コミックナタリー Power Push - 髙橋ツトム
リスペクトを込めて、弾き語りのように描いていく
残響
BLACK-BOX
テイストの違う作品を振り子のように描く
──2作品を同時に連載されるのって、単純に作業量も多いですし、それぞれの作品に対して気持ちを切り替えるのも大変なのでは?
結論から言うと、俺は2本同時にやるのが好きなんですよ。その2本を振り子のようにバランスを取って描くのがやりやすい。
──1つの作品に集中して描くよりも。
2本あったほうがいい。それもテイストの違うやつを。長年マンガ家をやってて、それが一番向いてるなと思ったんですよね。なんでかっていうと、昔「スカイハイ」と「爆音列島」っていう作品を同時に描いてた時期が長かったんです。例えると「スカイハイ」がエンタメ寄りの作品で、「爆音列島」はちょっとアンダーグラウンドな話。「爆音列島」みたいな作品は、みんながみんな好きなもんじゃないだろうというか……自分ではもちろんそういう作品を描いていたいんだけど、それだけだとやっぱりつらくなっちゃうんだよね。だから振り子のようにテイストの違う作品を、あっち描いて、こっち描いてって繰り返しているときが心地よくて、ちょうどいい。
──今だったら「BLACK-BOX」がエンタメ寄りの作品で、「残響」はアンダーグラウンドな作品で、バランスよく描くことができていると。聞いたところによると、髙橋さんは今おひとりで描かれてるんですよね?
うん。最盛期はスタッフ(アシスタント)が6人くらいいたんだけど。
──2つの連載をすべて1人で描くのって、すごく大変そうに思えますが……。
俺、もともと描くの早いんですよ。あとは今までGペンを使ってたんだけど、「残響」と「BLACK-BOX」からは描く道具も変えて。今はマジックで描いてる。ほかにもボールペンとか筆ペンとかを駆使しながら。それもスピードアップのためです。細かい処理はデジタルでやってるんだけど、コンピューターが発展したから、5~6年前のパソコンだったら時間がかかったことも今だったらストレスなくできるので、それもデカい。
──なるほど。あえて1人で描くという環境を髙橋さん自身で作られたんですか?
ずっと1人だけスタッフが残ってたんだけど、そいつが独立するっていうから、次に新しいスタッフを入れるかどうかって考えたら、もういらないなって思ったの。
──1人で描こうと。
すごいカッコよく言うと、ギター1本持ってアコースティックでライブしたってロックだろ、みたいな。弾き語りのように描いていこうっていう感覚があったかな。体はキツいときもあるんだけど、精神的にはめっちゃ楽だよ。あとさ、枠線まで自分で引くなんて、なんかみずみずしいじゃん(笑)。
──初心に返るような気持ちで。
そうそう。昔はこうだったんだよなって。
描きたいという気持ちがマンガ家の財産
──髙橋さんの中で、マンガ家として一貫して抱いている思いはあるのでしょうか。
大事なのは描きたいものがあることなんですよ。これだけがマンガ家の財産。描きたいものを描いて表現していけるのって、こんな幸せなことないんですよ。俺はまだ描きたいものもあるし、その気持ちが一番大事だと思う。その思いが根幹にあるから、画材がどうとかスタッフがどうだとか、そんなの全然関係ないやって思うし、それも全部、ただ合理的にしようとしてるだけだから。ミュージシャンと一緒だよ。体さえあれば、「歌いたい」と思えば、それだけでいいわけじゃん。マンガ家も「描きたい」という気持ちさえあれば、それがガソリンになるから。その思いがなくなっちゃったら、もう体も動かないですよ。
──それじゃあ、髙橋さんはこれからも10年、20年と……。
そんなにはやらないと思うけど。
──いつまで描き続ける構想でしょうか?
ほかのマンガ家さんってどうなんだろうね。俺、今50歳じゃん。あと10年描いたら60歳じゃん。ずっとマンガ家なのかな?
担当編集 マンガ家なんじゃないですか?
嫌だよ!
──(笑)。
え、だって人生それだけ?
──ほかに何かやりたいことがあるんですか?
わかんないけど……。うちの師匠(かわぐちかいじ)はさ、マンガを描くのが大好きすぎるからゴルフもやらないし、車も買わない。マンガばっかり描いてるんですよ。そういう人にとっては幸せな人生だと思うけど。
──髙橋さんはマンガを描くのが大好きというわけではない?
