全員が納得なんてできるわけない!ハライチ岩井に聞く“正解のないアニメ”「東京24区」の楽しみ方 (2/2)

クリエイターはみんな天の邪鬼

──「東京24区」がループものに対するカウンターとして作られたように、「流行りとは違うところでいいものを見せたい」という思いは岩井さんもお持ちなんじゃないでしょうか。

まあ、ありますね。流行りのものを作っとけば金にはなりますけど、それだとただ“なぞってる”だけなんでね。成功の方程式があるものはそのままやっておけば間違いはないんですけど、ものを作る人間がやることではないですから。それは“作ってない”し、誰でもできるじゃんっていう。

──「俺じゃなくていいじゃん」という。

そう。だから自分の作ったものが流行りだしたりすると、途端に興味なくなることがありますよ。

岩井勇気

岩井勇気

──脚本の下倉バイオさんはゲーム「STEINS;GATE 線形拘束のフェノグラム」でシナリオを手がけた方ですし、“自分へのカウンター”のような意味合いもあったかもしれないですね。

ああ、そうかもしれないですね。クリエイターはみんな天の邪鬼ですから(笑)。自分の主張するものが評価されないと文句言いますし、評価されだすと興味なくなるっていう。

──昨年末に行われた「M-1グランプリ2021」でも、岩井さんは“みんなが思うハライチの漫才”とはだいぶ違うものを披露されていました。

そうですね。

──2人がお互いのやりたいことをひたすらバカにし続けるというネタで(笑)。これは単なる個人的な印象ですが、近年もてはやされている“人を傷つけない笑い”に対するアンチテーゼでもあったのかな?と感じました。

別にそういうつもりで作ったわけじゃないですけど、普通に「人を傷つけない笑いなんかない」とは思ってますね。何かを肯定するのって、それを否定している人に対する否定なんで。きれいごとだと思います(笑)。

──ただ、それを言いたいがためにネタを作ることようなことはないと。

ないっすね。自分が面白いと思ったものを作るだけの感じです。人の評価もそんなに気にしないですし。世間より2歩ぐらい先へ行っちゃうと評価はされないものだし、そこで「早く追いついてこい」とも思わない。

岩井勇気

岩井勇気

──それを仕事としてやり続けるのはしんどくないですか?

そんなこともないですけどね。人の評価を気にするんだったら、人が「いい」と思うものをなぞればいいだけの話なんで。逆に、みんなにハマるものを作っちゃったときに「うわ」と思ったりしますよ(笑)。「これ、ウケるだろ」という感じでネタを作って大ハネしたときもありますけど、「ほらね」という思いだけでした。そこに快感はないですね。

──ということは、岩井さんはいわゆる職人タイプとは真逆なんですね。

まったくもって職人ではないですね。発注を受けて作りたいとは微塵も思わないですもん。コツコツやることにも向いてないですし……割と合理主義ではあるんで、“一番コツコツがんばらなくていいほう”を常に選択している感じはします。

──「がんばらないことに全力を注ぐ」みたいなイメージですかね?

そうっすね。言ったら、漫才のスタイルからしてそうです。普通はみんな王道の漫才をやり始めて、それをコツコツがんばるんですよ。それが成功に結びつくかどうかは才能次第という中で、僕はそうではない選択肢を採った。「目新しい漫才を作る」という、これはこれですごく面倒くさい選択だとは思うんですけど、自分の中ではコツコツやるほうがはるかに面倒くさいんで。

──もちろんコツコツやるほうが性に合っているタイプもいるでしょうけど、岩井さんはそっちではないと。

自分の性格をわかったうえでそうしたのかもしれないです。“できないこと”がわかり始めてからがラクっすね。

できないことは人に任せたほうがいい

──それこそRGBの3人にしても、それぞれのできることとできないことが違っている中で、3人の“できないこと”がぶつかり合ってコンフリクトを起こしている状態ですよね。

そうですよね。バラバラで行動していると、自分の苦手なこともやらなきゃいけなくなるんですよ。自分のできないことを人ができたりするから3人がうまいバランスで成り立っていたと思うんで、「できないことは人に任せたほうがいいんじゃない?」という気持ちで観ていますね。

シュウタ

シュウタ

ラン

ラン

コウキ

コウキ

──ハライチのように。

うん。俺らはお互い、自分にできないことは相方に任せてますから。「できない」とわかってからコンビのバランスがよくなった気がします。若手の頃はバラエティ番組に出ていってわーっと盛り上げるようなこともやらなきゃいけなかったんで、僕はそれがすごいストレスだったんですよ。あるとき「そういうことは相方に任せればいいや」と思うようになってから、うまく回るようになったかもしれないです。

──澤部さんはそれをストレスなくやれる人?

