浅井ラボによるライトノベル「されど罪人は竜と踊る」は、その内容の複雑さと残酷さから、ファンの間で長年「アニメ化不可能」と言われてきた作品だ。まるで魔法のように見える科学原理に従う力“咒式(じゅしき)”、それを操る“攻性咒式士”の主人公・ガユスと相棒ギギナ。2人はある出来事をきっかけに、人と竜とを巡る血なまぐさい戦いに巻き込まれていく。人間の愚かさや欲望、正義や信念のぶつかり合いをシビアに描いた本作が、雑誌連載開始から16年を経てついにアニメ化。そのBlu-ray第1巻がこのたび発売された。
コミックナタリーでは、「され竜」に多大な影響を受けたという「Re:ゼロから始める異世界生活」作者の長月達平、「幼女戦記」作者のカルロ・ゼン、そして浅井の3名による鼎談を実施。「され竜」をリアルタイムで追いかけてきたという熱心な読者であり、今では作家仲間でもある2人から見た「され竜」の魅力とは。また3作に共通する、ファンタジーを舞台にダークでシリアスな物語を書く理由について語ってもらった。
取材・文 / 柳川春香
6話くらいで放送禁止になると思ってました
──長月先生とカルロ先生は「されど罪人は竜と踊る」のファンを公言されていて、皆さん以前から交流もされているそうですね。おふたりは原作ファンとして、「され竜」がアニメ化されると聞いてどう思われましたか?
長月達平 「どうすんの!?」って思いました。
カルロ・ゼン 6話くらいで放送禁止になると思ってました。
浅井ラボ いきなりの無慈悲! アニメ化された2巻までなら、それほど危険なところには踏み込んでいないですよ。相手のほうが正しい復讐……はありますけど、差別や格差……もありますけど、ええと、借金苦や貧困や病気、離婚や虐待などの家庭問題、小児性犯罪者やネットの変質者は出てこないので。
──(笑)。「され竜」の原作は「幼女戦記」や「Re:ゼロから始める異世界生活」(以下「リゼロ」)以上にグロテスクな描写が多いですからね。
カルロ 「幼女戦記」がアニメ化されたときに、制作会社さんから「血が直接見える場面でこういう表現はNGです」っていうような、NGリストの説明を受けたんですよ。「され竜」はその全部に引っかかるんじゃないのかなって。
長月 俺は、アニメ化の範囲が原作1巻までだったらセーフだと思ってました。
カルロ 1巻もギリギリアウトじゃないですか?
長月 1巻でアウトだったらもうダメじゃん(笑)。
──確かに原作2巻の内容に入る6話から、かなりつらい話になっていきます。
浅井 今までもアニメ化の企画は何度も出ていました。そのたびに「やっぱりダメでした」と。「され竜」は残虐なシーンが多いし、話と主題が複雑すぎました。2巻からは現実の事件を参照して書いたので、不条理な出来事が多くなってしまって。普通の人が苦境に立った途端に最悪の嘘をついて裏切ったりもしますし、善人の顔をした人がいいことをして、悪人の顔をした人が悪いことをする話ではないので、映像では非常に誤解されやすい。ですからアニメのスタッフさんは本当にがんばっておられますよ。
──では実際にアニメをご覧になっていかがでしたか。印象的なシーンなどは?
長月 俺はやっぱり、9話のレメディウスが「死ね死ね死ね死ね死ね死ね……」って繰り返すシーンですね。原作だと「死ね」って文字がページ一面にずらっと並んでいて、視覚的なインパクトがすごいんですけど、アニメでその間ずっとレメディウスだけを映しているわけにはいかないじゃないですか。あそこで「死ね死ね死ね……」ってセリフを流しつつ、レメディウスの過去の回想シーンを重ねるっていうのは、上手いやり方だと思いました。
浅井 あれは脚本の伊神貴世さんが上手いですね。
長月 レメディウスの回想も、あの映像に音が付いていたら凄惨になりすぎてしまったと思うので、双方の難しい部分を上手くクリアしていて、すごく好きなシーンです。
カルロ 僕は1話の、市庁舎の前でギギナとガユスが別れるところ、ギギナが「私と貴様が組んで、負けると思うか?」って言ってさっと去っていくシーンが、一番好きなんです。2人の関係性が一番わかるというか、2人の間にある独特の関係性が、ギギナからの軽口ともいえぬ言葉で伝わってきて。あと、課長に苦しめられた後のお約束が好きなんですよね(笑)。
浅井 ちゃんとした答えすぎて怖い。ええと、原作者としておふざけなしで挙げるなら、5話のラストでモルディーンおじさんが「弱き人々のささやかな生を守るためなら」と語るところですかね。原作では彼のひとり語りですが、アニメでは語りに合わせて“弱き人々”の生活の様子を断片的に映していった、映像ならではの表現です。もうひとつは、ジヴーニャの嘆きと決断のシーンです。
──4話でジヴーニャが「次からはあなたが戦場に向かうとき、私にだけはそっと告げておいて」とガユスに伝えるシーンですね。
浅井 原作だとガユスの一人称ゆえに避けられないのですが、アニメでは背後から2人を捉えた視点で映し、正面から映すと感傷的すぎるかもしれない、というシーンを、抑えた演出で見せてくれたと思います。あ、ふざけられない。
主人公は“決断をする人”
──ガユスにジヴーニャという特定の恋人がいることや、そもそも主人公が大人の男2人というのは、ライトノベル原作のアニメとしては新鮮に感じました。
浅井 主人公も最初は男女2人組にしていましたね。ガユスの相棒はギギナではなく、ガユスの元恋人のクエロでした。
長月 そこから違ったんですか!
