岡山で活動するマイナー地下アイドル・ChamJamの市井舞菜と、彼女を応援する伝説的なファン・えりぴよの関係を描く、平尾アウリの青春コメディ「推しが武道館いってくれたら死ぬ」。2022年10月に放送されたTVドラマ版が好評を博し、5月12日に劇場版が封切られる。えりぴよが舞菜を推し続けて、4年目に突入したある日。ChamJamに東京進出の話が浮上し、えりぴよたちはさらに応援に熱が入る。その一方、チャンスが訪れながらも人気が伸び悩んでいた舞菜は……。
劇場版の公開を記念し、コミックナタリーでは主演の松村沙友理と原作者・平尾の対談を実施。もともと原作のファンであり、アイドルとして活動経験のある松村と、自身もアイドルが大好きだという平尾、2人から見た「推し武道」の魅力とは?
取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 曽我美芽
オタクを救いたい
──平尾アウリ先生の「推しが武道館いってくれたら死ぬ」というマンガは、そもそもどういう着想から始まったものなんですか?
平尾アウリ 連載を始めるときに何本か出した企画の中の1本だったんですけど……担当編集がアイドル好きで、「ぜひこれで行きましょう!」となって。
松村沙友理 あははは(笑)。
──先生ご自身も、もともとアイドル好きだったんですよね?
平尾 好きなんですけど……好きだからこそ描いてこなかった、みたいなところがあって。
松村 へえええ。
──いわゆるメジャーアイドルだけでなく、地下の現場とかにも実際に行かれていた?
平尾 はい、行ってました。
──だからあれだけリアルなんですね。アイドルオタクたちの愛すべきダメさ加減がすごくリアルに、かつ魅力的に描かれていると感じます。
松村 うんうんうん。
平尾 その頃って、まだオタク側はけっこう虐げられていた時代で(笑)。今みたいに「推し活」なんて言葉もまだ全然ないときだったので、「マンガに描くことでオタクを救いたいな」という思いは持っていました。
──それで、アイドルとファンの関係性の尊さを軸に描かれているんですね。「こんなに素晴らしい世界なんだよ」っていう。
平尾 そうですね。そうそうそう。
──アイドルを描いたマンガやアニメはそれまでにもたくさんありましたけど、“アイドルファン”にフォーカスを当てたものは珍しかったと思います。ただ、これは僕の個人的な印象に過ぎないんですが、「周りがやっていないからこれをやればウケるだろう」じゃなくて「ただ好きだから描いただけ」という作品に思えるんですよね。
平尾 ああ……確かにそうかもしれない。
──そういう打算的なものが透けて見えないからこそ、多くの人に刺さったというのはあるのかなと。
松村 うんうん。
平尾 ありがたいです。
松村 私も実写ドラマのお話をいただく以前からこの原作が好きで、アイドル現役時代からずっと読んでたんですけど……。
平尾 (絞り出すように)ありがとうございます……!
松村 最初に読ませていただいたとき、まず「アイドル同士の関係性がリアルだな」って思ったんです。それがすごく素敵だなって。私はもともと乃木坂46というアイドルグループにいたんですけど、当時すごくよく聞かれた定番の質問が「本当は仲悪かったりするんですか?」なんですよ。
平尾 あははは(笑)。
松村 ほかのアイドルものの物語とかでも、描かれ方として「お互いが蹴落とし合う」みたいなアイドル像がよくありますよね。でも、このお話にはそういう子が1人も出てこない。それぞれがちゃんとがんばっていて、「あの子に負けたくない」みたいな気持ちは持っていても「蹴落としてやろう」というふうには誰も考えないっていうところがすごくリアルだなと思いました。私が乃木坂46で活動していたときも「誰かを陥れてやろう」みたいな子は本当にいなかったから、そのリアルさが「推し武道」の魅力だなって私はすごく思ってます。
平尾 (絞り出すように)ありがとうございます……!
──それは先生としてもリアルを意識したものなんですか? それとも「こうだったらいいな」という理想として描いたもの?
平尾 ああー、うーん……どちらかというと、“アイドルの闇”みたいなものを描くお話はほかにいっぱいあるから、それを見たい人はそっちを読んでもらって、私はこの方向で行こうというくらいのことですかね。
松村 差別化だ。
平尾 はい。
──でも、それを本職の方から「リアルだ」と言ってもらえるのは、少なくともアイドルファンとしてはうれしいですよね。「メンバー同士の仲がいいのって、リアルなんだ」みたいな。
平尾 そうですね、はい。うれしい。
松村 えへへへ。
「推しててよかった」と心から思える初披露の楽曲
──そんな「推し武道」が、昨年の実写ドラマ化に続いて映画化もされました。それ以前にはアニメ化も果たしていますし、とにかく勢いがすごいですよね。
平尾 私、ずっと憧れだったんですよ。自分の作品が映画化されるのが夢だったので、とてもうれしいです。
松村 私にとってもすごく思い入れのある作品なので、映画になるというのは感慨深いですね。原作の先生の横で「思い入れ」とか言うのもちょっとおこがましいですが(笑)。
平尾 いやいやいや……!
──それくらい特別な作品になっているということですよね。映画で特に注目してもらいたいポイントは?
