「ネガポジアングラー」岩中睦樹×上村泰×大隈孝晴(「放課後ていぼう日誌」監督)インタビュー|オリジナルで挑む釣りアニメを主演声優と、2人の釣り好きアニメ監督が語る (2/2)

ビル群の下でする釣りの魅力を伝えたい

──釣り=自然、みたいなイメージも一般にあると思いますが、なぜ都会を舞台にしたんですか?

上村 僕も大隈監督と同じで、上京してアニメ業界に入ってからは正直釣りから離れていたんです。それで、この作品のお話をいただいたときに、まずは近場で釣りに行ってみようとなりました。東京湾でシーバス、ハゼ、アジとか釣ってみたんですが、そのときの、超高層ビルの群を目の前に釣りをしている、という景色がとんでもないものに感じて。自然の中で癒される、マイナスイオンを感じる、とはまた違うんですが、郷愁というのか哀愁というのか、それを大都会でやっていても感じて、すごく気持ちよかったんです。その感覚を得て、都会が舞台はアリなんじゃないかとなりました。

アニメ「ネガポジアングラー」に登場する夜景の描写。

アニメ「ネガポジアングラー」に登場する夜景の描写。

岩中 アニメに出てくる夜景もすごくきれいでしたね。

大隈 本編に出てくるあのビル群とか、その前に広がる川とか、いつも見ている景色のまんまで、なんか釣り行きたいなってなっちゃいましたね(笑)。映像を観てそう思うぐらい、やっぱり都会の釣りで得る上村監督の言うような感覚って特殊だと思います。

アニメ「ネガポジアングラー」に登場する夜景の描写。

アニメ「ネガポジアングラー」に登場する夜景の描写。

上村 この作品の企画を練っていた頃に「放課後ていぼう日誌」も読んでいたんです。その後アニメ化もされて、大自然が舞台か……と正直意識していたところもありました(笑)。あとはやっぱりコロナですね。初めは、特別な回で沖縄とか、北海道にある僕の実家の釣船屋に行こうみたいなアイデアもありました。でも取材をしていた時期は、移動制限が厳しかったので、そういう理由もあって都会にしようと。結果的には都会に限定したことで作品の特色ができてよかったと思っています。大自然じゃない中での釣りの楽しさ、都会ならではの魅力を感じてもらえればいいですね。

アニメーションで描く釣りの難しさ

──「放課後ていぼう日誌」と「ネガポジアングラー」の釣り描写にはそれぞれ特色があります。大きなところで言うと、「ネガポジアングラー」では3Dが多用されていますよね。

上村 「放課後ていぼう日誌」は、釣り描写をめちゃくちゃ丁寧にやっているし、それを全部作画でやったのは本当にすごいですよ。

アニメ「放課後ていぼう日誌」では、釣具や魚まですべて作画で表現された。
アニメ「放課後ていぼう日誌」では、釣具や魚まですべて作画で表現された。

アニメ「放課後ていぼう日誌」では、釣具や魚まですべて作画で表現された。

大隈 それでも、釣り経験者じゃない方に描いてもらったシーンで、こうじゃないんだよなというのはやっぱりたくさんありましたね。釣りだけじゃなく専門的なものを題材にしてるアニメには付きものですが。

上村 それは本当にありますね。例えば野球の投球フォームひとつとっても肘の角度に違和感があるとか。そういうスポーツと比較したときに釣りってマイナーなので尚更ですよね。僕もオーバーヘッドキャスト(編集部注:釣竿が頭の横を通過するような仕掛けの投げ方)のバシューンと投げるあのフォームがカッコいいんです、というのをスタッフに必死に伝えました。野球の投球フォームに近いけど、ロッドを引く右手の動きが大事なんですと、何回もバシューンと言いながら(笑)。

アニメ「ネガポジアングラー」より。

アニメ「ネガポジアングラー」より。

大隈 作画に釣り経験者の方はいたんですか?

上村 これがラッキーなことにいらっしゃって。本当に特別なシーンの作画はその方にお願いしていました。

大隈 周りにそういうスタッフがどれだけいるかは本当に大事ですね。色が着いてから間違いに気づいて修正しましょうとなると大変なことになるので……。「放課後ていぼう日誌」をやっていたときに多かった間違いは、竿を曲げて描いてくることですね。基本的に魚がかかっていない竿って真っ直ぐなんですが、昔の竹竿のイラストのイメージなのか、曲がった竿を描いてくる人が多かったです。あとはラインのガイド(編集部注:ラインは釣り糸のこと。ガイドは釣竿に付いている釣り糸を通すための穴)への通し方も間違いが多かったですね。

上村 それはありました。竿の曲がりに沿ってラインを描いちゃうんですよね。実際には、ガイド間のラインって真っ直ぐピンと張っているんですけど。いかにそういう間違いを直し切るのかも大変でした。

岩中 釣り経験者のスタッフはあまりいないんですか?

