コミックナタリー読者は、この少女を知っているだろうか。“加藤恵”という美少女キャラには珍しいシンプルな名前の彼女は、TVアニメの1期・2期を経て2019年には劇場版の公開を控える「冴えない彼女の育てかた」の“メインヒロイン”でありながら、「キャラが立っていない」「普通にかわいい」という、なんともクリエイター泣かせの設定を背負ったヒロインなのである。
「冴えない彼女の育てかた」は、原作者の丸戸史明が自身の携わってきた“美少女ゲーム制作”を題材に、時にクリエイターの生き様にまで踏み込んで描いた学園ラブコメだ。その原作イラストを手がけた深崎暮人(みさきくれひと)は、イラストレーターの域を超えてアニメにも深く関わってきた人物であり、加藤恵をはじめとする魅力的なヒロインたちの生みの親でもある。12月20日より個展「『冴えない彼女の育てかた 深崎暮人展』in 大阪」の開催を控えた深崎に、「冴えカノ」に登場する5人のヒロインの描き方から、クリエイターとしての深崎の生存戦略まで、約1万字にわたり語ってもらった。最後には深崎からの大事なメッセージもあるので、「冴えカノ」ファンは心して読んでほしい。
取材・文 / 柳川春香
監督から「冴えカノ警察」と呼ばれています
──深崎さんはアニメ「冴えない彼女の育てかた」シリーズに関して、作中に登場するマンガやイラスト、グッズや特典用のイラストなどを手がけるほか、Blu-ray / DVDのコメンタリーにも出演されたりと、アニメに深く関わっていらっしゃいますよね。
そうしないと生き残れないと思うんですよね。今の若い子たちは本当に絵が上手いので、常に危機感は感じてます。ただ、絵が上手いだけだと今の時代商業的、特にIPに関わるうえで成功に繋げるのは難しいと思っていて。「冴えカノ」に関してはイラストを描くだけじゃなくて、アニメの広告デザインや宣伝、各グッズの商品化についても、アニプレックスさんと一緒に相談しながら作っています。イラストレーターとしては珍しいと思うんですが、そういう立ち回りが今後も僕のスタイルになっていくんじゃないかと思います。
──デザイナーやディレクターのような作業も行っているんですね。とはいえ深崎さんの存在が「冴えカノ」に欠かせないのは、やっぱり深崎さんの描かれるイラストに独自の魅力があるからこそだと思います。「冴えカノ」には見た目も属性もタイプが異なる5人のヒロインが登場しますが、美少女キャラを描く際に共通してこだわっているパーツはありますか?
髪の毛にはかなり時間を割いていますね。というのは、アニメもマンガもだいぶ作品が飽和しつつある中で生き残れるキャラクターを作るためには、シルエットがすごく大事だと思うんです。僕は専門学校でイラストの勉強をしたんですが、その際に「キャラクターは、真っ黒く塗りつぶしたときにもシルエットで区別がつくようなデザインを目指しましょう」と教わったことが、未だに自分の中に残っていて。特に「冴えカノ」のようなファンタジーでもSFでもない日常ものの作品だと、装飾に頼ることができないし、衣装も着せ替えが多い。そうなるとやっぱり髪形は重要になってくるんですよね。
──区別がつけられる髪形にするということですね。一方で、やはり美少女キャラは身体の魅力も大事ですよね。
ボディはそこまで深く考えて描いてはいないんですが、バランスは6~6.5頭身くらいにしています。各種キャラクターグッズをはじめ、特に自分の絵がフィギュアになる機会が増えてきてからは、このくらいの頭身の方がフィギュア映えもしますし、色気も出せて、明確に数字につながるところがあって。なのでこだわりというよりは、経験によってブラッシュアップされて今のバランスになっているって感じですね。
──ちなみにご自身のフェチというか、人の身体の中で好きなパーツはありますか?
