全員が納得なんてできるわけない!ハライチ岩井に聞く“正解のないアニメ”「東京24区」の楽しみ方

TOKYO MXほかにて1月から放送中のアニメ「東京24区」は、東京湾に浮かぶ人工島・極東法令外特別地区(通称24区)に生まれ育ったシュウタ、ラン、コウキからなる“RGB”トリオの活躍を描くオリジナル作品。死んだはずの仲間からの着信をきっかけに、次々と“未来の選択”を迫られる3人が、自分の信じるやり方で、愛する街と人々の未来を守ろうと奮闘する。「ジョジョの奇妙な冒険」の津田尚克が監督を、ゲームシナリオライターの下倉バイオ(ニトロプラス)がストーリー構成・脚本を務め、アニメーション制作をCloverWorksが担当している。シュウタには榎木淳弥、ランには内田雄馬、コウキには石川界人が声をあてた。

放送が佳境を迎える中、コミックナタリーではアニメ好きとして知られるお笑い芸人の岩井勇気(ハライチ)にインタビューを実施。第9話までを鑑賞してもらったうえで感想を聞いた。RGBと同様、幼なじみの相方と長年コンビとして活動してきた岩井は、果たしてRGBの3人をどう見ているのだろうか。また、昨年の「M-1グランプリ」で披露した漫才など岩井のお笑いへのスタンスなども聞いているので、お笑いファンもぜひ目を通してほしい。

※本記事には「東京24区」のネタバレが含まれます。

取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 星野耕作

明確な“正解”がないアニメ

──岩井さんには事前に「東京24区」を第9話までご覧いただきました。まず、現時点での率直なご感想を聞かせてください。

オリジナルアニメですし、先の展開がどうなるのかわからない面白さがありますよね。今のところ思ったような方向には行ってないというか、もうちょっとハッピーエンドに向かっていく感じで進むのかなと思ってたんですけど……最終的にどうなるとハッピーエンドなのか、よくわからない状態にはなっていますね。

──確かにそうですね。

「正義とはなんなのか」っていうね。シュウタ、ラン、コウキのトリプル主人公みたいな感じで観てるんですけど、誰が正しいとも言えないし。おのおのの正義があって、それがぶつかり合っている。

岩井勇気

岩井勇気

──「多くの人を助けるために1人を見殺しにするべきか否か」という選択を突きつける、いわゆる“トロッコ問題”がストーリーの軸になっていますしね。どちらが正しいのか、あるいは別の選択をすべきなのかでシュウタたちは悩み続けます。

そのトロッコ問題にしても、最初のエピソードにあった「別の選択肢が正解」みたいなルートが毎回あるわけでもないし。明確な正解がないところがこの作品の魅力じゃないですかね。観る人それぞれで考えられるし、観た人同士で議論もできるところが。

──例えば「俺はシュウタが正しいと思う」とか「コウキが一番合理的だろ」とか。

みたいなことですかね。誰を選んでも悪いわけじゃないし、なんなら明確な敵もいない感じになってきてますよね。翠堂豪理にしても、彼は彼で自分の正義を貫いて行動しているわけですから。

翠堂豪理はコウキの父で、24区の区長を務める大物政治家。小学校の火災事件で人命を守るために亡くなった娘・アスミの脳を使ったKANAEシステムによって犯罪検挙率を上げようとする。

翠堂豪理はコウキの父で、24区の区長を務める大物政治家。小学校の火災事件で人命を守るために亡くなった娘・アスミの脳を使ったKANAEシステムによって犯罪検挙率を上げようとする。

──ちなみに岩井さんが最も感情移入するキャラクターは?

うーん……(少し考えて)ランかもしれない。やっている仕事が何かを生み出すようなことなんで、グラフィティアートを武器にしているランが一番感情移入しやすい気がします。ただ、ランはそこに思想を乗せ始めてきてますよね。そういう意味では、作ること自体が楽しくてやっている自分とは違うんだけど。まあ思想を乗せたくなるのもわかるし、一番気持ちがわかるキャラクターではありますね。

ラン。24区で活動するアーティスト集団・DoRedのリーダーを務める。グラフィティアートのライブ中継などを通じて自らのメッセージを伝える。シュウタ、コウキとは幼なじみ。

ラン。24区で活動するアーティスト集団・DoRedのリーダーを務める。グラフィティアートのライブ中継などを通じて自らのメッセージを伝える。シュウタ、コウキとは幼なじみ。

──岩井さんは自分の作るものに思想を入れたくない?

あんまり入れたくないです。お笑いって人が笑いさえすればよくて、にぎやかせればいいだけのものなんで(笑)。そこに思想を入れるとなると、本来の役割とは別物になっちゃう気がするんで入れてないですね……っていうのが思想なのかもしれないですけど。

──とはいえ、岩井さんの作るものからは何か強い意志のようなものを常に感じます。少なくとも無思想の人が作るものには見えないというか。

そこはまあ「どっちが先か」ですよね。僕の場合は思想を表現するためにお笑いをやってるんじゃなくて、お笑いをやるために思想を使っている感じだと思います。

──本末が逆なんですね。

そうですね。もちろん、ランにもただ楽しくて描いている部分もあるとは思うんですけど。

──岩井さんがランだとすると、相方の澤部(佑)さんはシュウタ的な存在という感じでしょうか?