大隈 アニメ業界には釣りをやる方はけっこういますよ。動画工房さんには釣り部もありますし。

上村 いるんですけど、皆さん忙しくて頼めないんです(笑)。

──岩中さんも「放課後ていぼう日誌」をご覧になったんですよね。どんな感想を持ちましたか?

岩中 釣りを扱っているけれど、しっかりと主人公の成長物語になっていてすごく面白かったです。キャラクターもユニークで、僕は顧問のさやか先生がかわいくて一番好きでした(笑)。あと、一番興味が沸いたのが穴釣り(編集部注:消波ブロックの隙間に仕掛けを落とす釣りのこと)です。あんな釣りもあるんですね。

上村 「ネガポジアングラー」に出す案もあったんですけど、僕が知る限り東京には穴釣りができるポイントがほぼないんですよ。あっても立ち入り禁止の場所がほとんどですね。

アニメ「放課後ていぼう日誌」より。穴釣りでガラカブ(カサゴ)を釣り上げる鶴木陽渚。

アニメ「放課後ていぼう日誌」より。穴釣りでガラカブ(カサゴ)を釣り上げる鶴木陽渚。

ルアーごとにこだわった動きと音

大隈 「ネガポジアングラー」を観ていて、特にリールの3Dはうらやましいなと思いました。「放課後ていぼう日誌」では、自分が作画出身だったこともあって、最終話でリールを巻いているシーンの原画を担当したんです。最後の最後で、作画スタッフにこんな大変なことを強いていたんだと実感しました……(笑)。

アニメ「ネガポジアングラー」より。3D CGで描写されたリール。

アニメ「ネガポジアングラー」より。3D CGで描写されたリール。

上村 リールを巻くようなきれいな円で回る動きって作画的には地味でとてもとても大変なことなんです。尚且つそれを角度を付けて動かすわけですからもう……。

大隈 リールのスプール部分(編集部注:リールの釣り糸が巻かれているパーツ)は回転する動きに、上下する動きが加わりますからね。しかも、糸を巻き取るために1回転するタイミングと、1回上下するタイミングもリールによって違うという……。そこまで再現するとなると、釣り未経験者の人にいちから理解してもらわないといけないので、ちょっと無茶ですよね。

上村 理解してもらわないといけないのは3Dも同じなんですが、そこは本物のリールを渡して最初にかなり説明しました。自分の中で魚、釣り具は3Dでやろうと決まっていたので。

大隈 ルアーの動きもすごくリアルでした。よく動画で観るルアーの水中映像が、3Dでしっかり表現されていて。ルアーも単純に動かしているわけじゃなくて、針が少し遅れて動くとか。短いシーンでも作画だと難しそうなカットがあるなと思いました。

アニメ「ネガポジアングラー」より。3D CGで描写されたルアー。画面左に向かって飛んでいくので、針は右に流れている。

アニメ「ネガポジアングラー」より。3D CGで描写されたルアー。画面左に向かって飛んでいくので、針は右に流れている。

上村 ルアーの動きは、こだわった結果この作品のセールスポイントになったと思います。3Dを作っていただく方には、ミノー、シンキングペンシル、バイブレーションとかルアーの種類ごとの細かい動きの違いの話を延々していました。ルアーアクションも、ウォブリングはこうで、ストップアンドゴーは、ウォブリングから力が抜けてまた動き出す感じだとか、そのときのルアーのブレ感まで何度も擦り合わせましたね。

岩中 ここまでこだわっているというのは初めて聞きました。

──この1作のためになってしまうのはもったいないですね。

上村 僕はもっと3Dでルアーを作りたかったです。アニメに出したいルアーをシーンに合わせて一度全部書き出しているんですよ。でも、もう予算がありませんと言われてしまったので(笑)。

プロデューサー だいぶ作ったんですよ(笑)。これは余談ですが、監督のルアーへの音のこだわりで、音声の納品が遅れたことが何度かありました。

上村 最近のルアーは重心移動システムというものがあるんです。内部の構造によって、各メーカーで音が違うんですよ。タングステンの玉が何発も入ってるものだと「バチバチバチ」ですね。シマノさんだと「シュコーン」、メガバスさんだと「バチーン」なんです!(笑)。それでこのシーンはこのルアーだからこの音がほしい、という話をしたら適切な音がなくて。

