水上悟志「戦国妖狐」が2024年1月にアニメ化。月刊コミックブレイド(マッグガーデン)ほかにて2008年から2016年まで連載されていた同作は、人間好きの妖狐・たまと人嫌いな仙道・迅火による義姉弟が、“精霊転化”の力で敵と戦ったり、
そんな「戦国妖狐」の新装版1、2巻が、11月9日に発売された。これを記念して、コミックナタリーでは原作者の水上悟志と、第1部の主人公・迅火役を務め、かねてより水上作品の大ファンだという斉藤壮馬のインタビューを実施。インタビューでは斉藤が自前のタブレットでお気に入りのシーンやセリフのキャプチャを見せながら熱弁してくれたほか、水上によって物語制作の裏話やアニメ映像を観た感想がぎっしりと語られている。
取材・文 / ナカニシキュウ
あらすじ&キャラクター
人間好きの妖狐・たまと人嫌いな仙道・迅火。正反対ながら義姉弟の2人は、「世直し姉弟」として世にはびこる悪行を撲滅するべく旅を続けていた。その道中、人に仇なす
物語は第1部と第2部に分けられており、第1部では迅火とたま、第2部では断怪衆の精鋭・神雲を父に持つ謎多き少年・千夜が主人公として描かれる。
-
山戸迅火(CV:斉藤壮馬)
第1部「世直し姉弟編」の主人公。妖狐・たまと義姉弟となってともに旅をしている、仙道をたしなむ人間。幼少期の出来事がきっかけで、人間嫌いになる。「精霊転化」という秘術を持ち、
闇 と人間との狭間で戦いながら、本物の闇 になる方法を探している。
-
たま(CV:高田憂希)
見た目は少女のようだが、実は200年以上生きる妖狐。迅火とは逆に人間好きであり、世の中の悪事を正すために「世直し姉弟」として旅をしている。姉御肌だが、幼く可愛いらしい一面をみせることも。大根が大好物。
-
真介(CV:木村良平)
武者修行の旅をしている武芸者。農民の出で、幼少期に虐げられた過去から、強く、偉くなりたいと願う。旅の途中、迅火とたまに出会い、
闇 の存在や迅火の戦いを目の当たりにして、自分が強くなるために彼らとともに旅をすることを決意する。
-
灼岩(CV:黒沢ともよ)
迅火、たま、真介に助けられ、一緒に旅をすることになった赤毛の少女。天真爛漫で素朴な性格だが、幼いころから人間離れした霊力を持ち合わせており、悲しい過去を持っている。実は
闇 と人間を融合する実験体「霊力強化改造人間」である。
-
月湖(CV:内田真礼)
第2部「千魔混沌編」より登場。村一番チャンバラが強い女の子。千夜を助けたことで2人は友達になる。突如、村を襲ってきた
狂神 ※との戦いがきっかけで、弱い自分を変えたいと真介に弟子入りを申し出て、強引についてくることに…。
※正気を失った土地神のこと。
対談
水上作品の魅力は「シリアスとユーモアのバランス」
──斉藤さんはもともと水上先生のファンでいらっしゃるということですが。
斉藤壮馬 はい、そうですね。「戦国妖狐」はもちろん、ほかの作品もずっと読ませていただいています。
水上悟志 ありがとうございます。
──アニメの主演声優として原作者さんと対談するというのはよくあることだと思いますけど、いちマンガファンとして考えたら、好きな作品の作家さんとこんなふうに話すなんて考えられない事態ですよね。
斉藤 本当にそうですよ! だから今日、どういう立ち位置でいればいいのか難しいです(笑)。
──大のマンガ好きとしても知られる斉藤さんの目から見て、水上作品の魅力とはどういうものですか?
