釣りを題材にしたオリジナルTVアニメ「ネガポジアングラー」が10月3日にスタートする。アニメーション制作を務めるのは「幼女戦記」「BLUE GIANT」などで知られるアニメーションスタジオ・NUT。“都会での釣り”をテーマの1つに据え、他人とのつながりが希薄で消極的な人生を送ってきた青年が、釣りやさまざまな人との出会いを通して変わっていく様子を描き出す。
コミックナタリーでは、佐々木常宏役で主演を務める岩中睦樹、監督を務める上村泰、さらに釣り好きが高じて、釣りを題材にしたアニメ「放課後ていぼう日誌」の監督を任されたという大隈孝晴による座談会を実施。幼少期から釣り場に連れて行かれて育った上村監督、都会での釣りも楽しむというルアーマンの大隈監督に、釣りの魅力や釣りアニメの苦労を聞いた。また釣り未経験だという岩中へ、2人が初心者にオススメの釣りを教える場面も。魚になりきっての演技指導、こだわり抜いたルアーアクションなど「ネガポジアングラー」における上村監督のこだわりもたっぷりお届けする。
取材・文 / 粕谷太智
「ネガポジアングラー」あらすじ
~多額の借金、余命2年、ダメ大学生の人生は釣りで変わるか?~
物語の主人公は多額の借金を抱え、さらに医者から余命2年を宣告された大学生の佐々木常宏。鬱々とした日々を過ごしていた常宏は、ある日借金取りに追われ海に転落したところを、釣り好きの少女ハナとその釣り仲間の貴明たちに助けられる。ハナに勧められるまま人生初の釣りを経験し、彼女たちが働くコンビニでバイトも始めた常宏。人生は大きく好転しないが、常宏は釣りを通して自分を見つめ直していく。
「ネガポジアングラー」と「放課後ていぼう日誌」、監督はアニメと真逆の釣り遍歴
──上村監督、大隈監督はともに釣り好きという理由もあって釣りアニメの監督を任されたと聞いています。まずはおふたりの釣り歴をお伺いしてもいいですか?
上村泰 僕の実家は釣り一家で、赤ちゃんの頃から釣り場に連れて行かれていたと親から聞いています。物心ついたときから釣りをしていましたし、当たり前すぎて好きかどうかもわからないぐらい釣りが身近なものでした。子供の頃の思い出は三重県が多いんですが、親が転勤族で今は両親と兄は北海道にいて、兄はそこで遊漁船をやっています。
大隈孝晴 三重県では川釣りですか、海釣りですか?
上村 自転車でどちらも行けたので、川も海も両方やっていました。河口の汽水域でハゼを大量に釣ったりチヌ、鯉、フナも釣ったり。あとはバス釣りもやっていましたね。
大隈 僕は中学生のときにハマったバス釣りでちゃんと釣りを意識し始めました。当時は友達と自転車で1時間半くらいかけて、山の上のブラックバスがいる池まで行ったりして。ただ、その後は釣りから離れてしまったんです。アニメ業界に入るために東京に出てきたときも道具は何も持っていなくて。それからしばらくして、30歳くらいの頃にバス釣りをやる方と知り合って、一緒に行くうちにまた釣り熱が上がってきました。今では都内でもよく釣りをしています。
──バス釣りということはルアーが中心ですか?
大隈 そうですね。というのも釣りエサが苦手で……(笑)。「放課後ていぼう日誌」を作っていたときは取材のためにエサ釣りもやったんですが、アミエサ(編集部注:釣りで使う餌でアミエビのこと)とかってすごい匂いじゃないですか。あまり好きになれなくて。
──おふたりの釣り歴は、作られているアニメと逆ですね(笑)。舞台が海沿いの田舎町で、エサ釣りの描写も多い「放課後ていぼう日誌」を大隈監督が作られていて、都会が舞台の「ネガポジアングラー」を自然の中の釣りで育った上村監督が担当しているという。
大隈 そうかもしれないです(笑)。東京湾とか隅田川、荒川の辺りで夜釣りをしているので、「ネガポジアングラー」に出てくるようなビル群の夜景とかは見慣れていますね。
──岩中さんはアニメ化発表の際のコメントで釣り初心者だとおっしゃっていました。まったくの未経験なんでしょうか?