松村 やっぱり、ChamJamのライブシーンを劇場の大スクリーンで観られるというのが、私の中では推しポイントかなと思います。ドラマ版でもライブシーンはめっちゃいいと思ってたんですけど、完成した劇場版をスクリーンで観たとき、それ以上にすごく感動したんですよ。
──特に、今回は初披露の曲もありますしね。
平尾 いい曲なんですよ、すごく。
松村 うんうんうん。あの曲、実は私たちも撮影の本番で初めて聴いたんです。「初めて聴いたときの新鮮なリアクションを撮りたい」ということで、私たちオタク側のキャストが事前に聴いてしまわないようにスタッフさんが徹底してくださって、リハーサルも完全に別々でやってましたから。それで実際に聴いたらもう、歌詞が……! なんて言うんですかね、「推しててよかった」と心から思えるような曲で。ずっと応援してきたファンに対して「アイドルのみんなにも、この気持ちが伝わってたんだ!」という喜びを与えてくれる、推すことの幸せを感じられる歌詞なんですよ。だから、みんなのパフォーマンスももちろんなんですけど、歌詞に注目してほしいなと思います。
平尾 アニメで「ずっと ChamJam」が流れたときにも思ったことなんですけど、私が頭の中でぼんやりイメージしていた曲が実際の音楽として具現化していて、「あの曲が本当に存在してる……!」という不思議な感覚になりました。
──楽曲以外の部分についてはどうですか?
平尾 今回の劇場版は全体的にテンポがよいというか、観やすいなと思いました。何度でも繰り返し観られそう。もちろんドラマ版も面白かったけど、劇場版単体でもしっかり楽しめるものになっていると思います。
松村 うんうん。あと、今回の映画は皆さんの日常により近いお話になっている気がします。えりぴよがパン屋さんで働くシーンもけっこうあるので、「みんな何か意味を持って働いているんだな」ということが見えてきたりとか。えりぴよの場合はその“働く理由”が舞菜ちゃんなんですけど、観る方々にとってもそれぞれの何かがあると思うので、皆さんの日常に重ね合わせやすいんじゃないかなと。
平尾 確かにそうですね……! その通りだと思います。すごい。
松村 いやいやいや(笑)。
役者の皆さんには本当に申し訳ない
──ちょっと遡りますけど、そもそもドラマ版でえりぴよを演じることが決まったとき、松村さんはどんな意識で臨みましたか?
松村 もともと原作マンガを読んでいたときから、えりぴよには自分に近いものをずっと感じていたんですよ。だからお話をいただいたときはすごくびっくりしたし、すごくうれしかったです。
平尾 そうだったんですね。
松村 はい。乃木坂46にいたときは周りにかわいい女の子が常にたくさんいて、私はグループにメンバーとして在籍しながら、ファンのような気持ちでみんなのことを見ていた部分があって。みんなのかわいいところを日々ウォッチして「そのよさを本人に伝えたい!」みたいな、強めのオタクの気持ちで(笑)。だから、えりぴよの言動とか「すごいわかるー!」と思って読んでたんですよね。
──「この子が生きていることが私へのファンサだ」とか?
松村 そうそうそうそう。「今日もちゃんと起きて仕事に行けて、マジでえらいねー」とか。
平尾 (笑)。
松村 だから役作りにはあまり苦労することもなく、すんなり入っていけたと思います。
──全体的なテイストとして、ナチュラルな方向ではなくコミカルなお芝居が求められる現場だったと思うんですけど、そのあたりの苦労などは?
松村 それは監督さんとも相談しながら、すごくこだわった部分かなと思います。原作やアニメーションにあったコミカルな感じを、実写だからといってなくしたくないという思いがすごくあって。だから、自然にそういう演技になったわけではなくて、ちゃんと「このシーンはこういうふうに動いてみよう」とか1つひとつ話し合いながら作り込んでいく感じでしたね。
──結果、すごくコントに近い手触りの映像作品だなと個人的には感じました。
松村 うんうんうん、テンポ感とかですよね。そこはジャンボ(たかお/くまさ役)さんの存在がすごく大きかったと思います。私がこれまでに経験してきた撮影では「現場に集まって、1回合わせたら次は本番」みたいな流れだったんですけど、今回はジャンボさんを中心に掛け合いの練習をしてから本番に臨むことが多かったんですよ。やっぱり芸人さんだから、面白く感じられるリズムとか間とかに関しては専門家じゃないですか。「ここはもうちょっと速く言ったほうがいいんじゃないですか?」とか、いろいろご指導いただきました。
──監督さんからの演技指導も当然ありつつ、ジャンボさんからの演技指導もけっこうあったわけですね。
松村 ありましたね。だから、コントのように楽しめるテンポ感というのは本当にジャンボさんがいてくださったおかげだと思います。
平尾 原作がだいぶコメディという自覚はあるので、役者の皆さんには本当に申し訳ないなと思っていて……。
松村 「申し訳ない」(笑)。
平尾 ドラマ版のキャストが発表されたときからずっと申し訳なさがあったんですけど、実際に映像で観ると「ああ、ちゃんとやってくれてる……!」とさらに申し訳なさが。
松村 ええー、全然ですよう。
平尾 なんか、白目までむいていただいてしまって。
松村 練習しましたから。
平尾 えっ、そうなんですか!
松村 てへ。
平尾 ああ……かわいい。どうしよう。
──(笑)。その申し訳なさというのは、つまりこの原作をちゃんと映像化するとどうしても「役者さんに申し訳ない」方向に行かざるを得ないということですよね? 逆に言うと、先生の理想通りに映像化されていると。
平尾 あ、そうですそうです。「こんなに忠実にしなくていいのに!」と思って。
松村 あははは(笑)。先生面白い。
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「かわいい」と思っていただけるだけでも応援だなって