手塚治虫「どろろ」×カネコアツシ「サーチアンドデストロイ」|マフィア梶田が大興奮、1万字を超える熱量で語った「どろろ」愛と“鬼トガリ”な近未来SFへの期待

不完全さも含めて愛おしい

──「どろろ」の作中で印象深いシーンというとどこでしょう?

いろいろありますが、まずはやっぱり、どろろの回想に出てくる両親の話。父親の火袋が死んでしまってから、どろろと母親はつらい旅をするんですけど、ある日母親がどろろに食べさせるため、おかゆを手に盛ってもらうじゃないですか。

──お寺でおかゆを配っているんですが、おかゆを入れる器がないとあげられないと言われるんですよね。母親はやけどするのも構わず、熱々のおかゆを自分の手に盛ってもらい、それをどろろに食べさせてやる……。

「どろろ」より。©TEZUKA PRODUCTIONS

©TEZUKA PRODUCTIONS

そうそう。あのシーンはもう、痛々しくて見ていられなくてですね。子供時代、誰しも「親が死んだら自分はどうなってしまうんだろう」と考えて、不安に駆られる時期があるじゃないですか。自分にとってちょうどその時期が、「どろろ」のそのエピソードを読んでる時期と重なったんですね。おかゆを手で受け止めて子供に与える親の愛。しかもその後、お母さんは雪の中で凍死してしまう。思わず自分に置き換えてしまって、すごく考えさせられたし、どろろにものすごく感情移入したところなんですよね。それから、白面不動の話。

──白面不動は自分の顔を持たない妖怪で、それゆえ人を襲って顔を奪っているという話でした。

あいつのおぞましさは「どろろ」の中でも特別際立っていて、ノッペラボウになった氷漬けの死体がいっぱいあったり、よくこんな不気味なことを思いつくなと怖くて怖くて……。その一方で、白面不動の部下として動いていた女の妖怪が、どろろを誘い込むためにどろろの母親の顔になるんだけど、「おっかちゃん」と呼ばれているうちに情が移っちゃう。最期にはどろろを守って死ぬんですよね。この話もさっきの話と重なって、ものすごく強く心に焼き付いてますね。もう1つ、どろろの父親・火袋の部下だったイタチの話。後半、野盗の頭となったイタチが宝を探しに来て、どろろと再会するじゃないですか。

──はい。「無情岬」のエピソードですね。

マフィア梶田

最初は欲に忠実で、お宝目当てで行動しているイタチですけど、どろろに危ないところを助けられて改心して、最終的にはすべてを悟ったかのように、どろろを守って死ぬ。しかも最期はどろろに「金が見つかるように祈ってるぜ」って声をかけて死んでいくんですよ。ここもめちゃくちゃ好きなシーンなんですよね。本当に悲しいというか、いいところも悪いところも含めて、すごく人間臭い生き様だと思います。名シーンを挙げろって言われたらその3つが中心になりますね。

──どれも人間の極限の愛が描かれた、心に残るシーンだと思います。挙げられた3つとも、どろろにまつわるエピソードですね。

そうですね。「どろろ」は風刺の側面も強い作品ですけど、中でも特に悲惨な、気の毒なエピソードはどろろの物語の中で描かれているように思えて。タイトルが「どろろ」なのは、結局そこに行きつくんじゃないかと思うんです。どうしても百鬼丸が主人公に見えがちな作品じゃないですか。でも実際、俺の中ではどろろの物語が、これだけ強く残っているわけですから。

──物語が未完成というか、ちょっと不完全な形で終わるのも魅力の1つですよね。

「どろろ」より。©TEZUKA PRODUCTIONS

©TEZUKA PRODUCTIONS

そうなんですよ。俺の中である意味どんどん美化されていくというか、きちんと完結していないからこそ、想像を掻き立てられている部分はきっとある。ラストシーンの衝撃は今でも残ってます、ここで終わりなのか、百鬼丸とどろろはこの後どうなってしまうんだ、っていう。

──複数の妖怪が合体した“ぬえ”が出てきたとき、子供の頃は素直にラスボス感があるなと思ったんですけど、今読み返すと……。

完全に急いでまとめに入ってますよね(笑)。終盤になればなるほど、物語もけっこうブレてるんですよ。でもそこらへんの不完全さも含めて愛おしい。ある意味では作品のテーマに沿った運命を辿っている作品なのかなという気がします。