斉藤 そうですね……純粋にいち読者として好きなだけなのでそんなに大それたことは言えないんですけど、僕が特に好きなのはやはりマンガならではのシリアスとユーモアのバランス。けっこう水上先生の作品って、すごく緊迫したバトルシーンでも一瞬オフビートなコマが挟まれたりするじゃないですか。
──キレのいいツッコミのセリフが入ってきたり。
斉藤 そう、深刻さに囚われすぎない感じが好きだなと。「戦国妖狐」で言えば、道練と対峙した真介が「びびってねーよ! びびってねーよ!」と2回言ってツッコまれたりとか(笑)。
水上 いつの間にかそういうのが入っちゃうんです(笑)。自分がずっと張り詰めてはいられない性分というのもあるし、描いていてどうしても自分の作品にツッコみたくなるところがいっぱい出てくるので。
斉藤 今まさに先生がおっしゃったように、「そうなるのか!」っていういい意味での裏切りがあったり、ツッコミをさせてくれたりする作品が僕はすごく好きなんです。例えば「戦国妖狐」の序盤、断怪衆が
──エンタメ指数の高さも水上作品の重要な魅力のひとつですよね。
斉藤 そうですね。僕はエンタテインメントに主張やメッセージを求めるタイプではないので、そういう意味でも水上先生の作品は自分にフィットするなと感じています。
水上 おれとしては、自分が読みたいものを描いているだけなんですよね。何か主張があって描いているわけではない(笑)。ただ、テーマ的なものがあったほうが物語を作りやすいというのはあるので、そういうものを設定してはいます。
斉藤 その中で、やっぱり読んでいるといろんな形で涙してしまうというのも間違いなくあって。今回、迅火の声を担当させてもらう立場として「戦国妖狐」を何回か読み返しましたけど、迅火はもちろん、真介、たま、灼岩……ほかにも敵や味方という区分すら超えて、いろんな人の人生にグッときてしまう作品だなと改めて思いました。ひと口で「こういう点に涙できます」とは言えないんですけど。
──いわゆる「泣きたい人にオススメ」的な作品ではないですしね。
水上 まあ、泣かせる話を描くのは別に簡単だと思うんですけど……。
斉藤 あははは!(笑)
水上 でも、おれが読みたいのはただ泣けるものじゃないし、ただ燃えられるものでもなくて。そのときの気分気分でいろんなマンガを読みたい。だから話がとっ散らかったりするんですけど(笑)。そこでなんとか軌道修正をしようとするときに、テーマがあるとうまく筋を通せるんですよ。
──とっ散らかっている印象はあまりないですけどね。登場人物にしても、キャラクター数が多い割に多さを感じないですし。
斉藤 確かにそうですね。数のためのキャラクターになっていないというか、1人ひとりがきちんと必然性をもってそこにハマっている感じがします。
水上 登場人物は、なんでか多くなっちゃうんです(笑)。一応、シルエット的にバランスを取るとキャラクターを覚えやすいというのはキャラデザの際に気をつけていて……あとは物語が進むにしたがっておれも前に出したキャラクターのことをどんどん忘れていっちゃうので、再登場のときになるべく補足をすることで思い出しやすい導線を入れるように心がけています。
──まず自分が読者として混乱したくない思いが強い?
水上 そうですそうです。
斉藤 なるほど、読者目線でいることをすごく大事にされているんですね。
──それで言うと、(旧版)11巻の冒頭で唐突になうが「話も長くなってきたのでこれまでのあらすじ!」と言い出して、4ページにわたってストーリーを要約してくれるくだりがありましたよね。あれは読者としてシンプルに助かるなあと思いました。
水上 おれ自身もそのときけっこう混乱気味だったので(笑)、自分で整理する意味もあって。あと構成的に単行本の頭だからちょうどいいタイミングだというのもありましたし、「惑星のさみだれ」のときも時々そういうことはやっていましたね。
斉藤 先生の作品は「さみだれ」にしても「戦国妖狐」にしても、「スピリットサークル」とかもそうですけど、最終的にスケールがすごく大きくなっていくのも魅力ですからね。
「戦国妖狐」は「興味がないからやってみよう」から生まれた
──そもそもこの「戦国妖狐」という作品が生まれたきっかけはどういうものだったんですか?
