モーニング×コミックナタリー
コミックナタリー Power Push - 谷口ジロー フランス芸術文化勲章受章記念インタビュー
文学性で内外に人気のマエストロが語る 新作「ふらり。」ライフワーク化計画
「孤独のグルメ」「神々の山嶺」そして最新刊「ふらり。」で知られる谷口ジロー。文学性の高い作品群で独自の地位を確立したこのベテランに、今年、フランス文化省から芸術文化勲章シュヴァリエが贈られた。
去る7月15日、フランス大使公邸で行われた叙勲式では、ミッテラン文化・通信大臣より勲章が授けられ、功績が讃えられた。コミックナタリーは叙勲の熱もまだ冷めぬ8月上旬、東京郊外の仕事場に谷口を訪ね、感慨と今後への意気込みを聞いた。
取材・文・撮影/唐木元
海外出版のきっかけはモーニングだった
──まずはこのたびの芸術文化勲章、叙勲おめでとうございます。
ありがとうございます。正直に言うとね、いまだにどういう賞なのかよくわかっていないんです。シュヴァリエという等級だと伺っても……わかりますか?
──検索して予習はしてきたんですが(笑)。でも叙勲式のときは華やかなムードで、すごい賞をもらったんだ、みたいな実感はありませんでしたか。
フランス大使の公邸で、勲章を胸に着けてもらったときはすごく嬉しくて、数時間の間はたいへんなものをもらったのだなあと思ってたんです。けど、家に帰ってもそんな賞、家族は誰も知らなくて(笑)。
──私がもらったこれは何なんだろう、みたいな気持ちに。
大使館で会ったフランス人には、この勲章着けてフランスに行ったら、空港なんかノーチェックで通れるよ、なんて冷やかされたんですけど。まあフランスにいたほうが実感が湧くのかもしれないですね。
──いまやフランスのみならず、ジロー先生のマンガは世界中で翻訳されて多くの人に読まれています。
ありがたいことです。もとを辿ればモーニング(講談社)のおかげなんですよ。もう10何年も前だけど、モーニングは海外交流というのかな、海外のマンガ家にこっちの雑誌で描かせる、日本のマンガを向こうで出版するというコンセプトを一時打ち出していたんですよ。それで私の「歩くひと」って作品が、海外で初めて出版されたんです。
──「小津(安二郎)の映画のようだ」と高い評判を得たそうですね。
少年マンガとかアニメになったようなものは輸出されていたんだけど、大人が読むマンガがあったのか、って向こうの人はびっくりしたようです。娯楽性の高いもの以外にも、地味だけど文学性の高いマンガもあるんだ、って発見してくれた。そのきっかけがモーニングだったんですよ。
──そして今回の受賞のタイミングというのが……。
モーニングに連載した作品の単行本(「ふらり。」)が出たタイミングで。
掲載誌を読んだとき、これはダメかもしれないと
──なんとも因縁を感じずにはいられませんね。
この勲章が一応認められたということなら、何年かかりましたかね。最初の翻訳が1991年ぐらいだったから、20年近くか。
──海外のファンと国内の読者を比べると、同じところ、違うところはありますか。
日本では多くの人にとってマンガって、娯楽というか、空いた時間にパラパラッと読むものでしょう? 私の作品はネームが多いし、じっくり読むぞって気がないとなかなか読めないマンガになってるから、日本の読者はなかなか慣れないのかもしれない。海外の人は小説を読むみたいな気分でマンガを読んでくれるんですよ。
──読者層が違うんですか。
要は読者層というのに関係なく、物語が好きな人が手に取ってくれてるんでしょうね。面白いのは、小学校の高学年くらいの読者がいるんですよ。フランスでやったサイン会に来てくれた子たちが、「父の暦」を読みました、「遥かな町へ」を読みましたとかって言ってくれた。あれはどこで出会ったんだろうね。あとご老人もいたから、年齢層も職業も、すごく幅広い。
──けど日本でも、たとえば「孤独のグルメ」なんて、ネット上で森薫さんの「シャーリー」とリミックスされて人気が出たり、新しい若い読者を獲得していますよ。
そうなのかなあ(笑)。「ふらり。」が掲載されたモーニングが届いて読んだとき、正直、これはダメかもしれないと思ったんです。
──どこがダメだと思われたのでしょう。
ほかのマンガのインパクトに圧倒されちゃうんだよね。私のマンガはじっくり見てくれなきゃ伝わらないところもあるから、こんなスピード感ある雑誌の中じゃ、たぶん読み飛ばされるんじゃないかって。
──モーニング購読者としてはむしろ、他のマンガとめくるテンポが違うところが心地よかったです。
そういう人が、どうやらいくらかはいるようだって担当さんから聞いて、ようやく元気が出てきたんですよ。掲載が始まったばかりの頃は、ほんとに不安に思ってました。
1957年に創設された、フランス共和国文化省より与えられる勲章。芸術や文学の分野において功績をあげた人物や、フランス文化に貢献した人物が叙勲の対象となる。等級はシュヴァリエ(騎士)、オフィシエ(将校)、コマンドゥール(騎士団長)の3段階。過去には大友克洋や北野武も叙勲されている。
あらすじ
主人公は隠居した男。男は今日も江戸の町でゆっくり、しっかり歩を進め、ふらりと優雅に散策する。あるときは鳶の視線を借りて雲間から、あるときは猫の目線で軒先を。遠くに霞む富士の山麓や一面に広がる上野の桜、四季折々の江戸を縦横から眺める男の視界が、繊細かつ緻密な筆致によって描き出される。やがてドラマは動き出し、男は淡々と歩幅を保ちながら歩みを重ねていくのだった。
谷口ジロー(たにぐちじろー)
1947年鳥取県生まれ。1971年週刊ヤングコミック(双葉社)にて「嗄れた部屋」でデビュー。デビュー当初は谷口じろう名義での活動を中心としていた。「犬を飼う」「歩くひと」などの自然・動物もの、「事件屋稼業」のようなハードボイルド、さらに学術的な「「坊っちゃん」の時代」など作品ジャンルは多岐にわたる。受賞も多く、1992年「犬を飼う」で第37回小学館漫画賞審査員特別賞を、翌年「 「坊っちゃん」の時代 」で第12回日本漫画家協会優秀賞および第2回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。1998年には「遥かな町へ」が第3回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、2002年フランスのアングレーム国際漫画祭最優秀脚本賞。2005年にもアングレーム国際漫画祭にて「神々の山嶺」が最優秀美術賞を受賞している。1994年月刊PANJA(扶桑社)にて連載した「孤独のグルメ」はネット上で再評価され、今や代表作のひとつに。イタリア、フランスなど欧州を中心に海外版も出版された。その後もSPA(扶桑社)にて新作が不定期で発表されている。