「どろろ」は“叛逆”の物語

──「どろろ」って現在もアニメが作られていたり、これまでにも映画やゲームになっていたり、手塚作品の中でも積極的にメディアミックスが行われている作品ですよね。この理由が、今のお話と繋がってくると思うのですが。

まさしくそうだと思います。結局不完全で、未完成だからこそリメイクされ続けていて、いまだにそれを求める人がいる。最初に話したとおり、自分は「どろろ」のスピンオフとかリメイク作品をほぼすべてチェックしてるんですよ。それはなぜかというと、「どろろ」の不完全さ、未完成さをもしかしたら埋めてくれる人がいるんじゃないかっていう期待があるからだと思うんです。読み手の自分ですらこう思うんですから、書き手の方もきっと同じ気持ちを味わってるんですよ。「どろろ」の不完全な結末を見て、もしかしたらあり得たかもしれない未来が自分の中で渦巻いていたとしたら、そこに挑戦してみたい気持ちにきっとなりますよね。あとは単純な話、ものすごいアイデアが光ってるんで、今やっても通用する不変の魅力がある。百鬼丸のヒーロー像もそうですし、テーマも時代を問わずに通用するものだと思います。

マフィア梶田

──「どろろ」のテーマをシンプルに表現するとしたらなんでしょう?

これは一言で“叛逆”です。まさしく「どろろ」は叛逆の物語であって、百鬼丸もどろろも、行動原理をたどると叛逆に行きつくんですよ。百鬼丸は親のエゴによって全身を魔物に奪われて、その体を取り戻すために叛逆の旅をしている。どろろは両親や周囲の人々を、侍が支配する時代に奪われた。権威に抑圧されたどろろが、その権威に叛逆して生きていく。2人とも目的は違えど、世の中に対する叛逆という意味では共通してるんですよね。打ち切りにならなければ、そのあたりが今後掘り下げられていったんだろうなって思うんです。最終話でも百鬼丸が、どろろに「農民たちといっしょに戦い抜け、それがおまえのいく道さ」と声をかけてますよね。今後連載が続いていけば、どろろが一揆を起こして、侍の抑圧に立ち向かう話があったんじゃないかと想像しています。

──カネコさんは「サーチアンドデストロイ」に込めるキーワードを“怒り”だとおっしゃっていて。創刊号の目次コメントを引用させていただくと、「『どろろ』はアイデンティティの物語であり、『怒り』の物語であると思います。奪われ失われた自己を取り戻そうとする『怒り』に、僕は焦点を当てて描こうと思います」と。

「サーチアンドデストロイ」より。

まさしくその通りだと思います。「サーチアンドデストロイ」を読んでいて、俺はこの作品が、「どろろ」の中からピュアな怒りを抽出して、それを再構築した作品だと受け取ったんですよ。「サーチアンドデストロイ」版の百鬼丸にあたる百が、百鬼丸とは比べものにならないくらい、常に怒りを振りまいてるんですよね。だから今の話は納得がいくし、そこが自分の中の「どろろ」のテーマと合っているから、「サーチアンドデストロイ」を違和感なく読めているんだと思います。

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「捜し出し、破壊しろ!!」
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内戦後──兵士や労働力として大量に生産されたクリーチャーと呼ばれるロボットが街に溢れ、あるものは路上に、あるものは裏社会に身を置き、市民との軋轢を生んでいた。
ある夜、盗みを働きヤクザクリーチャーに捕らえられた孤児ドロの前に、一見、人間ともクリーチャーともつかない少女が現れる。
獣の毛皮を身にまとい、怒りに満ちた眼差しで親玉キックに襲いかかる少女。 その機械の四肢には、最強の武器が装備されていた……!

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マフィア梶田(マフィアカジタ)
マフィア梶田
1987年10月14日生まれ、中国・上海出身。フリーライターとして、ゲームサイト「4Gamer.net」や声優情報誌などで記事を執筆している。また「杉田智和のアニゲラ!ディドゥーーン」「RADIO 4Gamer」などでラジオパーソナリティとしても活躍。そのほか「シン・ゴジラ」に出演するなど俳優としても活動の場を広げている。「GOHOマフィア!梶田くん」ではマフィア梶田を“材料”に、「ポプテピピック」の大川ぶくぶが4コママンガを執筆。