「死もまた死するものなれば」|──こいつはミステリじゃないんだ 海法紀光と桜井光、2人は何を始めようとしているのか?

このコマの向こうに、この世界があるなっていう気がする

──お話を「死もまた死するものなれば」に戻しまして、作画を担当されている狛句さんは、どういった経緯で選ばれた作家さんなのでしょう?

戸堀 はじめは印象的に影を使える方がいいな、と作家さんを探していただいていたんです。

桜井 ある種の恐怖を描く作品ではあるので、影が描けるのが大事だろうなと。あと重視したのは、人の表情が上手いこと。

戸堀 それで狛句さんにお願いしたら、加えてかわいい女の子の絵もくっついてきたぞ!みたいな(笑)。

狛句が描いた女子高生のラフ。 狛句が描いた探偵のラフ。

──狛句さんは普段はどういった作品を描いているのでしょうか?

桜井 星海社さんから出てる「FGO」のアンソロジーシリーズで描かれていますね。作画のお願いをしたらご快諾いただけたそうで、ありがたかったです。

──文章で書かれていた原作がビジュアル化されたとき、目を引いたシーンや絵はありしたか?

海法 全部いいのですが、特に第2話の扉は好きですね。主人公がいて、影がたくさんあるという構図が素晴らしいです。作品が求めている絵作りになっていると思います。

桜井 私は第1話で、探偵の名前を女子高生の晴(はるか)ちゃんが尋ねるシーンの2人の姿と町並みです。挿絵のことをよく「世界を切り取る窓」なんて言ったりしますが、このコマはまさにその機能を果たしてるなと思います。このコマの向こうに、彼らが生きていて、この世界があるという気がして。

海法がお気に入りに挙げた第2話扉。 桜井がお気に入りに挙げた、第1話で町並みが描かれたシーン。

──背景へのこだわりを持たれているということですよね。

海法 当たり前ですが僕たちの原作段階では大したことは書いてないんですよ。簡単に「寂れた商店街」とか……それすら書いていないかもしれない(笑)。

──それを文章から読み取って描いてくださっていると。

桜井 そうですね。だから本当に読解力に優れていると思います。わざわざロケハンまでしていただいているんですよ。ありがたいです。

海法 第1話で電車に乗っている見開き2ページもすごく好きですね。この廃墟世界というのがどういうものかがわかるシーンですよね。

戸堀 確かに。昨今ゼロ立ち上げさせていただくマンガでこうやって状況を積み重ねていくような、丁寧なセットアップをさせてもらえるのは珍しいと思うんですよ。やっぱり第1話が掴みとして重視される世の中なので、その中でこれだけ世界観にページを割いてもらえるのは、幸せだと思いますね。

海法 クリーチャーもすごく上手いんですよね。ご本人は苦手だとおっしゃってたので、初めにクリーチャーデザインは別で立てたほうがよろしいですかとお聞きしたんですが「描きます」と言ってくださって。

──ちなみにディープワンというのは、クトゥルフに出てくる有名な生物ですよね。もともとのクトゥルフに出てくる生物の形はけっこう定型で決まっているものなんですか?

大きすぎるため頭が天井にぶつかり、窮屈そうに少しかがんでいるディープワン・カエトゥス。

桜井 ある程度は決まっていますね。ただ実は今回、ビジュアル的にはけっこう変えていまして。第3話掲載の時点だから言ってしまいますが、これは亜種なんですよ。ディープワン・カエトゥスというのですが……。

海法 それを森瀬さんに言ったら「英語にラテン語?」って言われちゃったよ。読者にもツッコまれるだろうから、ネーミングセンスについてはここで先に謝っとこう(笑)。

桜井 そういった亜種なので何個か案をいただき、ホテルの天井に届くぐらい大きいという絵面が欲しかったので、現在のものを選びました。かがまないと部屋に入り切らなくて、窮屈そうなところが怖いようでちょっとかわいい。

