コミックナタリー PowerPush - 新谷かおる「クリスティ・ロンドンマッシブ」×環望「ダンス イン ザ ヴァンパイアバンド」

月刊コミックフラッパー看板作家の師弟対談

物事を斜めから見るところが僕と環さんの共通点(新谷)

──著名な人物や歴史的な事実に、想像力を働かせると、たしかに読者の理想を裏切ってしまうことがありますね。

新谷 ただね、あんまり理屈をこねすぎるとマンガが動かなくなるんでね。だからその理屈を適度なところにしておく……そのさじ加減がすごく難しいなと思うときがありますね。

新谷かおる

 そうですね。さじ加減でいうと、「ヴァンパイアバンド」には女性読者が結構多いのがわかったので、あんまりグロテスクな表現はしていません。まあミナ姫がひどい目に遭うっていうのはありますけれども。そのひどいのにも、読者は慣れちゃったかな。

新谷 お話っていうのは緩急の連続ですから、ゆるい感じで描いていると、やっぱりどっかでちょっととんがらせてやらないと読者はついてこない。かといって、重要な話だからってとんがったものばっかり、どんどんヤマを作っていると、読者が疲れてしまう。これは、僕は水島新司先生から教わったんですけど、「アクションを5回入れるんだったら、2回は手を抜け!」と言われました。

 肩の力を抜け、という。

新谷 そう。プロのテクニックって、そういうところに極意があるんだな。アマチュアだったらそのときの自分のテンションに合わせてグワーッと描いてしまって、読者を置いてきぼりにしてしまう。プロっていうのは、うまい具合にそういった読者のテンションまでをコントロールする。

 僕が「クリスティ」で感心した、すごいなと思ったのは、先生はさきほど「物語の役割でキャラクターを肉付けする」っておっしゃってましたが、そのあとの「さらなる肉付け」の部分なんですよ。例えばアンヌマリーやノーラの過去の話、読んでて「すげえな!」って感じたんですよね。明るく笑ってるあのキャラクターたちに実はこんな過去があった、とことんまで追い詰められた人生を送ってた、とか。で、それを読み終わったあとでクリスティと一緒に笑っている彼女たちを見ると、ホロッとくるわけですよね、やっぱり。特にノーラの過去のところです。浮浪児で、犯罪に手を染めてっていう。

ノーラの過去が描かれたエピソードより。

新谷 映画の「オリバー・ツイスト」などを観てても、とにかくあの時代、孤児・浮浪児がめちゃくちゃ多いんですよ。産んだら産み捨てなんですよ、本当に。産業革命があった後にもかかわらず、人間的な面では暗黒時代に近い。その中で、シャーロック・ホームズというのはずいぶん、のんべんだらりと人生を送っていたんだね(笑)。

──高等遊民的な感じだったんでしょうか。

新谷 そうですね。

 ホームズが知識層にウケたのって、それが理由だと思います。「こんな人生送ってみたいよ」っていう。しかも、ホームズは腕っぷしもあるにもかかわらず知識のみで渡り切る。渡り切って、しかも人から尊敬される。ところで、知るかぎりでは、ワトソンがホームズをウィル(ウィリアム)と呼ぶのって「クリスティ」シリーズだけですね。みんなファーストネームのシャーロックと呼んでいます。

新谷 ああ、本当にそういうところでも、今までのホームズものとはちょっと違うようにしているんです。「ダンス」もそうなんですよ、ちょっと今までと違う。多分、僕と環さんの似てるところって、物事を正面から見ないで斜めから見るっていう点かな。

 それは先生のマンガから影響を受けてきたからですよ。

新谷 いやいやいや、俺のせいにするな(笑)。

今後はモリアーティ教授が深く関わってきます(新谷)

「ダンス イン ザ ヴァンパイアバンド スレッジ・ハマーの追憶」1巻

──最後に新刊についてと、この先の話なども少しお伺いできれば。

 僕は2巻同時に出していただくのですが、描いているのは「大人の恋愛」なんです。担当編集者が「これで押しましょう」と言ってくれて、大人の男の恋愛を描いた。もともと男の子が描きたくて、そしてカッコいい男が描きたい。アキラはずっと戦ってきて、そのアキラがこの人みたいになりたい男というのが、浜です。若い人たちには、萌え部分以外にもマンガって読むとこあるよって(笑)、そういうのを汲み取ってくれたらと思います。

