「アニメはマンガを絶対に追い越さない」という約束
──「美少女戦士セーラームーン」がこれまで電子書籍化されていなかったというのは少し意外でした。どうしてこのタイミングだったのでしょうか?
2013年に完全版を刊行してからずっと準備してはいたんですが、せっかくなら海外版も同時に出したいなと思いまして。「美少女戦士セーラームーン」は17カ国語、50カ国くらいで流通しているんですが、アニメの放送時期が世界各国で実は少しずつずれていて、例えばアメリカで人気が出たのは2010年代に入ってからなんです。ヨーロッパでは電子書籍の普及が少し遅れていることもあり、タイミングを図っていました。あとはユニクロのTシャツブランド・UTとのタイアップも予定していたので、そうした準備がすべて整ったのが今ということです。
──なるほど。日本国内での「美少女戦士セーラームーン」の展開は、1990年代の原作・アニメの時期と、20周年プロジェクトが走り出した2012年以降と2つの大きな山がありますが、海外では各国でそれぞれに盛り上がるタイミングがあったんですね。今回は電子書籍化される原作について、連載当時のお話を伺っていければと思います。原作の連載開始が1991年12月、アニメは1992年3月放送開始と、間を空けないスタートでしたが、もともと連載前からアニメ制作側と一緒に動いていたのでしょうか?
いえ。実はアニメ化はすごく急に決まりまして。前番組「きんぎょ注意報!」の後に、本当は別の作品をやる予定だったのが、急遽「美少女戦士セーラームーン」を、となったんです。なのでとんでもなく時間のない中でアニメ制作も同時に進めることになったんですが、「アニメがマンガを絶対に追い越さない。基本は武内先生のマンガが先行」ということを東映動画(現東映アニメーション)さんにお願いしました。「それで大丈夫ですよ」と言ってくださったんですが、結果的には全然大丈夫じゃなかった(笑)。
──(笑)。アニメは週1回放送、原作は月1回掲載ですから、すぐにアニメが原作に追いついてしまいますよね。アニメ制作側にはどこまで、原作の先の展開を共有していたんですか?
原作は一応1年分のプロットは準備していて、アニメの1話は武内先生の下絵をもとにコンテが切られていたので、ストーリーも世界観もすごく原作と一致しています。その後原作では2話で亜美ちゃん、3話でレイちゃん……と毎話仲間が増えていきますが、アニメではとりあえずうさぎちゃんオンリーで20話くらいやってから亜美ちゃんを合流させよう、という予定でした。そこに、人気を出すためオープニングに最初から亜美ちゃんもレイちゃんも出したいという要望が東映動画さんから来て……。そしたら第1話から美少女がどんどん出てくるぞと噂になって、視聴者の期待にテレビ局も東映動画さんも応えるしかなくなり、8話で亜美ちゃん、10話でレイちゃんが登場することに(笑)。あっという間に追いつかれてしまいました。
──アニメは1シリーズ52話ほどあるのに対し、原作はダーク・キングダム編やブラック・ムーン編などそれぞれ13話くらいなので、当然ながら同じストーリーを描いていても、原作のほうがギュッと凝縮されています。原作はうさぎと衛の恋愛を軸にして描いている印象が強くあるのですが、それは当初から意識していたんでしょうか?
恋とマンガの入門書である少女マンガ誌・なかよしですから、作品の中で恋愛とそれ以外の要素を50:50にする、というところはとても意識していました。「美少女戦士セーラームーン」を含め当時の作品は、地球の平和を守るとか、超能力とか、半分は恋愛以外の要素が入っているものが増えてきていて。それまでラブコメが多かったなかよしが変わるきっかけになったところもありましたね。
──武内先生も、50:50のバランスは大切にされていましたか?
はい。そこはずっとブレなかったです。でも1年で終わるつもりだったので、うさぎとまもちゃんの恋愛が成就してしまってからは、どうしたらいいんだろう、というところは悩みましたね。なかよし作品で相思相愛になった先を描くことはあまりなかったので。
──結果的に「美少女戦士セーラームーン」は5つのシリーズが5年間にわたって展開されました。長く連載が続くことはいつ決まったのでしょうか?
