“動いている途中”を描きたい

──「天河」が人気を博した理由に、ユーリとカイルの恋をあげる人も多いと思います。ヒッタイトの皇子であるカイルのキャラクターは、どのように生まれたんですか?

当時、少コミが「王子様時代」に突入してたから、「もう本当の王子様を描いてやるぞ」って(笑)。

──スペックが高い“学園の王子様”キャラや、女の子の理想を体現した“白馬の王子様”キャラは王道なヒーローですから、今も昔も少女マンガには多いですよね。でも先生がヒーローとして選ばれたのは、古代メソポタミアを征服したヒッタイト帝国の第3皇子という、本物の皇子様だったと。

とりあえず“王子様”を描くぞ!とだけ決まって、ほかは何も決めてませんでした。だからカイルは連載2回目に初登場したんですが、そのときにようやく顔が決まって。第1回のカラー扉には顔が描いてないんですよ。

──確かにシルエットになっていますね。現代の女の子がヒッタイトにタイプスリップするというストーリーラインと主人公像が決まっていれば、それで十分連載をスタートさせることができたということでしょうか?

1話の見開き。カイルの顔はシルエットになっている。

そうですね。主人公の女の子がどう動くかのほうが大切です。それによって彼の動き方やキャラも決まってくるので。

──なるほど。カイルとユーリですが、2012年に刊行された「“篠原千絵”30周年記念Anniversary Box Ay-アイ-」に掲載されている連載作品のキャラ人気投票では、男性部門と女性部門でそれぞれ1位に輝いています。2人の波乱万丈な恋に憧れるコメントもたくさん。読者を虜にするラブシーンを描くときのこだわりはありますでしょうか。

私、動きのあるシーンを描くのが好きなんです。だからラブシーンも動きの延長で考えてて。例えばキスするにしても引き寄せるにしても、止まったところじゃなくて、動いている途中を描きたい。

──静止画ではなく、動画の一部として、ということでしょうか?

そうですね。マンガなので1枚の切り取り絵ではあるんですけど、ラブシーンとかを描くときは流れで考えてます。この体勢になるためには、その前にこういう位置関係になるはずだから……みたいに。決闘シーンも同じですね。殺陣のようなイメージでネームを描いています。

ミュージカル化、新作読み切り……2018年の「天河」

──殺陣……。だから印象的なシーンや構図が多いのかもしれませんね。ちょうど演劇の話になりましたが、この春に宝塚歌劇の宙組により「天河」がミュージカル化されました(参照:宝塚版「天は赤い河のほとり」東京で開幕、真風涼帆「私自身もドキドキ」)。篠原先生がすごくお喜びになっているのが、先生のTwitterからも見て取れて。

そうなんです(笑)。もともとお芝居を観るのが大好きなので、自分の作品を使っていただいたことは非常にありがたいし、本当に本当にうれしかったです。でも自分の作品ということを抜きにしても、あのミュージカルはすごく好きで。

──どんなところがよかったですか?

宝塚さんがやってくださった「天は赤い河のほとり」は、もちろん長い話を相当短くしているので、いろいろなエピソードがカットされていたんですが、1時間半見ていてすごく楽しかったし面白かった。笑ったり感動したりする、エンタテインメントが大好きなんです。だからミュージカルはすごくワクワクしましたし、「天河」の世界をとても美しく表現してくれて……。でもあんなキラキラした衣装は、連載じゃ時間がかかりすぎて描けませんね(笑)。

──キャラクターのビジュアル再現度も高かったですね。美月悠さんのイル・バーニも登場した瞬間に「イル・バーニだ!」となって。

「天は赤い河のほとり」より、ユーリとカイル。

本当にそうなんです! 真風涼帆さんのカイルも、芹香斗亜さんのラムセスも素晴らしかったですし、愛月ひかるさんの黒太子も「完璧!」って感じで。

──星風まどかさんのユーリも、元気いっぱいなところがユーリらしかったです。

かわいかったですねえ。本当に作品を大切に扱ってくださって、ありがたいとしか言えないです。もう大満足でした。

──今年は「天河」ファンには喜ばしいことが続く年で、16年ぶりにSho-Comiで「天河」の新作読み切りも発表されました(参照:「天は赤い河のほとり」新作読切!ザナンザとともに砂漠に消えた思いとは)。ザナンザのエピソードを選んだ理由を教えていただけますか。

あんまり深い意味はないんです。Sho-Comiの50周年記念で読み切りを、というお話をいただいたときに、登場人物の気持ちの山場を描きやすいエピソードってどこだろうと探して。ザナンザがエジプトに向かう途中で死んだシーンは、先ほど申し上げたように連載前から描こうと思っていた部分だったし、ザナンザの死んでいくときの主観ってあまり描いてなかったんです。だから短いページ数でもちゃんと描けそうだなと。

Sho-Comi2018年6号に掲載された、ザナンザのカット。

──次は10月20日発売のSho-Comi22号で、ラムセスのエピソードを発表なさるとか。

ええ。単純にザナンザの次はラムセスかな、と。ザナンザの読み切りのタイトルは「書簡」だったんですが、ラムセスは「宿敵」と書いて「ライバル」です。ユーリを巡っての、カイルとのライバル意識を描こうと思っています。

キャラクターの作り方を模索する「夢の雫、黄金の鳥籠」

──ラムセスはカイルと人気を二分するキャラクターですから、ファンもうれしいと思います。続いて、現在姉系プチコミック(小学館)で連載中の「夢の雫、黄金の鳥籠」についてもお伺いできればと思うのですが、時代は違えど再びトルコを舞台に長編を描こうと思ったのはなぜでしょうか?

