弘兼憲史「島耕作」シリーズは、大手電器メーカーに勤務するサラリーマン・島耕作を主人公にした物語。1983年にモーニング(講談社)で「課長 島耕作」が連載開始されて以降さまざまなシリーズが展開され、日本経済の動向や企業間の競争、派閥争いなど働くサラリーマンの姿をリアルに描いてきた。そんな同シリーズを原作としたショートドラマ「課長 島耕作のつぶやき」は、移動中などの隙間時間に視聴しやすい、スマホ特化型の縦型ショート動画。平日午前7時と正午にドラマ公式YouTube、TikTok、Instagram、Xで配信中だ。
コミックナタリーでは「課長 島耕作のつぶやき」の公開に併せ、島耕作役の中尾明慶へのインタビューを実施。「島耕作」シリーズに対する思いや撮影の裏話、ショートドラマという新しいエンタメへの挑戦、役者として心がけていることなど、幅広く語ってもらった。
取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 番正しおり
なんでこの人こんなにモテるんだろう
──中尾さんは「島耕作」シリーズにどんな印象を持っていましたか?
街の中華屋さんとか定食屋さんとかに、よく単行本が置いてあるじゃないですか。そういうところで「ああ、こういう世界があるんだなあ」なんてちょこちょこ見てはいました。ただ、僕がサラリーマンの世界とは無縁だったこともあって、そんなに熱心に追いかけたことはなくて。今回改めて読み返してみたら、やっぱりすごく面白かったですね。
──島耕作というキャラクターはどんな人物だと感じました?
単純に、「なんでこの人こんなにモテんだろ?」みたいな(笑)。決してクールなわけでも二枚目なわけでもなく、ところどころでちょっとやらかしたりもしてるんだけど、なんでこんなに次から次へと女性を抱けるんだろう?っていうのが率直なところでしたね。
──役に決まったときはどんなことを考えましたか?
今回はショートドラマということもあって、女性とのそういったシーンは極端に減らしてはいるんです。だから演じるうえでも、あんまりカッコつけてやる感じでもなく……そもそも僕にお話をいただいた時点で、求められているのはそこじゃないだろうと思いましたし。島耕作という人物の持つちょっとした抜け感とか、柔らかさみたいな一面を出せたらいいなとは思っていました。その中でも要所要所に締めなきゃいけないところは出てくるだろうから、そこはそうしようぐらいの感覚でしたかね。
──ということは、さほど役作りに苦労することもなく?
そうですね。役作り以前に、縦型のショートドラマというもの自体が僕にとっては未知の世界だったので、1話ごとの尺が短い中でどう世界観を表現するのかというほうが難しかったです。
──確かに、映画やテレビドラマとは演じるときの感覚がかなり違いそうです。
キャラクター同士の関係性とかも、切り取られたワンシーンだけで伝わるようにするのがすごく難しくて。原作ファンの方には説明せずとも伝わるんですけど、初めて観る人にとってはどういう関係なのかわからないじゃないですか。前後のストーリーを抜きにして、そのシーンだけを見せることになるわけだから。
──ショートドラマならではの工夫が必要になってくるんですね。
事前に縦型のショートドラマをいくつか観てみたんですけど、役者がわかりやすいリアクションを取っている作品が多い印象でした。やっぱり人物に寄る画角がどうしても多くなるので、特に表情の芝居が大きくなるのかなって。映画みたいに引きの画でたっぷり間を取って見せるような芝居はあまり使えないから、オーバーアクション気味にしないといけないんだけど、かといってウソくさくもしたくない。そういう難しさがありましたね。役作りというのであれば、演じるうえで一番考えたのはそこです。
──そのあたりは監督さんたちと相談しながら塩梅を探っていった感じですか?
そうですね。監督さんやカメラマンの方と「どれぐらいのサイズで撮って、どういうふうに見せるか」は現場で逐一話し合いながら進めました。でも、どちらかというと編集作業の比重がより大きかったんじゃないですかね。「どこをどう使うか」の判断もそうだし、間をバッサリ切ってテンポ感を出さなきゃいけなかったりとかもあったと思うんで、皆さんの力をお借りしながら芝居を作りあげていく感じでした。
役者は一生不安でいい
──その中で役者として心がけたことや、「これはやらないようにしよう」と決めていたことなどは何かありますか?
