「魔術士オーフェン」|森久保祥太郎、20年連れ添ったオーフェンを大いに語る

ステファニー役の玉川砂記子から言われた「つまんない芝居してるね」

──TVシリーズは続編の「Revenge」も合わせて合計で4クール分が制作され、長期間関わられた作品でした。また、先ほどもお話があったとおり、ラジオなどの周辺展開も多い作品でしたよね。そうした一連の活動の中で、印象深く思い出されるエピソードはありますか?

クリーオウ

いっぱいありますよ。クリーオウ役の飯塚雅弓ちゃんとは、週に1度のアフレコに加えて、ラジオの収録、雑誌の取材、イベントと一緒に仕事をする機会がとても多かったんです。多いときには1週間のうち4、5日も一緒に行動してました。年齢は彼女のほうが年下なんですけど、キャリアは僕より長いし、すでに売れっ子声優だったので仕事の現場にも慣れていて、先輩たちとも仲がいい。ラジオ番組でのトークの仕方にも慣れていて、僕はラジオ出演も初めてに近いような状況だったので、いろんなことをリードしてもらいました。午前中が雑誌の取材、午後はラジオ収録みたいな日だと、マネージャーさんも交えて一緒に移動したり、合間にご飯もよく一緒に食べましたね。彼女、タバスコがすごく好きなんですよ。いつもマイタバスコを持ち歩いてて、食べるものなんにでもかける。で、一緒に行動する機会が増えたら、そのうち僕の分にもかけ始めた。「美味しいから」って(笑)。僕は当時、辛いのが苦手だったんですけど、そんなこんなで数年間一緒にいるうちに、すっかり調教されて辛党になっちゃったんですよね。

──味覚まで変えられるほど、作品を通じて深く関わられた。

そうですね(笑)。年下だけど、頼りまくっていたような気がします。そのときから20年近く経って、最近また「オーフェン」のドラマCDの収録などの機会に久しぶりに会いましたけど、まあー、変わらないですね。当時よりは僕もいろいろと経験を積んだので、さすがに「頼る」という感じではなくなりましたけど、会うとあの頃の感じに戻ります。あとはドーチン役の椎名へきるちゃんも、キャリアは彼女のほうがかなり先輩なんですけど、僕と歳は一緒なんですよね。そんなこともあっていろいろ話しました。へきるちゃんもへきるちゃんで、逆にデビューが早いから同期は歳の離れた先輩ばかりで、純粋に同い年の人が周囲にいなかったみたいなんです。そんなこともあって、現場では仲良くさせてもらってました。でも、「オーフェン」に関係した出来事で、一番印象深いのは玉川砂記子さんとの話です。

──玉川さんはオーフェンの元パートナー、ステファニー役でTVシリーズの途中からアフレコにご参加されます。

森久保祥太郎

でしたね。砂記子さんは僕がこの業界に入って最初にお世話になった声優事務所の大先輩で、「オーフェン」が決まる前、本当に声優として駆け出しの頃に、ものすごくお世話になったんです。砂記子さんが辻谷耕史さん、西村智博さん、立木文彦さんと4人でユニット活動をされていたときに、事務だとかライブのお手伝いで、業界のいろいろなことを勉強させてもらった。本当に公私ともにお世話になっていたという感じだったので、やっと自分が主役として演じている姿を見てもらえる機会ができて、僕としては「先輩、見てください!」という感じでいたんです。

──先輩のおかげでこんなに立派になれました……みたいな。

でもアフレコの後、帰り道が一緒になって、砂記子さんと僕とマネージャーの3人でいたときですね。だいぶ収録にも慣れてきて、その日もNGが少なく収録が進んだので、きっと「がんばってるね」みたいな声をかけてくれると思っていたんです。ところが、強烈な苦言を呈されたんですよね。「つまんない芝居してるね。そのままじゃよくないと思うよ」と。

──厳しい……。

その場でも、思わず「えっ?」となってしまいました。その後にいただいた言葉で、僕の役者としての価値観が変わったんです。「NGを出さない芝居が、いい芝居だと思ってるでしょ?」と言われて、まさにそう思っていたので、「はい」と頷くしかなかった。そうしたら、「そうじゃない」と。「あなたの芝居は目的に対してぼんやりした芝居だ」と。

──どういうことなのでしょう?

ディレクターが「ここに向かって芝居をしてこい」と思っているゾーンがあるとしますよね? 僕はそのゾーンにかするように、エネルギーを扇型に出している……みたいなことを言われたんです。そうすると、求められているものの芯はくっていないけれども、大きく外れてもいないから、オッケーがもらえる。それじゃダメなんだ、と。もっと「自分の考えた芝居はこうです!」という鋭利な芝居、明確な意思を持った表現をしなさい、と。鋭利な芝居を強く出せば、ディレクターは「もうちょっと右。いや、それだと行き過ぎ」と、自分の求める芝居にたどり着くように演出をしてくれる。「NGを出して演出されるのは、悪いことじゃない。主役なんだから、それぐらい責任をもって芝居に打ち込みなさい」って、砂記子さんに駅のホームで言われたんですよ。いまだに、その一言は自分の中で大きく響いてます。ほぼそれで、森久保祥太郎という役者はできあがっていると言ってもいいくらいです。

結婚、子供誕生……「先に大人になりやがって、オーフェン!」

──TVシリーズから時間を置いて、先ほども少し話題に出ましたが、原作シリーズの続編展開に合わせてドラマCDが制作されました。こちらでは40代になり、結婚して、子供まで生まれたオーフェンを演じておられます。同じキャラクターをこうした形で演じ分けることは、アニメでは珍しいですよね。森久保さんだと「MAJOR」などのケースもありますが。

