「BLAME!」「シドニアの騎士」といったSF大作を数々生み出し、1990年代から現在も活躍するマンガ家・弐瓶勉。緻密な世界設定やそれを表現する独自の画風で、国内外を問わず人気と評価を獲得してきた。その世界観をハイクオリティなCGで映像化してきたのが、今年設立40周年を迎えるポリゴン・ピクチュアズ。1月11日にスタートする「大雪海のカイナ」は、そんな両者が長年の構想のもとで送り出すオリジナル作品だ。巨木から広がる“天膜”の上で暮らす少年・カイナと、“雪海”に沈んだ世界に生きる王女・リリハの出会いから物語は動き出す。
放送に際し、コミックナタリーでは監督の安藤裕章にインタビュー。「僕の何割かは弐瓶勉でできている」と弐瓶作品からの多大な影響を口にする安藤監督に、アニメーション監督の立場から見た弐瓶作品の魅力、ともに制作する中で感じた弐瓶の人柄、そして「新たな弐瓶ワールドを見ていただける」と語る「大雪海のカイナ」について話を聞いた。
取材・文 / 前田久
最も影響を受けたのは“世界を見せる構図感”
──昨年1月に登壇された「フジテレビ『+Ultra』ラインナップ発表会2022」で、「僕の何割かは弐瓶勉でできあがっていると思います」とご発言されていました(参照:「普段あるものが何ひとつ参考にならない」弐瓶勉の世界観をアニメにする難しさ)。そもそも弐瓶勉先生の作品との出会いはいつ頃、どんなタイミングで?
「BLAME!」が月刊アフタヌーン(講談社)で連載されていた頃から存在を知ってはいたのですが、自分が「すごいマンガ家がいる!」とちゃんと把握できたのは、「バイオメガ」の連載中でした。当時、自分はもうアニメーションの制作現場で働き始めていて、大友克洋さんが手がけていた作品のチームに長く参加していました。その頃に大友さんや森本晃司さんと、バンドデシネについて話すことが多かったんです。バンドデシネの仲介をされている方が、ときどきいろいろとおすすめのバンドデシネを見繕って、行商のようにスタジオにやってきてくれることもあったりして。
──翻訳刊行される前の海外コミックの情報が入ってくる。刺激的な状況ですね。
そういった話の中で、多くのバンドデシネの作家たちに混じって、弐瓶さんの名前も挙がっていました。「バイオメガ」の連載の前ぐらいでしょうか。それでなんとなく気に留めていたところで「バイオメガ」の連載が始まって、強烈なインパクトを受けました。弐瓶さんは当時すでに、とてもハードな世界観と魅力的なキャラクター描写を兼ね備えたSFマンガ家として、多くの読者から認知されていたと思います。その魅力は、「BLAME!」のときから存分に発揮されていたと思うんですが、「バイオメガ」ではそこからさらに、映像的な魅力が加わった。まるでマンガの中で、アクション映画が再生されているかのような感触があって、アニメーションの現場にいる人間として驚くほかありませんでした。その衝撃がはっきりと弐瓶勉という作家を自分が意識した、最初の本格的な出会いです。
──弐瓶作品の映画的表現に惹かれた。
そうなりますね。読んでいて、「動き」のイメージをすごく喚起されました。「僕の何割かは弐瓶勉でできあがっている」という言い方をしたのは、まさにそうした意識があったからなんです。弐瓶さんの作品を読んで喚起されたアニメーション的なイメージを、今まで自分が関わってきた映像作品の中で、ちょこちょこと使わせてもらっています。
──それって、もう少し具体的にお話しいただくと、どういうものなんでしょうか?
難しいですね。本当にいろいろな、自分の作品の至るところに影響が潜んでいますから(笑)。「シドニアの騎士」で直接お仕事をさせていただくよりも前からずっとそうなんです。
──たとえば「スチームボーイ」とかにも?
「スチームボーイ」では演出職ではなかったので、さすがにその頃は違って……。
──となると、「鉄コン筋クリート」や「SHORT PEACE」のあたり?
はい、その頃にはもう、影響を受けていると思います。特に「SHORT PEACE」や、その前に自分が演出業に移ってから携わった「FREEDOM」であったりは、多分に影響を受けているんじゃないかと思いますね。SF的にスケールを超拡大した、アクションのケレン味の出し方とか、さりげないキャラクターの見せ方とか。あと、読んでいて一番インパクトがあったのはアクションですが、自分が作品をつくるうえで一番影響を受けている部分では、世界を見せる構図感だと思います。「BLAME!」のときから現在まで、ずっと一貫してある弐瓶さんの作品の魅力だと思うんですけど、そこは自分もやはりツボなんです。
──強大な構造物を見せるときのレイアウトが印象的ですよね。
見せ方として、好きなスタイルですね。
「一番好きな作品」を決められない理由
──ちなみに「バイオメガ」で意識されて以降、今のお話だと遡って「BLAME!」もお読みになられて、以降の作品も追われていると思うのですが、弐瓶先生の作品で一番お好きなタイトルはどれなんでしょう?
これはなかなか難しい質問ですね(笑)。あえて挙げるならば、やはり最初に触れた「バイオメガ」なのかなとは思います。「ブラム学園!」も挙げたいと思うところはありますが(笑)。
──あはは。今でこそ「シドニアの騎士」でのギャグ描写を読んできたので違和感がありませんが、発表当時、あのノリは驚きました(笑)。
弐瓶さんと接していると、「俺を枠にはめないでくれ」という意識を、すごく感じるんです。「一番好きな作品」という質問に答えづらいのは、それも理由です。まだ一番を決めてはいけない気がする。まだまだ、これから出てくる作品の中に、さらなる傑作が来るように感じてしまう。今おっしゃった通り、「シドニアの騎士」でそれまでの連載とまた違うスタイルを打ち出して来たとき、その変わりようにファンの方は当初は驚いたと思うんです。でもストーリーが進んでいくと、虜になったはず。常にそうした「まだ先がある」と感じさせてくれるところも弐瓶さんの魅力で、ゆえに、「これが一番好き」と決めてはいけないんじゃないかな、と感じています。
──本当に弐瓶作品がお好きなことが、話しぶりから伝わってきます。また、お仕事で接し続けていてもそこまでということは、作品だけではなく、ご本人もきっと素敵な方なんでしょうね。
そうですね。チャーミングと言ってしまうと、ちょっと失礼なのかもしれませんが……「次の作品でもびっくりしてね!」という姿勢が、常に感じられる。ただ、そうやってファンの期待をいい意味で裏切る一方で、話していると「ああ、弐瓶さんだな」と感じる瞬間も、作品づくりの中で多々あるんです。設定に限りなく細かく気を使って、スタイルは違えど、作品それぞれの根底にあるしっかりした世界観を作り込む部分は、いかにも弐瓶さんの作品から想像される部分と変わらない。そのギャップのようなものが、接していて面白いですね。