「天国大魔境」は、壁に囲まれた施設で暮らす子供たちと、壁の外の世界でサバイバル生活をするマルとキルコ、2つの世界を描いた冒険譚。「それでも町は廻っている」の石黒正数が2018年に講談社「アフタヌーン」で連載をスタートさせ、同年には「このマンガがすごい!2019」オトコ編第1位を獲得したほどの注目作が、満を持してTVアニメ化を果たした。
コミックナタリーではこれを記念し、マル役の佐藤元、キルコ役の千本木彩花、トキオ役の山村響、ミミヒメ役の福圓美里、シロ役の武内駿輔による座談会をセッティング。現場では“魔境チーム”と“天国チーム”に分かれて収録を行っていたため、互いのチームの演技についてじっくり話をするのはこの日が初めてだったという5人に、「天国大魔境」の魅力を語り合ってもらった。
取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 小川遼
ジャンル分けに非常に困る作品
──まずは原作のご感想から伺えたらと思います。皆さんはどんな魅力を持つ作品だと感じましたか?
佐藤元 不思議な作品ですよね。主人公のマル自身、「自分が何者なのかわかっていない」とハッキリ書かれているので、「じゃあわかんないよ!」っていう(笑)。
千本木彩花 最初は何気なく読んでいましたが、読み進めていくうちに「あれ? あれ?」と引っかかることがたくさん出てくるんですよね。それでもう一度1巻に戻って「何がどうなってるの!?」と読み込んでいく感じでした。すごくワクワクもするし、少しの違和感を残しながら話が進んでいく作り方が本当に上手だなと思いました。たぶんこの先、ガーッと一気に伏線回収される展開があるんだろうなと思うので、「早くそこまで読ませてください!」という気持ちです。
福圓美里 私も同じくです。ポップな感じでスルスルと読んでいたんですが、気付けば止まらなくなっていて。「もう1巻、もう1巻」というふうに、あっという間に最新刊まで読み終えてしまって。「あ、もうない! よし、課金しよ」と、まだ単行本になっていない雑誌掲載分を読めるアプリがあるので、それに課金して最新号まで読んでしまいました。
武内駿輔 絵がすごくかわいいですし、深く考えずとも楽しく読めるんですよね。でも、1回考え始めるとどこまでも考えようがあるっていう。マルとキルコのテンポのいい会話や天国の子供たちの何気ないやり取りを見ているだけでも楽しいですし、見応えのある戦闘シーンもあったりして、すごくバランスの取れた作品だと思います。
──カテゴライズの難しい作品ではありますよね。どのジャンルに属するのかが迷いどころというか。
佐藤 難しいですね!
武内 単純なサバイバルものでもないし……。
千本木 単純なバトルものでもないし。
佐藤 「SFサバイバルです」と言ってしまえば一応その通りではあって、キルコの武器(キル光線)の不思議なビームとか、謎の生命体・ヒルコが存在することとか、SF的な要素は各所にちりばめられていますが、それがすべてでもないので断言するのは難しいですね。
山村響 かなりリアリティがありますよね。生々しい描写がいっぱいあって、怖くなっちゃうくらい。
佐藤 そうなんですよ。どちらかというとサバイバル的な状況下での人の反応だったり、派閥関係とかの人間社会がリアルに描かれる面白さが中心とも言えるから、ジャンル分けに非常に困りますね……。
武内 「このマンガがすごい!2019」オトコ編で第1位を獲っていますけど、実際はジャンルレスで男女関係なく楽しめる作品だなと感じましたね。いろんな種類の魅力を持っているマンガだと思います。
戦闘シーンも日常のひとコマ
──そんな「天国大魔境」のアニメ化に際して、皆さんがそれぞれ演じるキャラクターに対してどんなふうにアプローチしていったのかというお話もぜひ聞かせてください。
佐藤 マルは正直、今までやってきたキャラクターの中で一番難しかったです。だって、本人が自分のことをわかってないので(笑)。もちろん選ばれたときはすごくうれしかったですが、「自分自身のことをわからない」というキャラクターをどう表現したらお客さんに伝わるのか、すごく考えました。バックボーンも謎なら、唯一ヒルコを殺すことができる能力を持っているのも謎めいているし……そのわりに本人はすごくあっけらかんとした性格じゃないですか。思春期男子丸出しで、人間らしい感情をすごく持っている。