岩中睦樹 そうなんです。「ネガポジアングラー」が決まって、釣りを教えてもらおうと先輩声優とか周りの人にも聞き回っているんですけど、あんまり経験者がいないんですよね。だからどこから始めたらいいかもわからなくて。
──「ネガポジアングラー」に関わるまで、釣りにはどんなイメージを持っていましたか?
岩中 僕はゲームが好きなんですが、ゲームの中に釣りの要素が入っていることってあるじゃないですか。そういうゲームの中の釣りって、タイミングを合わせてボタンを押すだけみたいな(笑)。それくらいのイメージしかなかったです。だから難しさとかも全然わかっていなくて。この作品に関わって、釣り方も仕掛けもこんなに種類があるんだってことにびっくりしました。
大隈 1話にも出てくるシーバスってゲームだと簡単に釣れる魚みたいに描かれがちなんですが、実際狙うとなかなか釣れない魚ですよね。
岩中 僕、シーバスがスズキだってこともまったく知らなかったです。シーバスはシーバスという魚だと思ってました。
監督が魚になりきって演技指導
──釣り初心者の岩中さんが「ネガポジアングラー」に参加して印象的だったことはなんですか?
岩中 釣りに関しては、本当に触れたことがないものだったのですべてが印象的でした。監督がアフレコ現場に持ってきてくださった道具を触らせてもらったときも、釣竿ってこんな重いんだ!ルアーってこんなにリアルなんだ!とすべてが新鮮でしたね。
──アフレコ現場に釣竿を持ち込まれていたんですか?
上村 演じてもらううえで、魚の引きだったり、リールの音だったりを知ってもらいたかったんです。一緒に釣りに行く時間はなかったので、それでロッド(編集部注:釣竿のこと)とリールを現場に持ち込みました。アニメに出てくるものにかなり近いモデルのロッドと、リールを持って行って。それを見せながら、「こういう音が鳴るんだよ!」と説明しました。あとは僕がルアーを引っ張ってね(笑)。
岩中 監督が毎回、魚役をやってくれました(笑)。
大隈 はははは(笑)。
上村 常宏が釣るのはすごく大物なんです!これくらいの引きなんです!ってアフレコ現場でやってましたね。
──演技指導がすごいです。でも第1話に登場するような80cmのシーバスの引きって、体感してみないと想像できないかもしれないですね。魚に引っ張られる感覚は伝えるのが難しそうです。魚によっても引きが強い、弱いもありますし。
上村 シーバスで80cmともなると引きが異常に重たいんですよ。やっぱり30cmとか20cmとかの魚とは感覚が全然違います。その重さは映像でも表現できるようにがんばりました。ひょいって引き上げられてしまうとおかしいので、できる限り各セクションの方に思いは伝えたつもりです。
大隈 釣りをやっている人間からすると、大物が掛かったときのジーっていうドラグの音なんかも気になって聞いちゃいますね。(編集部注:リールの機能の一部で、魚が掛かったとき強い引きで糸が切れないように、調整した強さ以上の力が掛かると糸が出ていくリールの機能。糸が出ていく際にジーっというような音が聞こえる)
上村 あの音はテンションが上がりますよね。手元に伝わる大物の引きは画面になかなか出せないので、なんとか魂だけは岩中さんに伝えました(笑)。
岩中 しっかり伝わりました(笑)。
──岩中さんにとっては釣り用語も新鮮だったんじゃないでしょうか。
岩中 初めて口にする単語もたくさんありました。微妙なイントネーションがわからなくて。音響監督の岩浪(美和)さんも釣りをされる方だったので、何度かイントネーションを教えてもらいました。そういう難しさはありましたね。
主人公は誰もが共感できるダメなやつ
──そもそも「ネガポジアングラー」の企画はどのように始まったのでしょう?
上村 僕が釣り好きだと知っているプロデューサーに、「オリジナルの釣りアニメをやろう」と、企画立ち上げの段階で声をかけてもらいました。オリジナルでもSFとかサスペンスは聞きますけど、釣りでオリジナルって本当に珍しいんですよ。
──原作ものの釣りアニメは近年にも何本かありましたが、SFなどの要素もなく純粋なオリジナルの釣りアニメとなると本当に数は限られますよね。
上村 僕が参加した頃は「釣り」「オリジナルアニメ」ということだけ決まっていて。プロデューサーも僕の特性を理解してくれていたので、じゃあこういうストーリーがいいんじゃないかとか、脚本の方も交えて取材を重ねながら企画が固まっていきました。
──「釣り」「オリジナル」の後に決まった要素はなんでしたか?