「夢の雫、黄金の鳥籠」のカラーイラスト。

連載のお話をいただいたときにネタがなんにもなくて、本棚を見渡したらトルコの本しかなかった……枝葉を削ってざっくり言うとそんな感じです。あとオスマン時代の資料って女性に焦点が当たることがほとんどないんですが、ヒュッレムという女性はかなり面白そうで。興味もあるし着手できそう、とアバウトに始めました。

──ヒュッレムは16世紀に実在した女性で、「夢の雫」では奴隷からスレイマン1世の后へとのし上がっていく姿を描いています。篠原先生が現代の女の子ではない少女を、長編で主人公に描くのは初めてですね。

これがまたかなり苦労していて(笑)。先ほど「天河」では担当から「主人公を現代の女の子にしたらOK」と言われたと申しましたが、そのアドバイスを感謝しているのは「夢の雫」で手こずっていることも大きいかも(笑)。

──どんなところでご苦労を?

ヒュッレムは、日野富子とか淀殿とか北条政子とか、悪女とまではいかないけどダークヒロインの系統という描き方のできる女性です。「刻だまりの姫」の茜みたいに、現代もののダークヒロインは行き詰まってしまったけど、歴史ものだったら描けるかもしれないと思って始めたんですが……。16世紀の女性を描いていても、自分の価値観が「現代の少女マンガを描く」というスタンスから離れ切らなくて、迷い込んで連載8年……という感じです。いまだに「ヒュッレムがどんな人かわからない」って言ってみんなに怒られるんですよ(笑)。

ヒュッレム

──篠原先生はお話作りにおいて、これまでずっと「キャラクターが先」ではなく「ストーリーありきでキャラクターを配置する」という手法で描いてこられたと思います。「夢の雫」はこれまでの作品とは違い、清濁併せ持つヒロインであるヒュッレムの一代記という側面が強い。キャラクターを軸に置いたマンガの描き方を模索されている、ということでしょうか。

そうかもしれません。「ダークヒロインを描きたい」って言い始めて、「キャラクターを作る」ってことを意識し始めちゃったのかな。会う同業者みんなに「ねえねえ、キャラクターってどうやって作るの?」って聞きまくってて(笑)。

──ずっとマンガ界の第一線で作品を発表してきて、さらに新しい描き方に挑戦されている、ということですね。その篠原先生のマンガ家としての基礎を作ったとも言える、Sho-Comiのよさはどんなところだと思いますか?

自由にやらせてくださって、ありがたい雑誌だと思っています。読者からどう見えているかはわからないんですが、自分を含めて同年代で仕事をしている描き手同士で話したとき、すっごくいい意味で「マンガの最前線だったね」と。ライバルもいっぱいいたし、読者の反応も速いし熱い。そこで自分が走ってこれたのは幸せでした。

週刊少女コミック1987年3号

──1980年代に少コミでデビューした作家さんには、錚々たるメンバーが揃っていますね。

同じ時期にデビューしたさいとうちほさんや惣領冬実さんは、本当に絵もうまいし面白いし、彼女たちの作品を見てがんばらなきゃ!って思っていました。おふたりとも、まだ描いていらっしゃるじゃないですか。私とは描いているものが違うし、ライバルというにはおこがましいんですが、同世代のおふたりがやってるんだったら、きっと私にもできる!と信じたいです。

──読者としてはうれしい関係です。そんなSho-Comiが50周年を迎え、11月にはそれを記念した篠原先生の原画展が行われます(参照:天は赤い河のほとり、闇のパープル・アイ…篠原千絵の大規模原画展が池袋で開催)。見どころを教えてください。

見どころじゃないかもしれないんですが、グッズが充実しているのですごく楽しみで、どれだけカードを持っていけばいいのかなって。

──カード?

クレジットカードです。

──気合十分ですね(笑)。作者には見本としてもらえたりするのでは?

「少女コミック50周年企画 篠原千絵原画展」メインビジュアル

たくさん欲しくて。マスキングテープとかグッズが大好きなんですよ。猫の写真で有名な岩合光昭さんの写真展に行ったりすると、もう最後のグッズコーナーに写真を見ていた時間の3倍くらいいたり。あ、もちろん原画展では私の絵もたくさん展示されます! これまでの作品のメインキャラを描き下ろしました。

──これが原画展のメインビジュアルですね。ヒュッレムが中心にいて、懐かしいキャラがたくさんいます。この黒いしっぽは「闇パ」の……?

小田切さんか暁生かは、ご想像にお任せします。久々に描いたキャラクターがいっぱいです。見て、楽しんでいただけるとうれしいです。

篠原千絵関連作品を
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「Sho-Comi 2018年22号」
2018年10月20日発売 / 小学館
「Sho-Comi 2018年17号」

©2018『ういらぶ。』製作委員会

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篠原千絵「夢の雫、黄金の鳥籠⑪」
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電子書籍 420円(税抜)

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篠原千絵(シノハラチエ)
篠原千絵
1981年、コロネットにて「紅い伝説」でデビューした後、同誌や少女コミック(ともに小学館)でサスペンスやホラー作品の短編を精力的に執筆。1984年に「闇のパープル・アイ」で長編デビューを飾る。同作は1996年に雛形あきこ主演でTVドラマ化されるなど人気を博した。その後も「陵子の心霊事件簿」「海の闇、月の影」「蒼の封印」とヒット作を生み出す。1995年に少女コミックにてスタートした「天は赤い河のほとり」は全28巻で刊行され、単行本累計発行部数1800万部を誇る。2018年には宝塚歌劇宙組により舞台化。現在は姉系プチコミック(小学館)で「夢の雫、黄金の鳥籠」を連載中。

2018年12月20日更新