水上 マッグガーデンさんのほうから「歴史ものか探偵もの、あるいはスポーツもので今までに描いたことのないものを何か描いてみないか」というお話をいただきまして。その中だったら、歴史に一番興味がないからやってみようと。
──興味が「あるから」ではなく「ないから」。
水上 はい。本当に歴史の知識が何もないところから……唯一、「室町時代に足利義輝というカッコいい武将がいた」という話だけは以前に緒方てい先生から聞いたことがあったので、義輝を描いた小説をちょっと読んでみて「この人は出そう」と。とりあえず物語はその前後から始めることにして、基本は妖怪の話で……という感じで固めていきました。
──なるほど、義輝ありきの作品なんですね。それにしても「興味がないからやる」という考え方がまず面白いです。
水上 その当時は相当に調子に乗っていたので(笑)。
斉藤 あははは(笑)。
水上 ちょうど「さみだれ」の連載が中盤から終盤に差しかかるくらいのタイミングだったんですが、そっちの人気が出始めた頃で。「おれならもっといろいろできるんじゃないか」と思って、調子に乗って2本目の連載にも手を出してみた感じですね(笑)。
──苦手に挑戦することで初めて得られるものってありますからね。
斉藤 僕もそう感じる瞬間は多いです。ここ10年くらいで声優という職業のあり方や捉えられ方は大きく様変わりしていて、自分がこの仕事を志した頃に想像していたよりもはるかに多くのことを担わせてもらう機会が多いんですね。その最たるものがステージに立ってパフォーマンスすることなんですが、僕は基本的に人前に出ることは苦手だという意識があったんです。だけど、その苦手だと思っていたことに声優という職業がある意味強制的にチャレンジさせてくれる。不思議なもので、それを積み重ねていくと「だったらもっとこういうふうにできるかも」というふうに発想が変わってくるんですよ。
──思ってもみなかったところへ自分の世界が広がっていくという。
斉藤 はい。本当にその通りで、いい職業にめぐり会えたなとすごく思います。
水上 おれの場合は「戦国妖狐」で歴史ものに挑戦したことが直接的に何か実になったという感覚はまったくないんですが(笑)、別の話で言うと、「戦国妖狐」と「スピリットサークル」の連載が終わった直後に「プラネット・ウィズ」のネームだけを描くという期間が1年間くらいあったんですね。そのときにデッサン教室へちょっと通ってみたんです。自分は絵を描くのが苦手だとずっと思っていたので……ただ、やってみると「あれ? 意外と自分、描けるな」と(笑)。苦手だと思い込んでいたものが案外そうでもないことに気づいたりとか、そういうのはありますね。
斉藤 「苦手である」という自分の感覚と実際のスキルって、必ずしも一致しないんですよね。もちろん多くの場合はやってみてできなかったから苦手意識につながるという順序だとは思うんですけど、意外とそう思い込んでいるだけのことも多いなあと感じています。なので今は「とりあえず1回やってみる」みたいな意識は常にある気がしますね。
スタッフの気持ちからつながった全編3クールアニメ化計画
──そんな「戦国妖狐」がTVアニメとなって、来年1月より全3クールで放送されます。「全編を3クールかけてアニメ化しますよ」という形で始まるアニメ化企画はなかなか珍しいと思うんですが……。
斉藤 確かにそうですね。3クール作品って、僕はあまり出たことがないかもしれないです。何期かに分けて合計が3クール以上になるものはもちろんありますけど……これって、最初に先生のところへアニメ化の打診が来たときから「3クールで」という話だったんですか?