どうかなあ……コウキっぽい部分もありますけどね。権力の強いほうに付くっていう(笑)。澤部はけっこう打算的というか、狡猾なところがありますから。

シュウタ。24区内にあるパン屋の息子で運動神経が抜群。ラン、コウキとは幼なじみ。

シュウタ。24区内にあるパン屋の息子で運動神経が抜群。ラン、コウキとは幼なじみ。

コウキ。「翠堂財閥」の跡取り息子。区長の豪理を父に、事故で命を落としたアスミを妹に持つ。シュウタ、ランとは幼なじみ。

コウキ。「翠堂財閥」の跡取り息子。区長の豪理を父に、事故で命を落としたアスミを妹に持つ。シュウタ、ランとは幼なじみ。

──なるほど(笑)。第9話までの中で、何か印象に残っているエピソードはありますか?

第3話で白樺先生が亡くなられたところとか。このアニメでは主人公たちの身近な人間が普通に死ぬんで、「あ、死ぬんだ?」ってなりますね。第5話ではクナイもあっさり殺されますし、ご都合主義的じゃないところが好きです。シビアだなと。

──津田尚克監督の狙いのひとつとして「ループものへのカウンターを打ちたい」というのがあったそうなんです。そういう意味では、そのあたりのエピソードはまさに“やり直しのきかないシビアさ”として意識的に表現されている部分なのかもしれません。

白樺広樹。シュウタたちの高校時代の恩師。卒業後も3人を気にかけていた。しかし、事故で命を落とすことに。

白樺広樹。シュウタたちの高校時代の恩師。卒業後も3人を気にかけていた。しかし、事故で命を落とすことに。

取り返しがつかないですもんね。この作品でも要所要所にループもので言うところの“分岐”はいっぱいあったんでしょうけど、白樺先生やクナイが死ぬルート以外は存在しないっていう。ほかのルートがどういうものだったのかは知る由もない、というところがいいのかもしれないです。

──現実ってそうですしね。

うん、そのリアリティ。リアリストな感じはしますね。

ストーリーのために人間が動かされてほしくない

──物語も佳境に入ってきて、最終話も近付いています。岩井さんはどんな心持ちでその日を迎えますか?

僕は別にハッピーエンドが好きなわけじゃないんで、バッドエンドになっても全然いいような感じはしますけどね。第9話までの流れを見る限りでは、これが「全部解決! ハッピーエンド!」みたいになったら「すげえご都合主義だな」と思っちゃうだろうから(笑)。

──なるほど(笑)。

まだ全話観てないんでアレですけど、例えばこのあと大きな選択を迫られて「その選択がダメでした」で終わっても全然いいと思うんですよ。そこにシュウタたちの「それでも生きていかなきゃいけない」という気持ちがあればいいと思うし、現実的でいいんじゃないかな。

岩井勇気

岩井勇気

岩井勇気

岩井勇気

──シビアですね。お話として美しく収めることにはさほど興味ない?

最近はそうですね。もちろんそれがカチッとハマればいいものになるんですけど、話を美しくまとめるために人間が動かされちゃうのはアレだなあって。無理やり収めるとリアリティがなくなるし、必ずしもドラマチックじゃなくても別にいいんです。なんなら一番面白い話って、ただただ何もない人のなんでもないエピソードを聞いているときだったりするんですよね。「何もないって、リアリティあるなあ」と思ったり。

──第9話時点では登場人物たちの立ち位置や思惑が複雑に交差している状況ですし、そこに何か決定的な“唯一の正解”が導かれて大団円、だとウソくさく感じてしまう可能性があると。

「誰か納得いってないやつ、いるだろ!」と思っちゃうでしょうね(笑)。全員が納得いく収め方なんて、もうないじゃないですか。視聴者が納得いくだけの終わり方にはならないほうが俺は好きかなあ。

──「東京24区」は、完結後にもう一度最初から観返したくなるタイプの作品だと思います。岩井さんが観直すとしたら、どういうポイントに注意して観ますか?

結末がわかったうえで「なんでこの結果になったんだろう?」というところを観るのが楽しいですね。「そうか、この選択があったからこうなったんだ」みたいな。見落としていた部分……見落としていたわけじゃないんだけど、結果を知らないと見えてこない部分があるから。自分の人生でも「あのときああいう選択をしたから今こうなっているんだ」と思うことは全然ありますし、その感じで。

岩井勇気

岩井勇気

──そもそも普段、過去に観たアニメを観返すことはありますか?

もちろん、全然ありますよ。時間をおいてから観ると、自分自身の考え方が変わっていたりもするんで、また見方が変わるかもしれないですし。……これは「東京24区」の取材で言うべきことではないかもしれないですけど、僕が普段観返したくなるのは、どちらかというと何も考えずに観てられるタイプの作品が多い気がしますね。2回目を観るときに内容を覚えてないんで(笑)。

──毎回、新鮮に観られる?

覚えている必要もないんで。なんなら話の途中で「今日はもういいや」って切っても問題ないし、続きが気にならないっていう(笑)。そこがいいんです。

──なるほど(笑)。週に1話ずつ観るのと、全話まとめて観るのとではまた味わい方も違いますよね。

違いますね。主人公が大変な状況に追い込まれたりするタイプのアニメはまとめて観たいです。早く解決してもらってストレスフリーになりたい(笑)。ですけど、「東京24区」は観返すときも1話ずつ観たい作品かもしれないですね。週ごとに何かを思いたいんで、インターバルを空けつつ。各話についてちょっと考える時間が欲しいというか。

──次々に話数が進んでいくと「ちょっと待ってちょっと待って!」ってなる?

そんな感じだと思います。考察とはまた違うんですけど、少し自分の中で噛み砕いてから次に行きたいかな。