「天狗の台所」「きのう何食べた?」“食”をテーマにマンガを描く2人が、“食”を通して語り合う、田中相×よしながふみ対談 (3/3)

シロさんってあと2年で還暦なんです

田中 よしなが先生は「きのう何食べた?」はどうして描きはじめたんですか。

よしなが 割と満を持してじゃないですけど、最初から隙あらば私のマンガには食べ物が入ってたんですよね。

「きのう何食べた?」1巻

「きのう何食べた?」1巻

田中 いっぱい入ってますよね。「1限めはやる気の民法」でも藤堂さんがごはんを作ってくれたり。

よしなが 「きのう何食べた?」を考えたときは、「大奥」の連載も始まったばかりで大変だったんです。みんな着物だし、話も暗い。後半になるとギャグも入ってくるんですけど、最初の頃はそんなこと入れる余地がないぐらい酷い話で。とにかく描くのが私もアシさんも大変だったんですね。だからもう1本の連載は「もう私の好きなものしか描かない」って宣言して、食べ物とおじさんに(笑)。「話らしい話はない!」って言ってね。

田中 いやー、それがそんなことないと思うのです。私よしなが先生にお手紙を1回出したことがあるんです。「きのう何食べた?」すごいですって書き綴って。年月を重ねて描き続け、作品の中も同じ時間が流れる凄みですよね。シロさんもケンジも、ちゃんと年をとって1巻のときと全然違う顔で描いてあって。これはもう本当にその人の人生を見守るという感じになります。

よしなが でも……(小声で)結果としてよ。本来4、5巻で終わる話だと思っていたので、時間経過も「雑誌に載っているときに現実がちょうど同じ時期だとマンガを読んだ人が作れるじゃん。めんどくさいからマンガと現実、一緒の時間にしましょうよ」って。

田中 よしなが先生は年かさの男性がお好きだっておっしゃってましたが、今、どんどんいい感じですか?

よしなが いや、今は冷や汗(笑)。こんなに続くとは思ってなかったから! シロさんってあと2年で還暦なんですよ。どうしても最初40代にしたくて、自分よりも6、7歳上にしちゃったんですよね。だから描くときにちょっと想像力を働かせないといけない。「ああ、2年描いて1年歳とるくらいの設定にすればよかった」って今は思うんですけど。

田中 「きのう何食べた?」は1冊にどれくらいの時間が入ってるんですか?

よしなが 1冊で8カ月です。昔はコミケ休みで年に2回休んでいたので、そうすると黙ってマンガの中の時間がしゅっと飛ぶ。8カ月だけど10カ月くらい進んでる感じ。今は毎月描いてるからきっちり8カ月ですね。なんかしょっちゅうお正月描いてるなって思うんですけど。今回はクリスマスか、おおみそかか、お正月かって去年どうだったっけって考えながら(笑)。

田中 シロさんのラザニアと明太子ディップ、私もクリスマスに作りました。突然ですが、私は事務の山田さんが大好きなんです。ちょっとドジ、だけどすごく有能な人っていうのを1話で描かれててとっても鮮やかでした。ドジと有能はキャラクターとしては混ざりにくいかもしれないんですが、人間は多面的で、そんなこともある。それが短いページ数で描かれていて感動したのを覚えています。とってもよしなが先生らしいキャラクターだなって。山田さんがたまに事務所にいるとうれしくて「キャー」ってなります。

「きのう何食べた?」13巻より。

「きのう何食べた?」13巻より。

よしなが 山田さんの描きたいエピソードはあるんですけど、登場人物が増えてきちゃって。一応満遍なく回すようにしてるんですよ。佳代子さんの家、ジルベールたち、それぞれの実家と職場。たった8話の中でもこれだけで6話いっちゃう。自由演技が2話しかない(笑)。入れなきゃいけない要素がたくさんあって、フィギュアスケートみたいだなと思って。

