「死もまた死するものなれば」|──こいつはミステリじゃないんだ 海法紀光と桜井光、2人は何を始めようとしているのか?

読者にキャラクターと同じ目線に立ち、驚いてほしかった

──第3話から作品の方向性が大きく変化する本作ですが、これは当初の予定通りだったのですか。

「迷宮探偵 久々湊錠(仮)」第1話の1ページ目。探偵が犯人を追い詰める、ミステリー作品らしい場面から物語は開始した。

桜井 どうやって物語を始めようかと考えたときにはもう、第1・2話で読者をミスリードさせたいという構想はありました。第1エピソードの前半は、クトゥルフものではないように見せたいと思っていました。

──というと、この作品は今後クトゥルフものというジャンルで展開していくということですか?

桜井 そういうことになります。

──ミステリー作品だと思っていたので驚きです……。どうして第1・2話を探偵もののような仕立てにしたのでしょうか。

海法 端的にいうと今みたいに驚かせたかったからですね(笑)。

桜井 海法さんは物語を作るときに、「驚かせたい」とよくおっしゃっていますね。

──海法さんが原作を担当されている「がっこうぐらし!」にも、読者が抱いている大前提を覆すような要素があったと思うのですが。

海法 物語の導入については、短編的なオチが付くような面白さがあると読者の心に響いてくれるんじゃないかと思っていて、そこはいつも気にしているところです。「驚かせたい」って言うより、こう言ったほうがちょっとカッコいいね(笑)。

桜井 今作に関して言うと、入り口では読者がキャラクターと同じ目線に立ってほしいと思ったんです。「どんなモンスターが出てくるのかな」と思いながら読むのではなく「ほうほう事件が起きて、ミステリーなのか……あれ? 何か怖いのが出てきた!」という。この驚きを、キャラクターと同じように感じてほしいなと。

──第1話と第2話が同時掲載だったのも、その仕掛けに関わりがあったのでしょうか。

連載初回は2話一挙掲載だった「迷宮探偵 久々湊錠(仮)」。第1話はホテルの従業員が死体で発見されるところで終わり、この時点で本作が実はミステリー作品ではないと気付くのは至難の技。

桜井 2話一挙掲載は、やはりディープワンという異形が出てくるまでは一気に読ませないといけないだろう、というのが大きな要因ですね。

海法 我々は確かにお客さんにビックリ箱を用意している。用意はしていますが……。殺人事件が出てきて「来月どうなるんだろう」と思いながら1カ月待って、いざ雑誌を読んだら「ディープワンが現れました」「推理とか関係なし」なんて展開になったらさすがに……。

──確かにミステリーとして読んでいた方にとっては、噴飯ものかもしれません。

「推理とか披露してくれないの?」という女子高生に「ミステリじゃねぇんだよ」と答える久々湊。本作が実はミステリー作品ではないということを、この時点で暗示していた。

海法 そうですね。まあ、だから第1話で探偵に「ミステリじゃねぇんだよ」というセリフを与えているのが実は前フリになっていまして……。やはりちゃんと第1・2話はプロローグみたいなもので、いわゆる第0話に当たる内容なのだということが最終的にわからないのはマズいだろうと。

桜井 思い込みを利用した叙述トリックとして続けるやり方もあると思いますが、今回はそのまま引いてはいけないという判断をしたんです。

──しかし改題までするというのは手が込んでいますね。

桜井 ニトロプラスさんと、とある企画でコミカライズ作品を作るという話が出たことがあって。そのとき虚淵玄さんから「こんなことをやれたら面白いね」と言われたのが「タイトルを途中で変える」というアイデアだったんです。そのときは残念ながらうまくいかなかったのですが、ずっとどこかでやれたらいいなとは思っていました。

──では、改題の仕掛けは桜井さんからの提案?

桜井 それはそれとして、タイトルを変えようと今回言ったのは海法さんです(笑)。

海法 仕掛けるんだったら最後まで丁寧にやりましょうと。だって「死もまた死するものなれば」というタイトルのままだと、予告が出た時点でみんなクトゥルフものだとわかってしまいますからね。

──このタイトルもクトゥルフにまつわるものなんですね。

海法 ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの「クトゥルフの呼び声」からの引用ですね。ほかの翻訳とかぶらないように、原典から自前で翻訳はしていますが。まあ、わかる人にはわかる。

戸堀賢治 プロデュース側から見ても、仮題である「迷宮探偵 久々湊錠(仮)」から物語が始まったのはよかったと思っています。「死もまた死するものなれば」と書いてあっても、中身がよくわからないじゃないですか。でも探偵と書いてあれば、当然探偵ものだと思うわけで。入り口としてよく機能してくれたなと思ってます。

