コミックナタリー Power Push - はっとりみつる×西尾維新「少女不十分」特集

プロになれる人となれない人の差はどこなのか? はっとりみつるが贈る“クリエイター志望者のための物語”

西尾維新が、小説家志望の大学生と彼を監禁する少女の関係を書き綴った小説「少女不十分」。同作をゾンビっ娘ラブコメ「さんかれあ」で知られるはっとりみつるがマンガ化し、単行本1巻が発売された。

コミックナタリーではこれを記念し、はっとりのインタビューを実施。コミカライズする決め手になった「意外性」「主人公への共感」「時代性」の3点や、企画が実現するまでの秘話を語ってもらった。

取材・文 / 福田フクスケ 撮影 / 三木美波

作画と演出に徹する職人的な仕事をしてみたい

──はっとりさん初の原作付き作品が、西尾維新さんの小説「少女不十分」のコミカライズとは意外でした。というのも、個性的なキャラクターや会話のテンポが特徴的な西尾作品の中で、「少女不十分」は小説家の自伝的な語りから始まる異色の作品です。はっとりさんのこれまでの作風とも違いますよね。

「さんかれあ」1巻

はっとりみつる 「さんかれあ」の連載中から、「次は原作ものをやってみるのもいいかな」と思っていて。今までオリジナルものしかやってこなかったので、一度、作画と演出に徹する職人的な仕事をしてみたいという気持ちがあったんです。

──原作ものへの挑戦は、はっとりさんからの希望だったんですね。

はっとり ええ。古典やミステリ、児童文学、官能小説や18禁ゲームまで、いろいろな方からおすすめされたものも含めて原作の候補をずっと探していたんですけど、なかなかピンとくるものがなくて。そんなとき、2013年の夏に別冊少年マガジンで、西尾維新さんの「終物語」の犯人当て企画があって、その回答者のひとりに僕が指名されたんですよ。なぜ僕が……?と思って編集さんに聞いたら、僕だけは西尾さんからのオファーだったらしくて。

──おお、すごいですね。それまでに西尾さんとの接点は?

はっとり それが全然なかったんです(笑)。でも、昔から僕の描く「走っている女の子」の絵が好きだったとおっしゃってくれたそうで。たぶん、陸上部が舞台のデビュー作「イヌっネコっジャンプ!」を読んでくださっていたのかと。実は、恥ずかしながらそれまで西尾さんの小説をちゃんと読んだことがなくて、犯人当て企画の予習のために、最初に気になって読んだのが「少女不十分」だったんです。

──読んだ印象はいかがでしたか。

はっとり 文体も含めて不思議な空気感というか、すごくきれいで素敵な小説だなあという印象でした。それまでも、原作にできそうだと思った小説は、思い浮かんだイメージをイラストに起こしてメモしていたんですけど、「少女不十分」も2013年8月に読んですぐイラストを残していますね。

──(当時のイラストメモを見て)第1話の冒頭から出てくる古代魚のイメージが、この時点ですでに描かれていますね。

はっとりみつるが2013年に描いたイメージ図。このときからすでに古代魚が存在する。

はっとり なぜ古代魚のイメージが浮かんだのか、自分でも正直わからないんですけど、無意識に少女Uの周りに漂うシーラカンスのビジュアルを描いていたんですよね。その後もいくつかの原作候補を検討しながら1年ほど経ってしまったんですが、「さんかれあ」の連載がもうすぐ終わろうという2014年の夏に、ふと「少女不十分」をもう一度読み返してみて、やっぱり面白いなと思って編集さんに企画を持ちかけました。

──西尾さんにコミカライズの許諾を得るにあたって、はっとりさんご自身が綿密な企画書を作ったとか。

はっとり はい、今回は出版社や編集さんから持ち込まれた企画ではなかったので、自分で企画書を10日かけて作りました。原作を全何話に分割して、どこを膨らませるかとか、最終話までの構成案やシーンも全部決めて。マンガオリジナルのエピソードも、この企画書の時点ですでに書いてありますね。

担当編集 西尾さんが「こんな詳細に作り込まれた企画書はない」と驚いていたそうです。

はっとりみつるが西尾維新に提出した企画書。

はっとり 「少女不十分」は、登場人物が2人だけだし、場所もほとんどが物置の中。西尾さんの作品の中では決してマンガ化や映像化に向いているとは言えない作品なので、必死でプレゼンしないと断られるだろうと思ったんです。実際は、西尾さんにはすぐ快諾していただけたんですが、編集さんには最初反対されて……(笑)。

担当編集 編集的にはOKを出しづらい作品ですよ(笑)。西尾さんもはっとりさんも、個性的なキャラクターの掛け合いで物語が動いていくエンターテインメントが得意な作家さんですから。その魅力をあえて封じた「少女不十分」をコミカライズしても、はっとりさんのよさが生かせないのではないか不安でした。でも、その不安を解消するアイデアをはっとりさんが提示してくださって。

はっとり 古代魚のイメージがどういう意味合いを持つのか、オリジナルの仕掛けを考えたんです。

担当編集 大きなネタバレになってしまうのでまだお伝えはできませんが、それを聞いて「これならいけそうだな」と思えるようになりました。

原作:西尾維新 マンガ:はっとりみつる「少女不十分①」 / 2016年5月6日発売 / 講談社
「少女不十分①」表紙
610円
Kindle版 / 540円

作家志望の大学生だった僕が通学中に見た衝撃の光景。それは交通事故の瞬間だった。トラックに轢かれた小学生。だが本当の衝撃はその後だった。一緒にいたもう1人の少女は、ゲームをセーブしてランドセルにしまい、それから友達の死体に駆け寄ったのだ。何かがおかしい……!! これが僕とUという少女の不十分な無関係の始まりだった。

はっとりみつる

三重県出身。ヤングマガジンアッパーズ2000年9号(講談社)に掲載された「イヌっネコっジャンプ!」にてデビューを飾る。2009年から2014年まで別冊少年マガジン(講談社)にて連載された「さんかれあ」は全11巻で刊行され、テレビアニメ化も果たした。