人生にはままならないことがいろいろ起きるんだけど、料理だけは自分でやりたいようにできる

田中 私は連載前コロナ禍もあってか、すごく元気がなくなっちゃったんです。それまでは人が死ぬようなマンガとか映画ばっかり見てたのに、全然見れなくなっちゃった。YouTubeに中国の農村で料理を作って生活している動画がたくさんあるんですけど、そういう動画ばかりずっと見てて。それこそ昔のマンガで「チョコファッジ」とか聞いたことがない食べ物が出てきて読みながら味を想像するのが大好きだったんですが、同じ感覚でワクワクして。だって花粉のケーキとか、全然わからない!

よしなが 花粉症になりそうだけど私も興味ある(笑)。だってキレイそう。

田中 キレイなんですよ。小豆で作った土台の上に、松の花粉を水とはちみつで溶いて流していて。ほかにも「食べてみたいな、どんな味なんだろう」っていう料理がたくさん出てくる。そういう動画を見ながら、私もこういうふうに、なんだか楽しい気持ちになる、読んでいるだけでほっとするようなマンガを描きたいなと思って始めたのが「天狗の台所」なんです。

よしなが うん。やっぱり食べるって生きることですもんね。

田中 本当にそうですね。私はマンガを描くと割と暗めでシリアスになってしまうんですが、食べることってネガティブになりにくい気がして、そこが今私が描きたいことと合っているなと。

よしなが 「きのう何食べた?」の第1話でもシロさんが「仕事で案件をひとつキレイに落着させたくらいの充実感を一日に一回も味わえるなんて夕飯作りって偉大だ」って言ってるんだけど、料理って一番簡単に充実感が得られる。人生にはままならないことがいろいろ起きるんだけど、料理だけは自分でやりたいようにできるものだから。

「きのう何食べた?」1巻より。

「きのう何食べた?」1巻より。

田中 ああ、わかります。全然料理しなかった頃でも「きのう何食べた?」を読むと何か作ろうかなって思ってました。たぶんシロさんがパズルみたいに食材を使い切ったりしてて、楽しそうなんですよね。そういうゲーミフィケーションを日常の中に見出しているように見えて、真似したくなる。しかも料理ってクリエイティブでもありますし。

よしなが 作って食べるという過程が、やっぱり自分を整えるんでしょうね。さらに基さんみたいに植えて育てて採るところから始めたら、もう食べるときの達成感がすごいと思うんです。田植えとか去年すごい大変だったことが、あとで食べられるものになってかえってくる。だから「天狗の台所」は読んでいてすごく楽しいです。農閑期、全然ひまじゃないけど(笑)。

田中 農閑期は名前を変えたほうがいい(笑)。

よしなが 1年と言わず、まだまだ続けてほしいです。

田中 ありがとうございます。いろんな人から「もう終わっちゃうの?」と言っていただくこともあるんですが、むぎが若い頃の話も描きたいなって思ったり、ラストもはっきりとは決めていないので今もいろいろまだ考えてるところです。今日は、本当にありがとうございました。これからもよしなが先生が描かれるものを楽しみにしています。

よしなが こちらこそありがとうございました。

プロフィール

田中相(タナカアイ)

2010年3月に創刊されたITAN(講談社)にてデビュー。同誌で2012年より「千年万年りんごの子」を連載し、第16回文化庁メディア芸術祭にてマンガ部門新人賞を受賞。現在、月刊アフタヌーン(講談社)で「天狗の台所」を連載中。

よしながふみ

1971年東京都生まれ。1994年、花音(芳文社)にて「月とサンダル」でデビュー。以後、1999年にウイングス(新書館)で「西洋骨董洋菓子店」、2004年にメロディ(白泉社)で「大奥」、2007年にモーニング(講談社)で「きのう何食べた?」と多岐にわたって活動を行っている。「きのう何食べた?」は2019年にTVドラマ化、2021年に実写映画化を果たした。