劇場版「SHIROBAKO」が2月29日に公開されることを記念し、コミックナタリーではP.A.WORKSの社長であり本作のプロデューサーでもある堀川憲司と、ほかのアニメーション制作会社の社長による対談企画を連載中。第3回では「BanG Dream!」をはじめとする3DCGアニメーション制作で知られるサンジゲンの立川スタジオを訪問した。従来のアニメ制作会社のイメージを覆す試みをいくつも続けるのが、サンジゲン・松浦裕暁社長。そんな彼も「SHIROBAKO」は「直視できない」という。一見正反対に見える両者の対話からは、モノづくりをする人に共通する情熱が浮かび上がってきた。
取材・文 / はるのおと 撮影 / 佐藤類
コピー機やプリンター、会議室がないサンジゲン
──インタビュー前にサンジゲンの社内を見学させていただきましたが、コピー機やプリンターがない、会議室がないなど、かなり衝撃を受けました。
松浦裕暁 2019年にスタジオを荻窪から今の立川へ移転するときに、その2つを決めました。紙を使わないようにするには、物理的にできないようにするしかないと考えて、コピー機やプリンターは置かない。スタッフから「本棚を買ってくれ」と言われても「本を自分の席に置くのはいい。でも本棚は絶対に嫌だ!」と言ってます。それくらい強い意志がないとペーパーレス化はできないですよ。僕だって、紙があったらそちらで見ますから。
堀川憲司 (笑)。
松浦 会議室がないのも、今どき会議室に人が集まらないと会議ができないなんてナンセンスでしょう。その代わりテレビ会議をやりやすいように、「モニターを増やしたい」といった声があればすぐに増やすといった環境作りは、徹底的にしています。
堀川 サンジゲンさんは地方にもスタジオがあるんですよね。そういったところともテレビ会議でコミュニケーションされているんですか?
松浦 はい。今は京都と福岡と名古屋にスタジオがあって、金沢にも新しく作っていますし、海外……フィリピン、ベトナム、ミャンマー、タイでの展開も準備しています。各スタジオから上がってくるデータを東京のサーバーで集中管理していますね。
──「SHIROBAKO」のムサニこと武蔵野アニメーションの様子とは全然違いますね。堀川さんはサンジゲンについてどんな印象をお持ちですか?
堀川 僕は、日本で3DCGアニメを作り続けるのは予算的に無理だろうと、以前は思っていたんです。でもサンジゲンさんは生産性を上げることでそれを実現していて、驚かされました。その詳しい方法は松浦さんの著書「アニメを3D(サンジゲン)に!」にかなり赤裸々に書いてありますが、P.A.WORKSが進んでいる道とは全然違いますね。うちはフル3Dの方向には向かいませんが、それでも内製を高めて生産性を上げることに組織的に取り組んでいる部分など、参考になることがたくさんあります。とりあえずうちの3Dのスタッフにはさっそく「アニメを3D(サンジゲン)に!」を読めと言っておきました。
松浦 恐縮です。2016年の本なので、書き直したい部分も多々ありますが……。
堀川 すごく刺激的でしたよ。劇場版「SHIROBAKO」を作る前に読んでおけばよかった(笑)。
──では、松浦さんのP.A.WORKSに対する印象を教えてください。
松浦 僕は福井県出身なので、「北陸にアニメ会社ができたんだ」というのが最初の印象です。それは2002年くらいのことでしたが、正直なところ「田舎でアニメ会社がやっていけるんだろうか」とも感じていました。
──地元の様子を知っているだけに。
松浦 はい。僕は1998年くらいに「東京に行かないとCGの仕事はできない」と思って出てきたので。でもP.A.WORKSさんが富山にできて、クオリティの高いものを作り続けているのはすごい希望ですよね。
堀川 先ほど金沢に支社を作っているという話がありましたけど、地元の福井にしなかったのはなぜですか?
松浦 金沢は人口における学生の比率が京都とほぼ変わらないんですよ。だから見込みがあるだろうと。
──京都は人口に占める学生の割合が全国1位ですから、金沢もそのくらいということですね。金沢は美術や芸術に対しての土壌もできているイメージですし、CG制作を仕事にしたい人もいそうです。
松浦 あとは東京から、新幹線でも飛行機でも行きやすいですから。
アニメ業界人は直視できない「SHIROBAKO」
──松浦さんは「SHIROBAKO」を全話ご覧になったそうですが、率直な感想をお聞かせください。
松浦 いやー、直視できなかったですね。
堀川 えー!(笑)
松浦 アニメに関わる人は皆さん同じでしょうが、作中のエピソードが身に覚えのあることばかりですから。自分が体験したことや周りで聞いたようなことしか出てこない。多少の脚色はありますけど、決して嘘じゃない。
堀川 だからアニメ業界を志望する人は「SHIROBAKO」を観て「いやー無理だな」と感じたら、最初から入ってこないほうがいいよ、というフィルターになっているんです。
松浦 「SHIROBAKO」の世界はまだ相当優しいですけどね。
──作中で具体的には描かれませんが、かなり長時間働いているんだろうと察せられますし……。
堀川 美術設定では、ムサニの制作部屋に時計はないんです(笑)。
松浦 それは大切ですね。
──特に印象的だったエピソードはありますか?
