モーニング×コミックナタリー
コミックナタリー Power Push - 谷口ジロー フランス芸術文化勲章受章記念インタビュー
文学性で内外に人気のマエストロが語る 新作「ふらり。」ライフワーク化計画
そこまで追求して描いていいのかという問題もある
──ジロー先生というと忘れられないのが、昔読んだインタビューで「北米大陸の山とヨーロッパの山と、見たらわかるように描き分けたい」っていうようなことをおっしゃっていて。
山のマンガを描く上で、山の違いは描けるようにならなきゃいけないなと思ったの。ひと目見て、日本の山なのか海外の山なのかわかるように表現しないと、どこの山を登ってるのか、読む人はわからないから。
──そんなことを言ってるマンガ家の人はじめて見たので、衝撃を受けました。それってつまり、岩肌が花崗岩であるとか、そういうことを考えてらしたんですか。
そこまでは違いを描けないですね。岩山描くとなったら岩の描き方になっちゃうから。でもせめて、東北の山とアルプスの山は明らかに違うから、誰の目にも明らかなように描き分けなくちゃいけないと。あと影の濃さ、強さとかで季節は伝えられると思うし、雲の表現で暑いとか涼しいとか感じさせられると思うんですけど。
──凄まじいです。
マンガのやり方としてね、そこまで突き詰めて描いていいのかどうかという問題もあるんですよ(笑)。無限に労力を割くわけにもいきませんから。
──先ほど「ふらり。」の次回作は明治、大正、昭和と時代を移して東京の町並みを描いていかれるとおっしゃっていましたが、山肌を描きわけるように、時代ごとの町並みを描き分けるのもたいへんそうです。
江戸はストレートに描けばよかったけど、明治はもひとつ難しい。建築も風俗も、西洋のものが入ってきてどんどん変わっていく過程だから。江戸から引きずってるものもあるし、その描きわけをどうするのか、難題ですね。
──ファンとしてはそこが楽しみです。江戸・明治・大正・昭和と揃うのは10年後くらいになるんでしょうか。首を長くして待っています。
まさか60超えてマンガ描いてるとは思いもしなかったんですが、いつの間にかこんなことになっちゃいました。大ヒットするようなマンガは描けなかったけど、そこそこのところで続けてきたから、ずっと続けられたのかもしれない。
──その息の長い活動が、こうして海外からの評価にもつながったのではないかと。とりあえずあと2年は「ふらり。」を読み返しながら待ちたいと思います。今日はありがとうございました。
1957年に創設された、フランス共和国文化省より与えられる勲章。芸術や文学の分野において功績をあげた人物や、フランス文化に貢献した人物が叙勲の対象となる。等級はシュヴァリエ(騎士)、オフィシエ(将校)、コマンドゥール(騎士団長)の3段階。過去には大友克洋や北野武も叙勲されている。
あらすじ
主人公は隠居した男。男は今日も江戸の町でゆっくり、しっかり歩を進め、ふらりと優雅に散策する。あるときは鳶の視線を借りて雲間から、あるときは猫の目線で軒先を。遠くに霞む富士の山麓や一面に広がる上野の桜、四季折々の江戸を縦横から眺める男の視界が、繊細かつ緻密な筆致によって描き出される。やがてドラマは動き出し、男は淡々と歩幅を保ちながら歩みを重ねていくのだった。
谷口ジロー(たにぐちじろー)
1947年鳥取県生まれ。1971年週刊ヤングコミック(双葉社)にて「嗄れた部屋」でデビュー。デビュー当初は谷口じろう名義での活動を中心としていた。「犬を飼う」「歩くひと」などの自然・動物もの、「事件屋稼業」のようなハードボイルド、さらに学術的な「「坊っちゃん」の時代」など作品ジャンルは多岐にわたる。受賞も多く、1992年「犬を飼う」で第37回小学館漫画賞審査員特別賞を、翌年「 「坊っちゃん」の時代 」で第12回日本漫画家協会優秀賞および第2回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。1998年には「遥かな町へ」が第3回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、2002年フランスのアングレーム国際漫画祭最優秀脚本賞。2005年にもアングレーム国際漫画祭にて「神々の山嶺」が最優秀美術賞を受賞している。1994年月刊PANJA(扶桑社)にて連載した「孤独のグルメ」はネット上で再評価され、今や代表作のひとつに。イタリア、フランスなど欧州を中心に海外版も出版された。その後もSPA(扶桑社)にて新作が不定期で発表されている。