鳴見なる「ラーメン大好き小泉さん」の新装版が、秋田書店より刊行されている。同作は一見クールビューティだが実はラーメン好きという、意外な一面を持つ女子高生・小泉さんの日常を描いたグルメコメディ。まんがライフSTORIA(竹書房)、竹書房のWebマンガサイト・ストーリアダッシュでの掲載を経て、現在月刊少年チャンピオン(秋田書店)で連載されている。新装版は10月、11月、12月と連続刊行。12月には最新刊となる12巻が、特装版とともに発売される。
新装版の発売を記念して、コミックナタリーでは鳴見と、ラーメンYouTuber・SUSURUの対談をセッティング。鳴見とかねてより親交があり、新装版4巻にも帯コメントを寄せているSUSURU。動画制作の際にも「ラーメン大好き小泉さん」を参考にしたという。そんなラーメン好きにも認められる作品を描くにあたって、鳴見が一番意識していることは? 「小泉さんは“すすり代(しろ)”がめっちゃある」「ラーメンを“面”で食べている」など、少々聞き慣れない単語も飛び交う場面も。2人のラーメン愛をとくとご覧あれ。
取材・文 / 小林聖撮影 / 武田真和
“かわいく食べない”小泉さんが受け入れられるか不安だった
──おふたりはけっこうよく会うんですか?
SUSURU 少なくとも毎年年末には必ず会いますよね。
鳴見なる そうですね。
SUSURU ラーメン屋さんの忘年会みたいなものがあって、僕と鳴見先生が必ず誘われるところが2つくらいある。それ以外でもちょいちょい会いますよね。でも、最近一緒にラーメンを食べに行ってないかも。
鳴見 一緒に食べたのって1~2回くらい?
──SUSURUさんが最初に「小泉さん」を読んだのっていつ頃ですか?
SUSURU いつくらいだったかなあ。
鳴見 「小泉さん」の連載スタートとSUSURUくんがYouTubeを始めたのが近い時期ですよね。
SUSURU 連載が少し早いくらいですかね。YouTubeを始めた頃、ラーメンの見せ方についていろいろなものを見て研究していたんですが、そのとき参考にしたものの1つが「小泉さん」でした。マンガやドラマで小泉さんたちが食べているシーンを見て、どうやって描いているのか、撮っているのかをチェックして参考にしていた記憶があります。
──最初に読んだときの印象って覚えてますか?
SUSURU 女子高生が豪快にラーメンを食べる、しかも1人でというのは当時なかなか非日常感がありました。鳴見先生は絵がきれいで、この作品のキャラクターもみんなかわいい。でも、そんなキャラクターが第1話からがっつり二郎系に行くという。グッと心を掴まれましたね。
──小泉さんのキャラクターは強烈ですよね。女子高校生がみんなでワイワイするという部活系とは全然違って、小泉さんは基本的には1人で動いてます。
鳴見 連載を始めるときは不安でした。女子高生の友情ストーリーは完全に話の軸から外しているので(笑)。
──中心メンバーの1人である悠ちゃんと小泉さんの距離も基本的に変わらないですもんね。潔い。
鳴見 2人の友情にフォーカスしてしまうとブレちゃうんで。
SUSURU ブレちゃうって言うのは、ラーメンから?
鳴見 そう。
SUSURU そこは僕も同じですね。ラーメンを一番見てほしいというのが根幹にある。
鳴見 あと、食べるシーンの不安も大きかったです。暗黙のルールじゃないですけど、食マンガで女の子っていうと、かわいく笑顔で食べるものっていうのがあるじゃないですか。でも、実際に自分がラーメンを食べるとき、本当に美味しいものを食べるときを振り返ってみると、けっこう真顔でしょう? だから、本当にラーメンが好きな人が食べている姿を描くことにしたんですけど、読者さんに受け入れられないんじゃないかって。
──「小泉さん」が始まった2013年頃は食マンガブームで、特に女性キャラクターが幸せそうに食べるっていう描写が魅力のひとつになっている作品も多かったですね。
鳴見 私もそういう作品、大好きです。かわいい女の子がかわいく食べるっていうのは、女の子キャラクターにしかできないですし。でも、自分で描くとなったときは、別の形を選びました。体温が上がるまでは表情がほころばないというのを鉄則にしてます。でも、SUSURUくんの動画もそうだよね? 表情をわざと作らない。
SUSURU あんまり作らないようにしてますね。結局食べ始めるとラーメンに集中するから、美味しいときほど食べているときは真顔になる。
鳴見 そうそう!
──グルメ番組なんかだと、一口食べてリアクションというのは重視されるポイントですよね。意識的に避けてたんですか?
SUSURU もちろんリアクションゼロではなかったですけどね。ただ、僕はタレントではなく素人として始めたので、変に(タレント的な演出を)意識しないで素の自分で食べている感じがいいのかなというのは、なんとなく思っていました。あと、単純にリアクションが下手だったのもあると思います(笑)。それが結果として功を奏した。
鳴見 男の人はそれが許されるけど、女の子は許されるのかというのがね。ほかのマンガを見ても、女性が真顔で食べている作品って、当時は見つけられなかった。
SUSURU 確かにね。
動作制作の参考にしているのは小泉さんの“すすり代(しろ)”
──SUSURUさんは「小泉さん」も動画制作の参考にしたと言っていましたが、具体的にはどんなところを?
SUSURU アングルですね。YouTubeとかテレビって、食べるところは正面から撮ることが多い。でも、「小泉さん」って斜め下からのアングルとか多くないですか?
