「それでも世界は美しい」椎名橙×前田玲奈×島﨑信長座談会|恋から始まり、世界と繋がっていく“THE少女マンガ”

椎名橙「それでも世界は美しい」の最終巻となる25巻が、8月20日に発売された。花とゆめ(白泉社)への読み切り掲載を経て、2012年から連載を開始した同作。雨を降らせる力を持つ破天荒な姫・ニケと、無慈悲で有能な少年王・リビの、歳の差カップルによるファンタジーが好評を博し、2014年にはTVアニメ化も果たした。

その最終巻発売を記念して、作者の椎名橙と、アニメでニケを演じた前田玲奈、リビ役の島﨑信長による鼎談が実現。アフレコで意見を交わし合ってきた3人からは、同作の丁寧に作り込まれたキャラクターたちの魅力と、フィナーレへの感慨深い思いが止めどなく語られた。「それでも世界は美しい」のファンも、これから読んでみたいビギナーにも必見の内容だ。

取材・文 / 久保内信行 撮影 / 石橋雅人 ヘアメイク / 瓜本美鈴 スタイリング / 宇都宮春男

とにかく「生きる」ってことをずっとやってきている作品(島﨑)

──ニケとリビを演じられたおふたりは、アニメ化の後も展開していく物語をご覧になってどう感じましたか。

前田玲奈 アニメで描かれた序盤から中盤くらいまでは、ニケも子供らしいところがあってラブコメをしてた印象ですけど、中盤以降がすごくシリアスで……。

島﨑信長 重かったよね。序盤の終わりから中盤の始まりくらいって、割とリビが救われて前向きになっていく流れで。すると今度は、今まで自分がやってきたことに向き合うようになって、過去の自分と向き合っていく。リビは人の心を得てしまったから、人の心がないときにやってきたことが全部自分に返ってくる。ニケもそれを支えつつ、支えられもしながら、前に進んでいくんですよね。

前田玲奈

前田 その関係性ができあがっていく過程で、中盤以降ずっと泣きまくりながら読んでて、刺さる言葉も多かったです。

椎名橙 ありがとうございます。

前田 2人は、ヒーローとヒロインの役割が交互に入れ替わって助け助けられたりするんですよね。

島﨑 リビからすると精神的には助けられてばかりだなって思うけど、物理的には、よくニケさんさらわれるから(笑)。

椎名 うっ(笑)。

前田 あはは(笑)。すぐいろんなところに行っちゃったり。

島﨑 自分から進んでさらわれるときもあって、その間こっちは精神不安定になる。

前田 不安定になるからか、リビがどんどん涙を見せるようになりますよね。そうやって弱みを見せだしたりするところも、人間としての成長を感じます。

島﨑信長

島﨑 そうだね、ニケだけじゃなくて、どんどん信用できる人、心を許せる人が増えていく。「外はみんな敵」という世界で生きてきた人だけど、終盤ではすべての世界の人々に助けを求めて。

椎名 そうですね。やっぱり「それセカ」はリビの成長物語が軸になっていると思います。

島﨑 みんな共感が持てることばかりで、毎回テーマがどんどん深くなっている気がして。とにかく「生きる」ってことをずっとやってきているんですよね。

前田 何気ない言葉かもしれないけど、ニケが目覚めた後にリビが「生きていてくれてありがとう」と言って、ニケも「うん、ありがとう」って返すそのやり取りが好きです。ずっと人の命を尊いと思っていなかった人が「生きていてくれてありがとう」って言う。ニケもそれを素直に受け取ってありがとうって言う。そのキャッチボールがすごく素敵で、2人の話だけど自分にもそう言われているような気がして、救いになりました。自分を肯定してもらえたような。

椎名 ありがとうございます。そう言ってもらえると何よりです。

島﨑 ニケも物語の中で成長していくのですが、リビと違ってニケはブレない。根っこのところの善良さ、他者への共感をずっと持ち続けて行動している。だから、世界中の人たちもクライマックスで描かれたニケの救出に協力してくれた。心の根っこからの善良さがあるから「天使みたいな子だと思ってたけどマジで女神になるんだな」なんてセリフも出てくるのかなって。

前田 そうですね。ニケはやっぱり最初から強いと言うか、自分も苦労してきたし人の痛みがわかるっていうところが根本にあるから、みんなが付いて来てくれるんだろうなって。

バルドめちゃめちゃいい、お兄ちゃんに欲しい(前田)

——「それでも世界は美しい」では、おふたりの演じた主人公以外のキャラクターも魅力的に描かれていますよね。

バルドウィン

前田 ええ。周りのキャラクターたちの過去が解き明かされていく過程もドキドキで、まさかカラとバルドがいい感じになっていくとは……!と思ったし、それぞれが素敵な人を見つけたり、もとから相手がいたりして。ニケとリビだけのお話じゃなくて、出てくる人たちのストーリーが全部描かれているというのが美しいです。