「やらないように」というか、「できないこと」がけっこう多かったなっていう感覚のほうが強いです。例えば会話のシーンでは相手役の方との距離がすごく近くなるんで、会話しながらの横の移動がほぼできない、とか。
──画角が縦長だからこその特殊な制約があるわけですね。
それと、ショートドラマの場合はインパクトのある画面作りが求められるんですよ。スマホで観るコンテンツなので、パッと見で「お、何これ?」っていう引っかかりがないと、どんどんスワイプされて飛ばされていっちゃうんで。そこで指を止めてもらうために「普通こんな顔しないだろ」みたいな表情もたまに使ってはいたんですけど、極力ウソっぽくならないようにしたいなと思いながらやっていました。
──それは加減がすごく難しそうですね。
今までにやったことのない意識の仕方だったんで、1つひとつが勉強でしたね。
──そのあたりの勘所を掴めた瞬間などはありましたか? 「こうやればいいのか」みたいな。
いや、まったくないです(笑)。何も掴めないまま、気づいたら撮影期間が終わってました。でもそれって今回に限らずで、僕は基本的にどのお仕事でも「よっしゃー!」みたいなのないんですよ。
──「よっしゃー!」かどうかは、役者ではなく監督が判断することだから?
そうですね。そこに関してはもう、僕は一生不安でいいんじゃないかなと思っていて(笑)。自分のできることさえ追求していれば、あとは誰かがなんとか料理してくれるかなっていう。
──それもなかなかしんどい仕事ですね……。
人によるとは思いますけどね。ほかの皆さんがどういうスタンスなのかはわからないですけど、少なくとも僕はそういう感覚でいます。
カッコよさを求められちゃうと無理
──「島耕作」シリーズは、過去にも数度にわたって実写化されています。島耕作役はこれまでに田原俊彦さん、宅麻伸さん、高橋克典さんが演じてきていますが、彼らのお芝居を参考にしたりは?
いえ、観てないです。スタッフさんとも「あんなにカッコいい人たちがやってきた役を俺がやったら、相当ボロカス言われるだろうね」って話をしてたぐらいで、求められている方向性がまったく違うと思っていましたから。たぶん皆さん、めちゃくちゃカッコよくやってらっしゃるんですよね? そんなカッコいい空気の出し方なんて僕はわからないし。
──ここで「なるほど」というのも失礼ですけど、なるほど。
今回は1話につき3分前後という尺でテンポよく見せていく形式なので、ちょっとした面白さやだらしなさ、情けなさを前面に出していかなきゃいけないなと思っていたので。「カッコよさを求められちゃうと無理なんですけど!」っていう感じでした。はい。
──先人たちの演技を観てしまうと、変に「カッコよくやらねば」などと思ってしまいそうだからあえて観なかった、というのもありますか?
いや、それはあんまりないです。やっぱり原作のある作品なので、参考にするのは原作だけで十分なのかなって。例えば時代劇で歴史上の人物をやりますとなったときも、これまでに同じ人物を演じた別の方のお芝居を観るかっていったら観ないですし。
──誰かほかの人が出した“正解”を意識したくないから?
うーん、なんで観ないのかって言われると難しいんですけど……なんでだろう、あんまり観ようという発想にならないんですよね。もしかしたらおっしゃったように「気にしちゃうのが嫌」という気持ちもどこかにあるのかもしれないけど、ちょっと自分でもよくわからないです。
──逆に、過去に誰かが演じていたのを観て知っていて、のちに同じ役がたまたま回ってきた経験などは?
あー、どうかなあ……やっぱり歴史上の人物くらいですかね。それも結局、作品によって作風も違えば人物の解釈も全然違ってくるんで、前に演じた人のお芝居を気にすることはないです。それで言うと僕、舞台でよくあるダブルキャストが嫌で。もう地獄なんですよ、僕からしたら。
──地獄(笑)。
「ダブルキャストで」とお声がけいただいたら、絶対にお断りしたい(笑)。それぐらい嫌です。相手の方が自信満々に演じれば演じるほど、どんどん追い込まれてきそうで……10年くらい前に出た舞台で1回だけ、ホンジャマカの恵俊彰さんとダブルキャストだったことがあるんですけど、あれはめちゃくちゃ気が楽でした。
──なるほど、本業の役者さんではないから。
恵さんとだったら、別に張り合うとかないですし(笑)。もちろん笑いの取り方とかはすごく勉強になったんで、それくらい違えばいいんですけど。
──似たような立ち位置の方とのダブルキャストだと、必要以上に「自分は違うアプローチをしなければ」と考えてしまう?
そういう雑念っていうか、余計な考えが生まれてしまいそうな気はしますよね。「僕は僕です」って割り切ってやれればいいんだろうけど、僕にはそんな度胸がないから。気になっちゃって気になっちゃって仕方ないだろうなと思います。
──そういうものなんですね。てっきり中尾さんはご自分のお芝居に絶対の自信を持ってやられているとばかり思っていました。
けっこうそういうふうに言っていただくことが多いんですけど……なんでなんですかね?
──独特だからだと思いますよ。ほかの人にないものを常に見せてくれる役者さんだから……。
そんな気持ちいいコメント、いただいちゃっていいんですか?
──(笑)。
今日1日、だいぶハッピーに過ごせそうです(笑)。ちょうど「課長 島耕作のつぶやき」が数日前に配信開始になって(取材は10月上旬に実施)、「やっぱりああしたほうがよかったかな、こうしたほうがよかったかな」っていろいろ気にしてたところだったんで。
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