海法 そのうえで前半の展開はベタなクトゥルフものだよね。

桜井 事件の調査に行って、そこで超自然的現象が起こるというのは、クトゥルフものの基本的な構造のひとつなんです。多くの場合「いったい何が起きてるんだ?」から始まるので、この作品もそうやって始めたいなと思ったんですね。

我々はクトゥルフを
「ライトに認知され始めたコンテンツ」と思っている

──今後はクトゥルフものとして進行するという本作ですが、一般にはなかなか馴染みがないジャンルですよね。ここで改めて、クトゥルフとはなんなのかをお聞きしておきたいのですが。

桜井 ラヴクラフトの小説に始まったひとつの神話体系とでも言いますか。世界設定や独自の単語を共有したり、ときには増やしたりもして、さまざまな作品が生まれ、今に続いています。この作品もそのひとつ、というつもりでいます。

──企画の立ち上げ時からクトゥルフものをやるというお話だったのでしょうか?

ちなみにKADOKAWAは、アメリカで発売されたクトゥルフ神話TRPGの翻訳版を刊行している。

戸堀 はい。もともとはテックジャイアン(KADOKAWA)編集長の大村(正明)さんとお会いしたときに、動画サイトでクトゥルフ神話TRPGのリプレイ(プレイした内容を文章などで記録したもの。書籍で刊行される場合もある)が流行っているという話をしたことがあって、そこからの発想なんです。

──TRPGは、プレイヤーがキャラクターになりきり会話で物語を進めるテーブルゲームですよね。その中でクトゥルフというジャンルが盛り上がっていると?

海法 同人誌でシナリオ集なんかを出されている方もいて、それがまた人気なんですよ。実は一番プレイされているTRPGなのでは、というぐらいの勢い。

戸堀 「ゲームマーケット」というボードゲームの即売会があるのですが、ひとつふたつ出展者がいるとかじゃなく、クトゥルフ神話TRPGのジャンルでエリアが作られるくらいの規模になっているんです。

海法 しかも昔ながらのクトゥルフ神話TRPGをやっていたプレイ層とは違って、最近はカジュアルな遊び方をする人も増えている。人狼や脱出ゲームといったパーティゲームのような感覚でプレイされている方も多くなっていますね。

桜井 カラオケルームなどでやるようなイメージですよね。

海法 なので、実は最初におっしゃってた「一般にはなかなか馴染みがないジャンル」を描こうというような気持ちで作品に臨んでいるわけではないんですね。むしろ我々はクトゥルフを「ライトに認知され始めたコンテンツ」と思っていて、その流行に乗っていこうという状態です。いや、本当に(笑)。

「死もまた死するものなれば」
原作:海法紀光・桜井光(協力:モンスターラウンジ)
作画:狛句

さびれた観光地のホテルで、謎めいた殺人事件が発生。ホテルの支配人から依頼されてこの地を訪れた探偵・久々湊錠(くぐみじょう)が真相にたどり着いたとき、何かが終わり、何かが始まる……。月刊ドラゴンエイジ(KADOKAWA)で連載中。WebサイトのComicWalker、ニコニコ静画(マンガ)では1・2話常時解放&最新話を雑誌掲載と同時に公開!

海法紀光(カイホウノリミツ)
海法紀光
小説家・脚本家であり、マンガ原作、さらには翻訳も手がける。代表作は「がっこうぐらし!」(ニトロプラスとマンガ共同原作・アニメシリーズ構成)、「ガンスリンガー ストラトス」(ゲーム設定・アニメシリーズ構成)、「翠星のガルガンティア」(アニメ脚本)、「式神の城 O.V.E.R.S. ver0.81」(小説)、「ROBOTICS;NOTES 瀬乃宮みさ希の未発表手記」(小説)など。
桜井光(サクライヒカル)
桜井光
小説家、脚本家、シナリオライター。ディレクションもこなす。代表作に「Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ」(小説)、「スチームパンクシリーズ」(企画・脚本)、「Fate/GrandOrder」(シナリオ参加)、「乱歩奇譚」(脚本)、「がっこうぐらし!」(脚本)、「PSYCHO-PASS サイコパス 追跡者 縢秀星」(小説)など。TRPGリプレイへの参加も多数。
戸堀賢治(トボリケンジ)
戸堀賢治
モンスターラウンジ代表。アニメ、ゲーム、マンガ、小説などジャンルを問わずIPプロモーター、ストーリーディレクターとして携わる。主な仕事に「夢王国と眠れる100人の王子様 ショート」「revisions リヴィジョンズ」(アニメ脚本協力)、「METAL GEAR SURVIVE」(ゲームストーリー協力)、「WIT STUDIO画集シリーズ」「小説 甲鉄城のカバネリ」「小説 魔法使いの嫁 金/銀糸篇」(編集担当)など。