クトゥルフ神話の二次創作ではなく、
この作品が歴史の一部となればうれしい

──第3話からは、いよいよ作品の本質であるクトゥルフ要素が表出してくるわけですが。意気込みのようなものは。

戸堀 意気込みというほど大仰なものではないのですが、クトゥルフ神話って、みんながどんどん作品を寄せていって大きくなってきたジャンルだという認識があるんです。だから僕らもクトゥルフを題材とするとき、二次創作というよりは、これからも脈々と続いていくクトゥルフ神話作品群の中のひとつのつもりで作っていきたいなと。その結果、ひとつの個性的な設定として根付いてくれたら面白いですよね。

本作は海面が上昇し、世界の一部が海に沈んでしまっている近未来という設定。

桜井 今回は世界のセッティングもひとつのポイントなんです。世界の一部が海に沈んだ世界というシチュエーション……というのは、クトゥルフ神話TRPGのオフィシャルではまだないはずなんです。

海法 できれば我々は、これをゲームで使えるルールとしてご提供したいなと。KADOKAWAさんとご相談したところ、「クトゥルフ神話TRPG」の公式さんの許諾をいただけまして、すでに登場したディープワン・カエトゥスもそうですが、作中に出てくるモンスターには能力値やヒットポイントを設定して、第3話からマンガと一緒に載せさせていただけることになりました。

──ただ題材にクトゥルフを用いるのではなく、その歴史の一部となるようなことをしたいと。

戸堀 どちらかと言うと、それはプロデューサーである自分の妄想かもしれないですけどね。おふたりが純粋に「これ面白いよね」と提案してくれたものを、どんなふうに広げていけるかという。先ほどお話に出ましたが、みんなで発想したものを共有して世界を作っていくのがTRPGの醍醐味ですから。そういった楽しみ方を、この作品でもできればと。

海法 でも今お話されていたようにクトゥルフ神話って歴史があるものなので、様式美が面白いところもありつつ、敷居が高いと感じる方も多いと思うんですよ。そのあたりをうまく橋渡しできる作品にもしたいですね。クトゥルフ神話作品だといって盛り上がってくれるのはとてもありがたいけど、特別それを意識していただく必要もないんです。テーマに対して構えず、ひとつの面白いマンガだと思って読んでいただけたらうれしいですね。

「死もまた死するものなれば」
原作:海法紀光・桜井光(協力:モンスターラウンジ)
作画:狛句

さびれた観光地のホテルで、謎めいた殺人事件が発生。ホテルの支配人から依頼されてこの地を訪れた探偵・久々湊錠(くぐみじょう)が真相にたどり着いたとき、何かが終わり、何かが始まる……。月刊ドラゴンエイジ(KADOKAWA)で連載中。WebサイトのComicWalker、ニコニコ静画(マンガ)では1・2話常時解放&最新話を雑誌掲載と同時に公開!

海法紀光(カイホウノリミツ)
海法紀光
小説家・脚本家であり、マンガ原作、さらには翻訳も手がける。代表作は「がっこうぐらし!」(ニトロプラスとマンガ共同原作・アニメシリーズ構成)、「ガンスリンガー ストラトス」(ゲーム設定・アニメシリーズ構成)、「翠星のガルガンティア」(アニメ脚本)、「式神の城 O.V.E.R.S. ver0.81」(小説)、「ROBOTICS;NOTES 瀬乃宮みさ希の未発表手記」(小説)など。
桜井光(サクライヒカル)
桜井光
小説家、脚本家、シナリオライター。ディレクションもこなす。代表作に「Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ」(小説)、「スチームパンクシリーズ」(企画・脚本)、「Fate/GrandOrder」(シナリオ参加)、「乱歩奇譚」(脚本)、「がっこうぐらし!」(脚本)、「PSYCHO-PASS サイコパス 追跡者 縢秀星」(小説)など。TRPGリプレイへの参加も多数。
戸堀賢治(トボリケンジ)
戸堀賢治
モンスターラウンジ代表。アニメ、ゲーム、マンガ、小説などジャンルを問わずIPプロモーター、ストーリーディレクターとして携わる。主な仕事に「夢王国と眠れる100人の王子様 ショート」「revisions リヴィジョンズ」(アニメ脚本協力)、「METAL GEAR SURVIVE」(ゲームストーリー協力)、「WIT STUDIO画集シリーズ」「小説 甲鉄城のカバネリ」「小説 魔法使いの嫁 金/銀糸篇」(編集担当)など。