大事にしているのは手と耳ですね。僕のデザインするキャラクターは大抵耳を出した髪形なんです。色気も出ますし、髪の毛の重たさも軽減できる。耳を描かないほうが顔のバランスが取りやすいんですが、ついつい出しちゃいますね。手は人体で一番美しいと思っていて、たとえばスケート選手って指先まで使って演技するじゃないですか。そういうのを見てると「手の表現って無限大だな」と思います。描くのは大変ですけどね(笑)。
──色気というワードが出ましたが、深崎さんの描かれるヒロインって、男性から見ても女性から見ても魅力的な色気があると思うんです。
最近はサイン会でも女性の方が増えてきて、異性にも受け入れてもらってるんだなっていう実感はありますが、男性向け・女性向けで明確な区別はしていません。逆に女性に対して意識を向けて描くと、その変化は女性にも敏感に感じ取られて、むしろ引いてしまうと思うんです。もちろん「冴えカノ」は全年齢向けの作品なので極力下品にならないように、アニメでも下着を見せる描写とかは全部チェックしていて、監督から「冴えカノ警察」とか呼ばれています(笑)。色気のあるプロポーションが描けるというのは自分の武器だと思うので、生かすことは心がけつつ、媒体によって大事にしなきゃいけないラインを守っている感じです。
イラストは盛るより削るほうが数倍大変
──そこまでチェックされているんですね。個人的には、最近フィギュア化も決まった恵、英梨々、詩羽のランジェリー姿のイラストが印象的でした。もちろんエロさもありつつ、単純にすごくかわいいなって。
あのイラストは、某アイドルグループのMVから着想しました。下着姿だけどかわいくて、こういうのもあるんだなって。最近はコスプレでこのランジェリー姿をやってくださる女性の方もけっこう見かけます。コスプレってやっぱり「かわいい」って思ってしてくれていると思うので、自分が考えた衣装デザインを受け入れてもらっている実感があってうれしいですね。
──ランジェリー姿もそうなんですが、深崎さんはすごくいろいろな服装で「冴えカノ」ヒロインたちを描かれている印象があります。
そうなんです。「冴えカノ」って高校の話なのに、学校での描写がほとんどないんですよね。だから私服を描く機会が多くて大変なんですが、何度も同じ服で登場させるのも現実感がなくなるし、女の子だしオシャレをさせてあげたいなって気持ちはあって。作中の時間も春夏秋冬と移り変わっていくので、夏服、冬服、それぞれ用意してあげないといけないし、結果的に作品に引っ張られて服装のバリエーションが増えていきましたね。
──アニメでのキャラクターの服装も深崎さんが考えているんですか?
全部ではないんですが、アニメーターさんが描く版権イラストでも、発注書をチェックして資料を用意したりしているので、結局ほぼ見てはいますね。あとはコミカライズを担当したマンガ家さんが考えてくれたものもけっこうあります。
──すごいですね。女子の私服のバリエーションを考えるにあたって、どんなものを参考にされているんでしょうか。
よく参考にしているのはバーバリーとか、ちょっとハイブランドの子供服ですね。子供服はシルエットがしっかりしているものが多くて、2次元のキャラクターに落とし込みやすいんですよ。逆に女性誌はあまり見なくて、そのときのトレンドを反映させすぎると、すぐに古くなってしまうので。
──なるほど。逆に舞台となる豊ヶ崎学園の制服はどうデザインされたんでしょうか。
制服については作品がスタートした当初、特にアニメ化の予定もなかった段階から、いずれメディアミックスされたときのことを考えてデザインしておこうと思って。なので極力シンプルで、情報量が増えないデザインにしましたね。
──それはアニメーターさんの負担を考えて?
そうですね。やっぱり制服が柄物だと、アニメーターさんはすごく大変だと思うので。それにシンボリックというか、複雑にしないほうが観る方も覚えやすいと思うんです。デザインとかイラストって、盛るのは簡単なんですけど、削るほうが数倍大変で。Appleの製品なんかがそうですが、世間的にもデザインはだんだんシンプルで洗練されたものになっていっている。僕もそういうところに影響を受けて、特に服飾はあんまり盛らないデザインを心がけてます。
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「冴えカノ」ヒロイン5人のデザインを深崎が解説