根拠もなく楽天的なナン丸。彼には、ある希望を感じる
──キャスト陣の印象も教えてください。まずは主人公のナン丸こと南丸洋二を演じた細田佳央太さん。彼の演技についてはいかがでしたか?
すっごくよかったです。原作のナン丸って、けっこうデフォルメ気味に描かれている。これも岩明作品の特徴だと思うんですけど、キャラクターの動かし方に独特のメリハリがあって。重要な場面ではじっくり感情を描きこむ一方、それ以外のところは割とサクサク進んでいく。その割り切りのよさが、独特のスピード感を生んでる気がするんです。でもそれは絵だから成立する手法であって、生身の俳優さんが同じことをすると、とたんに違和感が生じてしまう。そのままやるとドラマに感情移入できなくなっちゃう気がします。ただ今回、細田さんはそこを絶妙にアジャストされていると感じました。原作のエッセンスは残しつつ、しっかり生身の人間に見えるのがすごいなと。
──インタビューを読むと、細田さんご自身、その微調整にはかなり苦労されたみたいですね。自分を含めて、今の大学生はとてもナン丸みたいに楽観的にはなれない、と。
ああ、やっぱりそうだったんですね。30年前と今とじゃ、経済状況から何からまったく違いますもんね。だからこそ、この主人公を2024年に成立させた細田さんは素晴らしいと思います。というのも個人的に、ナン丸のキャラクター造形にはある希望を感じるんです。人間に備わっている根本的な善性といいますか。
──どういうことでしょう?
ナン丸は一見、能天気で何も考えてないように見えるでしょう。根拠もなく楽天的で、「どうにかなるさ」という態度で生きている。実社会ではあまり役立たなさそうな人間です。でも「どっちつかず」というのは、裏を返せば「執着に取り込まれない」ということでもあるわけで……。
──ああ、なるほど。
僕にとって「七夕の国」は、ゲニウス・ロキの起源に迫る物語に思えるって話を、先ほどしましたよね。人はなぜ、土地をめぐる記憶に囚われてしまうのか。その仕組みを、SF的な想像力と日本の土俗的な環境を通じて解明しようとしてるんじゃないかと。実際、本作の登場人物たちはほとんど宿命のように、不思議な力に振り回されています。力を金に変えようとして破滅する者もいれば、その先の虚無を覗き込んでしまう者もいる。その中でただ1人、ナン丸だけが執着から自由なんですよ。もちろん彼も、力を手にする過程ではそれなりに悩み、右往左往もします。でも根が軽やかだから最後の最後で深刻になりきれない。自問自答のスパイラルに陥らず、深淵とすら軽やかに戯れていく感じがあるでしょう。
──キャラクターのあり方自体が、1つのメッセージにもなっていると?
と思うんですよね。トラウマにも似た土地の記憶が諍いを引き起こしている場所って、今でもたくさんあるじゃないですか。そういう殺伐とした現実を考えると、ナン丸の能天気さって何か貴重なものに思えてくる。「七夕の国」があの「寄生獣」の後に描かれていることを考えると、岩明先生はそこは意識されてたんじゃないかと思います。
──確かに「寄生獣」の主人公・泉新一はある時点でミギーというパラサイト生物と一体化し、肉体的にも精神的にも変化する。一方「七夕の国」のナン丸は、ギリギリのところで変わりません。
その意味で「七夕の国」は、個人的には「寄生獣」のオルタナティブって感じもするんですよね。人類にとって不都合な真実をとことん突き詰めた「寄生獣」とは、別の希望のあり方を提示している。細田さんのお芝居は、まさにそういうキャラクターを具現化しているように僕には思えました。優柔不断だけどどこか憎めないし、髪型や着こなしもかわいげがあって。それこそ見ていると、忘れてしまったものと再会したような懐かしい気分になる。なんだろう……記憶の中の夏休みみたいな印象でしょうか(笑)。
──夏休み、面白い喩えですね(笑)。本作のヒロインとも言える東丸幸子は、藤野涼子さんが演じています。丸神の里で暮らす彼女は悪夢に囚われる「窓をひらく者」。生まれてからずっと「窓の外」の気配を感じ、怯えながら生きてきた。主人公・ナン丸と異界を繋ぐ、触媒のような役どころです。
藤野涼子さんって、映画「ソロモンの偽証」(2015年)で主人公を演じてらした方なんですね。当たり前だけど成長されていて、驚きました。彼女が演じた幸子も素敵でしたよね。原作ではまた違うキャラクターデザインでした。
──そうですね。
凛々しさがありながら、それこそ孤独を具現化したような雰囲気があった。でも今回のドラマ版では、髪型も服装もぐっとカジュアルになっていて。より身近で、人の温もりが伝わるキャラクターになっていた気がします。あまりに無防備すぎるナン丸に対して、少しずつ心を開いていく感じもとても自然でした。やっぱりマンガ原作ものって、ただ単にコマを再現すればいいわけじゃない。キャラクターの本質を掴んだうえで、ちゃんとリアルな人物像を作ることが大事なんだなって。今回の幸子を見て、改めてそう感じました。
──2人のやりとりで、特に記憶に焼き付いたシーンはありますか?