島﨑 僕もバルド好きですねぇ。

前田 バルドめちゃめちゃいい。私も、お兄ちゃんに欲しいなと思って。

──リビの叔父で、アニメでは櫻井孝宏さんが演じていましたね。

島﨑 基本的にとても有能な人で、抱えている事情も重いものなのだけど、同時に弱さや情けなさも感じられて。とても人間的で大好きですね。

前田 あれくらい自分を隠して陽気に振る舞ってくれるキャラっていないんじゃないかな。

島﨑 根本的にはリビの母親であるシーラへの恋慕ってのがずっとあるから。理由が違ったら酷い人になってかもしれないけど、彼はどこまで行ってもシーラへの恋心でずっと動いてて、それをずっと引きずってる男だった。そんな彼が、カラに弱音を吐けるようになって良かったなって思います。

前田 ピュアだし純粋でいい男だなって思います。

島﨑信長

島﨑 バルドは女性関係が派手ですが、たぶん本当にピュアな人には手を出してない。この子はダメだって線引きがちゃんとできてるんです。相手も「わかってるわよ」みたいな、大人の関係が多かったよね。

椎名 実は、バルドには結婚している女の人に対してはすごいズルズルの関係なんだけど、まだ結婚してなかったりとか、初心なお姫様やお嬢様にはちょっと……という裏設定があります。

前田 人には囲まれているけど、どこか寄せ付けないみたいな孤独さ……みたいなのは女心をくすぐるというか、「本当は寂しいんじゃないの」って気になっちゃうんですよね(笑)。

島﨑 だから奥様に人気なんだね(笑)。

杉田智和さんから「アインのCVは中村悠一で」と言われました(椎名)

──ではバルド以外で(笑)、おふたりの好きなキャラクターを教えて下さい。

前田玲奈

前田 湖の王国の王女・ルナとその婚約者のおじさま(クロード)の2人ですね。けっこう前半のお話なんですけど、ずっと心に残っています。あの2人はもともと強い心の持ち主だと思うんですけど、ルナは言えなかったことを言えるようになっていく姿があったりして。そういうキャラクターたちの弱さが強さになっていく過程をたくさん見れたのがうれしかったです。

島﨑 リビの秘書として活躍するニールの話も印象深いですね。背中に傷があったり、荒々しい言葉を使うことがあったり、ニールってどういう育ちなんだろうって思っていました。読み進めていくと、もともとごろつきの中で育ってきて、あの傷はこういうことだったんだとか、なんでリビに仕えてくれてるのかとか、いろんなことが腑に落ちて来るんですよね。

前田 最初からずっと何気なくいる人ではあったけれど、キャラクターの深堀りがすごかったですね。(アニメでニールを演じた)杉田智和さんが考案されたキャラ(アイン)も生まれたりして。

──20巻末で杉田智和さんの企画書「アサシンギルド編」が掲載され、ニールと暮らした過去のあるアインのキャラクター設定などが公開されて話題になりましたね。

椎名 アニメの時期に、当時の担当さんから「どうも杉田さんが何か考えているらしいです」と言われたんですけど、私は杉田さんとアフレコで会うことがあまりなかったので、そのときはなんのことかよくわからないままだったんです。その後、アフレコの最後のほうでたまたま杉田さんとお会いしたときに 「ちょっと今ニールの生い立ちについてのプロットを考えてまして」と言われて、「ぜひぜひ。アイデアをいただけるのはうれしいです」と答えたんですが、しばらく何もなかったんですよね(笑)。

──少し間があったんですね。

子供時代のニールとアイン。

椎名 しばらくしてあれはなんだったのかなと思ってたとき、急に担当さんから電話がかかってきて「本当に来ました!」ってデータが届きました。すごく作り込んであって、イラストレーターの方に絵を描いてもらったりして、これは絶対載せたい!と思ったから許可を取って巻末に載せました。これは作品にも取り入れなければと思って、なんとか作ったニールの会話に組み込んでみたらけっこううまくハマったので、面白かったですね。私の中から出てきたものと引き出しがぜんぜん違うからすごく面白い。ちなみに、「(アインの)CVは中村悠一さんで」と言われました(笑)。

島﨑 うん、たぶんアインは中村さんだろうなって(笑)。

前田 やっぱりというか(笑)、もうなんか勝手に中村さんの声で聞こえてきますね。

──そういうふうに裏設定を考えたり、生い立ちを考えたりは、声優としてキャラクターをつかむために割とやることなんでしょうか?

島﨑 もちろん、キャラクターの行動や言葉の端々から情報を得て、人物像や生い立ちを想像したりはします。

前田 うん、そうやってキャラクターを自分になじませていくというか。でも……。

島﨑 うん、それをプロットとしてまとめて提出するというのは杉田さんならではだなと思います。