コミックナタリー Power Push - マーガレットコミックス特集 あの頃も、これからも!一生少女マンガ宣言 第12回 椎名軽穂「君に届け」
“孫”みたいにキャラクターを愛でる
2005年より別冊マーガレット(集英社)にて連載されている「君に届け」は、アニメ化や実写映画化もされた少女マンガの金字塔。クラスになじめないでいた爽子と、クラスの中心人物の風早を中心に、2人が付き合い出してからもさまざまな人間関係を描き、単行本は24巻まで刊行されている。
コミックナタリーでは、今年で連載10年目を迎えた「君届」を執筆し続ける椎名軽穂にインタビューを実施。爽子や風早といったキャラクターに対する思いや、10年描き続けてきてわかったこと、付き合いだしてからの“その後”の2人を描くことについて聞いた。
取材・文 / 門倉紫麻
なかなか終わりに辿り着けないんです
──「君に届け」の連載も、10年近くなりますね。ひとつの作品とずっと向き合ってこられて、今どんなことを思われますか?
10年は長いですよねー。私の生活でも死んだり生まれたりしてるわけですし。
──椎名先生ご自身がご出産なさったり、人生が大きく動いたところもあったわけですね。
そういう意味でも忘れがたい作品になるかもしれません。それと、いつでも終わらせようと思って描いてるんですけど、なかなかそこに辿り着けないというか……上手な人が描いたらもっとギュッと簡潔にうまくまとめると思うんですけど、私は全体的に下手なんですよねえ。もうホントに申し訳ないです……。
──思春期の女子はもちろんですが、大人の女性、さらには男性にも人気の作品になりました。ご自身では大人の心をつかんだ理由をどんなふうにお考えですか。
私はデビューから今どき風みたいな、鮮やかな新しいものとか流行は描けなくて。なんだかずっと昔風みたいな(笑)。だから大人の方は、なんとなく懐かしい感じがあって読んでくださっているのかも? だとしたら、ありがたいことです。
──爽子というキャラクターをどのように作っていったか、改めて教えていただけますか。
読み切りで描いたときの、最初のアプローチでは爽子の気持ちがなかなかつかめずにいたんです。そうしたら当時の担当さんが「この子は、友達が欲しいの?」と素朴な疑問を投げてくださって。そこから「ああ、友達は……欲しいかもこの子!」と、具体的にキャラクターができていきました。周りの人たちから「怖がられている」という設定だったので、「周りからこんなふうに扱われてもしょうがないよね」と読者の方に思われてしまうキャラクターではあってはいけない、というところと、「ほかの人に助けてもらえるんだからいいよね」と思われないように自力でがんばる主人公でなければ、というところには気を張っていました。
──以前、あるインタビューで爽子を「子供」ではなくて「孫」のような目線で見てしまう、とおっしゃっていました。今はどんなふうに見ていますか?
爽子って、私自身からは遠いキャラクターで。私が普段考えないような反応や行動をするときがちょこちょこあって、そういうのが描けたときは本当にうれしいし、孫みたいにかわいらしく思えます。爽子はすごく「善」に偏った子ですよね。なので、そういう子の善の部分が、崩れると言ったら言い過ぎですけど、本来だったら言わないわがままみたいなものが風早によって出てくると、かわいいかなーと思います。
──10年描いてきて、爽子についてわかったことなどはありますか?
爽子は人に合わせて自分を変えるタイプではないなということですね。相手が誰でもあまり反応や出方が変わらないというか。マイペースなんですかね? 風早やあやねは相手に合わせるタイプなんだなと思うんですけど。でも風早に対してだけは、人としてというより女の子として反応できると楽しいかなあ、と思っています。あとこの子、マンツーマンのときとか、質問されたことについては喋るんですけど、3人とか複数になったら完全に聞き役になって、まったく喋らないなあと、描きながら思ってます。なかなか困ります(笑)。
爽子が「すき」しか言ってくれなかった
──10巻で、長い時をかけて爽子と風早くんがようやくうまくいったエピソードは、読者としては「待ってました!」という喜びと「よかったね」という気持ちでいっぱいでした。椎名先生はどんな気持ちであのエピソードを描かれましたか。
やっぱり最初から考えていた一番の山場だったので、ここは失敗できないという気持ちが大きかったですね。その前まで出産で休載していて、連載再開号で2人の山場を描く、という状況だったんですけど。もともとエピソードとしては、くるみとのやりとりの中で告白シーンを出そうと考えていたので、ずいぶん前にセリフなどは書き出してあったんですが、改めて昔自分がした告白なんかを思い出してみたら、体は震えるし声は詰まるし……だったなあと。用意していたセリフは冷静すぎて書けませんでした。というか、爽子が言ってくれないというか。
──「爽子が」言わないんですね!
はい。爽子が「すき」しか言ってくれなくて。じゃあもう、用意していたセリフは次の日に回そうかなと思ってああいう形になりました。
──教室のドア越しに、爽子が「すきなの」と何度も振り絞るように言う姿は感動的でした。
結果的には私から見ても爽子本人が告白した感じになったので、よかったね!って思いました。なんかこう、ザワザワした学校祭の流れからの、突然静まり返る緊張感みたいなものを描きたかったんだと思います。その中で2人は2人なりに頑張ってくれたんじゃないかなと思います。
──うまくいってからの2人も本当にかわいらしいですが、2人がうまくいくまでとは物語の作り方も変わってくるのではないかと思います。“その後”の物語を描くことの楽しさみたいなものはありますか。
描く楽しさについては……どうだろう、くっつく前も後も、あんまりこう楽しいというか……いえ、楽しくないわけじゃないんですけど(笑)、読み切りでも連載でも、細かいところでいちいち詰まって進まなくなるのは今も前も変わらなくて。いつもいっぱいいっぱいすぎて、楽しさはあんまり頭にないかもです。
──では、難しさについてはどうでしょうか。
私は話の大筋を追って描いていくほうなので、長いスパンで暗くなりがちというか。なので、1話1話の面白さとか楽しさみたいなものを描けるようになったらいいな、というのがありますね。以前「オオカミ少女と黒王子」のトリビュートイラストを描かせていただいたときに、たまたま参考にしたのが、エリカが佐田くんの家に行く回だったんですけど、「こういうのいいな、すごい!」と思って。1話の中に、楽しさとかときめきとかしょんぼりすることが全部入っていて、最後はかわいくまとまるみたいな……佐田くんもカッコいいですし(笑)。私は大筋以外の話は何を描いていいかわからなくなってしまうので、こういう話を描けるようになることが課題だなあと改めて思いました。
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- 第3回 神尾葉子
- 第4回 中原アヤ
- 第5回 森下suu
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- 第7回 やまもり三香
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- 第13回 小村あゆみ
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- 第15回 ななじ眺
- 第16回 八田鮎子
- 番外編 マーガレット&別冊マーガレット編集長インタビュー
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椎名軽穂(シイナカルホ)
10月23日北海道生まれ。1991年、別冊マーガレット(集英社)にて「君からの卒業」でデビュー。同誌での読み切りを活動の中心にしていたが、2003年に長期連載「CRAZY FOR YOU」が開始すると、天然で冴えないヒロインが懸命に恋する姿が読者の共感を呼び話題に。2005年、同誌にて「君に届け」を読み切りとして発表。好評を受け翌年より連載開始となった。陰鬱な外見とは裏腹に純粋なヒロインに魅せられたティーンエイジャーが続出し大ヒットを記録。2008年度第32回講談社漫画賞少女部門を受賞したほか、アニメ化、実写映画化もされた。
2016年1月22日更新