19世紀末ロンドンを舞台に、スパイとして暗躍する少女たちを描く「プリンセス・プリンシパル」。その完全新作である「プリンセス・プリンシパル Crown Handler」全6章のうち、第2章が9月23日より劇場上映されている。また9月28日には第1章のBlu-rayがリリースされるとともに、「プリンセス・プリンシパル Crown Handler」のオープニング映像がYouTubeで公開された。
コミックナタリーではこのたび、このオープニング映像の絵コンテ・演出を務め、「セイバーマリオネットJ」「藍より青し」「ゼーガペイン」などの監督としても知られるアニメーター・下田正美のインタビューを実施。第1章の公開当時、これを観るために再度劇場へ足を運んだファンもいたというほどのオープニング映像がいかにして生み出されたのか、その裏側に迫った。下田が映像に込めた思いやこだわりを知ったうえで、公開中のオープニング映像を観てみてほしい。
取材・文 / 齋藤高廣
「プリンセス・プリンシパル Crown Handler」
オープニング映像
オープニング映像は本編よりも自由に作れる
──「プリンセス・プリンシパル Crown Handler」第1章が公開されたとき、SNSでは「オープニング映像がカッコいい!」という感想が多く見られました。そういった感想はご覧になっていたでしょうか。
いえ、実はインターネットでの反響は見ていなくて。ただスタッフから「オープニング映像が評判になっていますよ」と言われて、「それはよかった」と会話を交わした記憶はあります。そのときはほっと胸をなでおろしました。「大きな仕事をやり遂げることができたんだな」と。
──下田さんはTVアニメ「プリンセス・プリンシパル」の制作には参加されていませんが、今回はどのような経緯でオープニング映像の絵コンテ・演出を担当されることになったのでしょうか。
実は、そもそもTVアニメの制作進行さんから「第11話の演出を担当してほしい」とお願いされたことがあったんですよ。僕も引き受けるつもりではいたんですが、ただそのときはどうしてもスケジュールが合わなくて、お断りしてしまったんですね。その後「ご縁がなくなったかな」と思っていたら、「今度、劇場公開作品を作るので、オープニング映像の演出を担当していただけませんか」とお願いされた、という流れでした。余談ですが、TVアニメの演出を頼まれたときは、制作進行さんから作品について「ダークな美少女アニメです」と説明されて、「どんなおどろおどろしい作品なんだろう」と勝手に想像を膨らませていたことがありました(笑)。
──当初はそんなイメージだったんですね(笑)。それではオープニング映像の絵コンテ・演出を担当することになったのは、以前にTVアニメのお話をいただいていたことがきっかけなのでしょうか。
どういう理由でお話をいただけたのかまではわからないのですが、どちらかというと同じアクタスさんが制作している「ガールズ&パンツァー 最終章」でもオープニング映像の絵コンテ・演出を担当していまして、そのご縁なのではないかと思っています。こちらのオープニング映像も評判がよかったそうなので、それで声をかけていただけたんじゃないかと思い上がっております(笑)。
──「ガールズ&パンツァー 最終章」のオープニング映像もこれからの展開への期待が高まるワクワク感があって、個人的にも楽しく拝見させていただいていました。ちょうど別作品のオープニング映像の話が出ましたが、「プリンセス・プリンシパル Crown Handler」に限らず、アニメのオープニング映像の絵コンテ・演出を担当するときは、どんなことを心がけているのでしょうか。
オープニング映像は作品の顔であり、世界観やキャラクターを紹介するという役割を担っています。だから作品本編の雰囲気から大きく外れないようにしつつ、そこに少しのケレン味を加えるつもりで絵コンテを切っていますね。それからオープニング映像は作品紹介に留まらず、「さあ、これから楽しいアニメが始まるよ」とアピールして、お客さんに注目してもらうための映像でもあります。ネタバレをしない程度にですが、期待感を煽れるようにとも心がけています。
──お話を聞いた限りでは、PVを作るような感覚に近いのでしょうか?
