映画「空の青さを知る人よ」長井龍雪(監督)×岡田麿里(脚本)×田中将賀(キャラクターデザイン)|“超平和バスターズ”の新たなチャレンジ

10月11日に公開される長編アニメーション映画「空の青さを知る人よ」。監督の長井龍雪、脚本を手がける岡田麿里、キャラクターデザイン・総作画監督を務める田中将賀によるクリエイターチーム“超平和バスターズ”が、「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」「心が叫びたがってるんだ。」に続いて秩父を舞台に贈る、3作目のオリジナル作品だ。

17歳の妹・あおいと31歳の姉・あかね、そして過去からやってきた18歳の“しんの”と31歳の慎之介という、2つの異なる世代のドラマを、ラブストーリーも交えて描いた本作。ふんだんに盛り込まれた楽器の演奏シーンや、「天気の子」の川村元気がプロデューサーとして参加するなど、新たなチャレンジも感じられる本作について、コミックナタリーでは制作に打ち込んでいる最中の3人に話を聞いた。

取材・文 / 柳川春香

スタートは「秩父を出ていく話」

──超平和バスターズとしては「ここさけ」以来約4年ぶりの新作となりますが、「空青」の企画はいつ頃スタートしたんでしょうか。

長井龍雪 時期的には「ここさけ」の作業が終わる頃ですかね、もう1作この3人で作らせてもらえるということになって。その頃、自分がいろんなところで「秩父で2作品やったので、3作目もやりたいです」みたいな話をしていたからか、「もう1回秩父を舞台になんかやろうか」という話は早めに出ていました。

田中将賀 最初は「秩父から出ていく話にしよう」って言ってたんですよね。田舎と都会の対比みたいなものを描こうか、と。ただ、これまで「あの花」「ここさけ」と秩父を舞台にした作品を作ってきて、3作目で秩父を否定するというのもどうなのか、という意見もあって。

岡田麿里 そもそも「空青」は今までになく、細部まで3人以外のスタッフも含めてみんなで話し合って出たアイデアをまとめて作っていったんです。

──本作は17歳の妹・あおい、31歳の姉・あかね、あかねの元恋人である慎之介、そして過去からやってきた18歳の慎之介である“しんの”と、4人それぞれに主役級の存在感があると思いますが、最初に作ったキャラクターはやっぱりあおいですか?

長井 そうですね。“ベースを持った女の子”という主人公像を最初に作りました。

岡田 監督がその頃ベースのよさを語る番組をテレビで見たらしくて、「ベースすごいカッコいい!」って言っていて。バンドを描いたアニメって、有名な作品やいい作品がいくつもあるので、ちょっとチャレンジしてみたいなって思ったんです。あおいはバンドを組んでないんですけど(笑)。

田中 僕の中でも、割とあおい像はスパっと決まったんですよ。ロケハンで秩父を回っていたときに、作中に登場するお堂のモデルになった、神社の中の建物があるんですが、「この前で仁王立ちした女の子がベース抱えてたら、カッコいい絵面になるな」と思って。それをラフで書いたら、すごくハマりがよかったんです。

岡田 「バンドをやってないのに、バンドで生きていこうとしている女の子」っていう設定は、それだけで性格も見えてくるし、いろんな物語が描けそうだなと思いました。

──そしてもう1人の主人公とも言えるあおいの姉・あかねですが、31歳ということで、あおいとはかなり歳が離れていますよね。この歳の離れた姉妹という設定はどういうふうに決まっていったんでしょうか。

長井 最初は姉という設定よりも、30代という設定のほうが先だったと思います。秩父を出ていくあおいに対する、秩父を肯定するキャラクターを構想したときに、30歳まで上げてみようって話になったんですよね。

田中 20代だと10代とそんなに離れていないし、秩父を肯定するキャラクターとしてそこまで説得力がないような気がして。

あおいの姉・あかね。13年前に両親が事故で亡くなったことから、当時付き合っていた慎之介との上京を諦め、地元に就職した。

岡田 「大人になった女の子」を書いてみたい、という気持ちもあったんです。アニメってやっぱり思春期を描くことが多いので、そうすると30歳くらいの女性はどうしても“お姉さんポジション”というか、少年少女の悩みを受けとめてくれる側として描かれることが多い。ある意味で、完成されているんですよね。でも実際の30代って、思春期とは違った悩みや葛藤があって。それなのに、いろんな方向から答えを迫られるというか……やたらと焦る時期だと思うんです。自分の身近にいる30代前半の人たちを見ていて、「この子たちを書きたいな」って思っていたんです。

田中 30代は、一周回る時期だよね。

岡田 そうそう。「まだまだ」って思う気持ちと、「もう」って思う気持ちとあって。

──実は私も今31歳で、「もう若くないな」って思うことばかりだったのですが、「空青」を観て「そんなことないな」ってすごく励まされたんです。

長井 30代、全然これからですからね。

──先ほど岡田さんがおっしゃった通り、ごく普通の現代に生きる30代の心情がアニメで掘り下げられることってなかなかないと思うんですが、描くうえで難しかった点はありますか?