鳴見 そうですね。めっちゃ引きで描いたり。
SUSURU 僕、ラーメンを食べるときのスープから持ち上げた麺の長さ、距離を「すすり代(しろ)」って勝手に呼んでるんですけど、「小泉さん」はすすり代がめっちゃある。僕自身も長めの麺が好きなんです。たくさんすすれるというか。画としてもたくさんすすれるほうが映えると思ってるので、「小泉さん」のすする描写は目が行きます。すすっているところがよく見えるカットが多いなって。そういうのは参考にしてます。
鳴見 すすり代は意識したことなかったですけど(笑)、すする場面ってマンガの場合は効果線も入れられるので画的に映えるんでしょうね。
SUSURU 確かに! 鳴見先生は何か意識して描いてる部分はあるんですか?
鳴見 お店の雰囲気とかラーメンのニュアンスみたいなものがちゃんと伝わる空気感をまず作ろうと思ってます。ラーメンってそれぞれ違うじゃないですか。お上品なラーメンもあれば、盛りのいいがっつり系もある。上品なラーメンなら静を意識して描くし、思い切りすするようなラーメンはバトルマンガを意識してます。
──バトルマンガ!?
鳴見 戦わなきゃロットが乱れる!(※)みたいな(笑)。そういう独特の緊張感の中で食べるから美味しいという部分もある。その空気も含めて美味しいのがラーメンだと思います。
(※)ロットとは、店側が一度に調理できる麺の量やラーメンを提供する客の数のこと。食べるスピードが遅い客などによって、次の客に出すラーメンの麺茹での時間等にズレが生じることを“ロットが乱れる”と表現する。行列店や回転を重視する店などではロットが乱れる行為があまり好まれない。
──確かに「小泉さん」は話によってかなりトーンが変わりますよね。ほんのり友情ものっぽいのもあるし、バカっぽいのもあれば、ホラーみたいな回もある。
SUSURU シチュエーションがちゃんとしてますよね。毎回すべてのラーメンにストーリーがちゃんとあって、ストーリーに合ったラーメンを食べている。激辛ラーメンの回なんかうまいなって思いました。美沙ちゃんの失恋の話から「辛(から)い」と「辛(つら)い」をかけてっていう。女子高生同士だからこそのストーリーですよね。僕みたいな大人の男性だとこういう話はできない。しかも、ラーメンの説明や紹介もちゃんと入ってて、読者を置いてきぼりにしていない。ラーメン好きな人が描いてるなって思います。
背脂は指で描いている
SUSURU こういう話ってどこから発想するんですか?
鳴見 まずはお店からですね。チェーン店でも、どこの店舗かを考えます。
SUSURU ああ、店舗によっても違いますよね。
鳴見 ここの店舗だとどういうところにあるから、こういう道を通って、と。
SUSURU 駅から意外と歩くな、とか、公園も近くにあるな、とか。実際自分の足で歩いて行っているからこそわかる部分ですね。駅からそのお店に行くまでにどんな風景を見たかとか、どんな人とすれ違ったかとか。
鳴見 そういう風景や時間からも考えていきます。
SUSURU 「小泉さん」って、自分が行ったことがあるお店がモデルの話は、読んでいてパッと光景を思い出せるんですよね。ラーメンにしてもすごく細かいところまで描いてるじゃないですか。ラーメン自体の大きな特徴はもちろんだけど、店内とか丼の柄なんかもしっかり描いてある。それがラーメン好きからするとうれしい。あと、「小泉さん」も長く連載しているから、今読み返すともうなくなってしまったお店がモデルだろうという話もある。
鳴見 移転もありますしね。
SUSURU ありますねえ。
鳴見 そういう意味で描いておけてよかったなと思うことはあります。ブロガーさんなんかが文章で残してくれているものもありますけど、店舗内の写真とか雰囲気、空気感は残しにくいじゃないですか。だから、どんな人が行列に並んでいるかも意識して描いてます。
SUSURU そういう部分ってなかなか残らないですもんね。ラーメン界にとっても貴重な資料です。それから、なんといってもラーメンですね。本当にしっかり描かれてるし、美味しそう。愛を感じます。
鳴見 絵で言えば、実は8巻くらいからデジタルに移行したんですけど、きっかけは脂で。それまではデジタルだと脂がうまく表現できなかったんです。けっこう練習してようやくデジタルでも脂がうまく描けるようになったので切り替えました。
SUSURU そうなんですか(笑)。
──デジタルに移行するきっかけって作家さんによっていろいろあると思うんですけど、「ラーメンの脂がうまく描けるようになったから」は世界で1人だと思います(笑)。
鳴見 カラーは昔から全部デジタルだったんですけど、モノクロは表現がうまくいかなかくて。
SUSURU 色なしでラーメンを描くって確かに難しいですね。しかも美味しそうにって。
鳴見 ラーメンもいろんな描き方があると思うんです。デフォルメで美味しそうに描いている方もいらっしゃるし。でも、写実的に描こうと思ったら油の浮き具合とか、背脂のふわふわ感とか……。私、背脂は指で描いてます。
SUSURU 指!?
鳴見 どれが一番背脂っぽいかとかいろいろ試したんです。筆とかマニキュアで描いたりもしたんですけど、何か違う。それで、指にホワイトを付けてトントンとやってみたら、これが一番背脂っぽくなった。
SUSURU へー!
──ほかにもいろいろ描くのが大変なものがありそうですよね。
鳴見 大変さで言うと、二郎系の生姜とニンニクと背脂の描き分けですかね。
SUSURU あー、色がないと難しそう!
鳴見 最近ようやく自分の中でマニュアル化できたので、アシスタントさんに伝承できました。
SUSURU すごいな、マジで(笑)。
鳴見 ほとんどの読者の方にとってはどうでもいいところだと思うんですが(笑)、描いていて楽しいんです。
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ラーメンは“面”で食べないとわからないことがある