まさにそんな感じですね。
──やはり本編の絵コンテを切るときとは、感覚がかなり違うものなのでしょうか。
本編の絵コンテはシナリオに沿って作らなければならないので、そのときに必要な画、ベストなカメラアングル、使える尺の長さなどがある程度決まってくるんです。それに比べてオープニング映像の絵コンテ作業は自由度が高いですね。カメラ位置も自由に変えられるし、各カットの尺の長さも楽曲に合わせてではあるけど、ある程度なら自由に調整できる。それから本編の絵コンテよりも「いかに視聴者の想像を広げられるか」ということに重きを置いて作る感覚です。はっきりと何かを伝えるというよりも、「このカットにどんな意味があるんだろう?」と思ってもらいたいというか。
──本編の絵コンテよりもいろいろなことができるというのは興味深いお話です。勝手に「楽曲に合わせて映像を作らなければいけないから、オープニング映像の絵コンテのほうが、本編の絵コンテより自由度が低いのかな」と思っていたのですが……。
いえいえ、逆ですね。必ずしも楽曲に映像を合わせる必要はないし、これまでもオープニング映像の絵コンテは何度か作ってきましたが、監督から「絶対に楽曲の音に合わせて作ってほしい」と言われたことは一度もありませんでした。
──むしろ無理に合わせようとすると、映像としてはよくなかったりするのでしょうか。
そうです。オープニング映像やエンディング映像の絵コンテを作るときは、「このタイミングでドラムの音がくる」「このあたりでギターの音が入ってくる」ということがわかるスポッティングシートという表をいただいて、それを見ながら作っていくんですね。だから例えば「ドラムの音にすべての映像を合わせよう」と思えば合わせることもできるんですけど、そうするとつまらない映像になるので、「このカットはドラムに合わせよう、その次はギターに合わせよう。あそこのリズムはまったく合わせなくてもいいな」というふうに、映像独自のリズムを作っていくんです。
──ちなみに、主題歌の「LIES & TIES」を聴いたときはどんな印象を持ちましたか。
僕はハードロック系の疾走感のある楽曲を使ったオープニング映像の演出を手がけることが多いんですけど、この楽曲はどちらかというとおしゃれな曲ですよね。リズムもちょっと変則的で、絵コンテを作っていて楽しかったですね。
冒頭のカットは橘監督とのやり取りから生まれた
──「プリンセス・プリンシパル Crown Handler」オープニング映像の絵コンテを作るにあたって、橘監督とは話し合われたのでしょうか。
「プリンセス・プリンシパル」の雰囲気を壊してしまわないよう、監督には作品やキャラクターのイメージに関するNG事項を聞きました。「このキャラクターはこういう行動はしない」といったようなことですね。監督としてはTVアニメの雰囲気を踏まえてスタイリッシュな映像にしたいと思っているようだったのですが、ああしろこうしろと言われることはなく、自由に作らせていただきました。
──ほかに意識したことや心がけたことはありましたか。
例えばTVアニメをまったく観たことのない人が、「プリンセス・プリンシパル」ファンの友人に劇場に連れてこられて、よくわからないまま作品を観るということもあると思うんです。そういう「Crown Handler」からのお客さんでも、オープニング映像を観れば「こういう子たちがこういうふうにがんばるのか」「だいたいこんな雰囲気の話か」ということがわかるようには意識しました。オープニング映像を入り口に「Crown Handler」を楽しんでもらって、できればそこからTVアニメも観てもらえるようにと。
──「Crown Handler」だけでなく、「プリンセス・プリンシパル」というシリーズへの入り口にもなるよう意識したんですね。
そうですね。それから先ほど話した内容とも被るんですが、「お客さんの想像をどこまで広げられるか」ということも意識しました。例えば、今回は第3章までの脚本を読んで、重要な箇所をピックアップしたうえで、ネタバレにならない範囲で映像にしています。オープニング映像にあったような場面が実際この先の展開で描かれるかどうかは「本編を観てのお楽しみ」という感じですね。
──どの箇所が今後の展開に関わるのか具体的に聞いてみたいところですが、想像の範囲に留めておきます(笑)。
あと、「プリンセス・プリンシパル」は心理戦や会話劇がメインの作品だとは思うのですが、作品世界の雰囲気を壊さない程度に、アクションをいっぱい入れたいなと思って作りました。
──アンジェが銃を撃つカットや、ちせが日本刀を振るうカットなど、激しく動く箇所がありましたね。この2つのカットは、それぞれどのようにアイデアを膨らませていったのでしょうか。
各キャラクターの特徴から発想していきました。アンジェが銃を撃つイメージはそこまでないかもしれないですが、せっかく持っているので使わせたい。ちせといえば日本刀使いなので、日本刀によるアクションを見せたい、という感じです。ただずっと動きっぱなしだと観ていてお客さんが疲れてしまうと思うので、動静のバランスは意識しています。動きの少ない画で安心させつつも、次にどんな派手な画や予想外の画を見せるかということはいつも考えていました。
──確かに激しいアクションを描いたカットの合間には、ちせが雨に打たれているカットや、ベアトリスが雪景色の中にいるカットなど、動きの少ないカットが挟まっています。今挙げていただいたアンジェやちせのカットのほかにも、キャラクターの特徴を出したカットはありますか。
キャラクターの特徴を出すということは常に意識していますね。例えばドロシーは“ザ・スパイ”という印象のキャラクターなので、冒頭では変装姿で登場させて、スパイらしさを強調しています。とはいえ地味な諜報活動や潜入活動だけでなく、派手なカーチェイスを繰り広げるようなキャラでもあるから、後半には車を走らせるカットも入れました。
──あの冒頭のチーム白鳩が次々登場する箇所はカッコよくて、個人的にとても好きです。とくにチーム白鳩の面々がモノトーンで描かれている箇所は印象的でした。
あのパートは、橘監督から「オープニングを、チーム白鳩が暗躍した事件が翌日新聞記事になるイメージで行けないか」と頂いたお題をヒントにしています。活版印刷の紙面をイメージして、グランジで掠れたタッチでキャラクターを見せていく方式です。
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TVアニメのオープニング映像はあえて意識しないように