コミックナタリー PowerPush - 謝男 シャーマン

「俺はいつも、強さとは何かを描いてきた」土下座哲学を打ち立てるまでの経緯を語る

土下座も「バキ」も、強さを描くスタンスは変わらない

──そういった構想を経て「どげせん」が始まったわけですが、実際描いてみて発見したことなどありましたか。

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もちろん、たくさんある。当初は俺も土下座のことを謝罪という一面でしか見ていなかったんだけど、当たり前のようにそこには、祈願があり、感謝があり、厄祓いがあり、さまざまな側面を持っているということがわかってきた。気持ちとしては土下座というより「座礼」を描くんだという気持ちに変わってきたね。

──これまでの板垣さんは相手をねじ伏せる強さを描いてきました。土下座を描くのは慣れなかったのでは。

いや、俺が今作品を描くスタンスは変わってないと思ってます。土下座も強さの側面を持ってるから。

──もう少し説明をお願いします。

「バキ」シリーズで「強さとは何だ」ということを20年間描いてきて、俺がとりあえず出した結論は、「ワガママを通す力」こそが強さなんだと。「自分の意志を通す力」。それを強さとするならば、大の男が繰り出す土下座っていうのもまた、大変な力を持っている。動くと思えなかったものが土下座によってしばしば動き出したりする。これは、俺にとって十分に描きやすい題材だと思いました。それはニーチェが言った「創作とは何か」って話に通じるんだけど。

──創作とは……。

誰も発表してないことを提示しても、ただの変わり者なんだと。じゃあ創作とは何かと言えば、みんながすでに見知ったつもりになっていることに、違う定義や違う価値観を見せることなんだ、と。そう言ったらしいんだよ、ニーチェは。だとすると、誰でも知ってる土下座にさまざまな側面を提示してみせるこのマンガは、その原則に適ってると言えるんじゃないかな。

どんな無茶でも作者が盲信することが大事

──「謝男 シャーマン」第6話に出てきた、「謝りたいと感じる=感謝」という考え方も新しい定義づけでした。

それは10年以上前に俺が実感として気付いたことなんです。ある恩人に対して、どうにも俺ばっかりが受け取っていてギブアンドテイクのバランスが取れていない、非常に申し訳ないという感情があった。じゃあ自分はその人に何をしたら解放されるのだろう、って想像してみたら、足下にひれ伏したらきっと気持ちいいだろうなって思ったんです。それって土下座でしょ。ひれ伏すって謝る形なんだ、俺は謝りたいと感じてるんだ、これが感謝ということか!って思い当たって。

──「座礼」という行為がさまざまな意味を持ちうるようになってきたわけですね。

そうした発見を重ねるうち、何もかもを土下座に絡めたいという思いが湧いてきて(笑)。

──「どげせん」では勾玉や胎児の姿勢まで土下座と結びつけられて……。

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インヤンのマーク(太極図)とかね。あれは2人が土下座しながら回転しているようにも見える。ということは宇宙の法則そのものが、実は土下座でできてるという理屈が可能だと。そこまで行けば「土下座学」のゴールが設定できたようなもの。ここで大事なのが、それが無茶だろうと荒唐無稽だろうと信じ切っちゃおうと。作者が盲信することが、連載を乗り切っていくために大切な条件なんです。

──そうした壮大な思想は「謝男 シャーマン」でより発展していますね。一方で「どげせん」に登場したアクロバティックな土下座は「謝男 シャーマン」では見られなくなっています。

それは笠原氏の好みだったから。彼はその方向で笑いを取りたかったんだろうね。俺も面白いのは良いことだと、ある程度許容してたし。「謝男 シャーマン」は笑いを減らすって決めてるわけじゃないけど、前よりもシリアスなテイストを入れていきたいなとは思ってます。「謝男 シャーマン」を描くということは「土下座学」を進化させることだと思っています。

美しいものは受け入れられやすいという絶対的な信仰

──「謝男 シャーマン」の主人公・拝一穴(おがみいっけつ)は、「どげせん」の瀬戸とは異なる妖艶な印象を持っています。拝にもモデルはいるんですか?

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田代氏ほどそのままじゃないけど、拝にはジェームス・ディーンのテイストを入れてます。

──どうしてジェームス・ディーンだったんでしょう。

まず、美しいものは受け入れられやすいというのが俺の中では絶対的な信仰なんです。だからキャラクターの顔が美しいと人気が出る、というのはもう法則だろうと思っています。それで美しい男性として、ジェームス・ディーンは時代を超えたものを持ってると思う。当時の映像を見てもらうとわかるんだけど、周囲の俳優は1950年代なりの姿形ですよ。でも彼だけは、CG合成で現代のトップモデルが紛れ込んでしまったような、飛び抜けた美しさを感じさせるんです。

──ちなみに板垣さんの人気キャラは美形ばかりではありませんよね。

うーん、ごっつい奴にはごっつい奴なりのキレイを持たせてます。「バキ」シリーズに花山薫ってキャラクターがいるんだけど、彼の目だけ取り出せば、あれは女性の目なんです。80年代に活躍したペーター佐藤っていうイラストレーターがいて、その人の描く目を参考にしてるんですよ。

──花山の? あの切れ上がった目が?

そう。30年以上前に手に入れたペーター佐藤氏の画集が、花山を描くときには役に立った。

──にわかには信じられません(笑)。ちなみに範馬刃牙は、女優の剛力彩芽さんに似てるんじゃないかとネットで話題になったことがありました。

ほんとに? 似てないと思うけどな……。色んなところでもう話してるけど、あれは、おおた慶文ってイラストレーターの少女を模写するところから始めてる。もちろんそのままじゃないよ。眉を上げたり首を太くしたり、男チックなテイストを入れていくうちに、刃牙の顔があんな風に出来上がった。でもスタートはおおた慶文氏なんです。

──板垣さんのキャラクターはどれも美しい要素を持ってるんですね。

それは単純に、美しいものは描いてて気持ちがいいという理由もあるね(笑)。

板垣恵介「謝男 シャーマン」1巻 / 2012年11月28日発売 / 620円 / 日本文芸社 / ニチブンコミックス
板垣恵介「謝男 シャーマン」1巻

比類なき土下座漫画スタート!! あの板垣恵介が魅せる圧倒的境地!! 感謝、謝罪、祈願、様々な局面で繰り出されるフォーム!! それが生み出す奇跡を体感せよ!! 満を持して放つ本気の板垣ワールド、ここに開眼!!!!!!!!!!!

板垣恵介(いたがきけいすけ)

プロフィール写真

1957年4月4日、北海道出身。高校を卒業後地元で就職するが、後に退職し20歳で陸上自衛隊に入隊。習志野第1空挺団に約5年間所属し、アマチュアボクシングで国体にも出場した。その後身体を壊して自衛隊を除隊し、様々な職を経験しながらマンガ家を志す。30歳のとき、漫画原作者・小池一夫の主催する劇画村塾に入塾。ここで頭角を現し、「メイキャッパー」でデビュー。1991年に連載スタートした「グラップラー刃牙」は、「バキ」「範馬刃牙」とシリーズを重ねることで、格闘マンガの新たな地平を切り拓いた名作となった。他の代表作として、「餓狼伝」(原作:夢枕獏)、「バキ外伝 疵面」(作画:山内雪奈生)、「謝男 シャーマン」などがある。