あとは線や影をなぞると匂いがしそうなところ。かといえばストーリーはほんわかしていたり、不穏だったり……。とても努力なさっておられると思いますが、手放しに言ってしまえば羨ましいです。絵も話もどうやったらそこに至れるのか……。
──お互いへのリスペクトを感じたところですが、ではそれぞれの作品の中で、具体的にこのシーンやエピソード、こういった表現が好きという部分を聞かせてください。
ながべ 個人的には「まほよめ」は「チセの成長、周りの環境との対峙で変化していくヒューマンドラマ」だと感じているのでそれに準ずる印象的なエピソードはもちろんあります。が、あえて自分の好みで選ぶならば第2話の魔法の話とか、エリアスとチセのクリスマスの話が好きですね。前者はファンタジーが登場する世界での小道具、後者は現実の世界の風習をマンガにどう噛み砕いているか、特別ではなくて日常を感じさせる描写がとにかく好きなので、こう、いいなあ……と思いました!
ヤマザキ 私は「とつくにの少女」に限って言えば、全体の流れの中では少しずつシーヴァと先生の仲が進展してくのが本当に好きなんですが、触れそうで触れられない頃から、扉越しに白熱するかわいいケンカ、ハプニングを起爆剤にしてうっかり触れてしまう、ところからの自分から触れるシーンが、もう、わー!となってしまいますね。すごく繊細で絶妙な距離感なところが本当に……。シーヴァもこう、肉や温度を持つやわらかさというか、それに隣り合う先生の物理的な温度の無さみたいなのが、全体的に“冬”という感じがしてすごいです。私にとっての“冬”という感覚にぴったりというか……。容赦なく命を奪う冷たさと、雪や水で冷えたフェルトや床、壁の感触、ストーブの前で人がそばにいるあたたかさが同居しているというか。
ながべ お褒めいただきき恐縮です……うれしい。
ヤマザキ エピソードとしては6巻29話の一連の流れが好きですね、2人とも本当に幸せになってくれ……!と思ってしまいます。シーヴァの涙は熱そうだな、とか。「おかあさん」のところに行く描写とかもぞわぞわして大好きなんですけどね、黒の子たちのデザインとかもヒュー!ってなってしまいます。
──では2作品に共通する“人外×少女”というテーマについて、おふたりはそれぞれどんなところに魅力を感じていますか。
ながべ 少女に限った話ではなく人間という括りになってしまうのですが、やっぱり異文化交流にあるのかなあ、と思います。種族が違えば文化や言語、もしかしたら体の構造自体違うかもしれない。その差が特に顕著な2人の、違うからこそ生まれるギャップや交流にドラマがあっていいなと思います。または同じ部分や面があると「ああ、ここは通ずる部分だな」と意気投合するのもいいですね。僕は特に、「無意識に相容れない違いがある」と、なおいいなと。例えば共食いを可とするか否か。人間界のタブーが人外側では平然と行われることで、はっきりと溝ができるわけですから、人間側からしたら悪い意味で違いを感じさせる部分を互いにどう対応するのかが醍醐味であり魅力でもあると思います。
ヤマザキ 私は「人外」って言葉ってやっぱり「人間」がいるからこそだなと思ってしまうので、個人的にはより人間から見た目も感性も離れてるものに魅力を感じてしまう……のかなと。人間の言語を扱えない人外も大好きなんですが、商業的作品ではいろいろバランスを考えながら描いたりもしています。「魔法使いの嫁」に関しては、ブリテン島やアイルランドなどの妖精譚を拝借しているので、けっこうみんなぺらりぺらりと人間と同じ言葉をしゃべってしまうんですよね。彼らは“ルール”を除いて感性や外見も人間っぽいものがそこそこ多いので……恐らくそうでないと人間のほうが彼らを理解できないからで、意外と自分の思う「人外」とは違ったりもするんです。だけどやっぱりある種の“ルール”への厳格さがやっぱり「人間じゃないなあ」と思ったりもするので、そこを明確に描かなければなあ、と気を付けて「魔法使いの嫁」は描いています。これに関しては、もともとの民話や伝承の彼らにオリジナルを何%ブレンドするかけっこう難しい塩梅です。面白いからと言ってオリジナル部分を混入させすぎるともともとが“いなくなってしまう”ので。それはちょっとこの作品では自分で看過できない……。
──そのあたりのバランスには特に気をつけて描かれていると。
ヤマザキ あとは“人外×少女”でなぜ“少女”か?という話なんですが、個人的には“少女性”が一番柔軟な形をしているからかな、と思っています。よくも悪くも、“少女”“少年”ってやわらかくて変幻自在で、環境に柔軟なんですよね。だけどちゃんと自我を持っていて、したたかで、弱くて、環境に添う部分、反発する部分、世界に対する疑問、迷い、諦め、怒り、喜び、自分なりの答えを持っていて、創作においてめちゃくちゃに描きやすく、また魅力的といいますか。大人は大人でまた魅力があるんですけども。あとは単純に、「人」と「人でないもの」が一緒にいる構図っていうのはなんだかわくわくするんですよね。動物しかり、怪物しかり。実際の人間世界では人間同士こそわかりあえないものですが、創作の世界では願いを託すこともできる。仲良くしてるのを見るのが好き!という傍観者としての思い……なんでしょうか。でも商業的にはそのままで終われないので試練をたくさん与えてしまいますね!
