コミックナタリー Power Push - 髙橋ツトム

リスペクトを込めて、弾き語りのように描いていく

残響

BLACK-BOX

どんな教育をしても愛情は変わらない

──「残響」は引きこもりだった主人公の智が、元ヤクザの隣人・瀬川から拳銃を受け取ったことで物語は動き出します。

人生の楽しみ方っていろいろあると思うんだけど、人は他人の人生がよかったか悪かったかなんて決められないんだよね。評価はその人自身がするしかなくって。葬式のときに人がいっぱい集まったから幸せだったのかって言っても、ただ仕事関係で来てるだけってこともあるし。きっかけさえあれば、その人生っていうのも大きく変わると思うんですよ。1000万円拾う人もいれば、拳銃をもらう人もいるんだよねって。俺にとってはファンタジーだから、リアルな話だとは思えないけど。

──ファンタジーとして描いている?

「残響」はね。こんなことありえないよなって。ありえないけど、進めていくうちに欠けているものをどう表現しようかなと思って描いている。人ってみんな欠けてるところはあると思うんだけど、智は欠けまくりだから。大悟に言った「新宿に行こう」っていう約束も破って出ていこうとしたり、結局自分のことしか考えてない。だけど別々のところから集まった奴らが、欠けてるものを持ち合わせながら家族になるっていうのを描きたかったの。

──なるほど。

大悟は子供が産めないけど、自分の子じゃない魁也を連れてきて。智はそいつらを家族だと思わなくちゃいけない目に遭うっていう。でも本気を出せば、血が繋がってなくても家族になることはできるじゃんって。そういった要素を入れようとして話を構成しましたね。

「残響」1巻より。

──家族愛もひとつのテーマ、と言ってしまうと大げさでしょうか。

いや、家族愛でいいですよ。智は父親であり、母親であると。あと「残響」は教育の話だとも思ってるんだよね。方法論は圧倒的に間違ってるけど。

──確かに、智は「自分を殺してくれ」と頼んできた瀬川のことを、「オレをまともな人間にするために命をかけた」と言っています。

結局どんな教え方をしたって愛情って変わらないからさ。このところだけは「BLACK-BOX」で描いていることと被ってる部分ですね。

ボクシングはとんでもない世界だということに気がついた

──その「BLACK-BOX」のお話もお伺いしていきたいと思います。連載開始時、アフタヌーンで「ボクシングマンガを描くのが念願だった」というコメントをされていましたが、もともと髙橋さんはボクシングがお好き……。

「BLACK-BOX」1巻より。

ではなかったんだよね。「SIDOOH―士道―」を描いてるときに、調子に乗って有名人に単行本の帯を書いてもらおうっていう話になって。そのときの担当編集がボクシング大好きだったから、長谷川穂積チャンピオンに頼むことになったの。そしたら快く受けてくれて。それを機会に長谷川選手と仲良くなって、彼の試合も観に行くようになったんだけど、それまで俺はなんとなくボクシングよりもプロレスのほうが好きで。ボクシングって本気だし、人生かかっちゃうから観てるのがつらくて。

──ええ。

でも次第に、これはもうとんでもない世界なんだなっていうことに気が付いて。そのときに「地雷震」の続編「地雷震 Diablo」を描いてたんだけど、相沢江理子っていうキャラクターでもう1本やるか、やらないかという話が出ていた頃で。ボクシングネタで描いてみようと思って、「地雷震 Diablo」の最終回に相沢江理子とグローブが出てくる予告を描いちゃったんだよね。

──これを機に、ボクシングを題材に描いてみようと。

「親父が殺人犯で、息子が……」っていう、「BLACK-BOX」の元になるネタはその頃から考えていたんだけど、結局「地雷震 Diablo」の続編は描かないまんま、3年くらいそのネタは眠っていて。で、また新たにアフタヌーンで何かやりましょうって話が出てきたときに、改めて描いてみようと。最初は江理子を出すか出さないかを迷ってたけど……さすがにもう出ないだろうね。あ、でも「BLACK-BOX」の1巻に、この作品の世界には(「地雷震」の)飯田響也と相沢江理子がいますっていうサインを入れてあるんですよ。

──そうなんですか?

「地雷震」15巻(左)と、「BLACK-BOX」1巻(右)の1シーン。いずれも雑誌「HOTSHOT」が登場している。

「地雷震」の15巻に未成年者による惨殺事件の話が出てくるんだけど、そのエピソードの中に登場する雑誌の名前が「HOTSHOT」っていって、「BLACK-BOX」の木村理恵が在籍してる編集部と同じなんです。

──世界線が一緒なんですね。昔からの髙橋さんのファンはそういった楽しみ方もできると。

わかる人はいるかもね。でも今振り返ると、あのとき急いでボクシングマンガをやろうとしてたら、ちゃんと描けなかっただろうなって思う。この3年間にボクシングの試合を見続けて、チャンピオン以外の選手の知り合いも増えたんですけど、そういった人たちの話も聞けてよかったなと思います。チャンピオンばっかりだと人間技じゃない話になっちゃうから、それだけだとわからない面もあるなと。だからいろいろ覚えてから描くことができてよかったなと思いますよ。

髙橋ツトム「残響(2)」 / 2016年5月23日発売 / 小学館
残響(2)
650円
Kindle版 / 540円

とある工場町で、漫然と日々を過ごす智(さとる)。彼が暮らす安アパートの隣室には、元ヤクザの老人、瀬川が住んでいた。
ある日、智は瀬川に「500万渡すから、自分を殺してくれ」という依頼を受ける。
躊躇する智だったが、瀬川から、智の中に巣喰う狂気を見抜かれ、彼自身の心にも変化があらわれはじめ…!?

髙橋ツトム「BLACK-BOX(2)」 / 2016年5月23日発売 / 講談社
BLACK-BOX(2)
691円
Kindle版 / 540円

父親は殺人罪で服役中。兄も殺人で捕まった“殺人一家”の次男、石田凌駕。凌駕本人にも兄が捕まった殺人の関与が疑われている中、獄中の父親の「指令」のもと、ボクシングのプロテストに挑む──。

髙橋ツトム(タカハシツトム)
髙橋ツトム

1989年、モーニング(講談社)に読み切り「地雷震」が掲載されデビュー。1992年より月刊アフタヌーン(講談社)にて同作の連載を開始。殺人課の刑事を主人公に据え、犯罪者の心理を巧みに描写するハードボイルドな作風で好評を博した。2001年より週刊ヤングジャンプ(集英社)にて連載を始めた「スカイハイ」はテレビドラマ、実写映画化されるヒットを記録。ほか代表作に「鉄腕ガール」「SIDOOH―士道―」など。2015年よりビッグコミックスペリオール(小学館)にて「残響」を、月刊アフタヌーン(講談社)にて「BLACK-BOX」を連載している。