コミックナタリー PowerPush - 謝男 シャーマン
「俺はいつも、強さとは何かを描いてきた」土下座哲学を打ち立てるまでの経緯を語る
板垣恵介の最新作「謝男 シャーマン」の1巻が発売された。新任教師が生徒のトラブルや悩みを土下座(座礼)で解決していくという、異色の学園ドラマだ。
しかし板垣が「土下座マンガ」を手がけるのはこれが初めてではない。企画・全面協力が板垣、作・画がRINという複雑なクレジットで立ち上げた「どげせん」という作品があり、それを終了させて仕切り直したのが、この「謝男 シャーマン」。「バキ」シリーズを終え土下座マンガに全力を注ぎ込む板垣の仕事場を訪れ、ここまでの経緯と作品に込められた哲学について語ってもらった。
取材・文/井上潤哉 編集・撮影/唐木元
「どげせん」騒動とは何だったのか
──きょうお聞きしたいことは主にふたつです。ひとつは「バキ」の板垣さんがなぜいま土下座マンガなのか。もうひとつは「どげせん」を強制終了させて「謝男 シャーマン」を立ち上げた経緯について。まずは後者からお聞きしたいのですが。
わかった。包み隠さず何でも話すよ。そもそも「どげせん」のきっかけは、RINこと笠原倫……笠原氏と呼ぼうか。彼のところに教師ものを描いてほしいという依頼が入ったことからです。それで彼が何かいいアイデアはないだろうかと、俺に訊ねてきたわけだ、そのときに始まる。
──板垣さんとRINさんはどういう関係だったんですか。
笠原氏とはかれこれ20年程の親交があるんだけど、週刊少年チャンピオン(秋田書店)で連載を始めたとき、先に同じ雑誌で描いていた先輩として出会ったんだ。それから家族ぐるみで付き合うまでに親しくなってね。ただ近年の彼はマンガで稼ぎ続けることが難しい状況で、廃業すら考えてた。
──そんなときに教師ものの依頼があって、相談が来たと。
うん。それで笠原氏を救済するためにと、俺は何年も前から温めていた、教師もののネタをお蔵出ししたんだ。それが「土下座をして生徒にお願いをする先生」ってキャラクター。すぐにドラマ化が決まると思ってたくらい自信があったからさ、笠原氏に「これでヒットを狙おう。出来る限りの協力はする」と、それで始まったのが「どげせん」です。
──なるほど。しかしその「どげせん」は話題を集めるも、わずか1年後にコンビ解消で終了となってしまいます。「土下座観の違いにより」という公式発表はナタリーでも人気記事になりました。
誌面では「土下座観の違い」という柔らかな表現になっていたけど、実際に大きかったのは仕事観の違いだね。
──仕事観というのは、もう少し詳しく言うと。
具体的には作画や構成など、作品のさまざまな要素で満足するレベルが違ってたってことなんです。俺も自分の名前が載る以上は当然、自分の水準に満たないものは世に出せないから、「こうしたほうがいいものになるから直してくれ」と指摘するんだけど、彼には彼の基準があって「これでいいんだ」と自分の案を譲らない。そのうち「これくらいでいいんだ」って低い水準の直しが返ってくるようになったり。
──実際の作業はどういう分担になっていたんですか。
当初の話では、俺はプロット打ち合わせだけ参加して、あとは笠原氏がネームを切り原稿を描くという流れ。俺は総指揮というか監督みたいな立場でいるつもりでした。けれど彼から上がってくるネームは決してオーケーが出せるレベルではなかった。打ち合わせは回を重ねるごとに長くなり、綿密になり、最終的には俺がネームを切るようになり……。
──関与の度合いが高くなってしまった。
そうして彼はそれを疎ましく思った。遂には「自分ひとりで描いても面白いものになる」と主張を始めたので、共に歩むことは出来なくなった。じゃあ俺は別の「土下座マンガ」を始めるから、どっちが面白いのかは読者に委ねよう、ということで「謝男 シャーマン」が誕生したわけです。ようやく1巻が出せましたので、これを読んでぜひ判断してもらいたいね。
「下から目線」はパンチで言えばアッパーカット
──さきほど「土下座先生」のアイデアは何年も前から温めていたとおっしゃいましたが、着想のきっかけは。
俺が小学校に上がった頃から、TVで学園ドラマというものが始まったんです。夏木陽介さん主演の「青春とはなんだ」とかね。現在まで連綿といくつもの名作が生み出されてきたけど、そうした作品の先生はすべて上の立場から指導している。だからあるとき、不良少年たちは上からには慣れていても「下から目線」には免疫がないんじゃないか、弱いんじゃないかと思い当たったんだ。下からって、パンチで言えば、どういうことかわかる?
──下から打ち上げる……アッパーカットということですか。
そうだ。猫背の不良少年に「遅刻するな」と上から叩き込むんじゃなくて、「遅刻しないでください」と土下座でお願いをする。これは不良にとって相当不慣れだろうと。そんな教師見たことないでしょ。
──確かに前代未聞です。「どげせん」ではさらに、主人公・瀬戸のビジュアルが田代まさし似だったことも衝撃的でした。
俺、彼のファンだったんですよ。それがのぞきで何度目かの逮捕をされたとき、哀れだなと思って「この人は何をしたら復活できるだろう」って与太話してたんです。そしたら彼に似合うのは土下座しかない。もともと抱いていた土下座教師のネタはドラマ化まで想定してたからね、田代氏に演じてもらえばいいんじゃないかとつながった。ドラマの中で全国のお茶の間に向って土下座したら、彼が復活するきっかけになるんじゃないかって。
──田代まさしの救済策として、自分のマンガがドラマ化されたときに主人公になれるように、と。
田代氏に出演依頼する場面まで脳内ではできあがってたんだ。視線を外さず「このドラマで武田鉄矢の位置まで這い上がろうよ」って声かける。でもそれを思い付いた当時は、俺は月産120ぺージは描いてたからね、土下座教師のマンガは実現することはなかった。
比類なき土下座漫画スタート!! あの板垣恵介が魅せる圧倒的境地!! 感謝、謝罪、祈願、様々な局面で繰り出されるフォーム!! それが生み出す奇跡を体感せよ!! 満を持して放つ本気の板垣ワールド、ここに開眼!!!!!!!!!!!
板垣恵介(いたがきけいすけ)
1957年4月4日、北海道出身。高校を卒業後地元で就職するが、後に退職し20歳で陸上自衛隊に入隊。習志野第1空挺団に約5年間所属し、アマチュアボクシングで国体にも出場した。その後身体を壊して自衛隊を除隊し、様々な職を経験しながらマンガ家を志す。30歳のとき、漫画原作者・小池一夫の主催する劇画村塾に入塾。ここで頭角を現し、「メイキャッパー」でデビュー。1991年に連載スタートした「グラップラー刃牙」は、「バキ」「範馬刃牙」とシリーズを重ねることで、格闘マンガの新たな地平を切り拓いた名作となった。他の代表作として、「餓狼伝」(原作:夢枕獏)、「バキ外伝 疵面」(作画:山内雪奈生)、「謝男 シャーマン」などがある。