マンガでは連載開始から人気はトップを独走していて、1巻の初版が50万部、そしてあっという間に100万部ともはや社会現象になりかけていたので、終わる選択肢はもう序盤からなかったです。でもアニメでは最初、玩具があまり売れなくて。昔は玩具が売れないと見えない力でアニメ打ち切り、ということもありましたし、そうなると原作も終了になった可能性もありましたね。
──社会現象的なヒットを記録し、原作だけではなくアニメや玩具の監修など、当時は目まぐるしすぎる毎日だったと思います。
読者の期待にお応えする形で増ページが恒常化し、どんどん時間は減っていきました(笑)。それでもマンガ制作にはもちろん一番時間をかけていました。時間がなくても、ネームを見てイチから構成を変えてもらったこともありましたよ。武内先生は、まあボツを出すと怒る(笑)。もちろん先生には先生の理屈があったと思うんですけど、でもいつもこちらの要望をちゃんと反映してくださいました。大変な日々でしたが、本当によくがんばっていただいたと思います。
男性が女性を助けるという固定観念を打ち砕いた
──今回は電子書籍化を記念して、「愛の名ゼリフ」と称して、第1部から順に名ゼリフとシーンを挙げながら当時のお話を伺っていければと思います。第1部では、うさぎがセーラームーンとして目覚め、4人の仲間と出会い、戦いに身を投じていきます。まずは名シーンとして印象に残っている人も多いであろう、こちらのセリフ。
セーラームーン「ここは危険よ 敵はあたし達が倒す! 出来るだけ遠くへ逃げて!」
当時は「いいシーンだな」と思ったくらいだったんですけど、後から考えてみると、男性が女性を助けるという固定観念を打ち砕いて、女性が男性をリードする時代になるぞという示唆をした歴史的なシーンだったと思います。ちょうどこの頃って、男女雇用機会均等法に関する意識が高まっていて。マンガの中にも自然とそういった風潮が反映されたのかな? いやそれにしても画期的ですよね。うん。
──今でこそこういう強いヒロイン像はよくありますけど、当時の少女マンガでは珍しかったですよね。当初は泣き虫で戦いを嫌がっていたうさぎちゃんが凛々しいことを言うから、なおさら目を引いて。
うさぎちゃんは武内先生の分身のような部分があるので、もしかして武内先生自身にもこんな瞬間があったんじゃないかなと思ったりします。ここでうさぎちゃん自身が変わった感じがしますし、先生にとっても「美少女戦士セーラームーン」を描くうえでターニングポイントになったんじゃないかと思います。
──第1部は、好きになってはいけない相手だと思いながらも惹かれあってしまう、うさぎと衛の絶妙な距離感にドキドキさせられます。武内先生といえば詩的なモノローグも持ち味ですが、第13話冒頭のこちらは印象深いファンの方も多いかと。
プリンセス・セレニティ「──エンディミオン 大好きよ はじめて 恋した たったひとりの あなた もしも 生まれかわっても きっと また あなたに 会うわ きっと また 恋をするわ あたしたち ──エンディミオン 時間を越えて 生まれかわって そして あたしたち こんどこそ ……幸せに…… ──エンディミオン……」
カラー原稿はモノクロより2週間くらい早く入稿しないといけないので、これはまだ本編の内容が何も固まってない段階でまずカラー絵とモノローグが武内先生から送られてきました。先の内容が決まっていないので、大丈夫かなと不安になりながら入稿した記憶がありますね。
──そうとは思えないほど美しい流れになっていると思います。ほかにこの頃で何か印象深い出来事はありますか?
この頃、武内先生はいろんな技法を試してましたね。1色原稿に薄墨を塗ったり。第1話でうさぎが「セーラームーンよ!」って初めて名乗るシーンのバックは、レース生地を貼ってその上に薄墨を塗ってます。きれいに薄墨を出すために活版ではなくオフセット印刷を行いました。あとトーン貼りにすごく凝っていて、二重に貼ったり……そうすると倍の時間がかかるんですけど(笑)。でも今見てもすごく原稿がきれいですね。