いや、たぶん好きなんだと思う。でもわっかんない。一生それだけって嫌じゃない?
担当編集 結構いろんな作家さんが同じこと言いますけど、みんなずっとマンガ描いてますよ。
やっぱりそうなっちゃうんだろうなあ。俺、The Rolling Stonesが大好きすぎるんだけど、ミック・ジャガーが言ってた「歳をとる」ということの論理が一番しっくりきていて。「歳をとる」っていうのは、ひとつずつ失うことだって。例えば今からワールドカップの代表になれないって思うことは、歳をとったということだと。夢に対して現実味がなくなったら、そういう納得の仕方をしろって。だからそうやって夢とかなくなっていくんだよ。例えば世界を旅したいとか思ってても、行く気はもうないかなって思ったらそれも歳をとったってことだよね。
──髙橋さんは何かやりたいことありますか?
俺バイクに乗るんだけど、バイク乗りにとってハーレーダビッドソンに乗るかどうかって、すごいハードルなのよ。ちょっと言うと、俺はハーレーに乗ってる奴が嫌いで。嫌いっていうか、ハーレーって乗るべくして乗る本物の男がちゃんといるんだよ。だけどそこらへんのやつが150万円出して、いきなりハーレーに乗って「俺、不良です」みたいな顔をする感じが、ちょっと嫌なの。そいつらと一緒になりたくないなって。だけどバイク乗りとして、1回くらいハーレーに乗ってみたいっていう思いもある。それが今50歳で……いつそのときが来るんだろうって。
──「よし、乗ろう!」という日が。
もしかしたら明日にでも買わないと無理なんじゃね?って思うし。60歳になって「乗ろうかな」って思っても、「もう遅いじゃん!」ってなるかもしれない。
──じゃあ、明日にでも買うのが正解かもしれないですよね。
…………そうなんかな!?
──あはは(笑)。
だけどさ、先のことって全然イメージがわかないわけ。そのうち歳を取ったら「畑耕したい」とか言い出すのかなとか。でもそんなこと言い出したらおしまいだしな、みたいな気持ちもあるし。
──よくある「田舎で暮らしたい」とか。
でもそういうこと言ってるうちが華でさ。この先に首都直下型地震が起きたら状況とかも全部が変わるわけで。だからこんなこと言えるのはまだ平和だよね。だって「60歳になって……」とか、当然のようにあと10年生きてようとしてるから。そうやって当たり前になっちゃうのも、よくないっちゃよくないよね。そう考えると、今できることを感謝を持ってやるしかないんだよなと。まだ目も見えるし、手も動くし、脳も動いてるから。本当にそれしかないよね。
- 髙橋ツトム「残響(2)」 / 2016年5月23日発売 / 小学館
- 650円
- Kindle版 / 540円
とある工場町で、漫然と日々を過ごす智(さとる)。彼が暮らす安アパートの隣室には、元ヤクザの老人、瀬川が住んでいた。
ある日、智は瀬川に「500万渡すから、自分を殺してくれ」という依頼を受ける。
躊躇する智だったが、瀬川から、智の中に巣喰う狂気を見抜かれ、彼自身の心にも変化があらわれはじめ…!?
- 髙橋ツトム「BLACK-BOX(2)」 / 2016年5月23日発売 / 講談社
- 691円
- Kindle版 / 540円
父親は殺人罪で服役中。兄も殺人で捕まった“殺人一家”の次男、石田凌駕。凌駕本人にも兄が捕まった殺人の関与が疑われている中、獄中の父親の「指令」のもと、ボクシングのプロテストに挑む──。
髙橋ツトム(タカハシツトム)
1989年、モーニング(講談社)に読み切り「地雷震」が掲載されデビュー。1992年より月刊アフタヌーン(講談社)にて同作の連載を開始。殺人課の刑事を主人公に据え、犯罪者の心理を巧みに描写するハードボイルドな作風で好評を博した。2001年より週刊ヤングジャンプ(集英社)にて連載を始めた「スカイハイ」はテレビドラマ、実写映画化されるヒットを記録。ほか代表作に「鉄腕ガール」「SIDOOH―士道―」など。2015年よりビッグコミックスペリオール(小学館)にて「残響」を、月刊アフタヌーン(講談社)にて「BLACK-BOX」を連載している。