ながべ 僕は「魔法使いの嫁」の中では、“感情”というもの自体が人間主観のものさしとして描かれているなと思っていて。経験や体験から常に変化していくチセと、確かに変貌してはいるけどどこか決定的に欠いているエリアスの感情の対比が見事で、これはエリアスが感じていることはあくまでチセや登場する人間が日頃当然に用いている“感情”に当てはめて捉えているから変に見えるのかなと思いました。作中では(チセがエリアスに)「共感ができない」と言っていましたが。その差を真面目に向き合って描いているところが素晴らしいなと勝手に思っています。
ヤマザキ ありがとうございます。私は「とつくにの少女」は本当に、距離感が絶妙だなー!と思っています。とつくに以外でも、べったり、の場合もあれば、手探りでちょうどいい位置を探しあう、みたいな。拒否や拒絶もあれば、愛らしい迎合もあるわけで、いや、とても好きですね。存在と存在のせめぎあいって素晴らしいなと。あとは単純に、「大きい」と「小さい」、差のあるふたつが一緒にいるってとてもいいですよね。
──おふたりは“人外×少女”といったテーマやファンタジーを描くうえで、どういった作品に影響を受けたのでしょうか。
ヤマザキ “人外×少女”に限って探して読んでいるわけではないんです、ただセンサーが反応するだけで! ですが、楽しんでいる途中でそういう意味でセンサーが反応したのは、書籍だと「ダレン・シャン」、「レイチェル」シリーズ、「狐笛のかなた」「でんでら竜がでてきたよ」「すっくと狐」「HELLSING」とかでしょうか。アニメーションだと「モンスターファーム」や「ポポロクロイス」シリーズ、「BRIGADOON まりんとメラン」とか「BLOOD THE LAST VAMPIRE」シリーズあたりかなと。そういうテーマで描かれた作品、というよりは、作品の中からそういうエッセンスを見つける形です。あとは各種神話や民話になります。でも単純に「一番影響を受けた!」と言えるのは「足洗邸の住人たち。」と「J&J」シリーズ、「BLOOD+」かなと思います。
ながべ 僕は「美女と野獣」の存在が大きいですね! 人外と少女ではないのですが、「不思議の国のアリス」や「ムーミン」といった、確かにファンタジーに分類されるけど煌びやかさや派手さのない、むしろ古ささえ感じる描き方は今の僕のマンガ創作に強く影響しています。
──お互いに「ぜひこれはおすすめしたい」という作品などはありますか?
ながべ 僕の場合、小説よりも画集や絵本に偏ってしまっているので趣向が少しずれるのですが、アーサー・ラッカムとサン・テグジュペリをおすすめしたく……! アーサー・ラッカムは「不思議の国のアリス」が有名で、サン・テグジュペリは「星の王子さま」ですね。あとはジョン・クラッセンの絵本シリーズもおすすめです。勢いのある水彩チックなタッチから感じられる空気感が好きなのでぜひ機会があれば読んでほしいなあと。
ヤマザキ チェックしてみたいと思います。ながべさんにおすすめ、は難しいですが、「足洗邸の住人たち。」かな……。外見はヒトっぽいキャラクターのほうが多いんですが、「ザ・多様性!!」という感じでとにかくキャラクターも多いので好きなキャラクターが1人や3人や10人くらいはできると思います。
ながべ なるほど、僕もチェックしてみますね。
作品を通して描きたいもの
──ご自身の作品についても改めて聞かせてください。ヤマザキさんは以前、コミックナタリーのインタビューで「魔法使いの嫁」について「“みんな悪くてみんないい”みたいな物語が描きたい」とお話しされていました(参照:アニメ「魔法使いの嫁」特集 ヤマザキコレ×種﨑敦美×竹内良太 鼎談)。
ヤマザキ みんな悪くてみんないい、は今考えるとちょっと離れた答えになっていますね。今改めて答えるなら「違い」なのかなと。さまざまな感情や思考の在り処のサンプルというか……。マンガを読んで、いろんな「違い」を考えるきっかけにしてほしいな、と思っています。だけどつまらないなと読み捨てるのも自由なので。一応「こう感じてほしい」を込めてはありますけど、何を感じるのも本当に自由なので、いろんな考えが出せるよう、作中ではあえて明確な答えを出さないようにしています。
──一方のながべさんは、以前のインタビューで「一番大事にしているテーマは“やさしさ”」だと答えられていたのを拝見しました。
ながべ 「とつくにの少女」を描き切って、改めて “やさしさ”って難しいなあと感じました。その優しさが誰に向けてどう言った意味を含んだものなのか、その気持ちが結果的に悪い事態を招いたら? そもそも言葉なのか行動なのか、はたまた別のものなのか。そのどれもが登場人物の主観から成り立った“やさしさ”なので、改めて感情の曖昧さというか、交流のもどかしさというか、感情を描くって難しいな……と。だから、このテーマが難しいということがわかって逆によかったのかなと、もっといろいろな角度から見てみてもいいなと感じました。
──なるほど。先程挙げさせていただいたいずれのインタビューからも数年が経過しておりますが、執筆を続けるうえで新たに「ここを大事にしたい」「こんなことも描きたい」と感じ始めたものはあるのでしょうか。
ながべ せっかく優しさを通して感情というテーマについて考えたので、内面性により注目して描きたいなと。それこそヒューマンドラマに重きを置いて。それに加えて不思議な世界とへんてこな日常を描いていきたいです。もちろん人外も込みで。
ヤマザキ 私もあんまり大本は変わらないですね。でも強いて言うならば、最近はストーリー上で人間ばかり描いているので、初心に戻ってまたたくさん人外を描いていきたいです。
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アニメーションならではの「とつくにの少女」「魔法使いの嫁」の世界