「クリスティ・ロンドンマッシブ」2巻

新谷 今回の「クリスティ・ロンドンマッシブ」では、クリスティの年齢が少し上がり、社交界にデビューしまして、求婚の話も来ていると。いわゆる「娘さん」になってしまいました。ここからは、ホームズではなくて、実はモリアーティ教授が非常に深く関わってきます。モリアーティは、悪の根源であり、卑怯で卑屈で老獪で猥雑という、そういうイメージが共有されてきたけれども、実は彼は、紳士で愛国者であり、非常に冷徹で冷酷なところも見せる。クリスティにはホームズが正当な推理の仕方、正当な謎の解き方を教えてきたけれど、モリアーティは「裏の謎の解き方」を教えていく、そんなふうにやっていこうかなと。これまでのホームズものの中で描かれてきたモリアーティとは違うモリアーティ教授を描いていきたいですね。

──今後も連載と新刊を楽しみにしています。本日はどうもありがとうございました。

左から環望、新谷かおる。

ホームズの姪クリスティがふとした時に出会った謎の紳士はモリアーティと名乗った。平然と悪すら肯定するその哲学に、妙な魅力を感じるクリスティ。舞踏会の後、彼女が耳にしたのは女王陛下暗殺の情報と、海外での爆破事件。2つの事件は「黒のゼウス」のキーワードで繋がって行く。そしてクリスティとモリアーティは協力してこの事件と対峙することに! 全7巻で発売された「クリスティ・ハイテンション」の続編第2巻。

ミナによるヴァンパイアバンド奪還から3カ月。深く傷つけられながらも、復興へと向かいつつある人間社会と吸血鬼社会だったが、そんな中バンド奪還の人間側の立役者・後藤元参事官が狙われる事件が起こる。 一方、彼女の右腕として活躍していた人狼の浜は、なぜか彼女の下を離れていた。10年前のふたりの出会い。2人が分かれた理由、その全てがこの事件で明かされる! アニメ化され、海外で高い評判を受け、7年にわたる第1部の連載を終えた「ダンス インザ ヴァンパイアバンド」。2部へと続く灼熱のブリッジストーリー開幕!

図らずも吸血鬼となった青年アキラと同じく不慮の事態で吸血鬼となったが人間へと戻った瑠璃。アキラはミナとアルフォンスの下でヴァンパイアバンドのトラブルシューターとして様々な事件と対峙する。様々な思いと過去を秘めた吸血鬼たち。そして人と鬼の垣根を越えた恋に、大きな事件が襲い掛かる! 2010年にアニメ化された「ダンス イン ザ ヴァンパイアバンド」の好評スピンオフ、最新刊。「ダンス」本編の裏側を描きつつ、吸血鬼アキラの恋を描いた物語。

新谷かおる(しんたにかおる)

1951年生まれ、大阪府出身。1972年「吸血鬼はおいや!?」でデビュー後、松本零士のアシスタントを経て独立。1985年「エリア88」「ふたり鷹」で第30回小学館漫画賞を受賞。ほか代表作に「戦場ロマンシリーズ」「クレオパトラD.C」「砂の薔薇」など。精緻なメカニックと魅力あふれるキャラクター描写、新谷ゼリフと呼ばれるロマン溢れる台詞回しが人気を博している。月刊コミックフラッパー(メディアファクトリー)では、創刊号より「刀神妖緋伝」を連載したのち、シャーロック・ホームズの姪が活躍する「クリスティ・ハイテンション」、そして2011年からは「クリスティ・ロンドンマッシブ」を連載している

環望(たまきのぞむ)

1966年生まれ、東京都出身。少年サンデー大別冊(小学館)でデビュー。ダイナミックなアクションと品の良いエロティックな女性描写、ペダントリーに富んだドラマティックな物語作りに定評がある。幾多の雑誌での連載を経て、2005年より「ダンス イン ザ ヴァンパイアバンド」を月刊コミックフラッパー(メディアファクトリー)にて連載。2010年にはアニメ化され人気を博す。同作は2012年9月に第1部を終えたが、同年11月より「ダンス イン ザ ヴァンパイアバンド スレッジ・ハマーの追憶」として第2部へのブリッジストーリーを連載している。マンガ原作者としても活動中。