長井 「本当にちゃんと描けているのかな」という不安はありました。どうしても手癖でおじさんっぽくなったり、お姉さんっぽくなったりしてしまうところがあるので。30代ってすごく微妙な年齢で、高校生から見たら大人だけど、全くそんなことなくて、自分を思い返しても全然子供のままだったし。そういう曖昧さ、揺らぎ感がちゃんとお客さんに伝わるといいな、とは思います。

──そうやって大人側のドラマをしっかり描きながらも、あおいの自分の苛立ちをうまくコントロールできない様子であったり、しんのの前向きなエネルギーであったり、思春期サイドの描写もすごく大事にされているのがわかりました。

田中 自分たちがやっぱり大人の気持ちのほうが寄り添いやすいので、シナリオを進めていても大人側の分量が増えていきがちで、「ちょっと減らしていこう」って作業は多かったですね。

岡田 自分が若かった頃って、「知らない」ことへの苛立ちがすごく強かったんです。でも、知らないからこその強さというものもあるなって。歳を重ねるごとに、よくも悪くも経験に振り回されて、「それを言っても仕方ない」「それをしても意味がない」と行動する前に答えを出すことが多くなってくる。だからこそ、なりふりかまわず突っ走れる眩しさを、あおいたちには持たせたいなと思っていました。

吉沢亮の起用は「ドンピシャ!」

──続いてしんのと慎之介についても伺えればと思うのですが、まず「18歳の“しんの”が過去からやってくる」というギミックは、どういうところから発想されたんでしょうか。

岡田 先ほど「細部までみんなで話し合ってアイデアを出し合った」という話をしたんですが、いろんな人の意見をもらう中で、「あの花」のような作品をもう一度やりたいという声が上がりました。「ここさけ」を作るときは「あの花」と違うことをしなくてはという意識がみんなにあったんですが、月日が流れて、あまりこだわりがなくなって。じゃあ、めんまのような存在を考えてみようかという話になったんです。

長井 ただ、やっぱりめんまとは違うものにしたかったので、最初は「あおいに見える妖精」のようなアイデアから始まって、そこに肉付けしていくうちに、慎之介っていう本体ができていったんです。

──慎之介よりしんのの存在が先だったんですね。

田中 だからこそ、しんのはこれだけの強キャラになりましたよね。

長井 妖精さんだからね、しんのは。

田中 こういう明るくてガンガン引っ張っていける主人公的な男の子って、この座組で描くのは初めてじゃないかな。

岡田 たぶん大人になった慎之介がいなかったら、こういう強いキャラはメインに配置しなかったと思います。慎之介がしんののもうひとつの面を具現化してくれていることで、しんのが言うセリフにちょっと揺らぎが生まれてくるんです。

──プロのギタリストという夢に向かって目を輝かせるしんのと、挫折を経験してやさぐれてしまった慎之介は、一見全然違ったキャラのようでも、同じ慎之介なんですもんね。

田中 結果、しんのは作品の中の清々しい要素を引っ張ってくれるキャラクターになったと思います。「いいキャラできたな」って思っただけに「どんな声だったら大丈夫なんだろう?」という不安はあったんですが、吉沢亮さんのオーディションの演技を聞いて、もうドンピシャで。

長井 正直吉沢さんに決まるまで、慎之介としんののキャストを分けようかと思ってたんですよ。どちらかのイメージに合う人はいたんですが、両方となると難しくて。

岡田 吉沢さんは、年月と経験の差を自然に演じ分けてくださって。「これだ」って、みんなで盛り上がりました。

──俳優さんをキャストに起用されているのも「あの花」「ここさけ」とは違う点ですが、まったく違和感ありませんでした。

長井 あかねを演じていただいた吉岡(里帆)さんには、「ヒロインなんですけどお姉さんで、お母さんでもあるんですけど、でも枯れていないヒロインとして演じてください」っていう、かなり無茶ぶりをしたと思うんですが(笑)、それにちゃんと応えてくださって。おばさんっぽくはないけどしっかりしている、という微妙なラインを表現していただきました。

──「過去から時を超えてしんのがやってくる」という、ある種のファンタジー的な要素が盛り込まれているわけですが、リアリティとファンタジーのバランスには気を使いましたか?

岡田 そこは「あの花」「ここさけ」のときもそうでしたが、監督の「ここまではいい、ここからはダメ」ってジャッジが揺らがないので、安心できるんですよ。

長井 俺が気にならなければいいんです(笑)。

田中 あとは今回初めてプロデューサーで参加してもらった川村元気さんが、そういう部分に対して「なんでここはこうなるんですか?」ってシナリオ段階で指摘してくれるんですよ。そこはすごくありがたかったと思います。

岡田 3人でずっとやってきて、お互いの思考の癖をなんとなくわかっているからこそ、いろいろと早合点しちゃうときがあるんです。そこを突いてくれる人がいると、それぞれの考えがきちんと打合せの場で開かれるので、すごく書きやすくなりました。

田中 僕ら3人の中での文脈はあるんだけど、それが映画を観た人に伝わるかどうかはわからない、という部分はありますからね。

岡田 そこを考えるうちに、新しいアイデアも浮かんだりするし。