「魔術士オーフェンはぐれ旅 ドラマCD vol.1 『キエサルヒマの終端』『約束の地で』」

そう、おっしゃるとおり、なぜか僕にはそういう役が多いんですよ(笑)。「オーフェン」もそうだし、「メジャー」もそうだし、「NARUTO」もそう。アニメとかマンガで、あまりキャラクターが歳を重ねることはないんですけどね。でも、そういう役に巡り会えるのはうれしいことで、歳をとったオーフェンを演じられるのもうれしかったですね。役と一緒に年齢を重ねたかのような気持ちといいますか。オーフェンも結婚して、娘が生まれて。ドラマCDを収録したときは僕のほうには子供はいなかったんですけど、今、娘が生まれたばっかりなんです。「先を越されたなー」とか思っていたら、また一緒に同じ時が流れていたように感じる状態になって、そう考えるとより親しみが湧くところもある。面白いのが、TVアニメのとき僕は20代半ばで、20歳くらいのオーフェンを演じていたこともあって、そんなに声を作る意識はなく、ストレートにそのままの勢いで演じられていたんです。でも40代になって、同じ40代のオーフェンを演じるのは、なかなか難しくて。

──そうなんですか!?

歳をとっただけじゃなく、オーフェンの立場や性格がちょっと変わって、どっしり落ち着いた感じになっていたこともあって、どこかひとつ、何かを乗っけないと演じられないところがありましたね。そういう意味でも先を越されたというか、「先に大人になりやがって、オーフェン!」みたいな気持ちには、ちょっとなりました(笑)。

──そして今は、Audible(オーディブル)のボイスブックで今作に関わっておられます。こちらは原作小説の朗読で、つまり、秋田先生のお書きになった地の文も読み上げられ、さらに全キャラクターを森久保さんがおひとりで演じ分けておられる。こうした、また違った形で今作に触れてみて、いかがですか?

「魔術士オーフェンはぐれ旅」新装版1巻

TVアニメから20年も経った今、改めて僕をこうした企画に呼んでいただけたというのは本当にありがたいですよね。もし指名される前に、こういう企画があると知ったら、自分から名乗り出ていたと思います。それくらい、うれしいことなのですが……いざ蓋を開けてみたら、これがものすごく大変な作業で(笑)。秋田先生の文章は、黙読しているとひたすらに面白いんですが、朗読するのは、思わず先生に向かって一言物申したくなるくらい難しい! それぐらい、文章に「秋田節」があるんですよね。それが物語のリズムを作り、世界観を作っていることはよくわかりますし、だからこそ、いろんなキャラクターが生きて長く愛される作品になったのもわかるんですけど、とにかく独特で、読み上げるのが大変。

──具体的にはどういうところが大変なのでしょう?

そうですね……ひとつの情景を表現するのにも、文章の形容詞だったり、修飾してる文章だったりの主文に対するかけ方がすごく独特なんです。ここの情景に対しての修飾語なのかな?と思って読み進めると、全然違うものにかかっていたりする。視点の置き方も、僕みたいな凡人には追いつかないところもあって、これが黙読だったらどんどん情報として入ってくるから大丈夫なんですよ。でも音読という形で、ひとまとまりの意味を意識しながら表現するとなると、文章の脈絡をちゃんと掴んでから前の文章を読み上げなければならない。これがとにかく難しいです。しかもキャラクターのセリフに関しては、ある程度、アニメのときに演じていた、濃い役者の皆さんに近い感じの雰囲気を意識するんです。ボルカンだったらボルカンらしく、ドーチンだったらドーチンらしくしようと思うと、僕の中のイメージでは、やっぱりボルカンだったら伊倉(一恵)さんだし、ドーチンだったらへきるちゃんだし、クリーオウは雅弓ちゃんだし、マジクだったら南央美さんだし、ハーティアは置鮎(龍太郎)さんだし、チャイルドマンだったら中田譲治さんなんです。そうした皆さんが演じていた雰囲気を意識して、僕なりの解釈でそれっぽく読んでるところがあります。それはそれで楽しい。特にボルカンをやるのはすごく楽しい(笑)。

──バカで、自由奔放で、テンションが高くて、ユニークな決めゼリフもあるキャラですもんね。

森久保祥太郎

そう(笑)。でも、とにかく大変です。女性キャラクターを演じ分ける引き出しがだんだんなくなってくるとか、そういう問題もあるんですよね。ここ最近、単行本の4巻くらいまで収録が進んで、やっと慣れてきました。最初は本当にてんやわんやでしたね。イントネーションも、普通のセリフだったら絶対に間違えないようなものを、地の文の中だと失敗してしまうこともあったんです。ディレクターと「鍛えられますね」なんて話を、収録中はよくしてます。でも本当に、「オーフェン」は僕にとって大切なタイトルだから、こうしてまた新しい方に触れていただけるような、僕が作品を改めて紹介できる立場にいられるのは、非常にありがたいことですね。

──これまでに朗読のお仕事もされていますけど、これだけの分量のシリーズを読まれたことは……。

ないです。かつてない挑戦です。なにせ、向こう数年のスケジュールが押さえられているくらいですからね(笑)。

──そうなんですか! ソフトカバーの単行本で暑さ3センチを超える本が10冊、元本の文庫本だと20冊分。もしかしたらその先には、続編の方もあるのかもしれない。

そうなったらもう、ライフワークですね。