水上 最初は「2クールで」と話が来て……。
斉藤 ああー。それはもったいないですね。
水上 (笑)。そのときは「じゃあ第2部から始めて、途中に第1部の話をかいつまんで回想として挟んでいく感じでいいんじゃない?」と返したら、制作チームのほうに「ちゃんと第1部の冒頭からじゃないとやらない」と言い出す方が現れて。
斉藤 熱烈な支持者の方が。
水上 いらっしゃって(笑)。それでなんとかこれくらいあれば収まるだろうという見通しが立ったので、3クールでいくことになりました。おれはもっと必要だと思ったんだけど、脚本の花田十輝先生が上手にまとめてくださって。
斉藤 おおー、楽しみだなあ。それもこれも、アニメ制作サイドにそこまで思わせる作品の力あってこそですよね。
──もし第2部から始める2クール案が実現していたら、斉藤さんの出番がほとんどなくなるところでしたね。
斉藤 あって2話くらいでしょうね(笑)。それもご縁というか、いろんな状況が重なって3クールが実現している感じがします。連載自体は2016年とけっこう前に終わっている作品が今このタイミングでアニメ化されるというのもご縁だと思いますし、そこで僕がオーディションを受けることができたご縁にも感謝したいですね。
──迅火を演じるにあたって、斉藤さんはどんなふうに臨みましたか?
斉藤 もともと読者として好きだった作品に役者として関わる機会って、なかなかあるものじゃないですよね。「水上先生の作品が好きです」ということをあまりにも言いすぎてきたこともあって、僕が関わると別の文脈が生まれてしまう危険性もあるじゃないですか。だから今回は出演できて本当にうれしいし、不思議な気持ちですよね。役者としての目線とファンとしての目線がどっちもあるから……。
──斉藤壮馬が2人いるみたいな感覚?
斉藤 本当にそうです。“妖精眼”を持ってる状態みたいな(笑)。だからこそ難しかったのが、アニメでは省略されているけど原作には描かれているエッセンスをどこまで汲むかというバランスですね。本来、声優は脚本と映像だけを材料にキャラクター像を構築するものだと考えているので、その領域を逸脱しすぎないよう心がけました。
──なるほど、知りすぎてもいけないというか。
斉藤 それこそ真介役の木村良平さんなんかは、台本より先の話を原作で読まないようにされていました。「先読み芝居にならないように」って。いつネタバレしてやろうかと思ってたんですけど(笑)。
水上 ははは(笑)。
斉藤 だから迅火にしても、そこに描かれていることを素直に受け止めるよう努めました。具体的に言うなら、特に序盤の彼はまだ青く、ある程度の力は持っていても絶対的に強大な力には敵わないというポジションで……言うなれば、自分の中にある10代の頃の感覚を引きずり出されるようなキャラクターなんですね。ちょっとイキっちゃってるな、みたいな(笑)。そこに大人目線でフタをするんじゃなくて、「ああ、迅火はこういうふうにイラッとするんだな」とか「これはうれしいんだな」「ここは戸惑うんだな」というように素直に感じ取ることで、学生時代の自分を思い出して家族や先生に「あのときはごめん」って気持ちになったり(笑)。そこがすごく彼の愛おしいところだなと。
──一見クールで超然としているようでいて、実はすごく人間くさいキャラクターではありますよね。
斉藤 そうですね。迅火にそう言ったら怒りそうだけど(笑)、それは「人間か
水上 そこで「そう言ったら迅火は怒りそう」という言葉が出てくるのはうれしいですね。確かにそうだなあとおれも思いますし……これは持論なんですが、キャラ理解の解像度が業界で一番高いのは声優さんだと思っていまして。斉藤さんもおれ以上に迅火のことを理解してくださっていて、ありがたいなと思います。
──確かに、声優さんは1人のキャラクターと向き合う密度も濃いですし、インタビューやコメント撮りなどで「どんな人物か」を言語化する場面も多いですからね。
斉藤 そうですね、確かに。
水上 斉藤さんのお芝居も最初の数話を完成映像で拝見しましたが、それはもうバッチリでございました。迅火は年齢の割にけっこう体を鍛えているので声がしっかり出るイメージなんですが、そのバランスが非常に取れていて、いい声がちゃんと出てるなあと。
斉藤 ありがとうございます!
次のページ »
クライマックスは「最近で一番ゾクゾクした収録」