松浦 やっぱり爆発を作画で描くかCGにするかの話(第5話「人のせいにしているようなヤツは辞めちまえ!」、第6話「イデポン宮森 発動篇」)はよかったですね。
──作画とCG、どちらで爆発させるか決まらないまま、事態がもつれていく話ですね。
松浦 確かに、うまい人が描く作画の爆発にCGでは勝てないですよ。勝てないけど、汎用性のある爆発だったら圧倒的にCGのほうが早い。僕も同じような状況があったことを思い出しました。爆発エフェクトではなかったものの、そのときは制作(※)に「作画でいいんじゃない? 一応僕らも作ってみるけど」なんて言ってCGを作りましたね。
※制作……制作進行、制作デスク、ラインプロデューサーなど、アニメの制作管理に携わる人のこと。または制作進行の略称。
──まさに5話、6話における3D監督・下柳雄一郎と似たスタンスですね。
松浦 僕らの場合は後発でアニメ業界に入ってきたから、ほかの作り手に少しでも「サンジゲンのCGいいね」と認められたいという思いがあったからですけどね。
堀川 たぶん、最初に「CGを使ったアニメ制作もありだな」と思ったのは監督と演出でしょうね。作画だとリテイクを出したらゼロから絵を描かなきゃいけない。だから原画マンからもリテイクを渋られたりしていたけど、CGはゼロから直すということはない。だから「妙に直しへのレスポンスがいいぞ」と評価したんだと思います。
サンジゲンでは制作が進捗を管理しない
──「SHIROBAKO」で宮森たちが行う制作進行という仕事について、サンジゲンの場合はどんなことをされているか詳しく伺わせてください。冒頭で制作物は東京のサーバーで管理しているという話がありましたが……。
松浦 まずうちは朝出社してパソコンを立ち上げると、その制作物を管理しているデータベースが立ち上がって、何から作業するのが一番効率がいいか表示されます。制作物が上がるとデータがアップロードされて、その後のチェック状況やリテイク内容もそこで見られ、編集までの流れがすべてわかる。そういう管理システムを自社で開発しました。3、4年かかってまだ完成していませんけど。
堀川 へー!
──そのソフトをほかのアニメ制作会社に売るという考えはありますか?
松浦 全然、売ろうと思ってないです。配布します。みんながその作り方になると、結果的には僕が楽になるので(笑)。早く完成させて皆さんにあげたいです。アニメ制作に特化しているので便利だと思いますよ。
──どうしてそんなソフトを作られたのでしょうか?
松浦 僕は作品のプロデュースもしているんですけど、オーダーしたものが今どんな状態になっているかわからないから、それを正確に知るためですね。
堀川 やっていることのレベルは違いますが、気持ちはわかります。TVシリーズは何本も並行して進行している。そうすると管理側としてはすべて正確な数値や情報が欲しいけど、なぜか正確な数値が打ち込まれない(笑)。
松浦 本当にそうですよね。
──高梨太郎みたいな、誤魔化しながらやってる人がいると。
堀川 なぜ毎日更新をしないのか。今朝もそんな話をずっとしてきたところです。
松浦 だからうちの制作は、発注以外のことはしないようにしました。アニメーターからのあがり状況はみんなが見られて、管理できるようにして。
堀川 ああ、僕は「制作の能力が上がって、自分が立てたシミュレーション通りに進捗すると気持ちいいぞ」「進捗の予想と結果を分析することを習慣にしよう」と言っていたけど……。
松浦 僕はその進捗の管理をさせない方法にしたんですね。では制作が何をしているかというと……例えば1話を作るのに何工数かかるのか、これまではディレクターが付けていました。絵コンテを見て「この内容なら作画にかかるカロリーはAランクだ」みたいな感じで。でもディレクターによって基準は違うし、せいぜい5段階くらいしかない。それでは何も正確にわからないので、まずは絵コンテを数値化したんです。
──絵コンテの数値化と言いますと?
松浦 まず制作が絵コンテで「キャラクターが何人いるか」や「何アクションあるか」、表情の変化や揺れるものの有無なんかをチェックしながら、20項目くらいに数値を入力していきます。それで過去の仕事から作った「こういうカットは何日かかる」「こういうカットは何工数だ」みたいな表を参考にしながら、アニメーターに割り振る。そういう流れで発注しています。
──想像以上にシステマティックにアニメ制作が進められていて驚きました。
松浦 でもうちの若い制作の子は、ほかのアニメ制作会社の制作の様子がわからないんですよ。外回りはしないし、クリエイターと密にコミュニケーションも取らない。段取りさえしてしまえば、自席で画面を眺めていればほとんど仕事が終わる。とはいえ会社に所属して行う仕事なんて、ほとんどが人間関係じゃないですか。それはアニメ業界に限らずどんな業界でも一緒で、そういうことを楽しく理解できるのが「SHIROBAKO」の面白いところでしょうね。
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作画とCGは鉛筆とマウスの違いだけ