山村 確かに。
佐藤 キャラとしての立ち位置と本人の性格が異なっているという意味でも、彼という人物像を作り上げていくのはすごく大変でした。なので、とにかく反射的に会話することを意識しました。いわゆる“役作り”とは逆のアプローチで、「来たものに対してただリアクションするだけ」というふうに演じることによって、彼の持つある種の空虚さを出せるようにしようと。
千本木 そういうふうに考えてマルを演じていたというのは、私は今初めて知りました。
佐藤 あえて言わないようにしていたというのもあります。お互いが「反射で会話するようにしなきゃ」とか変に意識しちゃうのも違いますし……。
千本木 うんうん。
佐藤 石黒先生から「休憩時間の2人の会話がマルとキルコそのものだった」と言っていただいたのですが、とてもうれしかったです。そういう普通の会話をそのまま出すことがやりたかったんです。
千本木 キルコに関しても、自然体であることは大切にしていました。そのときそのときで「何がしたいのか」「何を楽しいと感じているのか」という根源的な気持ちの部分を追っていけば、自然とキルコになれるんじゃないかと思って演じていました。
福圓 実際、おふたりはすごくニュートラルな、肩の力が抜けたお芝居をしているなと感じましたね。このサバイバルの状況下で他人の家にガラスを割って侵入したり、得体の知れない化け物に襲われたりしているのに、それを当たり前のこととしてやっているから「こういう世界になってから生まれた子供たちなんだな」と納得できたんですよ。すごく素敵なお芝居だったなって。
千本木 ありがとうございます!
福圓 もし私がやれと言われたら、もうちょっと力を入れた芝居をしちゃいそうだなと思いました。
佐藤 確かに戦闘シーンは、僕らも最初はかなり気合いが入ったといいますか。
千本木 そう、けっこう緊張感マシマシで“ちゃんと戦闘シーン”にしていたのですが、「そんなに緊張感を強くやらなくていいよ」ってディレクションをいただいて。
福圓 あ、やっぱり言われたんだ! これまでにバトルものもいっぱい演じてきているだろうし、普通は「(緊迫感のある声色で)あと2発だ……!」みたいな感じでやってしまいがちだよね(笑)。
佐藤 そうなんですよね。最初はそういう感じで演じていたら、「いいよ、全然フランクにしゃべって」と言っていただいて。例えば、ヒルコから逃げているときにキルコがドアを開けっぱなしにして走ってきたことに対して、マルが「開けたら入ってくるじゃん!」みたいに言うシーンがあるのですが、それも命の危機みたいな感じではなく、言ってみれば文化祭の準備とかでクラスメイトに文句を言ってる男子高校生、くらいのノリで言ってるんです。
千本木 あの2人には経験値があるので、そういうシーンが特別なものじゃないんですよね。日常のひとコマじゃないですけど(笑)。自分たちの能力もわかっているしヒルコの倒し方も知っていて、いつも通り普通にやれば倒せる確信があるのかなって。だから、あまり切迫感が出ると不自然になっちゃうんです。
福圓 なるほどねー。確かに、あれくらいは2人にとったら危機じゃないもんね。
山村 その感じがすごく出てた。
福圓 手練れ感がね。
武内 うんうん。
佐藤 そこのさじ加減が、演じるうえで1つの楽しみでもありましたね。この2人の感じが一番よく表れているのがエンディング映像だと思うんですよ。
山村 それ思いました!
佐藤 みんなすごく楽しそうじゃないですか。天国サイドが楽しそうなのはもちろんだけど、魔境サイドもあんな状況なのにすごく楽しそうなんですよね。喜々として人の家に侵入していますから(笑)。
千本木 生きるためにね。
福圓 だから作品が暗くないよね。明るい。こういう世界になってから生まれてる子たちだから、私たちが見ると絶望的な状況だけど、彼らにとっては絶望でもなんでもない、普通の世界でしかないっていう。
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会話は成立してるけど、噛み合ってはいない