プロデューサー 結局、上村監督が自宅で自分のルアーで音を収録してきたんです。ほかの現場では見たことがない光景でしたね(笑)。

──「ネガグラ」では魚も3Dで描かれますが、陸でのサバの跳ね方に感動しました。

上村 魚を表現するにあたっては、ただリアルにやっても画的に面白くないなと思ったので、イラストチックなテクスチャーをあえて乗せています。3Dに乗せる魚のイラストは、長嶋祐成さんという魚と水生生物を専門に描く画家の方にお願いしました。半ばダメ元みたいな気持ちだったんですが、受けていただけて。長嶋さんの描いた魚の絵を動かすというところはすごく大切にした部分ですし、理想的なものになりました。3Dも3D監督さんが“絵の感情”が残るように、あえて少し粗いモデリングをしてくださったそうで。おふたりにはただただ感謝ですね。

アニメ「ネガポジアングラー」に登場する魚たち。魚種は本編で確認しよう。
アニメ「ネガポジアングラー」に登場する魚たち。魚種は本編で確認しよう。

アニメ「ネガポジアングラー」に登場する魚たち。魚種は本編で確認しよう。

釣りに熱中する理由が見えてくるアニメ

──最後に、「ネガポジアングラー」を観た視聴者に感じてほしいことはありますか?

大隈 「放課後ていぼう日誌」のアニメは原作の内容も相まって、釣り初心者・未経験者の方に観てもらいたいよねというところからスタートしているんです。釣り好きの方にもたくさん観ていただけたのですが、釣りのイベントに参加した際には、お子さんもたくさん応援しに来てくれました。子供の頃に海や川が近い人は釣りに触れる機会もあると思うんですが、そうでない人、お子さんなんかが「ネガポジアングラー」を観て釣りに興味を持ってくれたらいいですね。

アニメ「放課後ていぼう日誌」より。

アニメ「放課後ていぼう日誌」より。

岩中 僕はこの作品を通して初めて釣りに触れました。釣り具1つにしてもめちゃくちゃ高いものがあるし、ルアーもなくしたらまた買わないといけない、餌代も常にかかるし、仕掛けも魚に合わせて買わないといけない、なんでそこまで熱中するの?って思う部分も最初はあったんです。でも、みんなめちゃくちゃ楽しそうにやってるんですよね。釣りをしたことがない僕も作品を通して釣りに熱中する気持ちがわかった気がしました。アニメを楽しんでいただいて、あの常宏に前を向かせる釣りの魅力も伝わるとうれしいです。

上村 釣りにもいろんな魅力があるんですよ。僕はキス釣りが好きで、これがとても楽しいし、キスはめっちゃ美味しいし。そうやって食べるところまでが好きな人もいれば、ルアーで魚を騙して釣るみたいなところに面白さを感じる人もいて。この作品には、いろんな釣りの魅力を詰め込んだつもりではあります。放送が始まる秋は魚が一番釣れる季節なので、何か1つでも魅力に引っかかって、釣りを始めてもらえたら最高ですね。

アニメ「ネガポジアングラー」より。

アニメ「ネガポジアングラー」より。

岩中 初心者は何から始めるのがオススメですか?

上村 まずは延べ竿でハゼ釣り、フナ釣りとかがいいのかな。リールを使い出すとその使い方も練習しなきゃいけないので。釣りの基本、糸を垂らす、ウキが沈む、それに合わせて上げる、これが最初にできるといいですよね。東京はルールが整えられてる釣り場も多くて、ルールを守ると意外とたくさん釣りができる場所はあるんですよ。

大隈 僕は初心者の方にはルアー釣りのできる管理釣り場をいつもお勧めしています。自分がルアーマン(編集部注:ルアー釣りを主にやる釣り人のこと)というのもあるんですが、エサが苦手な人にも勧めやすいので。管理釣り場だったら足場もしっかりしていてルアーを投げやすいですし、そんなに距離を飛ばさなくても大丈夫なんですよ。ニジマス狙いだったら、スプーン(編集部注:ルアーの一種)をただ巻いてくるだけでもいいですし、釣った魚を食べてもらうと、「楽しい!」ってなってもらいやすいので(笑)。

プロフィール

岩中睦樹(イワナカムツキ)

1月7日生まれ、福岡県出身。主な出演作に「妻、小学生になる。」(愛川蓮司役)、「AIの遺電子」(ジェイ役)、「キャプテン翼」(井沢守役)、海外ドラマ「ウェンズデー」(タイラー・ガルピン役)などがある。

上村泰(ウエムラユタカ)

7月29日生まれ、三重県出身。主な監督作品に「ダンタリアンの書架」、「パンチライン」、「幼女戦記」シリーズ、「フリクリ オルタナ」などがある。

大隈孝晴(オオクマタカハル)

愛知県出身。主な参加作品に「放課後ていぼう日誌」(監督)、「しかのこのこのここしたんたん」(副監督)、「ゆるゆり」シリーズ(副監督)、「干物妹!うまるちゃん」シリーズ(副監督)などがある。