コミックナタリー PowerPush - 入江亜季「乱と灰色の世界」
主人公と歩み成長した7年を語る 完結記念ロングインタビュー
全力で体重を乗っけてグッと描く、ができているんだろうか
──それはまだ誰も読んでないので、教えてください。
子供の頃から思っていたことなんですけど、物事に執着しないのが幸せなんだ、って気持ちと、一方で自分が生きていく意味は自分で作らないと。つまり仕事を見つけるということ、仕事には熱意や執着が必要だという、その両方の思いを抱えていたと思うんです。
──「執着なんてないほうがいいんだ」と「執着できるものが必要だ」で引き裂かれていたと。
ずっとね。そのどっちを選ぼうかっていう、その白黒付けられないグレーゾーンみたいなところが「灰色の世界」なのでした、ってあとがきを書いてしまったんですよ。それはほら、そばに森さんがいるからね。あんなにも物事に執着して知識を深めて生きてる人が。それを見てしまうと私なんて、全然なーんも執着ないんですよ。
──やっぱり執着に憧れがあるんですね。
ありますねー。なんかちょっとこれ好きだな、ってなっても、これくらいじゃ、って思ってしまう。でも最近、ちょっと好き、をちょっとずつ深めていくしかないんだな、とも思ってますけど。
──どうして子供の頃に「何にも執着しないのが幸せになる方法」ってなってしまったんですか。達観した中学生に(笑)。
毎日を平安に過ごせるというか、心を動かされずに済むじゃないですか。楽なんですよ。ぬるま湯に浸かっていたというか。でもマンガ家になるって決めちゃうと、それじゃ済まないんですよね。それに気づいて「アチャー」「しまった」ってなっていたんです。
──そもそもマンガって描くの大変ですもんね。普通は執着がないと、とても最後のページまで仕上げられない。
そうですね。それでずっと、マンガを描くことに執着できてるんだろうか、全力で体重を乗っけてグッと描く、みたいなことがやり切れてないんじゃないか、っていう気持ちがずっとあったんだと思います。でも今回、最後らへんは、7巻はいいですよ。燃え尽きるくらい描けたから、よかった。燃え尽きちゃうくらいの力しか持ってなかったとも言うけど(笑)。
時間が経つうち、成長していく乱の姿が自然な形で見えてきた
──その最終7巻、入江さんのキャリアでは初の長編が完結ということになりましたね。終わってみての感慨みたいなものを伺えれば。
燃え尽きという話では、最終話のひとつ前くらいで燃え尽きていたので、最終話はもうすごく穏やかな気持ちで、やることをやるだけだ、っていう。そこに至るまでは、とにかくしんどかったですね……めちゃくちゃしんどかった!(笑)
──そのしんどさは、どこから。
内容的にこうやるっていうのはもう決めてるのに、描けない。って状態だったんです。
──それってどういうことですか。もう少し詳しく……。
乱が、凰太郎の死を受け入れて、人が変わってしまうんですね。成長するっていうか、考え方が変わっていく。いくんですけど、その成長に私が付いていけなくて、変化した乱の姿っていうのが自分でもなかなか見えてこない。そこが描いてていちばん詰まりましたね。
──ああー。ずっと変わらなかった乱のビジュアルが、変わっていくじゃないですか。
そうですね。マンガなので、人が変わったってことを伝えるには絵的に変えるしかないんです。けど変わり始めた頃は、まだ手探り状態で描いていた部分も多かった……。腑に落ちてなかったんだと思います。でも時間が経つうちに描けるようになったんですよ、自然な形で見えてきて。
──具体的にはどの辺りですか。
家を出て行く、って言う辺りかな。
──あの辺りから頭身もはっきり変わってきたりして、ドキドキしながら読んでいました。これ靴の魔法で変身した姿になっていくのかなーと思っていたんですよ。でもそうはならなかったですね。あれが完成図じゃなかった。
そうですね。辿る道が違えば、それが顔にも出るのではないかと。
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オトナになりたかった魔法少女の成長物語、完結。
これまでのストーリーに出てきた、すべてのキャラクターが再び登場。乱と、家族と、灰町の人々を取り巻く大人気連載作品が、いよいよ完結。最新7巻は内容ぎっしり、特厚296ページ!
入江亜季(イリエアキ)
香川県生まれ。2002年、ぱふ(雑草社)にて入江あき名義で掲載された「フクちゃん旅また旅」でデビュー。2004年、読切シリーズ「群青学舎」を連載。2006年、個人誌の作品をまとめた単行本「コダマの谷」を刊行。2008年より連載を開始した初の長編作品「乱と灰色の世界」は7年間にわたり執筆され、2015年に完結を迎えた。豊かな想像力と、魅力的なペンタッチから描かれる数々の作品は男女ともにファン多し。
2015年8月21日更新