コミックナタリー Power Push - 「大奥」「パレス・メイヂ」特集 よしながふみ&久世番子対談

女将軍と女帝を描く2人のシンパシー

女性の将軍に仕える美男たちが生きる場所・大奥を描くよしながふみの「大奥」と、美しき少女帝・彰子とその少年侍従・御園の恋物語を久世番子が描く「パレス・メイヂ」。2作品とも4月に新刊が発売されることを記念し、事実と虚構が入り混じる“架空歴史マンガ”を紡ぐ作家同士に大いに語り合ってもらった。

取材・文 / 門倉紫麻

心の安定には、強制的にお外に出る趣味が大事です(よしなが)

──ゆっくりお話しするのは今日が初めてだそうですね。

「大奥」カラーイラスト

よしながふみ はい。何年か前に、出版社の廊下で「あっ、あの方が久世さんですよ!」「えっ、そうなんですか!? こんにちは!」……ってご挨拶したくらいですよね。

久世番子 そうですよね。それとずいぶん前なんですが、コミケに出ていたとき、柱の陰からジーッとよしながさんを見ていたことがあります(笑)。コミケでしばらく同人活動休止すると発表されたときだったかなと。「完売しました」っていう文字をよしながさんご自身が書かれているところを見て感動しました。いつも作品で見ている書き文字だったので(笑)。

よしなが そうでしたか!(笑) 番子さんもそれ以来、コミケにはお出になっていない?

久世 体力的に難しくて……。

よしなが わかります。でも私、去年久々にコミケに出てみたらやっぱりめちゃくちゃ楽しくて。マンガを描くこと自体は商業誌でもできるんですけど、何が違うってやっぱりお客さんに手売りすること。梱包を解いてるだけでも、わーって脳内麻薬が出ます(笑)。

久世 そうですよねえ。

よしなが 趣味って、インプットをする趣味と、アウトプットする趣味、それと物理的な移動を伴う趣味、その3つを持っていると心が安定するっていう話を人から聞いたことがありまして。

久世 おおお。

よしなが インプットとアウトプットは、マンガ家だったら皆さんやられていると思うんですよ。映画を観たり、お芝居を観たりとインプットするし、マンガを描くことはまさにアウトプットなので。移動っていうのは旅行とか釣りとか、強制的に外に出て何かすることであればなんでもいいんですけど、「私たちはやっぱりコミケだね!」とスタッフさんたちと話していました。番子さんはご旅行とかされますか?

「パレス・メイヂ」第1話扉ページ。

久世 ショート作品やエッセイマンガだけを描いていたころは、1回分が描き終わるとすぐに次の取材があって大体外に出ていたんですけど、「パレス・メイヂ」の連載を始めてからは一切出られなくなってしまって。少女マンガを連載するってこんなに大変なことなんだなと……。

よしなが そうでしたか……。

久世 はい。これは精神的にきついな……と思いました。もう連載も3年目くらいなので、そろそろ動けるようにならないと、と思ってはいるんですが。

よしなが 私、番子さんがKiss(講談社)で連載されている「神は細部に宿るのよ」(ファッションにまつわるエッセイマンガ)がものすごく好きなんですけど、あの作品の取材でお外に出たりはしないんですか?

久世 出ないことも多いんですよ。今の流行についてだけじゃなくて、昔流行った服の話を描いたりもするので。「そうそう、昔はそうだったよね!」って読者さんが思って読めるような。気楽に読んでもらえるものにしようと、ゆるい感じでやらせていただいています。

「文字」を読む面白さもすごく重要だと思います(久世)

「配達あかずきん 成風堂書店事件メモ1」

よしなが「パレス・メイヂ」が初めてお描きになる長いお話、っていうのは意外でした。ストーリーもの自体はウィングス(新書館)で描かれていましたよね(大崎梢原作の「成風堂書店事件メモ」シリーズ)。

久世 そうですね。ただあれは短い連載だったので、エッセイではなくストーリーもので長い連載というのは今回が初めてなんです。

よしなが 調べものもきっと大変ですよね。

久世 そうですね……。よしながさんはどうしていらっしゃるんですか?

よしなが 私は山川の日本史の教科書です。

久世 山川ですか!?