上村 釣って食べて終わりじゃなくて、ドラマをちゃんとやろうとなりました。釣りをしない回があってもいいから、ストーリーをしっかり作ろうという話は、初期段階で決まりました。常宏のキャラクターを提案したのもこの頃だったと思います。僕から常宏みたいな……ざっくりいうとダメなやつ(笑)、そういう人間をしっかりと描きたいなと話しました。立ち直るというと言い過ぎですが、ずっと下を向いていた人間が前を向く、ぐらいの物語が最終的に描けるといいなと思っていました。
──「ダメな人間」というと言い方が悪いですが、少なくとも主人公っぽくはないですよね。
上村 第1話だけ見たら常宏は本当にダメなやつですよ(笑)。
──そのダメさがリアルですよね。もちろん悪人ではないですが、自分の弱さでズルズルと悪い方向に行ってしまう。
上村 ダメなやつだと一言で言いましたけど、常宏のダメさって誰もが持っている部分だと思うんです。そういうキャラクター性に共感してもらいながら、釣りを通して物語を観ていただけたらいいなと思いながら制作していました。僕自身のダメさを反映した部分もあります。僕も大学生のときにPCを何台も買って、お金の管理について親に本気で叱られた経験があったので(笑)。
岩中 余命2年とか借金取りに追われるところ抜きにすれば、「マジで自分じゃん」って僕も思いました。プライドが高くて、人からよく思われたいからちょっとごまかしたりとか、根暗なところとか、すごく共感できました。ちょっと怖いくらい昔の自分にそっくりなところがいっぱいあるんですよ。
上村 初期の頃から共感できるって言ってましたよね。オーディションのテープを聴いたときから、岩中さんからいい意味で根暗感みたいなものを感じてたんです(笑)。それで、岩中さんの声いいな、雰囲気があるなって思いました。
岩中 収録が始まる前に監督と打ち合わせをさせてもらったときも、セリフのニュアンスの出し方を褒めてもらいました。収録のときも役を作っていったというよりは、その場その場で出てきた言葉で演じていました。やっぱり常宏と似てるところがあるから、そういうアプローチでやってみたいなと思ったんです。常宏を通して自分を見ているような感覚は、演じるうえで大事にしていたところですね。
上村 常宏のキャラクターは岩中さんにかなり引っ張られてる節があります。本当はもっとダメなやつになる予定だったような気がするんですよ(笑)。ただ、岩中さんの中にある素敵なものが常宏にもうつっていって、微妙な表情にもかわいさが出ていったのかなと感じてます。
──現代を舞台にしたアニメの主人公は高校生や中学生が多い中で、大学生の常宏は年齢が高めですよね。
上村 大学生ってモヤモヤを抱えている時期だと僕は思っていて。高校生よりもアイデンティティが確立していて、「自分ってこんなもんなんだ」「自分の人生ってこんな感じか」とか、ちょっと自暴自棄なことを考え始めるじゃないですか。余命2年という設定も、主人公に負荷をかけて物語を動かしたいなという計算と、もっと自暴自棄になってほしいなという思いからですね。
岩中 冒頭から余命宣告されることある!?って思いましたよ。さすがにあれを言われたら、「借金を踏み倒せるじゃん!」という常宏の考えになるのもわかる気がします(笑)。
大隈 主人公のインパクトは強いですよね。彼が主人公で大丈夫なの?って最初は正直思いました(笑)。ただ、周りの人たちに無理やり取り込まれていくうちに、釣りにも興味を持って、人との関わり方も変化が出てきて安心しました。
上村 常宏にいろんな人に触れてほしいという思いは、物語の舞台をどうするか考えている段階からありました。年齢差がある人、違う国の人、いろんな人のいろんな考え方に触れてほしいよねってなったときに、身近なところだとコンビニがよさそうだよなと。そこから癖の強いキャラクターたちが生まれていきました。
次のページ »
ビル群の下でする釣りの魅力を伝えたい