やっぱり「窓の外」について、幸子がナン丸に話すところ。言葉では説明できない彼女のもどかしさと、それでも伝えようとする健気さが切ない。原作での描写は、いろいろなマンガ読書体験の中でマイベストシーンの1つです。究極の孤独、死について描かれていて、とてつもないページだと思う。映像化と聞いたとき、まずここが見られるのがうれしかったですね。
丸神頼之というキャラクターを生身の肉体に定着できる山田孝之さんに驚き
──ほかのキャラクターについてはいかがですか?
皆さんそれぞれ、血が通っている感じでよかったです。どのキャラクターにも、ちゃんと創意工夫がある。例えば、幸子の兄で「手がとどく」能力者の東丸高志もそう。演じた上杉柊平さんが、原作の無機質な雰囲気になんとも言えない“こじらせ感”を付け加えてらして。直接は描かれてないけれど、彼には彼の葛藤、苦しみがあったんだろうなと思わせてくれる。カッコいいんだけど、どこか小物の哀しみもあって、大好きなキャラクターです。原作にはない口ひげが、また味わい深くてね。
──絶妙な胡散臭さを発散してました。
そうそう(笑)。それがまたカッコいいんですよね。ナン丸のサークル仲間や一緒に丸神の里を訪れるゼミのメンバーなど、大学関連の人たちもみんなリアルでよかった。あと圧巻だったのはやっぱり山田孝之さん演じる丸神頼之。「頼之さん」かな。
──長く里の神官を務め、住民から最も畏れられてきた最強の能力者ですね。力を使い続けた代償として、常に帽子とコートで全身を隠すことになった。彼が忽然と姿を消すところから、実はこの物語は始まっている。
彼は言わば、「窓の外」に半身出かかってる人なんですね。虚無ととことん向き合うことで、この世のことなど半ばどうでもよくなっている。土地への執着の果てについには深淵を覗いてしまった、ナン丸とは正反対のキャラクターだと思います。山田さんが恐ろしいのは、ちょっとした声のトーンだけでその倦怠が伝わってくる。同じ言葉をしゃべっていても、この人は見ている世界が違うんだなって。そういう空恐ろしさを自然に体現されてるところが、心底すごいなと。
──特殊メイクで顔はまったく見えませんが、実はすべてのシーンはご本人が演じておられます。
それもすごい話ですよね。立ち姿だけで、この世ならぬ何かを感じる。人であって人でない丸神頼之は、まさに岩明先生特有のキャラクターだと思います。それを生身の肉体に定着できる山田孝之さんには驚きです。
──最後に改めて、これから視聴する方に向けて、ドラマ版「七夕の国」について魚豊先生からコメントをいただけますか。
そうだなあ……まずは原作ファンの僕にとっても、フレッシュな発見がたくさんあったということ。1つだけ実例を挙げると物語後半、ナン丸が“掃除”の価値に目覚めるくだりがあるでしょう。もちろん原作にも同じ記述はあるんですけど、正直そこまで強く記憶に残っていなかった。でも映像ドラマとして見ると、その意味がぐっと心に迫ってきたんです。つまり「七夕の国」という物語に即して言うと、掃除って消し去る行為の対極なんですよ。
──確かに。言われてみればそうですね。
原子レベルで見れば、物を細かく移動させているだけで(笑)。抜本的な解決にはなっていない。目の届く範囲をチマチマと住みやすくする、極めて現世的行為とも言えます。でもこのドラマの作り手は、おそらくそこに希望を見出している。岩明先生が作品に込めたメッセージを抽出していて、見事だと思いました。あともう1つ、夏の懐かしさを思い出させてくれるドラマだということも、ぜひお伝えしておきたいなと。
──懐かしい夏。さっきも話題に出た、魚豊先生のキーワードですね。
はい(笑)。そこにはいろんなニュアンスが入っています。シンプルにこの物語が、七夕の季節を舞台にしていることもありますし。加えて、僕自身の個人的な記憶も作用している。子供の頃、夏休みになるといろんな経験をしたじゃないですか。例えば午前中、たまたまテレビでやってた映画から深い印象を受けたり。普段は行かない場所に出かけて、ひとときの友達ができたり。で、夏が終わる頃には、自分がちょっとだけ違う人間になっている。それを成長と呼ぶかどうかは人それぞれだと思いますが、少なくとも僕の中で夏には、そういうイメージがあるんです。爽やかで、寂しい季節。
──わかる気がします。
ドラマ版の「七夕の国」を観て、久々にその匂いを嗅いだ気がしました。主人公たちと一緒に丸神の里に出かけていって。日常に戻ってきたときには、世界の見え方がちょっと変わっているという。終わるのが寂しいけど、終わった爽やかさもある。そういう夏独特の感覚を味わえる作品って、思い出の中にはたくさんあるけど、いざ毎年出会えるかと言われるとそうではない。だから心の中に夏を持っている人、待っている人には、本作を特に全力でオススメしたいです!
プロフィール
魚豊(ウオト)
1997年生まれ、東京都出身。2018年11月、マンガアプリ・マガジンポケットにて「ひゃくえむ。」で連載デビューする。2020年から2022年にかけて週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)で発表した「チ。―地球の運動について―」は、「マンガ大賞2021」の第2位、「このマンガがすごい! 2022 オトコ編」の第2位、「第26回手塚治虫文化賞」の大賞、「2023年 第54回星雲賞」コミック部門など数々のマンガ賞を受賞。2023年から2024年2月にかけて、マンガワンで「ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ」を発表した。なお「チ。」は2024年にアニメ化、「ひゃくえむ。」は2025年に劇場アニメ化されることも決定している。