よしなが ほかのものも見ますけど、基本的なことは山川です。まず何が起こったかを忘れちゃってるので、山川で確認する。あとは「2時間でわかる○○」みたいなものを見たりします(笑)。

言葉遣いで、向こう側に行ける

よしなが 「パレス・メイヂ」では言葉遣いにすごく気をつかっていらして。帝のなさることには全部特別な言葉がくっついていたり、大変だなあと思って読んでいます。

久世 使う対象が決まっている特別な敬語ですね。

よしなが 単純な内容のセリフだったとしても、ものすごく調べて描かなければいけないですよね。

「パレス・メイヂ」2巻より。

久世 自分が読者として歴史ものを読むときに、言葉遣いが現代っぽいと、どれだけ背景がきちんと描いてあっても現代に引き戻されてしまうんです。でも背景がそれほどではなくても、言葉使いが時代がかっていると向こう側に行ける。私には背景を描いてくれるアシスタントさんがいないので、せめて言葉だけでも、というのもあります。

よしなが すごくきれいな言葉遣いでうっとりします。御園くんが「籠の鳥であらせられる陛下の籠になれたらと…」って言うと、鹿王院宮に「鳥と番(つがい)になれるのは鳥だけだ」って意地悪を言われるところ、「源氏物語」っぽくて素敵!と思って(笑)。

久世 ありがとうございます。私は三島由紀夫が好きなんですけど、三島は特に戯曲だとそういう言い方をするんですよ。「サド侯爵夫人」とか「鹿鳴館」とか。言葉のやり取りが大仰で、気が利いていて、なんかおしゃれなんです。三島カッケー!と(笑)。文章だけど舞台が見えてくる、みたいなところがある。文字も絵というか……。よしながさんの作品からもまさに文字を読む面白さを感じたんです。最初にウィングスで「そんなあなたが」(「彼は花園で夢を見る」収録)を読んだときに、セリフがすごく多いなあと思って。でもこんなに多いのにすごく面白い!と。文字を読む面白さもすごく重要だなあと思いました。私はその頃、投稿マンガを描いていたんですけど、ふきだしの中の文字が多いと編集さんに注意されるんですよ。だけど文字が多くても面白いマンガがここにあるじゃん!って。

よしなが すみません、自分でもわかってるんですよ、文字が多いって。手塚治虫先生もセリフは7行までっておっしゃっていたし、知ってるんだけど、あえて自由律俳句で(笑)。

久世 (笑)。よしながさんの作品を読んで、大ゴマで文字を見せてもいいんだ!って思いました。

「パレス・メイヂ」1巻より。

よしなが 言葉大事ですよね。さっきの御園くんと鹿王院宮の会話でもそうですけど、同じことを言うのでも、気の利いた文句で言われると、御園くんもガーンとなって言い返せないじゃないですか。宮中の話だから、つかみ合いとか、かけっこで勝負するわけじゃないですし。

久世 アクションが描けないというのはあります。基本は会話劇になるので、会話が気の利いたものでないと……。

よしなが だから「パレス・メイヂ」は、正しく、宮廷劇という気がするんです。実際宮廷ってそういうことで成り立っているような気がするので、素晴らしいなあと。いや、あの、なんか、えらそうな言い方だったらすみません。

久世 ううう、うれしいです……。

よしながふみ「大奥(13)」 / 2016年4月28日発売 / 724円 / 白泉社
よしながふみ「大奥(13)」

日本の江戸時代とは似て非なる物語。男子のみが罹る謎の疫病により男子の人口が急速に減少し、時の3代将軍・家光も病没してしまう。春日局は家光の娘を密かに「将軍・家光」に仕立てあげ、男女が逆転した大奥を完成させた。その業病も11代将軍・家斉の治世に完全に撲滅。世は再び男が支配する世に戻ったかに見えたが、13代将軍には再び女の家定が立つことに! 逆転大奥は復活!? そして時代は激動の幕末へ──!

久世番子「パレス・メイヂ(5)」 / 2016年4月20日発売 / 463円 / 白泉社
久世番子「パレス・メイヂ(5)」

明慈帝が建造した壮麗なる宮殿「パレス・メイヂ」。御園子爵家の公頼は、結婚させられそうになっている姉を助けるために、帝に仕える侍従職出仕として宮中で働くことに。しかし宮殿に君臨する今上帝は、美しき女帝・彰子だった。宮中での勤めを通して、2人は次第に心近くなっていく。5巻では2人の関係を揺るがす大事件が勃発……!?

よしながふみ
よしながふみ

ボーイズラブ作品「月とサンダル」でデビュー。テレビドラマ化された「西洋洋菓子骨董店」などヒット作多数。「大奥」で第5回センス・オブ・ジェンダー賞特別賞、第10回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、第13回手塚治虫文化賞マンガ大賞、2009年度ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞、第56回小学館漫画賞少女向け部門を受賞。現在は「大奥」と「きのう何食べた?」を連載中。

久世番子(クゼバンコ)
久世番子

1977年生まれ。2000年デビュー。「暴れん坊本屋さん」などのエッセイコミックの連載で人気を博す。「パレス・メイヂ」は著者にとって久しぶりの少女マンガ連載作品。「神は細部に宿るのよ」もKiss(講談社)にて連載中。