だと思いますよ。明るく振る舞うことにストレスがないというよりは、人から要求されたことを鵜呑みにしてやることにストレスがない。あいつは職人気質なんで、発注を受けたことを言われた通りにやってクオリティを出すことができるんです。

──一流の“ネタ受け取り師”として。

そうですね。僕はそれがすごくストレスで、キーッてなっちゃうんで(笑)。

岩井勇気

岩井勇気

──そういう2人が幼なじみとして出会って、今もコンビでやっているというのはすごいことですね。奇跡的なお話にも聞こえます。

でも、ずっと2人でいたことで結果的にその適材適所に収まっていったのかもしれないです。お互いがお互いのアンチじゃないけど、「こいつが得意じゃないことをやろう」みたいな感じになっていったというか。小さい頃からずっと一緒だし、お互いのどういうところがすごいかを理解しているからこそ「その部分で切磋琢磨する必要もないな」というふうに、少なくとも僕は思っちゃうんですよね。面倒くさいんで(笑)。

──そのままRGBにも通ずるようなお話ですね。

そうですね。今は3人がバラバラで動いてるから、苦手なことをやらされる環境になっちゃってるんだと思うんです。

──岩井さんはそういう場合、どのように乗り越えてきました? ピンのお仕事で澤部さんの役割まで要求されるようなときに。

乗り越えてないですね(笑)。それとなく「僕じゃないほうがいいですよ」という感じでやってます。だいたい澤部のマネをしてますね。

──今のRGBは、3人の利害があまりにも一致しないことで「一緒にいない」という選択をしているんだと思います。その心情に共感する部分はあったりしますか?

いや、特にないっすね。僕らの場合、目的は違うんですけど逆に利害は一致してるんです。僕は「漫才をやりたい」、澤部は「テレビに出たい」が強い。でも、テレビに出るためには漫才をやっていたほうがいいんですよ。「なんの人だかわからない」という見方をされるよりは、「漫才がちゃんと面白い人」というふうに見られたほうが説得力がありますよね。俺は俺で漫才をやりたいけど、そのためにもテレビには出といたほうがいいっていう。その利害が一致してるんで、お互いに利用価値がある(笑)。

岩井勇気

岩井勇気

──言い方はアレですけど、仲間を利用することは大事ですからね。

大事ですよ。利用するのがうまいと、人間関係は相当うまくいきます。

──逆に言うと、ハライチは1人ずつでのお仕事が多いイメージがありますけど、「ピンでやっていこう」という気持ちはまったくない?

できないと思いますね。できないというか、やり方がわからない。

──「やり方がわからない」という感覚なんですね。RGBで今それを一番感じているのは、おそらくシュウタだと思うんですけども。

シュウタは「自分に何ができるんだ?」と思っていると思うんですよ。でも、ランとコウキはシュウタのすごいところや特化している部分をよくわかっている。2人にはシュウタを必要とするだけの理由が十分あると思うんですけどね。

シュウタ

シュウタ

──確かにそうですね。2人のほうこそシュウタを“利用”するべきなのに、「一緒に動きたい」という気持ちがあるのはシュウタだけという。

シュウタは自分で自分の価値に気付いていないんですよね。まあ、そこが彼のいいところなんですけど(笑)。

おしゃべり好きにおすすめ

──では最後に、この作品をどういう人におすすめしたいか教えてください。なかなか「何系アニメが好きな人に」とも言いづらい作品だとは思いますが……。

そうっすね……しゃべることが好きな人じゃないですか?(笑) 議論するのが好きな人。何か1つの“正解”だけを描く作品だと議論の余地がないですけど、「東京24区」には話のタネがけっこうあるんで。

──物事を一面的な解釈だけで済ませたくないタイプの人には薦められる?

はい。第6話で「大切なのは正しいか間違っているかではなく、何が正しいのかをみんなで考え続けることよ」みたいな香苗さんのセリフがありましたけど、僕もそういうふうに考えてるんで。人の意見に対して「なんでそう思うんだよ! そうじゃないだろ!」じゃなくて、「あなたと意見は合いませんが、話し合いは楽しいです」というふうに議論ができる人にはおすすめできると思います。

翠堂香苗。コウキとアスミの母親で、豪理の妻。ボランティアなども行っていた心優しい女性で、犯罪予想システム・ハザードキャストの根幹を作った。

翠堂香苗。コウキとアスミの母親で、豪理の妻。ボランティアなども行っていた心優しい女性で、犯罪予想システム・ハザードキャストの根幹を作った。

──そういう、きちんと議論のできる相手がいる人だとより望ましいですね。

そうですね、感情的になる人には向いてない(笑)。話にならないんで。

──感情的に話をする人との対話は僕も苦手なんですけど、何か対処法はお持ちだったりしますか?

ほっとくしかないです。

──あははは(笑)。

冷静になるまで放っておいたのち、「感情的になるというのは議論を放棄しているということだから、おかしいですよ」と詰めるしかないですね。まあ、それも無理なんですけど(笑)。そのひと言でまた感情的になっちゃうから。

──そこでスイッチ入っちゃいますね。

結論としては、感情的になる人間とは関わり合わないことですね(笑)。僕はそういう人とは一緒にいられないです、本当に。

岩井勇気

岩井勇気

プロフィール

岩井勇気(イワイユウキ)

1986年、埼玉県生まれ。幼なじみの澤部佑とお笑いコンビ・ハライチを結成し、ボケとネタ作りを担当。現在のレギュラーは「おはスタ」「まんが未知」「Doki Doki! NHKワールド JAPAN」(声の出演)といったテレビ番組、TBSラジオ「ハライチのターン!」、ネット配信番組「ハライチ岩井勇気のアニ番」など。2021年7月に女性向けゲームブランド・オトメイトから発売されたNintendo Switch用ゲーム「君は雪間に希う」にて原作・プロデュースを担当。ヤングマガジン(講談社)にて連載中の宇宙人のムムリンと大人びた日本の小学生・コウタの交流を描くコメディマンガ「ムムリン」では原作を務めている。2019年刊行のエッセイ集「僕の人生には事件が起きない」に続き、2021年9月にエッセイ集の第2弾「どうやら僕の日常生活はまちがっている」が発売された。