コミックナタリー Power Push - さいとうちほ×幾原邦彦対談
さいとうちほの絵が醸し出す“官能”と“陶酔感”
服を着ていることによる官能(幾原)
幾原 なんだろうな、うまく言えないんだけれど、先生のイラストって、服とかのディテールがチープじゃないんですよね。それが官能を生み出しているんだと思う。
さいとう どういうことですか?
幾原 歴史ものだと特にそうだけど、服って、正確に描こうとしたら着膨れするはずじゃないですか。先生の描くキャラっていうのは、着膨れしていないんだけど、単に表面に服の模様を貼り付けている絵では決してなくて、ちゃんと服を着ていることによる官能があるんですよね。
さいとう いろいろな時代の服装を研究するのは好きですね。昔、「三銃士」という映画がすごく好きで、映画館に20回以上も観に行ったんですけど、あれはコスチュームに萌えました。単に表面上それっぽく着せているんじゃなくて、着たり脱いだり着崩したりしている様子がすごくリアルだったんです。
──画集にはシーク、ヨーロッパの貴族、現代の男性など、海外ロマンス作品によく出てくる男性像がたくさん描かれていますが、どの男性も服をカッコよく着こなしている印象です。
さいとう 今は時代考証のしっかりした作品も多いと思うけど、洋画でも衣装が適当なものってけっこうあるんですよ。「こことここは縫い合わせてあるから動かない」とか「ここは編み込みになっているから緩められる」とか、服の構造にはいろいろな理屈があって、そういう理にかなったコスチュームは、自然と美しくなると思うんですね。もしかしたら、私のそのあたりのこだわりが、監督にも伝わったのかもしれません。私は「理由があるかどうか」というのは、官能に繋がると思っているので。
幾原 さいとう先生ご自身が衣装について考えるのが好き、というのは確かに伝わってきました。
男装をしていても女の子であるというウテナの記号性(幾原)
──コスチュームものって難しいですよね。そのまま史実に合わせて描くだけだと、現代人の感覚から見るとけっこう間抜けな格好だと感じることもあるじゃないですか。
さいとう そうですねえ。男性がぶわっとしたブルマーを履いてふくらはぎの脚線美を強調している時代だったり、「ロミオとジュリエット」あたりだと股間だけ服の布を変えて強調していたり。ファッションを見ていると、その時代の人がどこに注目してほしいかがわかってすごく面白いんですが、現代の読者の方にうっとりしてもらわないといけないので、なるべく変じゃなく見える方向にがんばりますね。あくまでリアルさは保ちつつ。私がウテナのコスチュームをデザインしたとき、監督に何度も「嘘っぽい」と突き返されたじゃないですか。フリルを付け足してみたら「嘘っぽい」って言われたり。あれも1つひとつのディテールに意味を持たせろということだったんですよね? 「ボタンの位置はバストのトップにしろ」とか言われたときはびっくりしましたけど。
──えっ?
さいとう 「それ、エッチくさくないですか?」って思ったんですけど、「それがいいんだ。裸みたいに見えるのがいいんだよ」と言われましたね。
幾原 先生……。これ、ネットに載るんですよ?
さいとう この話、私がけっこういろいろなところでしてるから、もう有名だと思いますよ(笑)。
──その真意は……なんだったか覚えてますか?
幾原 まあなんか近いことを言ったかもね。さっきも言ったけど、僕は服を着ていても、そのキャラクターそのものの身体の線をきちんと見せたいし、少女という記号を強調するようにしたいんですよ。アニメっていうのは記号の集積だと思っていて。誰が見てもそこで描かれている記号性が捉えられるように。ボタンの位置の話をはっきり覚えているわけじゃないけど、男装をしていても女の子であるというウテナの記号性を強調するために、ウテナのプロポーションがさっとわかるようにしてほしいというのは、オーダーするときにあったんでしょうね。
私はあそこで百合に目覚めたのかもしれない(さいとう)
──ちらほらと「ウテナ」のときのエピソードが出てきましたが、今回の画集には、「ウテナ」のイラストも掲載されているんですよね。
幾原 小学館の関連会社が、アメリカで出していた雑誌の表紙を何度か描き下ろしていたときのものが入っていますね。これは国内の書籍で収録するのは初めてじゃないですか? あちらの編集部からのオーダーが面白かった記憶がある。
さいとう そうそう、「チュチュといっしょに海辺で」とか「生徒会+ウテナでハロウィン」とか。
幾原 幹くんが天狗で、樹璃が一つ目小僧で……これ、ウテナは幽霊?
さいとう 「日本の幽霊を描いてほしい」って言われて表現に困りましたね。でも「宝塚の銀橋にいるウテナとアンシー」っていう依頼は、初めて私らしさが表現できて楽しかったです(笑)。
──「ウテナ」のキャラクターデザインを依頼されたことで運命が変わったという話でしたが、具体的に何が変わりましたか?
さいとう それはもういろいろですよ。仕事に対する姿勢も全然変わりました。それまではマンガの読者としては、あくまで少女だけを想定して描いていたんです。でも「ウテナ」に関わってからは、アニメを観ている男の人たちにもアピールしたいという欲望が出てきた。あと、アニメって大勢で意見を集約してひとつのものを創るわけで、それは私にとってとても新鮮でした。人数が多いから意見もバラバラになりがちなんだけど、幾原監督は全員の意思を統一するための話し合いみたいなのをよくやってましたね。
幾原 価値を共有するのは大事ですね。アニメそのもののことでなくとも、メンバーの誰かが「あれ」って言ったときになんのことかがわかるようにする。
さいとう 共通の価値や言語を持つということですよね。みんなの意識がひとつの方向にいくように導かれていました。それと、「ウテナ」では女性同士の同性愛的な表現が出てくるじゃないですか。今にして思えば、私はあそこで百合に目覚めたかもしれない。
幾原 え、今そういうマンガを描いているの?
さいとう それそのものを描いているわけじゃないけれど、「とりかえ・ばや」には割と百合っぽい感じが出ているかも。
幾原 ああ、たしかにそうだね。当時はさいとう先生に「ありえない!」って責められた記憶があるんだけど。
さいとう いや、ありえるとは思ったけれど、「ウテナ」ではけっこうハードな描き方をしていたでしょう? 私はちゃお(小学館)で小学生女子向けに「ウテナ」のマンガを描いていたので、「えっ!?」ってなりますよ。
幾原 もともと女の子同士を題材にしたマンガはいっぱいあったけど、それをもう少し押し進めたハードなものがいいかなあと思ったんだよ。
さいとう やっぱり、ハードだとは認識してたんですね(笑)。
次のページ » ウテナが男装の女の子になったのは、時代的なもの(幾原)
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さいとうちほ
1982年にコロネット(小学館)でデビュー。テレビアニメ「少女革命ウテナ」のキャラクターデザインを担当し、同作のマンガ版も手がける。現在「とりかえ・ばや」「VSルパン」など連載中。別冊ハーモニィRomance(宙出版)の表紙イラストや、海外ロマンス作品のコミカライズも務める。
幾原邦彦(イクハラクニヒコ)
12月21日生まれ。徳島県小松島市出身。テレビアニメ「少女革命ウテナ」「輪るピングドラム」「ユリ熊嵐」などの監督を務める。