浅井 でもそうすると、クエロが全部正解をガユスに教えてしまう。こうしなさい、ああしなさい、ほら解決した。終わり。
カルロ しかもクエロの言うことなら聞きそう(笑)。
浅井 4ページで話が終わりましたよ。もし主人公より賢く正しく、そして決断する人がいるなら、その人が主人公になるべきです。で、主人公たちを職業人にしたのは、そもそも世界的に、娯楽作品の主人公は職業人で家庭持ちがスタンダードだからですね。やってみると、職業による責務と恋愛による感情の二輪が絡みあい、お話が広がりやすいです。
カルロ そうそう、「され竜」はお金や法律の話をしているところも新鮮だったんですよ。事務所の経費を使い込む相棒や法律に頭を悩ませるライトノベルの主人公なんて、なかなかいませんよね。
浅井 ガユスには「こち亀」の両さんみたいに、大成功してもなんやかんやで失敗してお金を失ってもらわないと、動機が消えてしまいますので。一般社会人なら、収入に支出、税金や保険料に頭を悩ませるのが普通でしょうしね。社会と問題を起こすことも多いので、イアンゴという顧問弁護士もつけた、欲張りセットですよ。
──ガユスは友人に弁護士も医者もジャーナリストもいますもんね。おふたりも、ライトノベルの中で「され竜」が異色であるという印象は、やっぱり持たれていました?
カルロ 今はまた変わってきてますけど、「され竜」が出た当時のライトノベルはもっと優しい話が多かったんですよ。その中で「され竜」だけ怖い感じがあって、突っ走っていたというか、ぶち抜けてたというか。
浅井 当時は暗いとされる話でも、悪人や悪の化身が悪いことをするような、悪を自分たちの外部に求めるものだったと思います。私は「され竜」を書いた後に、どこかに応募しようとして、そこで初めてライトノベルっていうジャンルを知ったので。
長月 なるほど、そもそもライトノベルというつもりで書いていないんですね。
浅井 デビューしてからようやくライトノベル、そして大慌てで小説の書き方の本を読むという泥縄方式でした。真面目に小説家を目指している人からは怒られる経歴ですね。
──それまではマンガを描かれていたんですよね。
浅井 マンガ誌でいくつか賞も獲り、アシスタントをやりながら出版社に連載会議用のネームを出していたら、あるとき「文章のほうがいいんじゃないか? 楽だし」って気付いて。だから影響を受けたのもマンガや、映画やドラマなどの映像作品が多いですね。
カルロ 確かに、僕もイギリス映画やフランス映画を観ているような気持ちで「され竜」を読んでます。
浅井 基本はフィルムノワールやノワール小説の形式を参照していますね。そうそう、アニメの設定資料を作るときも、事務所や街並みや間取りなどは絵で描いて提出しましたよ。3点パースで。
長月 それができるのは強いなあ。
──ということは、浅井先生の頭の中では書きながら映像が浮かんでいるんでしょうか?
浅井 ええと、そろそろ先生呼びをされることが累積心理ダメージになってきました。先生って、会社で無能な社員につける定番のあだ名ですよ。「ほら、○○先生が重役出勤してきた」みたいな。
──相手を皮肉るときの言い方だと(笑)。
浅井 で、私は映像派ですね。3次元で思い浮かべて、ぐるぐる動かしています。おふたりは文字派ではないでしょうか?
長月・カルロ 文字派ですね。
浅井 文章を読んだらだいたいわかるのですが、物や人物などの方向や位置や動作、部屋の出入りの描写がある人は、映像派であることが多いです。音声派の人もいますね。声を頭の中に流して、それを書き留めるタイプ。会話劇を書く人に多少います。漏れなく声オタですが!
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ぴたっとハマったとき、とても気持ちがよかった
- テレビアニメ「されど罪人は竜と踊る」
- スタッフ
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原作:浅井ラボ(小学館「ガガガ文庫」刊)
キャラクター原案:宮城、ざいん
総監督:錦織博
監督:花井宏和
シリーズ構成:伊神貴世
キャラクターデザイン:北尾勝、小倉典子
アニメ制作:セブン・アークス・ピクチャーズ
制作:「され竜」製作委員会 - キャスト
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ガユス:島﨑信長
ギギナ:細谷佳正
ジヴーニャ:日笠陽子
ニドヴォルク:甲斐田裕子
モルディーン:土師孝也
レメディウス:杉田智和
ほか
©浅井ラボ・小学館/「され竜」製作委員会
- 「されど罪人は竜と踊る①」
- 2018年6月27日発売 / NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
-
初回限定盤 [Blu-ray Disc]
10260円 / GNXA-2031
- 「Re:ゼロから始める異世界生活 Memory Snow」
- 2018年10月6日(土)より劇場上映スタート
©長月達平・株式会社KADOKAWA刊/Re:ゼロから始める異世界生活製作委員会
- 浅井ラボ(アサイラボ)
- 2002年に雑誌連載開始。著作は「されど罪人は竜と踊る」「TOY JOY POP」「STRANGE STRANGE」など。
- 長月達平(ナガツキタッペイ)
- 2014年、小説投稿サイト「小説家になろう」に投稿していた「Re:ゼロから始める異世界生活」が書籍化しデビュー。同シリーズは本編16巻、短編3巻、外伝3巻が刊行されている。
- カルロ・ゼン
- 2013年、小説投稿サイト「Arcadia」に投稿していた「幼女戦記」が書籍化しデビュー。主な著作に「銃魔大戦 怠謀連理」「約束の国」「ヤキトリ1 一銭五厘の軌道降下」などがある。「幼女戦記」は2017年にテレビアニメ化され、現在劇場版新作アニメが制作中。